10話ー④【side L】『存在しない者』

 気付くと、真っ白い空間にいた。どこを見回しても、「白」だけが続いていた。ここはどこなのか。というか、何が起こったのか。

 蘭李がよく分からない言葉を叫び、意識が途絶え、いつの間にかここにいる。そんな状況に置かれて「あーはいはいそういうことね!」なんて理解出来る奴の方が異常だ。つーかいないだろそんな奴。



「…………」



 だからといって、ずっとこの状況のままは嫌だ。せめてここがどこだか知りたい。それが無理なら、せめて原因が知りたい。

 明らかにここが「おかしな場所」だっていうのは分かる。ただ真っ白な世界が広がってるんだ。普通じゃ考えられない。



「ぬし、何者だ?」

「―――うわあっ⁈」



 突然の声に、思いっきりビビって肩が上がってしまった。急いで振り向くと、白髪の青年が立っていた。

 あれ……⁈ さっきまでいなかったよね……⁈ こいつどこから……⁈

 未だ高鳴る心臓を落ち着かせるように胸を押さえ、じっと青年を見た。重力なんて無視したような羽っけの白髪に紫色のじと目。白と黒の和装をして、気だるそうなオーラを醸し出していた。いや………見たところで誰だかなんて分からないけど……。



「ここに来るということは……ふむ、お察しだな」

「えっ、ここがどこだか分かるんですか?」

「詳しくは分からぬが……」



 青年が私をじっと見る。そして何かに納得したように、「あぁ」と呟いた。



「成る程。あいわかった」

「えっ」

「で、ぬしの名は?」



 何が分かったんだよ。教えろよ。なんで私が分からないのにこいつに分かるんだよ。

 そうは思ったが話してくれそうにもなかったので、仕方無く素直に質問に答えた。



「冷幻白夜です」

「……………何?」

「だから、冷幻白夜です。珍しいけどそういう名前なんです」



 青年は驚き、数回まばたきをした。そんなに驚かなくてもいいだろ。失礼だぞ。



「ぬし、どこの生まれだ?」

「は? どこって……」

「いいから答えろ」



 睨まれたので、また仕方無く答えた。すると、青年は腕を組んで考え込む。

 何だよこいつ。何をもってそんなこと訊いてんだよ。そんなに名前が奇妙か。まあ、否定はしないけどさ。



「ほお………面白いのう」



 そう呟いた青年は、にやりと笑った。絶対こいつは危ない奴だと確信した。ただでさえ状況が飲み込めないのに、こんな不審者と出くわすなんて……。

 ていうかこいつ、本当にどっから沸いて出た? さっきいなかったよな? もしかして、髪が白いから見えなかっただけ? そんなに私見落としてた? 今度眼科に行こうかな……。



「ぬし、どうやってここに来た?」

「え? こっちが訊きたいですよ」

「ほう?」



 私は青年に大まかな説明をした。

 こいつ、人の名前は訊いといて自分は名乗らないのかよ。信用出来ねえなあ……。

 ま、でもなんか知ってるみたいだし、素直に従っておくのがベストか。

 説明し終わると、青年は一回頷いて言った。



「ということは、ぬしはとばっちりを食らった、ということだな」

「とばっちり?」

「それにしても、その友人は酷い奴だな」

「ひどい?」



 いまいち話が読めないんだけど。こいつ、蘭李が何やったか分かったの? 凄くね? 実は頭良いのか?

 青年は不敵な笑みを浮かべると、その場に座り胡座をかいた。



「ぬしをこんな所に送り込むなんてのう」

「あの……ここってどこなんですか?」

「名など無い」

「は?」



 名前は……無い? 無名の地なんて存在するのか? ここが、所謂普通の世界ならの話だけど。

 青年は上目遣いで私を見た。紫色の視線は、私を探るように注がれる。



「ここには何も無い。何も存在しない場所なのだ」



 何も存在しない場所? たしかに何も無いけど……。



「私達はいるじゃないですか」

「そうだな」

「は? いや、だから……」

「私とぬしは存在する。だかそれ以外は存在しない。そんな場所だ」



 イミガワカラナイヨー。コノヒトナニイッテルンダヨー。

 というかこの人も分かってないんじゃ……? 絶対そうだ。分かってないんだ。だからこんな曖昧な答えを言ってくるんだ。チッ、結局役に立たないのかよ。

 あーあー。でもどうしよう。どうすれば帰れるんだろう。こんな時こそ、テレポーテーションの魔法道具でも持っていれば……。



「ぬし、もとの世界に帰りたいか?」

「そりゃもちろん」

「そうか」

「……………」



 え? それだけ? 今の流れって「なら私が帰してやろう……!」的な流れじゃないの? え? ただ訊いただけなの? 嘘だろ? 馬鹿なの? じゃあ期待させんなよ!

 そんな私の心の叫びが聞こえたのか、青年はクスリと笑った。



「帰してもらえる、とでも思ったか?」

「……まあ」

「それが出来れば私はここにいない」



 ―――こいつも、帰りたくても帰れないんだ。てことは私と同じで、不本意で来たってことか。なんかちょっと親近感沸いたかも。

 私はしゃがみ、青年の隣に座った。



「あの……何も方法は見つからなかったんですか?」

「ああ」

「ちなみに、いつからここに……?」

「さあ」



 さあって嘘だろ……こんなところにずっといるなんて嫌だぞ。死んでも嫌だ。それなら死んでやる。

 青年は虚空を見つめながら、静かに呟いた。



「ここに来ること自体が異常なんだ。しかもぬしの場合、分かっておらぬし」

「分かってないって何が?」

「ぬしが今、どういう状態なのか」

「どういう状態って……」



 謎の白い空間にいる。それだけじゃん。それ以外どう形容しろというんだ―――そう言うと、青年は溜め息を吐いた。



「それは状況。私が言ってるのは状態だ」

「状態?」

「分からぬならそれでも良い。どうせ帰れないのだから」



 少し寂しそうに吐き捨てる青年。

 ―――この人は一体、どれだけの時間をここで過ごしたのだろう。その間ずっと一人だったのか? 誰にも会わず、この白い空間にずっと一人で? 私なら気が狂いそうになる。

 なんか………可哀想だな。



「ところで、ぬしに兄弟は?」

「え? 一人っ子ですけど」

「…………そうか」



 残念そうに俯く青年。

 なんでいきなり兄弟の話? もしかして、私がこの人の兄弟に似てるとか? それで思わず話してみたとか?

 私は、おそるおそる青年に訊いてみた。



「あの………あなたには兄弟は?」

「弟がいた」



 やっぱり。でも弟かよ。妹じゃないのかよ。もしかして、私のこと男だと思ってんのかな? 有り得ない話ではない。普段だって間違えられることがあるんだし。でもそれなら、今のうちに訂正しておかないと。



「あの、実は私―――」

「ぬしと同じ、黒髪に紫色の瞳を持っておった」

「だから私―――」

「しかも闇属性でな」



 ――――――はたりと、止まってしまった。今のはどういうつもりで言ったのか。特に何も意味無く言ったのか。

 それとも、私が闇属性だと知ってて……?



「………その顔、やはり似ておるな」



 青年が穏やかな笑みを浮かべた。



 ――――――――――――懐かしい。



 何故だか一瞬、そう思ってしまった。この人には会ったことなんてないのに。名前も知らない、この人のことなんて知るはずもないのに……。





「―――――――――本当に?」





「えっ?」

「ん?」



 耳元で声が聞こえた。しかし振り向いても誰もいなかった。青年が不思議そうに私を見る。

 幻聴……? そのわりにはリアルに聞こえた気が………気のせいなのかな……。



「お前今滅茶苦茶失礼なこと思ってないか?」

「別に。蒼祁がいてくれてよかったなーって思ってたよ」



 不意に異質な話し声が聞こえてきた。青年と共にその方を見ると、人影が見えた。今度こそは幻聴などではない。しかも、その二人は見知った顔だった。



「…………蘭李?」



 控えめに呼んでみた。黒い髪の少女と男子が私達を見付ける。黄色と青の視線が注がれた。

 そして、少女の目にじんわりと涙が溢れる。



「――――――ハクーッ!」



 蘭李は、叫びながら駆けてきて飛び付いてきた。体が傾き、地に背を打ちつける。「うぐっ……」と、女子らしからぬ呻き声を上げてしまった。めっちゃいてぇ。



「ハクー! よかったよー! ごめん! まさかハクまで巻き込んでたなんて!」

「ちょ……苦しい……タンマ……」



 仕返しも込めて蘭李のみぞおちを殴った。蘭李の体は瞬時に曲がり、転がり落ちる。そして苦しそうに傍で横たわった。



「いたあああ!」

「ったく………少しは加減しろよな」

「ハクこそ加減してよ!」

「おい、茶番はそこまでにしろ」



 蒼祁の怒りの声に、蘭李はのそのそと起き上がった。私も上体を起こし、蒼祁を見上げながら立ち上がる。



「蘭李はまだしも、なんで蒼祁が?」

「助けに来てやったんだよ」

「へぇ。案外優しいんだ」

「案外ってなんだ。俺はいつも優しい」



 どこがだよ、という目をする蘭李。瞬時に蒼祁に睨まれていた。その隣で、「よっこいしょ」と立ち上がる青年。私は青年に蘭李を紹介した。



「あ、この子が例の友人」



 青年はじっと蘭李を見た。一方蘭李の頭上には、クエスチョンマークが浮かんでいる。助けを求めるような目で、私にちらちらと視線も送ってくる。そんな目で見るな。ちゃんと説明してやるから。



「この人は、私達と同じで不本意にここに来たらしいんだよ」

「えっ」



 何故かびくりと肩を跳ね上げる蘭李。なんだその反応。そんなにびっくりしなくても……。



「不本意って……まあ、お前にとってはそうかもな」



 蒼祁がクスクス笑いながら顎に手を当てる。

 だからなんだその反応は。不本意だろ。意図的に来たって言いたいのか?



「えーっと……その話は帰ってからで……」

「そうだな。あんまりうかうかしてらんねぇし」

「蒼祁、帰る方法分かるのか?」

「だから助けに来たって言ってんだろ。話聞けよ」



 いや聞いてたけどさ。そんなにアッサリ言われると、なんか実感無いっていうか……。

 傍に来るように蒼祁に呼ばれる。近寄ろうと一歩踏み出すが、そこで止まってしまった。



「ハクどうしたの?」

「………この人も、連れていける?」



 青年を指して言った。蘭李も青年も目を見開いている。

 驚くなかれ。私にだって気遣いの心は持ち合わせている。この人だって、帰れるのなら帰りたいだろう。一緒に帰れるなら、連れていくべきだろう?

 蒼祁は青年を見て、私に視線を移した。



「連れていくことは出来るが……」

「なら―――」

「いや、いい」



 私の言葉を遮ったのは、青年本人だった。青年は優しく笑っていた。けど、寂しさが混じっているように見えた。



「帰れたところで、恐らく私の肉体は腐っておる」

「肉体?」



 ―――って、どういうことだ? 今ここに肉体があるじゃんか。

 すると、蘭李が申し訳なさそうに割り込んできた。



「あ、あのね、ハク、実は………今、あたし達――――――魂、なんだ……」





 ―――――――――は? タマシイ?





「あたし、魔導石で瞬間移動魔法を唱えたつもりだったんだけど……」

「失敗して魂だけ、しかも中途半端に、この「空間のはざま」に送っちまったんだよ。笑えるよな」

「わざとじゃないよ⁈ ホントに今回のはマズイと思ってるし……」



 ――――――にわかに信じられない。まさか今自分が魂だなんて。魂には慣れてるが、まさか自らがなるなんて……。

 ああでも、そうすると青年の言っていたことも何となく分かる。分かってたなら教えてくれてもよかったじゃんか……。

 ていうか待て。『魔導石』って何? ナチュラルに言ってるけど、私初耳なんですけど。説明求む。あ、でもそういえば前に六支柱と戦った時、蒼祁が雷のお父さんを脅す為に『魔導石』を使った……みたいなこと言ってた気が……。

 まあ……この話は帰ってからじっくり聞こう。今はまず帰ることが先決だ。

 私は青年に向き直った。



「でも肉体が無くなってても、こんな所に閉じ込められなくて済みますよ」

「肉体が無いのなら、ここにいる方がまだ良い」



 青年は、紫の瞳を光らせた。



「ぬしなら、その意味が分かるであろう?」



 ―――反論出来なかった。たしかにその通りだと思ってしまった。

 肉体が無いまま帰れば、つまりは幽霊と同じなわけで。そうなると、私達闇属性に消されたり、悪魔に食われたりする対象になる。それが幽霊にとって、良いことであるわけがない。彼らには抵抗する術もない。モノノケになれば多少はそれも可能だが……それにだって限度がある。



「幽霊というものは、生人にとっては害悪でしかない。だから闇属性に消し去られるしか道は残されておらぬ」

「それは………おかしいよ」



 青年が視線を移す。その先には、蘭李がいた。



「幽霊にもいい人はいるはずだよ」

「そういう問題ではない。いたら害悪なのだ」

「でもあたしの先祖は違うよ!」



 青年は眉を潜めた。興味深そうに蘭李の言葉を待っている。

 ――――――幽霊は、放っておくとモノノケになる。そうすれば物理的な被害を受ける。だから早めに潰しておかなければならない。

 それが、昔から言われてきたことだった。実際その通りだし、何の異論もなくそうしてきた。

 だけど、蘭李にとってはそうじゃないんだよな……。



「突然現れて「お前は死ぬ」とか言ってきたけど! 何度も助けてくれた! そりゃ物理的には何もしてくれないけど、ハク達を呼んできてくれたり、励まし……っぽいことも言ってくれたりした! だから、幽霊みんな害悪ってわけじゃないよ!」



 蘭李は言い切ると、青年を強く見据えた。青年も蘭李から視線を逸らさない。二人の間に沈黙が流れた。

 正直、蜜柑達が現れた時、不安しかなかった。三人も出てきたし、先祖だとか言ってるし。蘭李が何かされるのかとヒヤヒヤしていたけど、それなりに役に立ったから、「まあいいかな」なんて思ってしまっていた。

 本当は良くないって、分かってはいるんだけど……。



「………早く決めろよ。時間無いんだ」



 蒼祁の低い声が響いた。全員の視線が青年に注がれる。青年は溜め息を吐き、薄く笑いながら言い放った。



「私はここに残る」

「なんで⁈」

「例え害悪でなくても、幽霊はいずれモノノケになる。私はそれにはなりたくない」

「そんな――――――」

「じゃあ行くぞ」



 無理矢理蒼祁に手を握られる私と蘭李。蘭李はまだ何か言いたげに青年を見ていた。

 この人はきっと、怖いんだ。自分が自分でなくなることに。私だって同じ立場なら、同じことを言うかも。消されるくらいなら、モノノケになるくらいなら、ここで永遠にいた方が、まだ………。



「気を付けろよ」



 青年の声に、思わず振り向いた。紫色の視線は、不安そうな色も帯びていた。



「幽霊は必ずモノノケになる。今は助けてくれても、いつか殺されることになるぞ」



 そんなことない――――――蘭李みたいにそう反論出来れば、どれだけよかったか。私には出来なかった。幽霊のことをよく知ってるから。モノノケのことをよく知ってるから。

 だから、こう返すことしか出来なかった。



「――――――分かってる」



 瞬間、蘭李の目が見開かれた。困惑と怒りの混じったような顔で私を見る。

 まあ、やっぱり怒るよな。何も知らないお前は。理解しろとは言わないよ。お前はそのままでいい。

 蜜柑達を、信じてやれよな。



「ハクッ!」

「『スティグミ・キニマ』」



 蒼祁がそう呟くと、急速に意識が遠のいた。





 ―――――――――――――――暗転。

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