11話ー⑬『冥界への道』
気付いたら、真っ暗闇。どこを見ても、闇が広がっている。なんだか似たような経験をした覚えがある。その時は黒じゃなくて、白だったけど。
ここはどこなんだろう。そもそもあたしは、さっきまで何をしていたっけ。
えーっと……えーっと………。
「また子供なのカ」
「うわああああっ⁈」
だっ誰かいる⁈ 声が! 聞こえた! けど見えない! まさか………幽霊⁈
「魔力者ならば、仕方無いことカ」
パッと視界が明るくなった。いや、明るくなったというより、暗闇の中に浮かび上がった……と言うべきかな。
目の前に現れたのは、三つの頭を持つ巨大な狼。そしてその後ろに、さらに大きな扉があった。
「華城蘭李。だがオマエ、自ら命ヲ投じたナ?」
ギロリと、六つの赤い目玉があたしを見下ろす。めちゃくちゃ怖くて、思わず後ずさった。
く、食われる……! あたしの名前知ってる……! 化け物に、引きちぎられる……!
「そんなことするカ。ワレらガ食うのハ記憶だけダ」
心を読んだかのように返してくる狼。
よ、よかった………食べるつもりは無いみたいだけど……記憶を食べるって………?
「オマエ、ここガどこだか分かるカ?」
「えっ……えーっと……分かりません」
「ここハ冥界へノ道ダ」
――――――メイカイ?
「オマエハ血ヲ流しすぎタ。故ニもうじき死ヌ」
―――――………あー、思い出した。全部。そうだ。そうだったね。
そっかあ………じゃああたし、死んだのかあ………。
「正確ニハまだ死んでいなイ。まあ死んだも同然だけれどモ」
「はは……つまりあなたはお迎えってことですかね?」
「違ウ。ワレらハこの門ノ番人ダ。迎えなど誰ガするカ」
門の番人……。なんか、こんな感じの獣、どっかの神話で聞いたことあるような……。
「それよリ。オマエ、何故身ヲ投じタ?」
「え?」
身を投じた? あたし、そんなことしたっけ。
「魔具ヲ庇わなければ、オマエハ確実ニ助かったはずダ。それなのに、わざわざ身ヲ犠牲ニしてまで、あの魔具ヲ助けたかったのカ?」
狼は、犬のようにお座りをしている。口を動かしている様子はないが、声はこの狼から聞こえてきている。
むにっと自分の頬をつねってみた。痛くない。現実のことなのに痛くないなんて、変な感じだ。
本当に………死ぬんだね。あたし。
「おイ。聞いているのカ?」
「………だって、コノハが死ぬとこなんて見たくなかったから」
「ハ?」
――――――それは、単純明快な理由だった。
「コノハはさ、武器としての役目を果たせたなら、あたしのせいで死んだって構わないとか言ってた。でもさ、あたしからしてみれば、助けられるかもしれないのに目の前で死んでいくところを見ているなんて、そんなこと出来ないよ」
だからあの時、銃も使ったしコノハを庇った。だってそれで助けられるかもしれないって思ったんだもん。
「あたし、間違えてないよね? 普通みんなそう思うでしょ? 大切な人を守るためなら、約束を破ってまでする。絶対みんなそうするでしょ?」
「だが、あノ魔具ノ心理ハ、そもそもオマエガ引き起こしたものだろウ?」
ずばり言われて、何も言えなくなった。
たしかにその通りだよ。コノハに言われるまで、全く気付かなかった。コノハがあんなに悩んでたなんて、知りもしなかった。その結果、コノハを狂わせ、あたしは死んだ。
自業自得………ってやつだね。全く……。
「オマエハ環境ガ悪かったナ。もしちゃんとした家系ニ産まれていれば、こんなことにハならなかっただろウ」
「……あたしもそう思う」
もっと知識があれば、コノハとの接し方も違っていたはずだ。……いや、違うね。
もっとコノハのことも考えていれば、例え魔力者家系でなくたって、コノハを苦しませずに済んだはずだ。
あたしは自分のことばかりで、全くコノハのことを考えていなかった。それがいけなかったんだと思う。
「そうだナ。まあ仕方無イ。もう全て終わったノだかラ。あとハ何もかも忘れて転生するガ良イ」
「そういえば、記憶を食べるって言ってたけど……」
「死んだものらノ記憶ヲ、ワレらガここデ食ウ。そうして冥界へト送るのダ」
「なんでそんなことを?」
「記憶ヲ持ったままでハ未練ガあるだろウ。未練あるものハ幽霊となり、やがてモノノケとなル。それを防ぐ為、ワレらガ食らってるのダ。最も、それヲ邪魔する輩ノせいデ、半分くらいハ幽霊ニされているノだガ……」
へえ。幽霊ってそうやってなるんだ。しかも邪魔するやつのせいって……誰がそんなことしてるんだろ。ハクに訊いたら分かるかな。
――――――………そうだ。もう会えないんだっけ。
そう思うと、寂しいな………。
「安心しロ。それも全て食ってやル」
「そんなことさせぬ」
―――――――――え? 今の声って………。
振り向いた。あるはずのない心臓が、ドクドクと高鳴っている。黒で塗りつぶされた空間に、ポツンと色を持つものがいた。黒いポニーテールに、白い和服。蜜柑色の瞳は、真っ直ぐにあたしを見据えている。
「帰るぞ。蘭李」
そう。あたしの先祖「華城蜜柑」が、そこには立っていた。
「な、なんで蜜柑が⁈」
「知らん。おぬしの体に飛び込んだら来れた」
何それ⁈ そんな「来ちゃったぜへへー」みたいなノリで来れたの⁈ ここ冥界への道じゃなかったの⁈
も、もしかして………蜜柑は既に死んでるから? ここに来るのも楽勝~……みたいな?
「華城蜜柑。不当ニ蘇った魂ヨ。オマエならまだ間に合う。今すぐワレらニ記憶ヲ食わせるのダ」
「嫌じゃ。我にはまだやることがある」
「もうコヤツハ死んダ。守るべきものハいなくなっタ。大人しく転生するガ良イ」
「蘭李はまだ死んでおらん!」
蜜柑の叫び声で、空間が揺れた気がした。チラリと見ると、怒っているわけではなさそうだった。けど、真剣な顔をしていた。
「まだ息がある! その門をくぐらない限り、こやつは死なないのじゃ!」
「体ガ限界ヲ迎えたら、強制的ニ魂ハ門へト吸い込まれル。ここデ粘ったところデ、無駄ナことダ」
「それならっ……!」
蜜柑があたしの手を掴み、ぐっと引き寄せた。そのまま走り出したもんだから、一瞬コケそうになった。
「この道は現実へと続いておる。時間切れになる前に帰るぞ!」
「まっ、待ってよ蜜柑! あたし別に……」
「このまま死んでもいいのか⁈ 悪魔の筋書き通りに、息絶えても⁈」
「でも生きる資格なんて無いッ!」
思いっきり手を振り払った。あたし達は立ち止まり、互いに睨み合う。
「あたしはコノハのこと、何にも分かってなかった。ずっとずっと苦しめ続けてきた。自分勝手に生きて、コノハをおかしくしていった。それでいて大切な存在とか言って………バカみたい。そんなあたしが生きる資格なんて無いじゃん。それに、コノハがあたしの死を望んでるなら、それでコノハが救われるなら………」
あたしなんて、死んでしまった方が………。
「――――――何馬鹿なことを言っておるんじゃああッ!」
怒鳴られた。そして、頬を叩かれた。驚きで動けなかったあたしの胸ぐらを、蜜柑は勢いよく掴み上げ、ギラギラと目を光らせ睨んでくる。
「ぬしの中にはコノハしかおらぬのか⁈ コノハが「死ね」と言えば、おぬしは死ぬのか⁈」
「そういうわけじゃないけど………」
「ならば何故わざわざ死のうとする! 助かるかもしれぬのじゃぞ⁈ ならば抗え! それに我らもぬしを助ける!」
――――――助けられるかもしれないのに目の前で死んでいくところを見ているなんて、そんなこと出来ないよ。
それ………あたしも思った………コノハに対して……。
「でも………帰ったところで、コノハとどう接すれば……」
「そんなこと帰ってから考えろ! 今は帰ることだけに専念するのじゃ!」
再び手を引かれる。されるがままに、暗闇の中を走っていく。
コノハに拒絶されたら。とか、また傷付けたら。とか、色々不安なことがある。あたしは生きてていいのか。とか、迷惑じゃないか。とか………色々………。
「………怖い……」
そう呟くと、何かのスイッチを押したかのように、涙がポロポロと流れ出てきた。蜜柑は、走りながら振り向いてくる。
なんで………とまらない……魂だけのはずなのに涙が溢れてくる………。
「なんじゃ。何が怖いのじゃ。言ってみろ」
蜜柑が強い口調で訊いてくる。その威圧からか、誘導されるように言葉は涙と共にこぼれた。
「コノハに会うのも、みんなに会うのも怖い………コノハのこと、ぞんざいに扱うやつって思われてる……きっとみんな距離を置く………コノハだって今さら戻ってくるわけない………」
――――――結局のところ、一人になるのが怖いんだよ。
本当に、自分勝手なやつだよね………。
「ぬしは本当に馬鹿か」
――――――…………は……?
「おぬしが何故、今まだ生きておるのか、考えてたか?」
な、なんで生きてるか? それは……単純に………。
「まだ、体が生きてるから………」
「だから! その体が何故まだ生きてるか考えたか⁈」
「え……? だから、体がまだ耐えてるから……」
「何の処置もしないでいたら、おぬしはとうに死んでおる!」
え………? そ、それって……。
「メルと双子がぬしの治癒を行っておる! 天神は眼鏡の医者を呼びに行った! 他の者達は悪魔を止めておる! これを聞いてまだ怖いと思うのか⁈」
みんなが………助けてくれてる……? 本当に……? そ、そんなの聞いたら………。
「…………うっ……うわああああん!」
「泣いてる暇があるならもっと足を動かせ!」
泣きじゃくった。走りながら。蜜柑にはまた怒られたけど、涙が止まらなかった。
「うっ……うっ………ありがと……蜜柑………」
「ったく……そういうのは帰ってからにせい。それに、もし誰もぬしを助けなかったとしても、引きずってでもぬしを生かすからな」
「何それ………超迷惑………」
「なんじゃと?」
―――――――――ドクンッ
「え――――――⁈」
突然、心臓が高鳴った。主に左腕や右肩に、痛みが生まれてくる。それはだんだんと強くなっていった。
「いッ―――⁈」
「どうした⁈」
「いっ……痛い……!」
「ッ……! 耐えろ! 止まったら間に合わなくなるぞ!」
分かってる。たぶん止まったら二度と動けなくなる気がする。
けど痛い………! 休みたい……! 止まりたい……! なんで急に痛みなんか……!
「現実へト戻れバ戻るほど、体ガ負っている痛みモ戻ってくル。当然だろウ」
狼の声が木霊する。けど、振り向いてもいなかった。この空間にいれば、どこからでも話しかけられるのかな。まさに番人。
………痛い! 早く解放されたい……!
「大丈夫か⁈」
「なんとか……! ゴールはまだなの……⁈」
「分からぬ! とにかく走れ!」
終わりが見えないなんて……! つらい……! 早く……! 早く……!
「残念だガ、タイムリミットダ」
うそ………⁈
ぐっと、体が後ろに引かれた気がした。蜜柑が何とか掴んでてくれたから大丈夫だったけど、紐で引っ張られているかのような力はまだ働いていた。
門に吸い込まれるって……こういうこと……⁈
「耐えろ! 蘭李!」
「ッあッ――――! いッ……!」
全身に激痛が走った。とんでもない痛みが身体中に生まれてる。蜜柑がいなければ、とっくにお陀仏だった。
いたい……! いたい……! いたい……! いたい……! はやく……! はやく……! はやく……! はやくかえりたい……!
「もう諦めロ」
「黙れ! まだ間に合う!」
意識が朦朧としてきた。痛みのせいなのか、記憶を取られてるせいなのか。分からないけど、早く解放されたい。早く、帰りたい。
早く、はやく―――――――――。
――――――――――――トンッ
「えっ?」
背中を、押された。次の瞬間、体が落下していく浮遊感に襲われた。痛みはあるけど、蜜柑の姿はどこにもなかった。
急いで顔を上げた。誰かがあたしを見下ろしている。黒い髪を一つに縛り、桃色の目で優しく笑っている。
まさか…………あの姿は…………!
「もも、こ―――――――――」
―――――――――――――ブツッ
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