15話ー⑩『掟破りの打開策』

「だから、要注意人物だったから殺したんだよ。ちゃんと話聞いてたか?」

「そんな言葉信じられるかッ!」

「なら何て言えば信じるんだよ」



 刀の刃先が喉に当てられる。小さな痛みが生まれた。蒼祁は青い目を細め、じっとあたしを見据えた。



「朱兎は強い。生かしていたら必ず邪魔をされる。だから殺した。これ以上何て言えばいいんだよ?」

「蒼祁が……蒼祁が朱兎を殺すはずないじゃん!」

「なんだそれ。お前に俺の何が分かるんだよ」

「だって蒼祁は……!」

「ああもういい」



 蒼祁が右手をあたしに突き出してくる。その手が青く光り、光はあたしの全身を包み込んだ。痛みが薄れていくのが分かり、全身の傷が癒えていった。



「文句があるなら殺してみろよ。片割れさえ手にかけた俺をさ」



 蒼祁が不敵に笑う。あたしは駆け出した。落ちていた拳銃を拾い、蒼祁の刀を避ける。すぐに背後に回り込むが、刀もそれを追ってきた。屈んで引き金を引くと、発砲音が響き渡った。すぐに地面を蹴って駆ける。左頬を何かがかすめた。急停止し周囲に注意を向ける。背後を微風が吹いた。前方へ勢いよくジャンプすると同時に、背中に鋭利な何かが走った。



「気付くのが遅いぞ」



 着地し振り返る。蒼祁が血塗れた刀を持ってこちらに歩いてきていた。背中の痛みに耐えながら、あたしは振り向いて駆け出した。

 蒼祁はどういうつもりなのだろう。なんでわざわざあたしの怪我を治し、殺してみろなんて言ってきたのだろう。あたしが勝てないと分かっているから、いたぶろうとでもしているのだろうか。蒼祁はそんな人じゃなかったはずなのに……。



「蘭李っ!」



 睡蓮の声が聞こえた時にはもう遅かった。右の脇腹を何かに切り裂かれた。痛みと共に勢いよく倒れる。見ると、ぱっくりと割れた腹から、真っ赤な血がドクドクと流れ出ていた。



「あーあ。反応が遅いから裂けちまったぞ」



 痛みで体に力が入らない。蒼祁が傍にしゃがみこみ、あたしの顔を覗きこんできた。



「痛そうだなあ。大丈夫か?」

「ぐ………ッ……ぁ………………」

「死にそうだな」



 蒼祁が何かを唱える。直後、痛みが消えていった。薄れていた意識は逆に覚醒し、何とか顔を動かす。視線を向けると、蒼祁があたしの脇腹辺りに手をかざしていた。蒼祁の髪は瞳と同じ青に染まっており、あたしのお腹や蒼祁の手は青く光っていた。魔導石の『治癒魔法』だとすぐに分かった。



「なんで………?」

「こんな早くに死なれたら、治した意味が無いっての。せいぜいもっと楽しませてくれよ?」



 あたしは唇を噛み締めた。やっぱり蒼祁はいたぶって楽しんでいる。

 このまま良いようにおもちゃにされてたまるか……!

 あたしは立ち上がって蒼祁と距離を置き、手を叩いた。目の前にヒューさんが現れる。



「ヒューさん。蒼祁を倒すよ」

「ぎう………?」

「もうあいつは蒼祁じゃない。ただの殺人鬼なんだ」



 ヒューさんは眠たそうな目で蒼祁を眺め、小さく頷いた。ひらひらと浮かび上がり、睡蓮の横に並ぶ。



「ヒュドラも久しぶりだなあ。相変わらずマスコットやってるのか?」

「ヒューさんはマスコットなんかじゃないよ」

「マスコットだろ。力を失くした哀れな―――」

「うるさいっ!」



 魔力を込めて地面を蹴る。蒼祁と間合いを詰め、ジャンプした。背後に回り込み銃口を向ける。蒼祁が刀を振り下ろした直後に発砲。被弾している様子はなかった。



「ッ………!」



 隙を突いてヒューさんが蒼祁に飛びかかる。右腕に噛み付いたヒューさんは、そのまま放電をした。あたしも駆けていき、蒼祁の左手に掴みかかる。

 魔導石さえ奪えば蒼祁は戦えなくなる。そう思って手のひらを触ったが、はたりと止まってしまった。

 ――――――蒼祁は、何も握っていなかった。あたしが掴む左手にも、ヒューさんが噛み付いている右手にも。



「馬鹿かお前ら………」



 青い髪の蒼祁は、呪文を唱えた。直後、体が後方へと思いっきり吹っ飛ばされた。何か柔らかいものに背中から着地する。振り向くと、首の切れた女の人がいた。すぐさま彼女から飛び降りる。



「お前………まさか狙っていたのか?」

「え?」



 蒼祁が目を細める。その視線の先にはあたし―――というより、あたしの手に向いているようだった。その手には、吹っ飛ばされた衝撃で奪ってしまった蒼祁の手袋が握られている。

 これが………なんだっていうの?



「その様子じゃ偶然だろうが………つくづくお前は運が良いな、蘭李」



 クツクツと蒼祁が笑う。

 何? どういうこと? 運がいい………って………手袋と何か関係が………?



「ま、想い人は殺されたから運が良いとは言い難いか」





 ――――――――――――は?





「蘭李。お前、朱兎のことが好きだったんだろ?」





 突然の指摘に、すぐに返事が出来なかった。蒼祁は沈黙するあたしを見て、得意気に言葉を綴る。



「………やっぱりな。ま、そんなこと始めから分かってたけどな」

「え……え………? ち、ちが………」

「朱兎もお前には懐いていたしな。恋愛感情ではないが」

「ちがう………ちが………」

「告白しておけば良かったなあ? けどもうあいつの亡骸も無い。お前はあいつに触れることすらもう叶わない―――」

「違うッ!」



 思い切り叫んで、蒼祁の声を遮断した。あたしは手袋をぎゅっと握り締め、その場に膝をついた。ぽろぽろとこぼれてくる涙は、血だまりの中へと落ちていく。



「違う………違う………違う……!」

「何がだよ。朱兎は死んだぞ?」

「違うッ! あたしはッ―――」





 ――――――――――バリィイイイイイインッ





 ガラスが砕けたような音が響き渡る。突然目の前で起きた光景を理解するのに、少しの時間を要した。

 結界が、壊れたのだ。蒼祁の周りに一瞬張られた青い結界が、どこからか飛んできた矢によって砕かれた。矢は結界に突き刺さっており、矢先は蒼祁の眼前で止まっている。



「あーあ、良いところだったのに」



 蒼祁が残念そうに息を吐く。直後、あたしの胴体は何かに掴まれ、勢いよく後ろに投げ飛ばされた。地面にダイブするかと思ったが、空中で誰かにキャッチされる。レンガ色のツインテールと、少しお腹の見えるセーラー服に身を包む女子。背中には真っ白い羽が生えていた。



「メル……?」

「はい。大丈夫ですか? 蘭李様」



 メルは優しく笑いかけてくれた。その笑顔を見ると、一気に涙があふれてきた。



「メルうううううう!」

「蘭李様⁈ 今治療致しますので……!」

「泣いてる暇なんてないだろ、野生動物共め」



 メルと地上に降り立つと、影縫さんが隣に立った。その背後には秋桜もおり、睡蓮が秋桜に慰められている。

 メルと影縫さん……秋桜まで? 三人一緒にいるのは珍しい……というか、初めて見た。



「やっぱりお前も来たのか、天使」



 蒼祁の言葉に反応したメルは、持っていた弓矢を蒼祁へ向けて構えた。



「蘭李様をお守りするよう言われておりますので」

「はあ……つくづく胡散臭いよな。お前らは」



 メルが蒼祁を鋭く睨む。その時影縫さんに肩を叩かれた。無言でコノハを渡されたので、無言で受け取った。

 拾っておいてくれたんだ……前の一件で、完全に嫌われたと思ってたのに。



「何故そこまでして蘭李を守ろうとする? いや……何故そこまで蘭李達を守ろうとする? メリットなんて無いだろ?」

「人助けの何が悪いでしょうか?」

「人一倍損得に敏感なやつがするようなこととは思えないって言ってるんだよ」

「主はお優しい方ですので」

「俺の病気のことは黙っていたのに?」



 ――――――蒼祁の病気のことは黙っていた? どういうこと? それって、健治が病気を知ってた……ってこと?

 メルに視線を向ける。表情こそ変えていなかったものの、ばつの悪そうな雰囲気を醸し出していた。そこに追い打ちをかけるように、蒼祁が言葉を綴る。



「朱兎と魔法図書館に行ったらしいな? そこで聞いたとか」

「………主は朱兎様のご病気だと認知しておりました。それに、朱兎様から黙っているようにと、きつく言われておりましたので」

「それでも同じだろ。黙っていろと言われたとはいえ、本当にお優しい方なら、他の手を借りてでも治そうとするもんじゃないか?」



 弓を構えたまま、メルは沈黙した。あたしはすぐに言葉を出すことが出来ず、一歩後ずさった。



「………ねぇメル。なんで……教えてくれなかったの?」



 あたしが問いかけると、メルは構えていた弓を静かに下ろした。項垂れた顔で、丁寧に頭を下げてくる。



「申し訳ありません。朱兎様のお気持ちを尊重したいと思い………」

「………放っておいたら死んじゃうって、分かってたんだよね? なのにそれって………おかしくない?」

「……………」

「………健治が、そう判断したの?」

「…………いえ」



 メルが首を横に振る。胸に手を当て、力強くあたしを見据えてきた。



「私が、そう判断しました」



 その瞬間、メルの喉から何かが飛び出した。鋭く尖るそれは、矢の先だった。赤く濡れており、メルがその場に倒れる。睡蓮の悲鳴が上がる中、メルは震える腕で自分で矢をゆっくりと抜いた。傷口から血が流れ出す。



「俺よりも、蘭李への弁解が大事なのか?」



 くすりと笑う蒼祁を鋭く睨むメル。傷口が突然淡い光に包まれ、それが無くなった頃には、完全に傷は塞がっていた。メルが「申し訳ありません」と謝りながら起き上がる。



「……今の治癒で魔法を使い切りました」

「……………」

「魔力切れだけで致死の傷を無効にするんだから、天使はえげつないよな。羨ましい程だよ」



 メルの睨みがキツくなった。そのままあたしの隣に立ち、そっと耳打ちをしてくる。



「一回だけなら、完治させられるだけの魔力は残ってます」

「………うん」

「おい、分かっているだろうな?」



 影縫さんが、一歩前に出た。影縫さんの肩には、一羽の烏がとまっている。



「魔導石さえ奪ってしまえばいいんだ。殺そうなんてことは考えるなよ」

「分かってる………けど、そのことなんだけど……」

「魔導石を奪う? そんなこと出来るか? ああ、アレをやるのか?」



 蒼祁の言葉に影縫さんは答えず、烏が勢いよく飛び立った。物凄いスピードで上昇していく。まるでショーを見るかのように、蒼祁は面白そうにそれを眺めていた。やがて烏がぐるりと回り、急降下をし始める。



「これで終わらせてやるよ」



 烏が影縫さんの中へと入っていく。苦しそうに悶え、体を曲げる影縫さん。蒼祁は黙って見ていた。

 そして息を整えた影縫さんは、膝を折って地面に手のひらをつけた。あらゆるものの影が、影縫さんの手のひらへと集まっていく。



「この前と同じか」

「これを防ぐことは不可能だ」

「どうだろうな」



 余裕そうに笑う蒼祁。その態度に違和感を覚えた。この間はやられていたのに、黙って見ているだけなんて。

 まさか蒼祁、何か策でも思い付いたの……?



「強がりもここで終わりだ」



 影縫さんが立ち上がる。右手には、黒い球が浮かんでいた。それを空へと掲げる。

 直後、轟音が鳴り響いた。視界が真っ暗になる。体に強風がまとわりついている気がして気持ち悪い。手でそれらをかいても、風は体から離れなかった。



「っ………!」



 急に視界が開放される。ピントが合った目が映したのは、何ら変わりない・・・・・・・光景・・だった。

 影縫さんと対峙する、不敵な笑みを浮かべる蒼祁がいたのだ。



「なッ―――⁈」



 一番驚いていたのは影縫さんだった。何度も瞬きし、状況を確認している。



「貴様……何故立っていられる⁈ 百パーセントは無理でも、ダウンは狙えるはずなのに……!」

「なかなかエグい技だよな。分かっていても、防ぐことは難しい。でも相手が悪かったな。俺なら防げるんだよ」

「そんなはずあるか! これはオレの敵である以上、回避不可能だ! 無属性でも防ぎ切ることは……!」

「俺というか、魔導石を持っていればだな」



 魔導石を持っていれば? でも前回は、防げてなかったよね? それに今は魔導石を持ってないんじゃ……。

 その疑問に答えるように、蒼祁は得意気に言い放った。



「以前は全く読めなかったから無理だった。けど今回は、魔力量が分かっている。なら話は早い。その分だけの闇属性魔法を防げばいいんだよ」

「……無属性魔法、ということか?」

「まあそれでも良いんだが、魔導石の無属性は、術者もしくは魔法自身に触れていないと発動されない。お前の魔法のように、霧タイプの魔法には分が悪いんだよな」

「なら一体………」

「普通に暮らしていたら、知るわけないんだけどな。蘭李、覚えてるか?」



 蒼祁があたしを見る。影縫さんやメルの視線も向けられた。

 闇属性を防ぐ魔法? 無属性以外にそんなもの、魔導石にあったっけ。全ての魔法を覚えているわけじゃないから、分からないんだけど……。

 あたしが首を横に振ると、蒼祁は右手を出し、呪文を唱えた。手のひらの上に、白く光る球状の『何か』が現れる。



「光と闇は普通、相対することは無いんだ。環境によって支配されてるからな。けど魔導石は、その支配を受けないんだよ」

「………あっ……」



 それを聞いて思い出した。シルマ学園にいた時、とある実験をやったことを。



「思い出したか」

「そっか……そういえば、そうだった」

「何だ?」

「蘭李、説明してやれよ」



 なんであたしが、とは思ったが、早く説明しろと影縫さんの顔が言っている。あたしはアウターのポケットから魔導石を取り出し、それを見せながら言った。



「魔導石はいつでもどこでも、どんな魔法でも使える。ということはつまり、光属性も闇属性も使えることが出来る。だから昔……蒼祁がね、実験したんだよ」



 ――――――――光と闇、普段なら決して交わらないこの二属性をぶつけたら、一体どうなるんだろうな。



「…………まさか……」

「そう。そのまさかだ。何となく予想出来るもんだったけど、今まではそれを実現出来なかった。だから光や闇おまえらは、何の不安も無かったんだよな?」



 光と闇は、互いに有利であり不利でもある関係だと描写されることが多い。あたしもそのイメージが強かったし、実際の魔法でもそうなのかなって思ってた。でも実際に証明することは不可能だった。魔法道具でも無理だったらしい。

 けどそれを証明したのが、魔導石だった。魔導石で光属性と闇属性の魔法を、同量同強度で作り出し、ぶつける。ただそれだけの実験だったけど、それは多くの魔力者のどよめきを生んだ。



 ぶつけた瞬間、光と闇は相殺されたからだ。



「相殺だと……?」

「そう。一方が一方を支配するわけでもなく、相殺だ。魔力量や強さに優劣があっても、ある程度魔力量があれば相殺することができ、それ以上は何も起こらなかった。後は言わなくても分かるよな?」



 つまり、影縫さんがさっきの魔法を放った瞬間、蒼祁は光属性の魔法を放った……ってこと?

 影縫さんが唇を噛み締め、声を荒らげて叫んだ。



「そんな馬鹿な話があるかッ! アレと同程度の魔力なんて―――」

「ああ。だから結構魔力は削られたよ。流石だな」



 影縫さんがその場に膝をついた。苦しそうな呼吸をしているが、それでも強く蒼祁を睨みつけている。

 かなり魔力を削られたとは言っているけど、今普通に魔法使ってたし、まだ余力はあるみたい。一体蒼祁は、いくつ魔導石を持って………――――――。



 ―――――――…………いや、ありえない。そんなことはありえないはずだ。



 蒼祁を見る。勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っている。呪文を唱え、左手には黒く光る球―――おそらく闇属性の魔法なんだろう、それを作り出した。そして、右手の光と左手の闇を近付ける。魔法が互いに触れた瞬間、両者共弾けて消え去った。



「な? これで分かっただろ?」



 蒼祁の言葉に、影縫さんは拳を震わせた。しかし依然として、あたしには疑問が残っていた。



「………ねえ、蒼祁」

「ん? なんだ?」



 明るい声。そこからは、朱兎に似ているものを感じた。あたしはもう一度蒼祁の全身を眺め、確認してから問いかけた。



「やっぱり蒼祁………魔導石持ってないの?」



 あたしの言葉に、全員が沈黙した。メルや影縫さんは驚愕の目を、そして蒼祁は不敵な笑みを向けてきている。

 それもそうだろう。けど思い返してみても、さっきのことも含め違和感が募るばかりだった。



「蘭李様……?」

「おかしいんだよ」

「どこがだ?」



 影縫さんが横目で見てくる。蒼祁は沈黙を貫いていた。妖しく笑いながら、あたしの言葉を待っている。あたしは握っていた魔導石を、もう一度メル達に見せた。



「この魔導石は、必ず肌に触れていないと魔法を発動出来ないの。でも蒼祁はさっきから、そんな素振り一切見せてなかった」

「そんな制約があったのですね」

「だが奴は現に魔法を発動してるぞ。足とかにくくりつけているんじゃないのか?」

「違うの。魔導石は手に持ってないとダメなの」

「手………ですか」

「そう」



 何でも出来る魔導石。しかしそんな道具にも欠点はある。

 それが、魔法の発動条件だ。手に持って呪文を唱えないと、魔法は発動しない。それだけのことだったけど、案外それは馬鹿に出来ない条件だった。



「そうは言っても、光属性も闇属性も使っていたじゃないか。それはどう説明する?」



 影縫さんの言葉に、あたしはすぐに反応した。



「蒼祁の魔法は『つくる』魔法。だったら、光や闇を作り出してもおかしくはないんじゃない?」

「………そうは思えないが」

「しかし、可能性はありそうですね」



 どうやらメルは賛同してくれるみたいだ。メルはちらりと蒼祁を見て、密やかに呟いた。



「もし魔導石を持っていないとすると、魔力を使い切らさせるのが最善の策でしょう」

「だね。さっきの影縫さんの魔法で大分削られてるだろうし、もしかするとあと少しで―――」



 あたしがそう言っている途中で、突然蒼祁の姿が消えた。そう認識した直後、体が思いっ切り後ろへと引かれた。その間に頬に飛び散ってきた、赤い液体。何かに背中がぶつかった瞬間、目の前で起きた光景をやっと理解することが出来た。

 メルの、お腹が斬られた。

 彼女の上半身と下半身が、お腹で二つに裂かれたのだ。



「…………え………?」



 メルが張ったであろう結界の破片と共に、どしゃり、どしゃりと体が地面に落ちる。レンガ色の瞳は大きく見開かれ、悔しさを含んだような驚いた表情をしていた。ついさっきまで動いていた口も手も足も、何も動いていない。その瞬間、あたしは認識した。



 メルは、殺されたのだと。



「ッ……⁈」



 しかし、メルの体は眩しい光を放って輝き始めた。光が止むと、そこにメルの姿は無くなっていた。何が起きたのか全く分からない。蒼祁も不思議そうに、メルがいたはずの場所を眺めていた。



「天使に死は訪れない………か」



 蒼祁が、右手に持つ刀の刀身をハンカチで拭いた。刀身はもとの銀色の輝きを戻し、対してハンカチは真っ赤に染まっていた。



「まあいい。さて、次は………」

「影縫さん! 来て下さい!」



 背後から甲高い叫び声が響いた。振り向くと、桃色の髪をした少女―――梅香があたしの肩に手を置いていた。影縫さんがこちらに走ってくる。梅香が手を伸ばし、影縫さんの指先に触れる。

 ――――――瞬間、視界が切り替わった。



「え………?」



 緑に囲まれた、目の前に建つログハウス。背後には山が見え、辺りに人の気配は全く無かった。

 この場所をあたしは知っている。知りすぎている。

 何故ならここは、蒼祁と朱兎の家だったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る