10話ー③【side L】『予測』

 気付いた時には遅かった、なんてことは多々あると思う。それは戦闘面だけでなく、日常生活にも当てはまるだろう。

 だからこそ、予測ってのは大事なんだと思う。相手が次にどう出るか。先を考え、手段を選ぶ。それすら相手に読まれてると、それもまた面倒だけど……。しかしそうすれば、少しはマシな状況になる。


 だから私は、頭を影で覆った。

 そのお陰で、銃弾に襲われずに済んだ。



「こいつッ――――!」



 拓夜の声と同時に魔法を解いた。纏っていた影が消え、視界が明るくなる。すぐ目の前では、『蘭李』がたくさんの影の腕に捕まっていた。



「やっぱり蘭李……」

「……ハ…ク……?」

「そうだよ」



 大きな黄色い目が揺れている。もしかして、まだ混乱してるのかもしれない。ゆっくりと近付き、蘭李から銃を取り上げた。



「もう襲ったりしないから」

「…………………うん」



 目を閉じる蘭李。私は拓夜に頷いた。渋々蘭李を解放する拓夜。蘭李はその場にへたれこみ、自身の肩を抱いた。ひとまず落ち着いてくれたみたいだ。よかった。



「蘭李はなんでここに?」



 しゃがみこんで訊いてみたが、気まずそうに目を伏せ顔を逸らされた。

 何かあったのかな。いや、何かあったんだろうな。でも、言えないことなのかな………。



「えっ? この子が蘭李?」

「そう。野生動物の華城蘭李」



 直人の言葉に、私と蘭李はあいつを見た。特に蘭李は鋭く睨んでいる。一方の直人は、悪びれる様子もない。

 そういえば、この前蘭李が直人と会った翌日、蘭李は難しい顔をしていた。その時は「闇軍に勧誘された」としか聞いてなかったけど、まさかこいつ、その時にこんなことも……?



「なんだよ野生動物って」

「野放しにされている危険生物ってことさ」



 野放しにされてるって……しかも危険生物ってなんだよ。こいつ蘭李のことそんな風に認識してんのかよ。

 まるで、ただ生き物としか見ていないような……。



「直人。そんな風に言うのやめろ」



 堪らなくなって、私も直人を鋭く睨んだ。直人は臆することなく、何故かニコニコと笑い始めた。



「じゃあ白夜、オレのこと抱き締めてくれる?」

「死ねば?」



 蔑みの視線を送ってやった。蘭李と拓夜もドン引きしている。直人は残念そうに溜め息を吐いた。



「全く。白夜は本当に照れ屋さんだね」

「お前のそのポジティブさには本当に脱帽するよ」

「ありがとう」



 そんなことより、今は蘭李の方だ。こんな変態に付き合っている暇はない。

 私は手を差し伸べる。蘭李が力強く私の手を握ると、その腕を引いた。同時に蘭李も勢いよく立ち上がる。



「……ハク達はなんでここに?」

「ん、仕事でさ。幽霊とか悪魔とかいるかもってさ」

「幽霊………?」



 蘭李の目が見開かれる。ガシッと私の両肩を掴み、緊迫したような顔を近付けてきた。



「ゆ、幽霊いるの⁈」

「え? えっと……今のところいないけど……」

「………そっか……」



 さっきの直人なんかよりも残念そうに項垂れる蘭李。

 な、なんだ? なんでこいつ、そんなに幽霊に食いついて………。





 ――――――だからあたし、死にたくなくて、銃でみんなを……殺したの。





 あ…………そうか……こいつ、ここでクラスメイトを………。





「自分が犯人だとチクられるのが不安か?」



 ――――――――――は?



「死人は真実を知ってるからな。もしかして、その口封じの為にここに来たんじゃないのか?」



 直人の言葉に唖然としてしまった。

 何言ってるんだこいつ。蘭李が事件の犯人? ふざけんのも大概にしろよ……!



「いい加減にしろ直人! お前本気でそんなこと言ってんのか⁈」

「状況的に可能性の高いことじゃないか。それに………」



 暗い紫色の視線に捉えられる。そこに、冗談やふざけた様子は無かった。



「先入観に囚われていては、真実を見落としてしまう」



 沈黙が流れた。

 そう。こいつはこういう奴だ。何事も、疑うことからまず入る。証拠が掴めるまで、絶対に信用しない。仲間のことだって平気で疑う、嫌な奴だ。

 そりゃその方が正しいと思うよ。先入観は良くないし、根拠も無しに正しいと判断するのは危ないことだって分かってる。分かってるけどね……。

 ――――――友達がそんな風に言われると、ムカつくんだよ。



「直人。悪いけど、私仕事抜ける」

「え?」

「蘭李と一緒にいるから」



 蘭李の肩をポンと叩く。不安そうな黄色い目が私を見上げた。

 蘭李はそんなことしない。いや、もし仮に何かやっていたとしても、何か訳があるはずだ。少なくとも、無駄に命を奪うようなことはしない。



「ハク………」

「行こう、蘭李」

「あの人、魔警察と繋がってる?」

「――――――へ?」



 突然のことで、一瞬理解が出来なかった。

 魔警察と? 直人が? そんなわけあるかよ。あいつ魔警察のこと毛嫌いしてるんだぞ。繋がってたら私もびっくりするよ。



「繋がってないけど……」

「………ホント?」

「え? な、なんで? あ、そりゃ稀に捜査協力してるらしいけど……」

「――――――――そういえばアンタさぁ」



 わざとらしい大きな声で、直人がこちらを見る。真っ直ぐ蘭李を睨み、蘭李もまた睨み返した。

 また何か言い出すのか……⁈ これ以上何か言うなら私も……!





「魔具はどこにやった?」





 ――――――――――え?





 反射的に蘭李を見た。蘭李はいつものように、コノハを背負って――――――………。



 違う。

 中身の無い鞘を背負っていた。



「―――――ッ⁈」



 突然、蘭李の背後から何かが飛び出してきた。瞬間、直人が影に身を隠した。その影に飛び込んだもの。

 緑色の短髪で黒い和装の少年―――。



「コノハ⁈」

「コノハ戻れ!」



 私と蘭李がほぼ同時に叫んだ。自身の刃が弾かれたコノハは小さく舌打ちをすると、蘭李の隣に跳んで戻ってきた。緑色の鋭い瞳と一瞬目が合う。

 間違いなくコノハだ。でも、ずっと隠れていたのか? なんでそんなことを……?



「蘭李、あいつもきっと仲間だよ」



 コノハの言葉に、無言で頷く蘭李。

 なんだよ仲間って。何の仲間だ? マズイ、状況が全く読めない……。



「なあ蘭李、仲間ってどういう意味?」

「………ハクは違うよね?」



 なにが―――そう言おうとして、固まってしまった。

 私のことを見据える蘭李は、今にも泣き出しそうな顔をしていたから。



「魔警察の仲間なんかじゃないよね?」



 やっと絞り出したような声は震えていた。

 魔警察の仲間? そんなわけない。そういえばさっきも魔警察とか言ってたっけ。

 まさかこいつ、魔警察に何かされてるのか? 魔警察にちょっかい出されるってことは………一般人に危害を加えたとか? いや、蘭李に限ってそんなこと………あ、でもこの前の球技大会で魔法使っちゃったっけ。

 まさかそれ? そんだけのことで? 嘘だろ?



「蘭李―――」

「こいつも信用ならないよ」



 手を伸ばそうとした瞬間、コノハが刃を向けてきた。いつもの不機嫌そうな視線ではなく、本気で敵意を向けてきている。

 なんでそんなに警戒してるんだ……? そんなにも信用ならないか? 友達なのに………。



「私は大丈夫だよ」

「信用出来ない。偽者かもしれないし」

「なんでそんなこと―――」



 刹那、蘭李が吹っ飛んだ。奥の窓へと勢いよく飛んでいく。コノハがすぐに後を追い、窓から飛び降りた。私も駆け出す。

 原因は分かっている。直人の影だ。漆黒の拳が蘭李を殴り飛ばしたんだ。



「白夜! 行くな!」



 そんなの聞けるわけねぇだろ! ふざけんな!

 私は窓の桟からギリギリまで身をのりだし、蘭李へと右手を突き出した。ちょうど真下の地面の影から腕が伸び、蘭李とコノハを掴む。ほっとしたのも束の間、身をのりだしすぎて、バランスを崩してしまった。私の体が真っ逆さまに落ちていく。



「白夜!」



 上から直人が叫んでくる。私は、二人を落とさないように影の手を広げ、そのまま持ち上げた。直人を見てなのか、蘭李が険しい顔で立ち上がり、ズボンのポケットに手を入れた。



「スティグミ………」



 手の上に着地する。すぐ隣に立つ蘭李を見ると、思わず目を疑った。



 ――――――蘭李の髪は、瞳と同じ黄色に染まっていたから。



「蘭李⁈」

「――――――キニマァ!」



 私が蘭李の肩を掴んだ瞬間、蘭李の叫び声が辺りに響き渡った。





 ―――――――――――――――暗転。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る