14話―⑤『動揺』

 ――――――戻ってきたら、不穏な空気が流れていた。



「えっ、と……」



 いちいちリビングに戻るのが面倒だから、トレーニングルームに水でも持っていこうなんて話をし、みんなで取りにきたら、静寂の中で何故か蒼祁と慎が睨み合っていた。あたし達に気付いた雷や紫苑は「どうにかして!」と言わんばかりの目で訴えてくる。ハクと顔を見合わせた。

 よく分からないけど、蒼祁を止めればいいのかな。



「蒼祁? 慎に何言ったの?」



 無視された。見向きもされない。

 おいこら。せめてこっちを向けよ。ガン無視はやめろよ。



「ちょっと蒼祁……」

「お前はこいつをどうこう言える立場じゃねぇ」



 無視された上にわけの分からないことを言い始める蒼祁。

 え? 今の慎に言ったんだよね? 一体何の話をしてるんだよ。



「文句を言いたいなら、守る側になってから言え」



 守る側? ホントに何の話をしてるの? 全然分かんない。



「あと………」



 ビッとあたしを指差す蒼祁。そして、嘲笑しながら言い放った。





「こいつ、好きな人いるから」





 ―――――――――………は……?





「…………えっ⁈ ええっ⁈」

「うそマジで? 誰?」

「誰っ⁈ 誰っ⁈」



 光の速さで雷が飛んでくる。逃げようとしたら、背後からハクに肩を掴まれ、なんと挟み撃ち。

 う……ウソでしょ……⁈



「いっいないからっ! いないからっ!」

「いるって言ってたじゃんか。前」

「言ってないッ! 言ってないよッ!」

「前⁈ どれくらい前⁈ 誰なの⁈」

「ちょ……違う!」

「何が違うんだよ。顔真っ赤だぞ?」



 後ろからハクのにやけ顔が覗く。雷も目を輝かせて迫ってきた。

 な、なんでいきなりそんなこと言うんだよ蒼祁! ていうか何で知ってる⁈ は⁈ 絶対蒼祁に言うわけないのに!

 こ、こうなったら……!



「コノハッ!」

「えっ?」



 背負っていた鞘からコノハを抜いた。「マズイ!」といったような表情になる雷。もう遅いんだよ!

 直後、コノハから電撃が放たれた。近くにいた雷やハクにはもちろん直撃し、リビング中に電撃が飛び散る。



「いったーい!」

「蒼祁のせいだからねっ!」



 そう言い残して、あたしはリビングから飛び出していった。そのまま健治家を後にする。

 もー最悪だ! 明日からどうすればいいんだよこのやろーっ!









「いって……まさか電撃放ってくるなんて……」



 白夜は床に倒れながら呟いた。彼女と雷は至近距離で食らった為、体の痺れはなかなか取れないでいた。健治や紫苑達ソファーに座っていた組は、メルの結界によって守られ、槍耶と朱兎は運良く当たらずにいた。

 蒼祁は食らったらしく、しかめっ面をして膝をついていた。その足元には、割れたカップと濃茶の液体が散乱している。健治が物珍しそうに彼を見下ろした。



「珍しいね。蒼祁が避けられなかったなんて」

「……うるせぇな」

「アニキ! 大丈夫⁈」



 蒼祁のもとに、すぐさま朱兎が駆けつける。メルは割れたカップを片付ける為、ほうきとちりとりを取りに行った。



「いやあ……すっごい動揺してたね……あれは絶対いるわ……」

「ポジティブだな……雷」



 倒れたままニヤニヤする雷を、呆れ顔で見下ろす紫苑。海斗は変わらず作業を続けていた。そこへ槍耶がやって来る。慎は、蘭李の出ていったドアをじっと見据えていた。



「……………」

「どうしたんだい? 慎」

「………僕、アイツにバッグ渡してくる」

「え?」



 蘭李が置いていったスクールバッグを掴み、慎は立ち上がって駆け出した。リビングを勢いよく飛び出していく。途端に雷が目を輝かせた。



「やっぱり慎は蘭李のこと……!」

「どうだかなあ……」

「ていうか雷、私ら全然状況が分かんないんだけど」

「えーっとねぇ!」

「君達寝ながら話すのかい?」

「アニキィ……大丈夫?」

「ああ………それよりも朱兎……」



 心配そうな赤い瞳を見つめ、蒼祁が囁いた。



「あいつらを追いかけろ」



「はあ………」



 無我夢中で走ってしまった。立ち止まり、上がった呼吸を整える。汗を拭いながら、ふと気付いた。今着ているのは制服。そして背中にはコノハ。スクールバッグは無い。

 マズイ。さすがに制服で剣背負ってたら異質だ。バッグ置いてきちゃったし……仕方ない。なるべく目立たないように持つか。

 コノハを下ろし、胸の前で抱き抱えた。そのまま歩き出す。



「あーあ………」



 落ち着いてきたら、さっきのことを思い出してしまった。気分が沈む。

 何てこと言ってくれたんだよ蒼祁は……ていうかあたし、蒼祁にそんな話したっけ……? 記憶に無いんだけど……。



「好きな人いるって本当なのか?」



 見上げると、秋桜が夕空をバックにふよふよと浮いていた。あたしは答えないで、顔を下げた。秋桜も近付いてくる。



「答えろよ」

「秋桜には関係ないでしょ」

「あいつらの中いるのか? それとも学校の奴か?」

「関係ないでしょ」

「なんかやっとアンタに親近感持てたからさ」



 親近感? 何それ。秋桜にも好きな人がいたってこと? そう訊き返すと、秋桜は悲しそうに笑った。



「………まあな」

「…………そうなんだ」



 反応を見る限り、叶わなかったんだろうなあ。まあ……あたしも叶わないだろうなあ。そもそも告うつもりもないし。だから誰にも教えずにいようと思ってたのに……。



「だから教えろよ。協力してやるからさ」

「いいよ別に。告うつもりないから」

「なんで」

「だって………どうせ叶わないだろうしさ」



 そう言ったら、何故かクスクスと笑われた。



「なに?」

「いや………本当に俺の子孫なんだなあって思って」

「え?」

「何でもない。でも絶対告った方がいい。後悔するぞ」

「別に―――」

「蘭李ッ!」



 町中に響く声。振り向くと、あたしに向かって手を振る男子がいた。目を凝らしてよく見ると、それは慎だった。慎が交差点の反対側にいた。手を振る反対の手には、スクールバッグが二つ握られている。



「バッグ! 届けに来た!」



 うっそ……! マジかぁああっ……! よくやった! 慎! なんか感動で泣きそうになってきた!

あたしは交差点へと走っていった。



「ありがとー!」



 信号がちょうど青になる。あたしは全速力で駆けた。慎は歩いてくる。

 いやあ蒼祁とは違うね! 慎は優しいよ! さっきはキツくしてごめんね! もうそんなことしないから!





「危ないッ!」





 ―――――――――――え?





 横断歩道を渡っていたその時、秋桜の叫び声に反応して立ち止まってしまった。





 右を向くと、トラックが目の前に迫っていた。





 ――――――え………⁈ 間に合わない……!







 ――――――――――キィイイイイイイイイイッ







「ガッ……!」



 道路に体を打ち付けた。全身に激痛が走り、頭を押さえる。液体の感触がした。



「キャアアアアアッ⁈」

「誰かああッ! 女の子が轢かれたッ!」

「救急車ッ!」



 辺りから叫び声が上がる。交差点に止まった車の運転手が数人、あたしのもとへと駆けつけてくれた。

 魔法で出来る限り避けようとした。でも間に合わず、トラックに撥ね飛ばされてしまった。全身がものすごく痛む。



「大丈夫か⁈」

「……うっ………あ……」

「止血しないと!」



 頭の傷口をハンカチで押さえつけられた。だんだん意識が朦朧としていく中、視界の端に慎が映った。

 慎の夢のせい……かな………慎には……当たらなかった……のか………よか……っ……―――――――。





 ――――――――――暗転。

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