15話ー⑪『作戦会議』

 ログハウスにいたハク達に出迎えられ、あたしと影縫さんは寝室へ通される。影縫さんは力を使いすぎたようで、ベッド上で壁にもたれて眠り始めた。赤く濡れた白いベッドシーツに不安を感じながら、あたしとハクは今まで起こったことを共有した。話が終わると、あたしは何も言えなくなってしまった。沈黙が流れる室内。ハクから日記を貰い、もう一度中を覗いてみる。書かれている内容は何ら変わりなかった。

『沙紀』という女性は、異形魔力者のみが発症する病気に犯された。ウイルスは体内で魔力を貪り、やがて宿主を力尽きさせる。

 そしておそらく……というかほぼ確実に、蒼祁も同じ病に犯されているのだ。だから蒼祁はやけになっている。治る見込みが無いから、怒りに任せてめちゃくちゃに世界を壊そうとしているんだ。



「魔導石でも、ウイルスは殺せないから……」



 思わず口から零れてしまった言葉に、ハクが素早く反応した。



「魔導石には、何か制約でもあるのか?」

「え? なんで?」

「だって、原因さえ分かっていれば、どうにかなるみたいなこと言ってたし………」



 たしかに………言われてみるとそうだ。この日記を読んだのなら、ウイルスの存在は認知しているはず。それなら何か出来なかったのかな。

 それとも………本当に何も出来なかったから………。



「軽く「治せる」なんて言われると困るんだよな」



 壁にもたれながらそう言い放つのは、滝川さんだった。腕を組み、真っ黒な瞳を細め鋭くこちらを睨んでくる。



「本来の治癒魔法っていうのは複雑なんだ。いくら作る魔法だからといって、簡単に出来るようなものじゃないんだよ」



 反論の意も込めて滝川さんを睨み返した。すると、怒りのこもったような低音が再び飛んでくる。



「そもそも奴の魔法は治癒じゃない。正真正銘作る魔法なんだよ。壊れたものを元に戻すのではなく、全く同じものを新たに作り出しているだけだ。だからウイルスがいると分かっても治療は出来ない」

「でも………ウイルスを殺すことなら出来るはずです」

「ならば、何故奴はウイルスを殺さないんだ?」

「それは………」



 言葉に詰まってしまった。険しい表情を崩さない滝川さんの前を、「まーまー」と笑いながら梅香が通り部屋に入ってきた。



「若俊君、そんなの分かるわけないじゃん。神空君じゃないんだから」

「そんなの分かっている」

「若俊君も治せないんでしょ? 彼の病気」

「ああ。ウイルスと分かったところで手の施しようがない。形状や特性などの情報が全く無いからな」

「なら、今やることは一つだね」



 梅香があたしの前に立つ。桃色の瞳を光らせ、静かに言った。



「神空蒼祁君を殺します。アタシ達が死なない為にもね」



 少しの間を置いて、あたしは頷いた。それを見た梅香はにこりと笑い、ベッドに座り込んだ。



「なら早速、作戦会議をしましょうか!」

「あの……梅香さん、本当に魔導石を作ったんですか……? にわかに信じられないんですけど……」

「信じられなくてもそれが真実です! しかしこの際、そのことはどうでもいいはずですよ!」



 梅香の笑顔がどうしても信用出来ない。テレポートの魔法を使ったこともそうだけど、いきなり魔導石を作っただの魔法道具を作れるだの、まるで世界の真理にでも会った気分だ。しかも……。



「むしろ、アタシが魔導石の魔法道具を作ってしまったことが重要なんですから!」



 そう。なんとこの人、蒼祁に頼まれて、魔導石の魔法道具を作ってしまったらしい。

 それは、あたしが蜜柑達と初めて会ったあの頃。蒼祁は大量の魔導石を持って梅香のもとを訪れたそうだ。そして蒼祁はこう言った。



「魔導石の力を一つの『物』に集めてくれ」



 時間はかかったが、梅香はそれを実現させてしまった。魔導石の魔力をとある物に注ぎ込んでしまった。

 紛れもなくそれは、蒼祁が身に付けていた――――――手袋だったのだ。



「我ながら完成した時には素晴らしいものが出来たと思いましたよ! 魔導石の特性である『手に触れていなければならない』条件を難なくクリアしていますからね!」

「それと引き換えに、とんでもない化け物を生んでしまったがな」

「だから責任を感じて手を貸してるんじゃないですかー! 若俊君、いちいちぶり返さないで!」



 梅香が滝川さんを指差して言い放つ。あたしは手に持っていた手袋に視線を落とした。

 これで説明がついた。なぜ蒼祁は魔導石を持っていなかったのか。実は持っていなかったわけじゃなく、この手袋が魔導石そのものだったんだ。

 なるほどたしかに、そう言われると、吹き飛ばされた時に言われた言葉にも納得がいく。最もそれは、ホントにただの偶然なんだけどね……。

 あたし達は部屋から出て、キッチンのある一番広い部屋に入った。丸テーブルの席に着く拓夜を横目で見ながら、コノハを置いておいた席に座る。ハク達も適当に座った。



「じゃあどうする? 神空を止めるにしても、俺達だけでどうにかなるもんか?」



 拓夜が頬杖をつきながら、紫色の視線をこちらに向けてくる。部屋に沈黙が降りた。

 やっぱり問題はそこだ。魔法道具と化した魔導石手袋を奪えばいいのだが、それがなかなか難しい。魔警察も全く歯が立たなかったし、魔力量もきっとまだ蒼祁の方が上だ。さっきの影縫さんの分を差し引いても、片手量のみになっても、蒼祁はまだ余裕があるのだろう。さっきみたいな偶然が起こればいいが、そうそう起こらないし、蒼祁は警戒を強めるだろうし。

 本当の意味で最強と化している蒼祁に勝つには………。



「………止めるんじゃなくて、こっちが死なないようにする?」



 全員の視線がハクに集中した。



「あの日記の通りなら、あいつはいずれ必ず死ぬ。なら考え方を変えて、なるべく捕まらないように逃げればいいんじゃないかな?」

「けどその場合、一般人に被害が及ぶんじゃないのか?」

「だから、私達は囮になるんだよ。囮のまま、逃げ回る」

「そんなこと出来るのか?」



 拓夜の言葉に、何も返せなかった。

 たしかにそれが出来るなら、蒼祁と渡り合えそうだよね。囮のまま逃げ回るのは、少し厳しいのかな……。



「……あ。なら、先に一般人を避難させればいいんじゃない?」

「そんな余裕あると思うか?」



 冷静な指摘に、あたしはしぶしぶ首を横に振った。すかさず梅香が口を開いた。



「一般人を助けるのは魔警察の役目です。アタシ達はアタシ達のことだけ考えていましょう」

「だが魔警察でも歯が立たなかった。戦える奴全員でかからないと、あっという間に皆殺しされるんじゃないのか?」

「しかし、他人のことを考えている暇などありませんよ? 今でさえ苦しい状況なのに」

「きっと神空はもう遊園地を出ている。だから奴をもう一度遊園地に留めておくんだ。そこなら、もうこれ以上被害は出ないだろ?」

「どうやって?」



 拓夜は沈黙した。蒼祁がみすみす留まってくれるとは考えにくい。閉じ込めることが出来たら楽なものだけど……。

 その瞬間、電子音が部屋に鳴り響いた。突然の大音量にあたしの肩は跳ね上がり、心臓がバクバクと動き始める。驚きつつも携帯を取り出すハクは、画面を開くと険しい表情を浮かべた。無言で画面を見せられる。

 着信元は、あたしの携帯だった。



「………出るよ」



 ハクがそう言い、携帯をテーブルに置いた。音量を最大にして、通話ボタンを押す。



「………もしもし?」

「…………早く殺せ……」



 荒い息遣いと震える声。ハクと顔を見合わせた。声は続けて言い放つ。



「早く………今なら……あいつがまた出てくる前に……!」



 この声はたしかに蒼祁のものだった。

 けどあいつって……? 出てくる……? どういうこと……?



「………もしかすると、神空君はウイルスに意識を乗っ取られていたのかもしれませんね」



 梅香の言葉で、さっきの日記の内容を思い出した。沙紀は死の間際、「ウイルスのせいでおかしくなった」と書かれていた。

 ならば蒼祁は、ウイルスのせいで殺戮をしている……?



「……早くしろ………早く……殺せ………これ以上はもう……」

「あ、ああ……分かった。遊園地だよな? すぐに向かう」

「絶対に………!」



 苦しいながらも、蒼祁の声は一瞬張り上げられた。少しの沈黙の後、囁いたような声がスピーカーから流れる。



「絶対に………蘭李は連れてくるな」

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