7話ー③『戦いの始まり』

「蘭李⁈」



 突然蘭李がその場に倒れた。双子の兄 蒼祁は、目の前のその光景を無言で眺めている。驚いている様子は無い。

 私は蘭李に駆け寄り、膝をついて様子を窺った。蘭李は目をつむって眠っている。この前のように、起きる気配は無かった。



「眠ってる……?」

「なんでまた……!」

「お前ら、気付いてないのか?」

「は?」



 蒼祁が呆れ顔を私達に向けてくる。気付いてないって………どういうことだ? こいつには分かっているのか?



「朱兎は勿論、蘭李も幻術にかかりやすい性格だな。単純だし」

「幻術? なんでいきなり……」

「さっきも言ったろ。殺害もしくは捕獲対象だからと」



 蒼祁がそう言い放った瞬間、突如辺りが緑色に変わった。



「えっ⁈」



 私はキョロキョロと見回す。木々が生い茂り、茶色い土の道が先に続いている。途中途中で木漏れ日も差しており、風が吹くとさわさわと木が鳴いた。皆はいない。明らかに、さっきまでいた家の中ではない。外に出た覚えも無い。

 一体何が起こった? まさか、六支柱の仕業なんてことは………。



「てきはっけーん!」



 上から声が降ってきた。見上げると、子供が―――真っ青な空から降ってきていた。



「くっそ……ッ!」



 間一髪で背後へ避けた。鼠色のカールの少女は、鋭い牙で虚空に噛み付く。しかし空振りだと分かり、着地後すぐに私の方を見た。



「なんでよけるのー⁈ くーきたべてもおいしくないよー!」



 山吹色の瞳が私を睨む。私は太刀を抜き、握り締めた。似合わないスーツ姿の少女は、獣のように地に四つ足をつける。鋭い爪が土に食い込んでいた。



「あなた、やみぞくせーのひとでしょ? てことは、ころしてもいいんだよね?」



 少女は猫のような瞳を真っ直ぐ向けてくる。顔は笑っているが、その目は笑っていない。確信した。

 ――――――こいつは、六支柱の一人だ。



「闇属性じゃなかったら、見逃してくれるんですかねぇ」

「うん! でもしばらくおねんねしててもらうよ!」

「ならどっちも変わんねぇな!」



 少女が飛びかかってくる。私は太刀を振り下ろした。少女は横に避け、地を蹴って飛んでくる。左肩に噛み付いてきた。牙が服を越えて肌に食い込み、鋭い痛みが生まれた。

 こいつッ……どんだけ歯鋭いんだよッ……!

 私は唇を噛み締めながら、太刀で少女の脇腹を刺した。瞬時に少女が離れる。少女の牙は血塗れていた。



「いったい! おなかささないでよ!」

「襲ってこなきゃ刺さねぇよ……!」



 少女の脇腹はたしかに傷を負っている。が、全く効いてないように見えた。痛がっている様子がまるで無い。少しくらい痛がれよ。こっちは滅茶苦茶痛いってのに……!

 少女が再び駆けてくる。私は後退しながら太刀を振り回し、近付かせないようにする。

 真っ昼間な今、どうやってこいつを倒すか。太刀でどうにかするしかないんだが……こういうタイプは、一度ハマったら終わりだ。さっきは何とか離せたけど、動き回られたら仕留められない。私は俊敏に反応出来るタイプじゃないんだ。強いて言えば、一発に全力を込めるタイプ――――――。



「いッ――――――⁈」



 少女が右太ももに噛み付いてきた。激痛が生まれる。けど、チャンスだ。私は左手で、少女の首を自分のももに押さえ付けた。何かを察知した少女が暴れるが、私の握力からは逃れられない。



「悪く思うなよッ!」



 私は太刀で少女の胸を突き刺した。刃は小さな体を勢いよく貫き、私の太ももにも食い込んだ。痛みで意識が飛びそうだった。何とか堪え、すぐに引き抜く。少女の体は地面に落ちた。私の血もドクドクと流れ、黒いズボンに滲んだ。

 いってぇ………治癒薬とか持ってくればよかったな……。

 太刀を手離し膝をつく。傷口を押さえると、手に血が染みた。血が流れっぱなしなのは良くない。仕方無い、上着でも破って止血するか。

 上着を脱ごうとしたその時、少女の体からボンと白い煙が上がった。その光景に、体が硬直する。

 煙が晴れると、そこには何も無かった。



 ――――――やられた。





「まほーどーぐって、すっごくべんりだよね!」





 ――――――――――グチャアアッ





「ああああああああああああッ!」



 背後から右首筋を噛まれた。あまりの痛さに、悲鳴が止まらない。逃げたくても、体にしがみついているこいつから逃げられるわけもない。鋭い牙がどんどん体内に侵入してくる。

 ヤバい……死ぬ……痛い………死にたくない……逃げなきゃ……痛い痛い………逃げなきゃ……逃げ―――――――ッ



「―――――――――あ………ッ⁈」



 必死に伸ばした手を、引かれたような感覚に陥った。しかしそれはすぐに、ただの思い込みだったことに気付く。

 腕が引かれたその先は、木が生い茂る急な傾斜面だったから―――――――――――。

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