7話ー④『懐かしい人』

 歩いても歩いても、あるのは木だけだった。変わらない光景に、俺は不安と困惑を覚え始めていた。

 気付いたら俺は、山の中にいた。雷達の姿は無い。訳が分からなかった。とにかく皆をまず探そうと歩き出したのだが、誰も見つからなかった。見つかる気配すらない。

 そもそも……ここは一体どこなんだ? なんで山なんかに……。



「ッ………!」



 乾いた土の道の先から誰かが来る。俺は立ち止まり、槍を構えた。心臓がバクバクと鳴っている。緊張で、頬を汗が伝った。

 敵か……? 味方か……? どっちなんだ……⁈



「槍耶………?」



 え――――――――?



「やっぱり………槍耶ね……!」



 その人物は駆けてくる。嬉しそうな顔をして、俺を抱き締めた。突飛すぎて、俺は動けなかった。

 だって………この人は…………!



「母さん………?」



 死んだはずの、母親だったからだ。



「そうよ……! ああ、槍耶……無事で良かった……!」



 抱擁する力が一層強くなる。恐怖が沸き上がってきて、俺はその人を突き飛ばした。槍を突き出すが、その腕は震えていた。汗が滝のように流れ出る。頭は混乱していた。

 何で……何で母さんが………⁈ 幻覚……? それとも………誰かがなりすましているのか……⁈



「誰だ………何故母さんの姿になっている⁈」

「何言っているの槍耶……ああ、きっと混乱しているのね……もう大丈夫よ」

「混乱……⁈ そうか……俺を混乱させるために……!」



 この人は槍を退け、俺を再び抱き締めた。離れようと暴れても、さっきより力が強くて離れられなかった。手が俺の頭を撫でる。



「もう大丈夫よ……お母さんがついているからね」



 母さんの声が囁いてくる。

 やめろ………やめてくれ……! 母さんはもういないはずなんだ……!

 必死にもがいても離れられない。それを押さえ込むように、抱擁は強くなった。懐かしいにおいがした。母さんのにおい。昔のように、頭を優しく撫でてくれる温かい手。大丈夫だと囁き続ける聞きなれた声。

 全てが懐かしくて、懐かしくて…………。



 ――――――――――――ドサッ



 手から槍が落ちた。いつの間にか涙まで流していた。

 母さんなわけない。分かっている。分かっているさ。でも、懐かしいにおいと、温かいぬくもりと、優しい声を無視することが出来なかった。久しぶりの感触を、再び突き放すことが出来なかった。

 だって、だってこの人は……! この人は俺の……!

 俺は母さんの背中に腕を回し、ぎゅっと服を握った。



「母さん……!」



 俺は泣いた。とにかく泣いて、泣いて、泣きまくった。母さんは黙ったままだった。

 やがて泣き止むと、母さんは俺を離した。



「ごめんね……もう槍耶を置いてどこにも行かないから」

「………本当?」

「本当。約束する」



 母さんはにっこりと笑った。その笑顔を見ると、なんだか嬉しくなって、俺も小さく笑った。

 母さんの笑顔は好きだ。安心するし、元気が沸いてくるし、本当に何とかなるかもって思える自信がつく。これが母親の力なのかと尊敬さえする。



「槍耶……」



 母さんがいつもみたいに・・・・・・・、俺の頭を優しく撫でてくる。俺はされるがままだ。母さんの手も好きだから。あったかいその手も好きだから。

 でも、いつも不安になる。母さんは魔警察だ。いつか仕事で・・・・・・死んでしまうの・・・・・・・ではないか・・・・・と。このあったかい手が、冷たくなってしまう時がくるのではないかと。

 そんなこと………考えただけで恐ろしい。母さんがいない日常なんて………想像出来ない・・・・・・想像したくない・・・・・・・



 ずっと……ずっと母さんが生きていられますように……。





「槍耶ッ!」





 突然の思わぬ声に、俺の思考が停止した。目の前にいるのは母さんではなく、海斗だった。海斗は鋭い視線で俺を見据えている。その青い瞳には、困惑する俺の顔が写っていた。

 ―――――――何が………起きた? 母さんは? 母さんはどこにいった?



「槍耶、大丈夫か?」

「母さん……? 母さん……⁈」

「槍耶!」



 俺は立ち上がり、辺りを見回す。木は風に吹かれ、数枚の葉を落とした。一枚が海斗の首にくっつき、海斗は苛つきながらそれを取り払った。

 ―――――――その時、母さんの姿が見えた。

 海斗の背後で倒れている母さん。頭から血を流し、必死にこちらに顔を向けている。俺は駆け寄ろうとしたが、海斗に肩を掴まれて拒まれた。



「母さんッ!」

「槍耶! 落ち着け!」

「その子に……やられた………気を付け―――――」

「え………⁈」



 母さんはそれだけ言い残して脱力した。ピクリとも動かなくなった姿に、俺はぽろぽろと涙を流した。



 母さんが……! 母さんが死んだ・・・……! 死んでしまった・・・・・・・……!





 海斗に殺された・・・・・・・――――――――!





 ―――――――――――――パァン





 俺は銃声を響かせた。

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