16話―②『不安』

「やったー! やっと勝てたー!」



 喜びのあまり、蘭李は両手を上げて叫んだ。しかしすぐコノハに腕を引かれ、パイプイスに座らされる。蘭李はドアの方を確認し、ヒソヒソと彼に囁いた。



「だってやっと勝てたんだよ⁈ ちょっとくらい喜んでもいいじゃん!」

「そのせいでまた文句言われるのは嫌でしょ」

「まあ……そうだけど……」



 しぶしぶ納得し、蘭李は大人しくなる。コノハが「もう一試合する?」と訊くと、彼女は再び元気を取り戻した。二人はゲーム機を構え、対戦をし始める。

 若俊に護衛を頼まれた蘭李は翌日の今日、早速目的の病室に訪れた。事前に見せられた書類にあった写真と同じ顔の少女が、真っ白なベッドで眠っていた。部屋は個室で、少女と蘭李以外には誰もいない。しばらく少女の様子を眺めていた蘭李だが、彼女はやがてとある問題点に気付いてしまった。



「暇だ………」



 そこで蘭李は、コノハとゲームをして時間を潰していたのだ。



「あーまた負けた! コノハ強すぎなんだよー!」

「蘭李が学校行ってる間も鍛えてたしね」

「ずるい……! そんなの勝てるわけない!」



 頬を膨らませて抗議する蘭李。得意気ににやりと笑ったコノハは、壁にかかる時計を指差した。



「それより、お腹空かないの?」

「え? ああ……もうお昼か」



 ちょうど正午になり、窓の外から鐘の音が聞こえてくる。イスから立ち上がり背を伸ばす蘭李に、コノハはバッグから取り出した財布を渡した。



「何かおやつ買ってきてよ」

「えー、じゃあコノハもついてきてよー」

「それじゃあ護衛放棄じゃん」

「うーん………あ、じゃあさ! あっちむいてホイして負けた方が買ってくるってことで!」

「いいよ」

「じゃあいくよ! さいしょはグー! ジャンケンポン!」

「あっちむいてホイ」



 まるで合わせたように、コノハの指差した上を勢いよく向く蘭李。沈黙が流れた。固まる蘭李に、コノハが財布を押し付ける。



「行ってらっしゃい」

「…………くそやろーっ! 覚えてろーっ!」



 謎の捨て台詞を残し、蘭李は病室から飛び出していった。彼女の背を見送ったコノハは、ぼそりと呟いた。



「………やっぱりまだ、元気は無いか」



 コンビニから出ると、蘭李は見慣れた人物を発見した。黒い髪を揺らしながら歩き、幼さがまだ残る横顔は、嬉しそうにはにかんでいた。蘭李は彼に走り寄る。



「朱兎ー!」



 朱兎は蘭李に気付くと、立ち止まり彼女に手を振った。朱兎に追いついた蘭李は、息を整えながら彼を見上げる。



「どっか行くの?」

「ううん、もう行ったの。蘭李は?」

「あたしはお昼ご飯買いに来たの」



 レジ袋を掲げて見せる。朱兎は首を傾げた。



「蘭李、学校は?」

「実は今、滝川さんに護衛を頼まれてて。まあ、守る人は滝川さんじゃないんだけどね」

「護衛……?」



 詳しく事情を聞くと、朱兎は真面目な表情になった。



「なんでそんなことしてるの?」

「え?」

「そんなのおかしいよ。なんですぐ言ってくれなかったの?」

「え……いや、あたしが病院壊したのは事実だし……」

「魔力者が魔力者を殺しても罪にならないように、魔力者相手に何をやっても罪にならないんだよ。だから、蘭李が払う義務は無いよ」

「そ、そうなの?」

「蘭李は何でも鵜呑みにしすぎだよ」



 朱兎に言われたくない。蘭李がそう言い返すと、朱兎は困ったように笑った。



「………そうだったね」



 暖かな日差しの下、少年と少女は並んで歩き出した。沈黙が流れる。



「オレね、魔法学校に通うことにしたんだ」



 沈黙を破ったのは朱兎だった。自身の耳を疑った蘭李は、彼を凝視する。朱兎は笑みを浮かべて蘭李を見返した。



「アニキを助けるために、色んなことをいっぱい調べていっぱい知った。だけど、もっと知りたいなって思ったんだ。アニキみたいに……」

「そうなんだ……」

「さっき学校に行ってきたの。どうにか入れそうって」

「…………」


 不安そうな黄色い瞳。一瞬不思議に思った朱兎は、しかしすぐに「大丈夫だよ」と笑いかけた。



「昔からある伝統的な学校だし、寮には入らないから毎日会えるよ」

「……ホントに、大丈夫なの?」

「うん。魔導石も持ってない・・・・・・・・・、普通の学校だよ」

「………気を付けてね。何かあったらすぐ言ってね」

「それはこっちの台詞だよ。蘭李こそ、何かあったら絶対に言ってね」

「あたしより………」

「絶対、言ってね。すぐに」

「わ、分かった……」



 朱兎の威圧に負け、蘭李は頷いた。満足そうに朱兎も頷く。



「よし。じゃあ病院に行こっか。借金の契約書なんてオレがビリビリに破いてあげる」

「本気で言ってるの⁈」

「当たり前じゃん。ほら、行くよ!」



 意気揚々と蘭李の手を引く朱兎に、彼女は一抹の不安を覚えた。前を行く背はしかし、頼もしさも感じられる。蘭李は一瞬、その背に「彼」を重ねた。



「………双子だなあ。やっぱり」



 懐かしくも思いながら、蘭李は朱兎に歩調を合わせた。



「………びっくり」



 声に出してしまうくらい、蘭李は驚いた。朱兎と病室に戻ると、中にはコノハと共に、友人の海斗がいたのだ。何故海斗がいるのか。本人に問いかけると、彼は素っ気なく答えた。



「こいつは、俺の知り合いなんだ」

「あ、そうなの? お見舞い?」

「いや、守りに来た」



 蘭李と朱兎は新たにイスを引っ張りだし、コノハ達の前に座った。蘭李はレジ袋からチョコクロワッサンを取り出し、封を開けて食べ始める。



「その子ってさ、誰かに狙われてるの?」

「狙われてなかったら、護衛なんて要らないだろ」

「……分かってるよ、そんなこと」

「………悪い」



 口を開けながら、蘭李は唖然としてしまった。海斗が謝った―――その事実が信じられなくて、思わず彼を凝視する。彼女の手元では、コノハがレジ袋からスナック菓子を取っていた。



「こいつは………七海は、俺の大切な人なんだ。何が何でも護りたいんだ」



 青い視線につられて蘭李も目を向ける。眠る少女―――七海は、まるで死んだかのように静かだった。蘭李はなるべく音を立てないようにパンを食す。しかし、コノハは構わずお菓子をバリバリと食べていた。



「お前、頼まれて護衛してるんだってな」

「うん」

「もういいよ。あとは俺が引き受けるから」

「え? 海斗が?」

「お前が手を貸す必要は無い」



 朱兎もお菓子を一つ、バリバリと食べる。ゴクリと口に含んでいたものを飲み込むと、蘭李はじっと海斗を見つめた。



「でも、人数が多いことに超したことはないよね」

「…………」

「それに、海斗はあたしのこと助けてくれたから」

「………助けてなんか……」

「あたしやコノハのために、戦ってくれたじゃん」



 二人の間に沈黙が流れる。海斗は鋭く蘭李を睨むと、ふっと顔を逸らしてしまった。



「…………ありがとう」

「かっ……海斗がお礼を……⁈」

「あ?」



 再び睨まれる蘭李。今度は彼女が顔を逸らしながらチョコクロワッサンを頬張る。



「だって……いつも海斗、お礼とか言わないし……」

「礼を言うことしないだろ。お前」

「失礼な! して………るし!」

「詰まってるじゃんか」

「ちょっと考えただけだし!」

「考えてる時点でアウトだろ」



 だんだんといつもの調子に戻っていく二人。彼らはその後、日が暮れるまで病室で駄弁っていた。七海はその間も、穏やかに眠り続けていた。

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