11話ー⑫『コノハ』

 自分がどうやって生まれたかなんて、知る由もないし知りたくもなかった。ただある時そこに存在し、魔具としての役目を果たせれば、それでよかった。



「よろしくね! あたし蘭李!」



『蘭李』が僕の手を握り、ぶんぶん振り回してくる。それが終わったかと思うと、ぺらぺらと自分のことを語り始めた。正直何言ってるか分からなかったし、話も長かったから途中で寝ちゃった。起きた時にはあいつも寝てたけど。


 ――――――運が悪かった、とは思わなかった。


 たしかに蘭李は、変な家系だった。親兄弟親戚誰も、魔力者じゃない。挙げ句の果てに、こいつ自身もあんまりそれを自覚していない。

 それはおかしなことだと、誰に教わったわけでもないのに、僕はそう認識していた。そしてそう伝えても、蘭李は特に気にする様子もなかった。普通の人間のように、毎日を過ごしていた。


 案外それは、いいものだった。


 後に僕は思うようになった。魔力者のような運命を辿らなくてもいいんじゃないか。魔具としての役目を負わなくてもいいんじゃないか。

 こうして人のように過ごせるなら、それでいいんじゃないかと。



 だけど、それは唐突に終わりを告げた。



「おまえ、おかしいよ」



 神空蒼祁と、神空朱兎に出会ったからだ。



 奴らは、僕と蘭李を魔力者の世界に引きずり込んだ。関わらない方がいいって言っても、蘭李は聞きやしない。危ない目に遭ったっていうのに、縁を切ろうとしない。

 ついには、『シルマ学園』にまで入れられる始末。

 でも、それでも別によかった。はじめは嫌だったし危ないとも思ったけど、しょうがないと思ってしまった節もあった。それに、僕と蘭李で戦えると考えると、面白そうで楽しみでもあった。



 ――――――そんなの、ただの幻想に過ぎなかったけど。



「すごーい! 蘭李! 才能あるよ!」

「えっ……? そ、そうかな……⁈」

「的に当たっただけじゃない」

「ならお前は当てられるのかよ!」

「まあ……たしかにセンスはあるかもな」

「ホント⁈ やったー!」



 仲間の中で、嬉しそうに笑う蘭李。その手には、僕ではなく拳銃が握られている。



 ――――――どうしようもない恐怖に襲われた。



 蘭李が僕ではなく別の武器を使っている。僕がいるのに別の武器を手にしている。

 そして、ぼくよりもずっとすごい才能を持っていた。





 ―――――――――いつか、僕は棄てられるのではないだろうか?



「使えない武器なんていらない」



 いつかそう、見限られてしまうのではないか? そう思うと、不安で不安で仕方無かった。

 魔具にとって一番の恐怖は、誰にも使われずに廃棄されることだ。誰にも手に取られず、廃れていくこと。

 そんなのは嫌だ。そうはなりたくない。誰かの武器でいたい。一生をそれで終えたい。



「………ねぇ、それ、使うの………やめてくれない?」



 いつか、思いきってそう言ったことがあった。当然理由を聞かれたけど、答えられなかった。

 だって………なんか、恥ずかしかったから……。

 そしたら喧嘩になった。かつてない程の大喧嘩。そりゃあ理由を言わない僕が悪いけどさ、少しくらい察しろよって思った。だからしばらく、あいつと話さなかった。





 そんな時だった。

 シルマの「事件」が起きたのは。



 絶賛喧嘩中だった僕らは当然、離ればなれにいた。だからあいつは生き残るために、才能で仲間を殺した。



 僕がたどり着いた時、あいつは狂っていた。



「あたしが………あたしが死ねばよかった………みんな……ごめんなさい………ごめんなさい……」



 ――――――これは使えると思った。これを盾に、こいつから才能を封印させることが出来ると思った。

 だから僕は言った。



「もし蘭李が銃なんて使えなければ、みんなを殺すことなんてなかったよね」

「………………うん……」

「なら、もうそれ使うのやめなよ。もう二度と友達を殺さないために、僕だけを使いなよ。僕なら制御出来るしさ」

「…………うん」



 ――――――そして蘭李は、弱い蘭李に戻った。



 六支柱の事件まで、蒼祁達と会わなかったわけじゃない。けど、戦う機会はなかったからバレなかった。蘭李自身も隠したがってたし。

 これで最悪の結末は免れたと思っていた。





 そうだと思ってたのに………。





「あぁあああああッ!」



 あれは、失敗したと思った。劉木南へ護衛に行った時。ふと、あいつの才能がどれだけ潰れているか知りたくなった。だから拳銃を持たせた。

 けど、期待外れの結果だった。あの事件がトラウマ化していたことにも驚いたが、それよりも……。

 才能は潰れてなどいなかった。むしろ以前と何ら変わりなかった。



 ――――――――再び、恐怖に襲われた。

 あいつの才能は意図的に消しておかないといけない。いつ表に出て、あいつを支配するか分からない。他の連中にも悟られてはいけない。





「こいつ、銃の才能だけはピカイチだ。コノハを使うよりずっと強い」



 それなのに、またあいつが邪魔をした。



 それからは蒼祁に言われるままに、蘭李は再び銃を使うようになった。潰れることのない素晴らしい才能で、トラウマを克服しながら練習に励んだ。



 ―――――――――このままじゃ、本当に棄てられる。



 不安は、日に日に増していった。どうにかしてあいつから銃を取り上げないと。でも誰も味方してくれない。直接本人にも言えない。

 いっそ死んでしまえば………でもそれは嫌だ。あいつが他の武器を使っていると考えると、物凄く苦しい。

 どうすれば……どうすればいいんだよ……! どうすれば僕は、棄てられずに済む……⁈





「オレが力を貸してやろうか?」





 ――――――悪魔が、手を差し伸べてきた。





「……………は?」



 それは、魔獣の蜘蛛を討伐しに行った時。海斗の津波によって流された蘭李を助けに行った時だった。悪魔が追いかけてきて、突然そんなことを言ってきたんだ。



「お前、蘭李くんに対して不満があるんだろ?」

「ッ………⁈」

「オレが手を貸してやるよ」

「誰がそんなのに乗るか……!」



 すると、悪魔が顔を近付けてくる。何故だか、妖しく光るその目から視線を逸らせなくなった。悪魔はニヤリと笑う。



「怖いんだろ? いつか棄てられるかもって思ってるんだろ?」

「なっ………なんでそんなこと……」

「そりゃあ見てれば分かるさ。なあ。だからよお、お前と蘭李くんを繋ぎ止める方法、教えてやるよ」



 罠だと分かっていた。それでも、その手を拒むことは出来なかった。

 そして作戦を実行した。わざと魔警察に、悪魔とつるんでいるところを見せ、蘭李達と魔警察を戦わせる。それに乗じて死なない程度に蘭李を襲い、再会したところで「お願い」を突き出す。こういう算段だった。

 実際はそう上手くはいかなかった。でもまあとりあえず、目標は達成出来たからよかった。



「僕の願い、聞いてくれる?」

「………何?」

「もう銃は使わないで。僕だけを使ってよ」

「な………なんで?」



 なんで。なんて、言わないと分からないの?

 ――――――本当に蘭李は何も分かってないんだね。



「棄てられるのが……怖いんだ。蘭李が銃だけしか使わなくなって、僕を棄てるのが……」

「そ、そんなことしないよ! コノハを棄てるなんてそんな………」

「分かってるよ。蘭李がそんなことしないことくらい。でもね……不安なんだよ。毎日毎日それに怯えてるんだ。苦しいんだ。だから……それなら………」



 蘭李を殺して、僕も死のうと思った。

 何故殺すかって? だって、僕以外のものを使ってる姿を見ると、悲しくなるんだもん。苦しくなるんだもん。ムカついてくるんだもん。

 だから殺したいと思った。魔具ならみんな、そう思ってると思うよ?



 魔具にとって、持ち主はたった一人だけだからね。





「………………分かった」





 そして蘭李は狂った。僕に執着する、憐れな少女に成り下がった。

 だけどそれは、僕にとっては安心の出来る状態であった。僕だけを見ている。僕だけを使っている。僕がいないとあっという間に死んでしまう。僕も蘭李がいないと死んでしまう。

 そう。僕らは互いに依存しあっていればいい。



「多分あいつは、いざとなったら銃を使う。その時には、本当に殺してやれ」



 言われなくても分かってる。誰かが危なくなった時、僕がいなかった時、手元に銃があったなら、絶対あいつは使うだろう。どうせ、「非常事態ではしょうがない」とか思ってるんだろう。





 事実、ホントにそうなった。

 皮肉にも、僕を助けるために。





「…………ごめんコノハ。銃、使っちゃった……」



 もはや僕の中には、不安ではなく怒りしか沸き起こらなかった。

 何故銃を使うのか。何故約束を破るのか。そんなに僕を棄てたいのか。守るためとか言ってるけど、本当は僕のことなんてどうでもいいんじゃないの?



 所詮、武器なんていくらでも手に入る。

 ならば、僕に依存する必要はないってこと?



 僕にとっては蘭李しかいないのに。



「ねえ………なんで約束破ったの?」

「え……? だから……コノハを助けるために……」

「僕そんなこと言ってないよね?」

「コノハ! 今はとりあえず逃げるよ!」

「ホントに蘭李って僕のこと分かってないね」

「コノハッ! いい加減にしろッ!」

「それはこっちのセリフだよッ!」



 それからは後は、怒りに身を任せていた。何をやったか、あまり覚えていない。ただただ憎たらしくて、銃さえなければって、この左腕さえなければって、無我夢中で斬りつけて………。





「―――――――え………?」





 そして、蘭李は僕を庇った。





「メルッ! 急いで蘭李の治癒をッ!」

「あの馬鹿ッ……! どけッ!」



 蒼祁に突き飛ばされ、尻餅をつく。メルと蒼祁が蘭李のもとへ駆け寄り、治療を始めた。当然悪魔はそれを邪魔しようとするが、他の連中に阻止されている。



 僕は、動けなかった。



 ――――――なんで、僕のことなんか庇った? 僕を死なせたくないから? 僕のことが大事だから? 僕のことなんてどうでもいいんじゃないの?

 なんで……? なんで……なんで……なんで……⁈





「僕を、ひとりにしないで……」





 殺意なんてもうなくなっていた。さっきまであんなに殺したかったのに、今は「死んでほしくない」としか思わなくなっていた。

 自分の感情が分からない。結局どうしたいのか分からない。殺したいのか、殺したくないのか。死にたいのか、死にたくないのか。





 ―――――――――違う。

 ただ、ひとりになりたくないだけだ。





「ひとりになんか、しないよ」





 顔を上げた。秋桜が、泣きじゃくる睡蓮をなだめながら、僕を見下ろしている。



華城おれたち魔具アンタらを、ひとりになんかしたことない。だから蘭李もするはずない」

「………そんなの……分からないじゃん……」

「分かるよ。俺達の子孫だもん。あいつは」



 そんなの気休めになんかならない。子孫だから同じなんてあり得ない。所詮違う人間なんだから。



「とにかく、もう一度話し合ってみろよ。ちゃんと話せば、こんなことにならずに済むはずだ」

「でも………きっと蘭李はもう………」

「死ぬわけない。殺させやしないさ。それじゃあ俺達が出てきた意味がなくなる」



 未だに蘭李は危機的状況らしい。いつの間にか魔警察も復活していて、一緒になって悪魔に対抗していた。

 もう………お終いか。僕だけじゃ蘭李を殺せない。どうなろうが、僕の負けってことだね。

 また、あの苦しみに囚われるのか………。



 それならもういっそ……僕だけでも―――。



「コノハ?」

「………秋桜、どうにか蒼祁に伝えといてくれる?」

「は?」



 右腕を、刃に変化させた。その刃先を自分の胸へと向ける。



「僕のこと、殺してほしいって」

「おいっ――――――!」





 どうか、モノノケにはなりませんように。





「コノハッ!」





 刃で胸を貫いた。

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