14話―④『理由』

「へぇー! よろしくー! 慎!」



 雷が慎と握手する。その後なぜかあたしを見て、ニヤニヤと笑ってきた。



「なに?」

「別にぃ~?」



 怪しいなぁ。その言い方。変なこと考えてないといいけど……。

 ハクや紫苑達も慎に挨拶する。最後に、健治が慎に笑いかけた。



「よろしく。俺は健治。こっちは天使のメル」

「よろしくお願い致します」

「て……天使……⁈」



 まじまじとメルを見る慎。

 そりゃあ驚くよねー。天使なんてそうそう会えないからねー。あたしについてると、もれなく悪魔も見られるけど………。

 あたし達がやって来たところは、もちろん皇家。慎の探してる人がみんなの中にいないとも限らないし、一人になりたくないって言ったし、今日は特訓もしたかったし。

 慎の挨拶が一通り済んだところで、あたしはくるりと振り向いた。



「というわけでハク! コノハの練習付き合って!」

「オッケー」

「俺もいいか?」

「いいよー! 行こー!」



 ハクと槍耶とトレーニングルームへ、いざ行こう!

 ――――――と、思ったのに。



「………………あの」



 慎に、手を掴まれ制止させられた。



「あの、離して」

「………僕の家行かない?」

「は?」



 来たばかりで突然何言ってんだか。行くわけないでしょうが。



「それかアンタの家でもいいから」

「なんで? 行かないよ」

「頼む……!」

「だからなんで? 一人になりたくないんでしょ? ここでいいじゃん。みんな優しいよ」

「まさか蘭李に優しいと評されるなんて……」



 ハクの驚きは放っておこう。

 慎はそれでも手を離そうとしなかった。それどころか俯きがちに、握る力を強めてきた。その行為にイラっとくる。



「あのさあ……何なの? 明確な理由があるならハッキリ言いなよ」

「……………」

「無いなら離してよ」

「まあまあ蘭李。落ち着いて」



 険悪な雰囲気を悟ったのか、健治がニコニコ笑いながら近寄ってきた。



「きっと、引っ越したばかりで不安なんだよ。俺達ともいきなりの顔合わせだったしさ」

「一人になりたくないって言ったから連れてきたのに………」

「………違うんだ」



 ついに声を出した慎。みんなが慎に注目する。慎は深呼吸をし、強くあたしを見据えてきた。



「実は今朝………夢を見たんだ」

「夢?」

「ああ………僕が―――死ぬ夢を」



 予想外のカミングアウトに、誰も言葉を出せなかった。リビングに沈黙が流れる。

 慎が死ぬ夢………? ってことは、慎が夢の通りに死ぬ………ってこと? 慎のお母さんがおばあさんを殺したように、

 慎が、自分自身を、殺す――――――?



「だから頼む。傍にいてほしい……」



 すがるように、慎があたしの両腕を掴んだ。声はか細く、今にも消えてしまいそうに弱々しかった。

 まさか自分までも殺す力だったなんて。劉木南の力、恐ろしい。

 でも………それだったらなおさら、ここにいた方がいいよ。



「………慎くん。ここにいる人達はみんな強いよ。だからここは安全だよ」



 声をかけると、慎はゆっくりと顔を上げた。あたしは笑みを浮かべてみせる。



「それにね、最強の双子もいるんだから」

「最強?」

「そう。今呼ぶから―――」



 その瞬間、ガチャリとドアの開く音がした。そちらに目をやると、まさに呼ぼうとしていた蒼祁と朱兎がやって来ていた。



「ナイスタイミング!」

「は?」



 頭おかしいのかこいつは―――みたいな目で見られる。あたしは二人に、慎の事情を説明した。聞き終えると、蒼祁は嫌そうにため息を吐いた。



「またお前は面倒事を……」

「うるさい! それでね、今日残りの時間、ここで慎くんのこと守ってあげててよ!」

「はあ? なんで俺が」

「なんかあったら手伝うからさ! 蒼祁と違ってあたし達は特訓しないといけないから!」

「弱いもんな」

「うるさい! てことでよろしくね!」



 半ば強引に押し付けた。いや、押し付けたわけじゃないもん! なんだかんだ言って蒼祁って頼み事聞いてくれるし、実力に問題無いから安心出来るじゃん! だから頼んだの! そんであたし達は特訓してればほら! 効率いいじゃん! さすがあたし!

 まだ何か言いたげな慎を放っておき、あたしはハクと槍耶を連れてリビングを後にした。ハクにじと目で見られる。



「いいのかよ。丸投げで」

「大丈夫! どうせ蒼祁やることないんだろうし!」

「そういえばあの双子、学校には行かなくていいのか?」

「高校受験してないと思うよ?」

「マジ? 行かないのかよ」

「行かなくても問題無いんだろうし……」



 魔力者の職業なら、就こうと思えば就けるだろうし。ま、こっちが何か言う必要無く、ちゃんと考えてるんだろう。

 そんなことより自分の方が大事! あたしはもっと強くならないと! あの悪魔にも負けないくらいにね!

 意気込んだあたしは、ハク達を引っ張ってトレーニングルームに向かった。



「雷達は行かないのかい?」

「うちと紫苑は休憩ー。海斗は?」

「銃の整備するから今日はパス」

「そっか」



 いつも通りの会話。蒼祁はテレビ前のソファーに座り、本を読み始めた。朱兎も隣に座るが、何故か心配そうに兄をチラチラと見ている。そんな彼を気にかける健治だが、何かを言うことはなかった。



「ねぇねぇ慎く~ん?」



 あからさまに怪しい口調で、慎の隣に座る雷。彼は彼女と距離を少し離したが、雷は露骨に近寄ってきた。



「もしかしてなんだけど~……蘭李のこと好きなの??」

「え?」



 ニヤニヤと雷が笑う。慎は戸惑ったような表情を浮かべている。



「だってさ、やけに蘭李と一緒にいたがるから……」

「そ、それは……夢のことがあるから……」

「でもうちらでもいいじゃん? 頼るのはさ。それでも蘭李に頼ったってことは………ひょっとして⁈」

「雷……さすがに飛躍し過ぎてないか?」



 紫苑が呆れたように呟いた。瞬時に雷が反論する。



「紫苑だって変だなって思わなかった⁈」

「うっ……まあ、そりゃちょっとは思ったけど……」

「でしょ⁈」

「ま、待ってよ。僕、別に好きなわけじゃ……」

「隠さなくていいよ~? 何なら協力するよ⁈」

「ごめん。こいつこういう話大好きだからさ……」



 何故か雷の代わりに紫苑が謝った。慎は笑ったものの、その笑みは引きつっている。彼の前のソファーでは、海斗が黙々と銃の整備を行っていた。



「でも蘭李とくっつくのは大変そうだよね~」

「そうか? チョコ渡せば簡単に釣れそうだけど……」

「そういうことじゃなくてさ………ほら、コノハが……」

「…………あぁ」



 納得したように頷く紫苑。健治も「そうだね」などと苦笑いを浮かべた。その反応が理解出来ず、思わず慎は問いかける。



「コノハ……って、魔具……ってやつだよね?」

「そう。蘭李とずっと一緒にいる魔具」

「銃だけじゃなくて男にも蘭李を取られたなんて聞いたら………今度こそ蘭李を殺しちゃいそうだね……」

「え……? こ、今度こそって……?」

「コノハ、一回蘭李のこと殺しかけたから」

「え………⁈」



 瞬間、慎以外の脳裏に蘇る、コノハの一件。「あの時は凄かったな……」と、もはや懐かしげに思い出していた。

 そんな彼らに、慎はおそるおそる声をかけた。



「ま、魔具って危ないの……?」

「え?」

「魔具に殺されることって………しょっちゅうあるの?」

「いやーさすがに無いと思うよ? ねえ?」

「ああ。コノハのはちょっと特殊っていうか……」

「でも、他の魔具事情なんて知らないだろ」



 異論を唱えたのは、海斗だった。カチャカチャと作業をしながら、淡々と彼は話す。



「もしかしたら、ああいうことは普通なのかもしれないし」

「たしかに………断言は出来ないな」

「夏も魔具持ってたんだよね? 夏からそんな話、聞いたことないけど……」

「あの人が特殊だったのかもしれないだろ」

「そうなのかなぁ」



 彼らの会話は続く。完全に置いていかれた慎は、肩をすぼめながらコップに入った緑茶を飲んだ。見かねた健治が、小さく笑いながら彼を見る。



「慎は魔具が欲しいんだよね?」

「えっ? ああ、はい……」

「そうしたら今度、魔法道具屋の所に行ってみるといいよ。さっき雷が言っていた夏って人がそうなんだ」

「魔法道具屋……ですか?」

「便利な道具がたくさんあるんだ。試しに何か買ってみるといい」

「ねえー! 蒼祁はどう思うー?」



 突然雷が叫んだ。呼ばれた蒼祁は、気だるそうに彼女へと目を向ける。



「何が」

「魔具のこと! 持ち主を殺すことってしょっちゅうあるのかなー?」



 パタン、と蒼祁は本を閉じた。それをテーブルに置き、立ち上がる。スタスタと歩きながら、彼は言い放った。



「持ち主を殺すかは分からないが、歪んでいることは確実だろうな」

「歪んでる?」

「性格がイカれてるってことだよ。お前らも思うだろ?」



 誰も肯定しなかった。が、否定もしなかった。蒼祁はピタリと立ち止まり、慎を睨み付けた。



「お前、魔具が欲しいのか?」

「そうだけど……」

「やめておけ。魔具を持ってるってだけで狙われることだってあるんだ。魔力のことに加えて、そっちでも守ってもらえると思ったら大間違いだぞ」



 それだけ言い残して、蒼祁はキッチンへと消えていく。リビングに沈黙が流れた。何となく不穏な空気に、雷がおずおずと口を開く。



「あ、あー………まあ、魔具のことはまた後日にでも……」

「――――――でもさ」



 雷の言葉を遮って、慎が声を上げる。カップを持った蒼祁がキッチンから出てくると、彼を睨み上げた。



「蘭李は、みんなに助けてもらってばっかりなんだろ?」

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