#君のために

16話―①『理解』

「また護衛?」

「なんだ? 文句を言える立場か?」



 真っ黒い目にレンズ越しに鋭く捉えられ、蘭李は急いで首を横に振った。白衣を着た長身の男―――滝川若俊は、フンと息を吐き、持っていた書類を眺めながら呟く。



「お前の借金はまだ残っている。その分キッチリ働いてもらうからな」

「分かりましたよ……。それで、いつですか? どこに行くんですか? またカヤさんと一緒なんですか?」



 それらの質問には一切答えず、若俊は書類を蘭李に突き出した。彼女はしぶしぶ受け取り、目を通してみる。まず飛び込んできたのは、茶髪を三つ編みした女の子の顔写真。その隣には名前や住所、通っていた学校などが載っていた。



「その子が明日ここに転院してくる。一定期間だけだがな。その間、その子の護衛をしてくれ」

「え? この子の?」

「何か不満でも?」

「てっきり、滝川さんの護衛かと思っていたから……」

「それは悪かったな」

「いえ、別に」



 むしろ家から近くて助かります。蘭李がそう言い返したら、若俊にシッシッと部屋から追い出されてしまった。仕方無さそうに、彼女は出口へと向かう。点滴スタンドを持って歩く男や、眼帯をつけた子供などとすれ違いながら、蘭李は病院から出た。

 蒼祁の騒動から二日経った今日も、若俊の病院は患者でいっぱいだった。最も、その患者というのは皆非魔力者で、騒動の記憶を消す・・・・・・・・ためにここに集められたと蘭李は聞いていた。そんなことが可能なのか疑わしいが、だからこそ今まで、世界は魔法を認知していないんだなあと、彼女は一人で納得していた。



「よかったね! 今回は安全そうなお仕事だね!」



 夜空の下を歩く蘭李に、睡蓮が頭上から垂れ下がった。

 たしかに、滝川さんの病院内だし、いざとなれば助けも呼べるし、前回よりは安全そうだ―――蘭李は睡蓮に頷き、その足で皇家へと向かった。時刻は午後七時過ぎ。あんまり遅くなるとまた親に心配されるので、手短に用件だけ済ませて帰ろう。彼女はそう思いながら、インターホンを鳴らす。



「よかった。俺も君に話があったんだよ」



 リビングに通されると、健治は蘭李にそう言った。ソファーに座り、健治は真剣な面持ちで話し始める。



「実はね、一昨日の事件の時に、君のご両親と話をしたんだ」

「あたしの………親と? どこで? 何の話を?」

「魔警察の署内に避難した時だよ。朱兎のおかげでね」



 ああ………そういえばそうだった。蘭李は思い出し、どんな話をしたのか問いかけた。健治は隠す様子も無く、ペラペラと話す。



「俺と君が出会ったキッカケや、どんな敵と戦ってるかとか、そういうことを話したよ」

「………なんで?」

「一応俺は君を、この家で一時的に預かっているようなものだからね。誤解されないようにきちんと説明したよ」

「あたしが前に話したけど……」

「それでも話しておかないと、後々面倒になる」



 健治は足を組んで、膝の上に手を乗せた。



「嫌そうではあったけど、了承してくれたよ。君を守るっていう条件付きだけどね」

「あー、無視していいよ。お母さん達、最近ピリピリっていうか、過保護が過ぎるから……」

「蘭李。そんなことを言ってはいけないよ」



 急に声が冷たくなったような気がして、蘭李の体がピタリと静止した。表情は特に変わっていないのに、栗色の視線は鋭くなったように見える。彼女は思わず息を呑んだ。



「親が子供を心配するのは当然だ。しかも君の場合、ご両親の知らない世界に君が足を踏み入れている。何かあっても守ることが出来ない。過保護になるのも頷けるよ」

「でも、ちゃんと説明したもん……」

「………蘭李。たまに話してあげると良いよ。今日はどんな特訓をしたとか、どんな魔法を使ったとか」

「何それ。そんなこと話しても、お母さん達分からないじゃん。意味無いよ」



 むっと反論する蘭李だが、健治は首を横に振った。



「理解出来るか否かが重要じゃない。何をやっているかが知りたいんだよ、君のご両親は。そうすれば、多少の不安は和らぐはずだ」

「……よく分からないんだけど」

「ご両親は、君がどんな特訓をしたりどんな魔法を使ったり、それらが一切分からなかった。だが君がそれらを説明することで、例え理解出来なくても「そういうことをやっているんだな」と心を落ち着かせることが出来る。まあ、それで不安が完全に払拭されるわけではないんだけどね」



 やっぱりよく分からない。理解出来なかったら同じじゃないの? ―――蘭李がそう言い返すと、健治は薄く笑った。



「理解し難いだろうね。でも話すことは大事だよ。ぜひやってみてね」

「………分かった」

「それで、君の用事っていうのは?」



 蘭李は頷き、声を潜めながら尋ねる。



「四神と会う方法って……知ってる?」



 健治は目を見開いた。まるで何か衝撃を受けたように驚いていた。あまりにも驚くので、訊いた蘭李本人も驚いてしまう。



「えっと………健治?」

「………あ、ああ……えーっと……なんで俺に訊こうと?」

「え? 健治、魔法図書館も知ってるし、もしかすると結構詳しいのかなって……」

「あ………そうなんだ」



 ほっと息を吐く健治。その反応に不審感を覚えながらも、蘭李は再び問いかけた。しかし健治は首を横に振った。



「ごめんね。俺にも分からないや」

「そっか……ありがと」

「ところで、どうして四神と会いたいなんて急に言ったんだい? 何か訊きたいことでもあるのかい?」

「まあ………あるんだけどさ」

「どんなことを?」



 蘭李はしばらく考えたものの、結局その内容は口にしなかった。そして追求から避けるように、彼女は皇家を後にした。夜道を足早に進んでいく。そんな少女の背中を見送りながら、健治は小さく呟いた。



「…………早く手を打たないと、マズそうだな」



 男の低い声は、闇に溶けて消えた。

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