7話ー②『六支柱』

「襲撃がいつだかは分からないんだ」

「いつ来たって良いけどな」



 壁にもたれた蒼祁が腕を組む。その足元では、朱兎が寝息を立てている。そんな固い木の床で体は痛くならないのかと心配になるけど、朱兎ならきっとそんなの気にしないんだろうな。ほっとこ。

 丸テーブルを挟んだ向こうに座る雷が、続けて言い放つ。



「でも『六支柱』がやるって……!」

「六支柱? 何だそれ?」

「六支柱って……光軍のあの⁈」



 驚愕の声を上げる槍耶に、静かに頷く雷。どうやら海斗とハクも知っているようだった。『六支柱』が何なのかと尋ねると、雷は声を潜め、険しい顔で口を開く。



「光軍の精鋭だよ。六人全員が『特殊魔法』の持ち主で、すごく強いんだ」

「特殊魔法?」

「強化、幻術、防御、治癒、毒の魔法のことだ。一般的な『属性魔法』よりも使い手が少ないことから、そうカテゴリされている」



 蒼祁が淡々と説明した。その姿を見て、ふと思い出した。

 そういえば朱兎の魔法は、身体能力を向上させる『強化魔法』だったっけ。パワーもスピードもスタミナもバカみたいに上がって、とてもじゃないけど相手にできない。そっか……それは特殊魔法って分類なんだ。

 じゃあ蒼祁のあの魔法も特殊魔法なのかな?



「………ん? それだったら五人じゃないのか?」



 紫苑が首を傾げる。

 あ……たしかにそうだ。今の話だと、六支柱は五人ってことになる。あと一人は一体……?



「残り一人は大方、無属性じゃないか?」

「そう。無属性なの」



 えっ、すごい。蒼祁が当てた。でもなんで無属性? ただの数合わせ? 特に意味はないのかな?

 そんな疑問が通じたのか、蒼祁があたしの方を見ながら呟いた。



「無属性は属性魔法にカテゴリされてるが、そこまで使い手がいないんだよ。だから人によっては、特殊魔法にカテゴリする奴もいる」

「へぇー……随分詳しいね」

「お前みたいに馬鹿じゃないからな」



 嘲笑混じりの声に若干腹が立つ。しかし、睨んでみても怒りは収まらない。

 蒼祁は昔からそうだ。人を見下すクセがある。さっきだって「守られてやる」なんて言って………どれだけ俺様なんだよ! って久しぶりに思ったよ。

 でも珍しいなあ。蒼祁が大人しく守られるなんて。いつもの蒼祁なら「お前らなんかに守れるわけねえだろ」くらい言いそうなのに。



「しっかし随分と少ねぇな。たった六人で俺に勝てると思ったのか?」



 鼻で笑う蒼祁。

 たしかにちょっと変だ。戦争を止める程の力を持っている蒼祁を、たった六人で殺そうなんて……ハッキリ言って無謀すぎる。雷のお父さんだって分かってるはずだ。だからこそ、今まであたし達は何もされず、何も言われてこなかったのに。

 雷は顎に手を当て、考え込むように呟いた。



「たった六人って言っても、トップクラスの実力を持つ六人だから……勝てても不思議じゃないかも」

「お前らのトップクラスなんてたかが知れてる。恐らく………狙いは朱兎だろうな」



 蒼祁が視線を落とす。朱兎は相変わらず眠ったままだ。すやすやと、一体何の夢を見ているのやら。



「狙いは朱兎ってことは……人質?」

「多分な。幻術系は、こいつみたいな馬鹿には効果抜群だし」



 なるほど……たしかに朱兎を人質にとれば、蒼祁は自由に動けないか。

 蒼祁はちらりとあたしを見た。



「あと、お前も対象だろうな」

「対象……って?」

「殺害対象もしくは捕獲対象。当然だろ」

「え? なんで? あたし何もしてないよ?」

「おいおい……。お前がいなかったら、この話はこんなにこじれなかっただろうが」



 辺りを見回すと、ハクや紫苑達も苦笑いを浮かべていた。

 え、あたしのせい? そりゃ、蒼祁と朱兎に戦争を終わらせるよう頼んだのはあたしだけど……。



「お前さえいなければ、俺達は戦争を止めなかった。お前がこいつらと出会って友達になったから、軍の域を越えた関係を見逃す羽目になっている。こんなにも邪魔な存在、放っておくわけにはいかないだろ」



 ま、まあ………そうかもしれないけどさ……。

 海斗の隣に立つ槍耶が少し考え込み、ぼそりと呟いた。



「六支柱は、相当自信があるんだろうな……」

「多分な。今までだんまり決め込んでたっつうのに……そのまま大人しくしとけよ」

「勝ち目はあるのかい?」

「は? 愚問だな」



 健治の言葉に即反論する蒼祁。怒りを帯びた真っ青な瞳で、健治を睨み付けた。



「勝ち目も何も、俺が負けるわけがない」



 栗色の瞳が、負けじと蒼祁を睨み返した。二色の視線が交差する。今にも喧嘩し出しそうな雰囲気に、見ているこっちがヒヤヒヤとするよ。



「君がそうでも、弟君や蘭李はそうじゃないだろう? どうするんだい?」

「こいつらとて同じだ。俺が少し手を出せば、六支柱とやらになんか余裕で勝てるだろ」

「随分と高く買われているんだね、蘭李」



 薄く笑いかけてくる健治。あたしも苦笑いを返した。

 あたしもビックリしたよ。まさか蒼祁からそんな言葉が出てくるなんてさ。

 けど違う。いくらなんでも、トップクラスの人達に勝てるわけないよ。あたし、海斗にだって勝てないのに。

 あたしはおずおずと口を開いた。



「蒼祁……朱兎はともかく、あたしはさすがに勝てないと思うけど?」

「は? 銃で戦えば楽勝だろ?」



 ――――――――――あっ……………マズイ……!



「銃で………?」



 ハク達が不審な目を向けてくる。互いに顔を見合せ、聞き間違いか確認したりもしている。そりゃそうだ。

 ヤバい。どうにか話を逸らさなきゃ………!



「じゅ、銃なんて全然使えないんだから勝てるわけないでしょ! ねっ! ハク!」

「えっ? ああ、まあ……」

「蘭李は普通にコノハで戦った方がいいだろ」

「そーそー。海斗ならともかくね」

「そっ、そうだよねー!」



 なんだか無駄に大声を上げて同意した。あたしは今、とにかく必死だった。ちらちらと蒼祁を確認し、念を送る。

 お願いだから言わないで………!



「……何言ってんだ蘭李。銃なんて昔、がっつり使ってただろ・・・・・・・・・・



 ――――――………さいっあくだ……!



 沈黙が流れる。みんなあたしを凝視している。その顔は、困惑と疑いに満ちている。当然だ。話したことなんてなかったから。

 ――――――話したくなんてなかったから。



「なんで言っちゃうんだよ!」



 あたしはギロリと蒼祁を睨んだ。蒼祁は悪びれる様子もない。



「言うな、なんて言われてないしな。まあ言われたところで無視するが」



 そうだ。蒼祁はこういうやつだ。人の気持ちなんてまるで考えない、自分本位で考える薄情なやつ―――改めて確信した。

 ハクがおそるおそる口を開く。



「………蘭李、銃使えるの?」

「使えるも何もこいつ、才能の塊だぜ」

「ちょっと蒼祁!」

「こいつ、銃の才能だけはピカイチだ。コノハを使うよりずっと強い」

「蒼祁ッ!」



 思わずテーブルを叩いて立ち上がり、蒼祁に詰め寄った。澄まし顔をするこいつの胸ぐらを掴み上げ、思いっきり睨み上げる。



「ちょっと黙って!」

「その理由は?」

「………は?」

「黙っててほしい理由。まさかとは思うがお前……」



 ――――――まだ、引きずってんのか?





「蘭李、どうしたの?」





「ッ…………⁈」





 ――――――――――――気付いたら目の前に、『あの子』がいた。

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