15話ー⑫『強いられる選択』
「あなた方………」
あたし達を見たマイさんは、驚嘆の声を上げた。濃緑の視線がちらりと背後に流される。その先を見ると、カラフルな西洋風の家を模した建物の前で座りこんでいる蒼祁がいた。蒼祁の周りには結界が張られ、さらに数メートル離れた周りで、多くの魔警察が蒼祁に銃口を向けている。しかし発砲する様子はなかった。状況を聞くと、マイさんはばつの悪そうな顔で静かに言った。
「あの建物内に多くの人質を取られています。恐らくここに訪れていた方々ですので、ほとんどが一般の方だと思われます」
「人質⁈」
てっきり園内にいた全員を殺したのかと思っていたけど……一瞬、自我が戻ったのかな……?
あたしはハクに無言で頷き、ゆっくりと蒼祁へ近付いていった。顔を上げた蒼祁はあたしに気付き、弱々しく睨んでくる。
「なんで来たんだ……!」
「蒼祁こそ、なんで「来るな」なんて言ったの? 弱ってる姿なんて見られたくないから?」
「………………もういい……さっさと殺せ………」
質問には答えず、蒼祁は建物の壁に寄り掛かって空を仰いだ。苦しそうに呼吸している。
こんなに弱っている蒼祁を見るのは何度目だろう。片手で数えられる程だけど……。いつもはあんなに涼しい顔して余裕ぶっこいて、戦いで遅れを取ることなんてほとんどなかった。風邪を引いている姿も見たことなかったし、そもそも弱味を見せることもなかった。
それが………そんな蒼祁が………こんなになるなんて………。
「…………つらかったんだね」
そう呟くと、一滴の涙が頬を伝い落ちた。驚く蒼祁の前にしゃがみ込み、腕を伸ばす。手は結界に阻まれることもなく、白い手袋のはまった蒼祁の右手を取ることが出来た。
「日記、読んだよ。ウイルスのせいだと分かっても、どうにもならなかったの?」
「……………ああ」
ひと呼吸置いて、蒼祁は続けた。
「お前らが練習していた魔法も……あれは………使用者の魔力を渡す魔法だから………無駄だと分かっていた」
「………………」
あの行為は………無駄……………だったんだ………そっ………か……………。
「………俺の自我が失われる前に……早く殺せ………」
涙を拭い、蒼祁から手袋を抜き取った。腰に装着していたポーチから拳銃を取り出す。その時初めて気付いた。
――――――自分の体が、震えていることに。
「………本当にもう、助かる方法は無いの?」
あたしが尋ねると、蒼祁は力なく笑った。
「馬鹿か………そんなこと訊かなくても……分かるだろ………」
「……………」
「第一……生き延びれたとしても………俺はそこの奴らに捕まって……殺される………どの道俺はもう……死ぬんだよ………」
でもそれは、乗っ取られていたから―――そう言おうとしても、声が出なかった。手袋を右手にはめ、蒼祁の額に銃口を向けた。両手で銃を構えているのに震えは収まらず、気になってしょうがない。しかも視界も潤んできて、照準が定まらない。
このまま蒼祁を生かしていれば、再びウイルスに乗っ取られて殺戮を繰り返す。それを止めるには、蒼祁を殺すしかもう道はない。
そんなこと、分かってるけど……分かっているけど……!
「……震えてるとズレるぞ………」
蒼祁が銃を掴み、自分の額に銃口をつけた。その体勢のまま、蒼祁はあたしを見上げる。
「……………皇は………ここに来てるか……?」
――――――栗色のニコニコとした男が頭をよぎる。突然予想外の人物が出てきて、一瞬震えが止まった。
「き、来てないけど………」
「そうか………なら最後に……忠告しておく………」
青い瞳が光る。蒼祁は声を潜め、鋭い眼差しで言い放った。
「――――――皇は、何かを隠している」
時が止まったように感じた。それは言葉の意味を理解するのに時間を要したからか。
――――――健治が、何かを隠している? 何かって……? しかも忠告って………。
それじゃまるで、何かよくないことを隠しているみたいだし……。
「………あと……」
蒼祁が、銃を掴む右手とは逆の左手で、あたしの手に被さってきた。その手は手袋をはめている右手だ。蒼祁は小さく笑った。
「――――――タイムリミットだ」
――――――――――――ドオオオオオオンッ
突然の轟音、そして周囲が一瞬にして砂煙に包まれた。あたしと蒼祁の周りには結界が張られたために、その砂煙に巻き込まれることはなかった。
「何……⁈ 何が起こったの⁈」
「人質達が爆発しただけだ」
蒼祁に振り返ると、体が硬直した。蒼祁の髪は青く染まっていた。さっきまでの苦しそうな表情はどこかへ消え、代わりに不敵な笑みを浮かべる狂気がそこにはあった。
「さっさと俺を殺しておけば、こんなことにはならなかったのになあ、蘭李?」
「お前………! ウイルスだな……!」
「半分正解、半分不正解」
あたしはトリガーに添える指に力を入れた。直後、銃口が上へ向けられ、発砲音と共に体が後ろへと倒れた。その上に蒼祁が乗り、銃口は上のまま、右手に蒼祁の手が絡まってくる。
「あくまでベースは蒼祁だよ。魔力を奪うことで記憶や性格をコピーしていくんだ。それをちょーっと俺好みにしたものが、今の俺」
「蒼祁を返せッ! 今まで殺してきた人達もみんなッ……!」
「分かりきったことを訊くなよ。それよりも蘭李。お前に話があるんだ」
「話………?」
蒼祁は……いや、ウイルスはにやりと笑った。
「俺はな、こいつの魔力を吸いきったら死ぬしかなくなるんだ。悲しきかな、共倒れだよ。ウイルスって儚い生き物だろ?」
「お前なんてさっさと死んでしまえ!」
「酷ぇなあ。ま、他の宿主に乗り換えれば生き残れるんだけどな」
「ッ……! そんなことさせるかッ!」
「まあ話を最後まで聞け。お前は俺の生存条件を知ってるんだよな?」
蒼祁が呪文を唱えると、結界がグレーに染まり、辺りの景色が見えなくなった。直後に結界に降り注ぐ、無数の金属音。あたしはウイルスを睨みつけた。
「………特殊な魔力じゃないと、栄養に出来ないんでしょ?」
「そう。普通の魔力なんか食えたもんじゃない。だから俺はこいつにとりついた」
「お前さえいなければ……蒼祁は……!」
「いちいち突っかかってくるなよ。話が進まないだろ」
蒼祁が顔を近付けてきた。
「で、だ。宿主さえ変えれば良い話なんだが、その宿主を見付けるのもなかなか難しいもんでな」
「……………」
「でも見付けちまったんだよ。最高の住処をさ」
最高の住処………? ま、まさか、慎やメルのこと……⁈ あの二人なら特殊に分類される。
そ、そんなの絶対ダメだ……! 何としてでも阻止しないと……また被害が……!
「お前だよ、蘭李」
――――――………え?
「お前は最高の魔力だ! しかも無限に魔力が湧いてくる! こんなに良い環境は滅多にない!」
嬉々としてウイルスが叫ぶ。理解が追いつかず、あたしはプチパニック状態になっていた。
魔力が無限に湧いてくるっていうのは分かるけど………最高の魔力? どこが? あたしはどこにでもいる、普通の雷属性だ。それが最高なわけがないだろう。
蒼祁は青い瞳をギロリと向けてきた。
「だからな、お前の中に引っ越そうと思うんだ。転居だよ、転居。家賃は払わねぇがな」
「………あたしの中に来たところで、お前は餓死するだけだよ。それでもいいなら来ればいい」
「何言ってるんだ? お前の魔力は特殊も特殊、異常とも言える! 俺にとってはご馳走なんだよ!」
「頭おかしくなったのか……? あたしは普通の雷属性だ。異常なのは回復力だけ」
「ああ……無知は罪だな。ま、証明すれば良い話か」
突然左手が動かされた。銃口が蒼祁の右脇腹に向けられ、人差し指が押される。乾いた音が数発、そして硝煙のにおいが漂った。
「ぐッ………」
蒼祁が上体を起こし、おもむろにコートを脱ぎ捨てた。シャツをめくり上げ、血を流す脇腹を見せつけて苦しそうに笑った。
「血を飲め。そうすれば俺はお前の中に入れる」
「ッ………⁈」
「自分の魔力は普通だと思っているんだろ? だったら飲めるよなあ?」
たしかに………あたしは普通だと思ってる。だってただの雷属性だから。
でも………こいつは、蒼祁の頭脳もコピーしている。記憶も引き継いでいるって言ってたっけ。そんな蒼祁を支配した上でこう言っているってことは………。
――――――あたしの魔力は、異常なのか……?
「家族は失いたくないだろ?」
ウイルスが不敵に笑った。いつの間にか手袋を取られており、自分の右手にはめた蒼祁は、ナイフを作り出した。その刃を脇腹の傷口に刺し、流血を促すようにぐりぐりと回し始める。鉄のにおいが一層増してきた。
「何もせずにッ………お前のところに戻ってきたわけじゃないぞ? なあ……」
「どういう意味だよ……⁈」
蒼祁はナイフを傷口から引き抜いた。ドクドクと血が傷口からあふれ出す。
「さっきの人質みたいに、家族が木っ端微塵になる姿は見たくないだろ?」
「お前……まさか……!」
ウイルスはくすりと笑った。
「俺が合図を出せば一瞬で……。それは嫌だろ?」
「ふざけんな……ふざけんなよッ!」
「だが、お前が俺と共存すれば、お前も家族も生きていられるんだぞ?」
こいつ………! 姑息な手を使いやがって……! これじゃあ、あたしは従うしか……!
「悪い話じゃないと思うけどなあ。だってお前は生きていられるんだぜ? こいつと違ってさ。ま、俺が大食いにならない限りだけど」
「お前に支配されるなんて死んでもゴメンだよ!」
「じゃあ家族は死んでもしょうがないってことか?」
「違う!」
「ゴタゴタ言ってねぇでさっさと決めろ。俺と共生するか、家族を肉の塊にするか」
そんなの………こいつを取り込むしか………!
蒼祁はあたしの上から退いた。上体を起こし、あたしはウイルスを睨みつける。そして深呼吸をして、視線を落とした。脇腹から流れる血に目が留まる。
こいつの言う通り………血を飲めば、お母さん達は助かる。大丈夫、大丈夫だ。だってあたしは、普通の魔力者なんだから。
こいつが生き残れるわけない……!
あたしは、傷口へと顔を近付けた。
「大丈夫だよ、蘭李」
ポンと肩を叩かれた。振り向くと同時に、横に誰かが立った。白と黒のブーツに黒いズボン。白いコートは腰ほどの長さで、赤いラインが施されていた。コートの中の黒いシャツは襟が立っており、そこに赤い髪がかかっていた。
視線が上がっていく度に、心臓がドクンドクンと鳴り響く。髪の大半は黒のとんがり帽子で隠され、優しく笑うその瞳は、赤く光っていた。あたしは彼を見て、唖然として口を開いてしまった。
――――――何故、ここにいる? どうして、ここにいる?
「朱兎…………?」
そう。そこにいたのは、朱兎だった。
蒼祁に殺されたはずの、朱兎だった。
「―――――――――そうだよ」
朱兎はにこりと笑った。いつもみたいに、無邪気な笑顔を浮かべ、そして――――――。
――――――――――――バッキイイッ
蒼祁を、思いっきり殴った。
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