11話ー⑥『変』

「くそッ……! これ外してよッ! ねえッ!」



 暴れる度にガンガンと、ジャラジャラと音が響く。だが、蒼祁特製の鎖は壊れる気配が全くなく、鎖が繋ぐ手錠も足枷も、外される心配はなかった。それでも蘭李は、負けじと床をもぞもぞと這う。だが、首から繋がれた重りのせいで、すぐに疲れて止まってしまった。



「健治ッ! 聞いてんの⁈ 外してッ!」



 蘭李が興奮気味に、俺に怒鳴ってくる。珍しく本気で怒っているらしい。黄色い瞳は、びかびかと光っていた。



「残念だけど蘭李。俺には出来ないよ」

「はあ⁈ メルなら余裕でしょ⁈ 早くやってよ!」

「外れたら君は何をするつもりだい?」

「蒼祁を殺しに行くんだよッ!」



 やっぱり。なら駄目だ。ここに置いておくしかない。

 蘭李の奴隷発言後、蒼祁は何も言わずに彼女をこんな状態にした。重りまでつけさせたということは、相当今の蘭李はヤバイんだろう。まあ訊かなくても分かる。

 今の蘭李は、おかしい。



「いきなり何すんの⁈ 蒼祁!」

「もうお前、コノハ持つな」

「はあ⁈」

「コノハ、お前だろ? 蘭李の頭イカれさせたのは」



 蒼祁の右の手のひらが、コノハへと向けられる。次の瞬間、コノハにも手錠と足枷が装着された。必死にそれらを外そうと試みるも、無駄な足掻きだった。そうだと分かると、鋭く蒼祁を睨み付けるコノハ。



「変な言いがかりはやめてくんない?」

「なら誰がやったんだよ。首輪させとけばいいとか、家捜ししようとか、お前のことを奴隷だとか……。誰がどう見たっておかしいだろ、こいつ」

「どこが? 普通じゃん」



 普通、ではない。むしろ普通か異常かと訊かれたら、迷わず異常だと答える。たぶん、本人達以外はそう思ってるはずだ。



「お前もイカれてるのか」

「イカれてないし。あんたこそ頭沸いてんじゃないの?」

「なら他の連中にも訊いてやろうか? おい、こいつらおかしいよな?」



 沈黙。だが、雷や紫苑は小さく頷いた。他の子達も否定はしない。その反応にさぞ驚いたのか、蘭李は目を見開いて皆を見回した。



「なんで……? コノハ、何もおかしいこと言ってないじゃん!」

「それが分からない時点で既におかしいんだよ」



 蒼祁はコノハのもとへと歩み、彼の右腕を持ち上げた。そのままズルズル引きずっていく。



「何すんだよっ……! 離せっ!」

「お前を魔警察に明け渡す」

「はあっ⁈」

「悪魔との関与もあったしな。喜んで受け入れてくれるだろ」

「ふざけんな蒼祁ッ! やめろッ!」



 しかし、蒼祁はコノハを連れていってしまった。朱兎も続いて出ていく。



「誰かッ! 蒼祁を止めてッ! コノハが殺されるッ!」



 蘭李が大暴れしながら叫ぶ。白夜達は困ったように顔を見合わせた。



「………さすがにやりすぎ、かな?」

「と、思う……コノハをわざわざ殺さなくたっていいはずだ」

「なら、急いで追いかけるか」

「ああ」

「魔警察に渡ったら終わりだ」



 彼らは頷き、部屋を飛び出していった。隣に立つメルが、俺の顔を覗きこむ。



「主は行かないのですか?」

「こんな状態の蘭李を一人、置いていくわけにはいかないだろう?」



 そんなわけで、俺とメル、そして蘭李だけがここに残っていた。



「くそっ……コノハが死んでもいいのかよっ……!」

「白夜達が行ってくれてるから大丈夫だよ」

「どうせみんなも変だって思ってるんでしょ⁈」



 じんわりと蘭李の瞳が潤んでいる。なんだかその反応に、安堵した。俺は蘭李の傍へ行き、しゃがみこんだ。



「ねえ蘭李。君、コノハと何を話したんだい?」

「………?」

「コノハと仲直りしたって言ってたよね? その時一体何を話したんだい?」

「………………」



 黙りこんで顔を逸らす蘭李。何故隠そうとするのだろうか。そんなにまずい内容なのか? 誰にも言えない何かを話し、そしておかしくなった………駄目だ。全く見当がつかない。



「蘭李。話してくれないと分からないよ」

「………なんでそんなこと訊くの?」

「そりゃあいつもの君達じゃないからだよ。何かあったと考えるのは普通だろう?」

「いつものあたし達じゃない、か………」



 力無く笑う横顔。反応がいちいち不可解だ。



「健治と会う前まではね、普通だったんだよ」

「え?」

「コノハだけ使ってても、誰も文句言わなかった。蒼祁はこっち来なかったし、バレなかったからさ」

「だから、隠し通せたんだろう?」

「うん。ずっとそのままでいようと思ってたのに、蒼祁が余計なことばっかり言うからバレちゃった」

「でも君も思ったんだろう? 銃を使えた方がいいって」

「………ダメだったんだよ。それじゃあ」

「え?」



 駄目だった? 一体何のことだ? 何を言ってるんだこの子は。



「あたしはもう銃は使わない。使っちゃいけないんだよ」

「何故だい?」

「………コノハを見捨てることなんて出来ないよ」



 彼女の気持ちが分からない。だが、ただ一つだけの思いは分かった。



 ――――――蘭李は、コノハを守るために狂っているんだ。

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