15話ー⑰『始まりで終わる』

 蒼祁の出した被害は甚大だった。もはや天災と言っても過言ではないのではとも思われる。遊園地だけでなく、それ以前にも様々な場所で殺人を繰り返していたため、規模も広範囲だ。

 しかし、蒼祁は魔力者だ。そして暴走のきっかけも魔力関係だ。それを堂々と発表出来るわけもなく、一般には「自爆テロ」として報道された。事実を知る者達も口外することは許されず、その代わり被害援助は受けられるんだとか。



「この辺がいいかなあ。ここじゃ花粉がひどいかな?」

「アニキは花粉症じゃなかったから大丈夫だよ」

「じゃあここにしよっか」

「うん」



 神空家の近くの山には、町を一望出来る広場がある。山の頂上まで登らなきゃいけないけど、そんなに高くないから訪れるのは容易い。朱兎は、大きな木の根元の土を素手で掘り始めた。



「桜がまだ咲いていたらキレイだったのにねー」

「もう葉桜になっちゃったしね。でも葉桜もキレイだよ」



 朱兎がある程度の深さまで掘ると、あたしは持っていた木箱をその穴に入れた。その上に白のコートを置き、再び土をかけて埋める。埋めた上に花を乗せ、あたし達は近くのベンチに腰掛けた。



「いい天気だねー」

「そうだねー」



 二人してぼんやりと町を眺めていた。今日は晴天、風も心地よく吹いている。気温もちょうど良い、過ごしやすい日だ。あまりに良い環境で、眠気が襲ってくる。うつらうつらと……。



「………これで、良かったんだよね」



 朱兎の言葉に、眠気が吹き飛んだ。顔を向けると、朱兎はどこかを見つめながら、ひとりごとのように呟いた。



「アニキに助かる術はなかった。だから殺すしかなかった。それで良いんだよね……?」



 ふっと風が吹き、黒い髪が揺れた。蒼祁とよく似た横顔は寂しさが漂っており、赤い瞳は微かに揺れている。あたしは少しの沈黙の後に答えた。



「………よかったんだよ。これで。あの時殺さなかったら、あたしの中にウイルスが移ってきていたと思う」

「…………」



 再び沈黙。太陽の光が暖かく、体がポカポカしている気がする。しかし、もう眠気に襲われることはなかった。

 正当化しているのは自覚している。後から朱兎に聞いたけど、あの時蒼祁を殺さないでいたら、もしかするとウイルスだけが死んでいたかもしれない。もしそのことを事前に聞かされていたら、あたしは蒼祁を殺せなかったと思う。

 けれど、あたしは殺してしまった。

 だから、正当化するしかなかった。



「……そうだよね。そんなことになったら、それこそ大変だもんね」



 朱兎がぎこちない笑みを浮かべた。堪らなくなって謝ろうと口を開くと、朱兎に手で押さえられた。



「ごめんね。もう大丈夫。アニキはもう助からなかった。だから蘭李が殺してくれたんだよね。あれ以上被害を出さないために」



 あたしは無言でゆっくりと頷いた。そして二人でしばらく、何も言わず何かするわけでもなく、ただぼーっとしていた。

 ふと、鐘の音が町中に響き始めた。どうやら正午を告げる鐘らしい。そう認識するとお腹が空いてきた。朱兎と顔を見合わせる。



「………お昼、食べに行く?」

「うん。オレ、お腹空いちゃった」

「あたしも」



 すくりと立ち上がり、さっき箱を埋めた木の前に立った。



「じゃあね、蒼祁。また来るね」

「寂しくて泣いたりしちゃダメだよ、アニキ!」

「寂しくて蒼祁が泣くとは思えないけどなー」

「アニキだって一人は寂しいんだよ!」

「そうだとしても、泣くとは思えないよ~。それより何食べる?」

「あっ! じゃあハンバーガー! アニキとよく行ってたんだよ!」

「へー……あ、そういえばシルマ学園でもよくハンバーガー食べてたもんね」

「そーそー! 好きじゃないって言ってたけど、美味しそうに食べてたよ!」

「そういうところ、蒼祁って素直じゃないもんね」

「ね!」



 あたしと朱兎は、そんな話をしながらその場を後にした。

 山を降りるまで、あたしは溢れる涙を止めることは出来なかった。







15話 完

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