11話ー⑤『狂気』

 拒否は日に日に激しくなった。



「やだーっ! 絶対嫌!」

「うるせえ! いいから言うこと聞け!」

「それなら死んだ方がマシだよ!」

「死ぬ勇気も無いくせに馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」



「そういえば蒼祁と朱兎はいつ帰るの?」なんて和やかに話していた今朝が懐かしい。本当に和やかだったんだよ。平和だったんだよ。

 それが、トレーニングルームに入った途端……。



「あるよ! 死ぬ勇気くらい! バカにしないで!」

「なら今この場で死んでみやがれ!」

「ッ………」

「ほら見ろ。死ねないだろ。だから言うことを聞け」



 呆れたように蒼祁が息を吐き、蘭李に拳銃を差し出した。けど、蘭李は顔をしかめてそっぽを向く。

 トレーニングルームに入った途端これだよ。もうこのやりとりも、見慣れた光景になりつつある。

 蒼祁に指摘されてから三日経った。その間、蘭李とコノハは蒼祁に全く近寄らなくなった。うちと同じく健治の家で居候してるから、二人が特訓しに来たら必ず会うんだけど……。

 その避け方が尋常じゃなくてさ。常に警戒して、少しでも視界に入ろうものなら、魔法であっという間に逃げていった。ひどい時なんか、壁を壊してまで逃げようとしたもんだから、全力で健治に止められていた。あれはなんか健治が可哀想だなって思ったよ。

 それが続いてたんだけど、ついに痺れを切らした……というか、イライラが頂点に達した蒼祁は、全力で捕まえにかかった。いつものように逃げようとする蘭李を、同じく魔法でスピードを上げた朱兎に捕まえさせ、見事拘束に成功。いやあ、物凄い早業だったよ。

 ちなみにそのせいで蘭李は今、蒼祁の魔法で青い紐のようなもので足を束ねられている。コノハも人の姿のまま、手足を縛られていた。

 鎖だったらもっと妄想が膨らんだのに……なんてうちは呑気に眺めていたけど、当の本人達はすごく必死だった。釣り上げられた魚みたいに、びちびちじたばた暴れてる。全くの無意味だけど。



「なんで蒼祁の言うことなんか……!」

「親切で言ってやってんだぞ。お前、剣技の才能は皆無だからな」

「うるっさいなあ……! あたしが生きようが死のうが蒼祁には関係ないじゃん!」



 瞬間、冷たい視線が蘭李を貫いた。床に転がる蘭李は怯み、そんな蘭李の前でしゃがむ蒼祁。



「お前、本当何も分かってねぇな」

「はあ? 何が」

「なあ、お前だけの問題じゃないだろ。このままでいるって言うならお前、友達も見捨てることになるんだぞ。いいのか?」

「それはッ………」



 蘭李の銃使いはすごい。だから、コノハじゃ無理でも、銃でなら誰かを助けることが出来るかもしれない―――蘭李が銃をまた使い始めたのは、そういう理由かららしい。たしかにそれは、すごく心強かった。

 だけど、パニックになる蘭李を見ていて、「そんなに辛いなら無理しなくてもいいのに」なんて思ってしまう。だって、すごく苦しそうな顔するんだもん。それに、間違って殺されるんじゃないかって、ちょっと不安になるし……。



「何をもって、お前は自分や他人の命を諦めてる? 誰に何を言われた?」

「………………」

「まあ、誰っていうのは大方予想出来るが」



 そう言いながら、ちらりと蒼祁が視線を移す。その先には、睨みを利かせたコノハが、蘭李と同じく床に転がっていた。

 コノハが? 一体何を言ったんだろ? 蘭李が銃を使わなくなるようなこと? うーん、分からないな。



「諦めてなんかないよ。僕がもっと強くなればいいんじゃん」

「コノハだけ強くなったってしょうがないだろ。お前がいなかったら、また「あの時」の二の舞だ」

「もう絶対離れないし」

「そんなの不可能だ」

「不可能じゃないもん! あたしが手放さなきゃいいんじゃん!」

「今現在手放されてるだろ」



 たしかに。呆気なく論破されちゃったね。ドンマイ蘭李。



「そ、蒼祁を基準になんか出来ないよ! 蒼祁めちゃくちゃ強いくせに!」

「俺でなくとも、お前とコノハを引き離すことくらい容易いだろ。この前の影縫だっけか? あいつにだって出来るだろうな」

「………否定はしない」



 白夜の言葉に、蘭李は目を丸くした。

 うん………たぶん、六支柱にとっても簡単だろうなぁ。残念だけど蘭李、今の実力差が大きすぎるよ。

 蘭李はしばらく「うー……」と唸ると、何かひらめいたようにハッと顔を上げ、勢いよく起き上がった。



「じゃあ繋いでおけばいいんだよ!」



 ――――――え?



「ホラ! たしかそんな魔法、魔導石にあったよね! 見えない首輪みたいなのつけられるやつ!」



「名案じゃん!」とはしゃぐ蘭李に、思わず体が震えた。自由な手でパチパチと拍手までしている蘭李に、こっちは鳥肌まで立つ。

 な、何その魔法………聞いたことないよ? 見えない首輪なんて……。

 それにそんなものつけられたら、コノハは………。



「いいね、それ」



 ――――――――――――は?



「それならいつでも呼べるしね」

「ねー! ホラ蒼祁! 呪文教えて! あと魔法解いて!」

「ちょっちょっちょっと待って!」



 堪らなくなって、思わず叫んでしまった。蘭李とコノハが、不思議そうにうちを見る。本当に純粋に、不思議そうに。



「なに? どうしたの? 雷さん」

「そ、それって本当にかけても大丈夫な魔法なの? 危なくないの?」

「危ない? なんでそんなこと言うの?」

「だって、首輪をかけるなんて聞いたら……」

「首輪をつけられた犬は、飼い主から一定距離以上は離れられなくなる。束縛魔法の一種だな」



 割り込んでくるように、蒼祁が淡々と説明した。「そーそー!」なんて明るく聞いていた蘭李だけど、今のを聞いてもっと不安になった。

 蘭李がコノハに依存してるのは、もとから分かっていた。出会った時からそんな感じだったし、魔具を持ってると自然とそうなるのかな、なんて思ってた。

 だけど、今回のはさすがに……!



「やりすぎだよ蘭李! それじゃ、コノハは自由にどこかに行くこと出来なくなるよ⁈」

「大丈夫だよ雷さん。コノハ、もとから一人でどっか行ったりしないから」

「だからって……!」

「そもそも奴隷が一人で出歩くことないでしょ? 何の問題もないじゃん」



 沈黙が、流れた。コノハを除いて誰一人欠けることなく、蘭李を凝視した。

 それはそうでしょ。今の発言は、明らかにおかしかったから。



 奴隷って………言ったよね?



「蘭李……?」

「ねーコノハー」

「そうそう。だから早く呪文の書いてある本貸しなよ」

「おい蘭李……!」

「あっ、それとも今から蒼祁達の家に突撃する? 出してくれないならこっちで勝手に探しちゃおっか!」

「いいねそれ」

「蘭李ッ!」



 白夜が叫んだ。ピタリと蘭李が固まる。不安と疑念のこもった紫の目が、爛々と光る黄色い目を捉えた。



「お前………本当に蘭李だよな?」



 いっそのこと偽者であれば、どんなに心安らぐか。本物を探しに行かなければならないが、この混乱はあっという間に解消されるだろう。

 だけど、現実はいつも無情だ。望んだ結果なんて、そうそう来るはずもない。

 それに、皆分かってるはずだ。



「何言ってるの? 当たり前じゃん。ハク、変なこと訊くねー」



 ケラケラと笑うこの子は、コノハと楽しそうに談笑し始めるこの子は、紛れもなく『華城蘭李』だということを。

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