#殻を破ること

5話ー①『課せられた仕事』

 電車に乗り、二駅先で下車する。改札を通り抜け、渡されたメモの通りに道をたどった。

 目的の建物に着いた蘭李は、まじまじとそれを見上げた。メモをもう一度確認し、間違いではないことを再認識する。

 やっぱりそうだ―――駅から横断歩道を渡り、真っ直ぐ進む。やがて現れる角を曲がった先にある、小さな十字架がかかる扉。

 そう………ここはかつて、彼女が夏のおつかいのために訪れた教会だった。



 ――――――時は昨日に遡る。



「え? 護衛?」

「ああ」


 蘭李がキョトンとして首を傾げる。彼女の傍で虚空に寝そべる蜜柑と睡蓮も、不思議そうな顔をして窺った。


「次の土曜、出張に行くんだ。その護衛をしろ」


 滝川若俊は持っていたコーヒー缶を口につけ、ぐいっと傾ける。コーヒーの香りがいっそうに増した。

 コノハが蘭李のもとに戻ってきてから二日後。彼女は借金を返済するために若俊のもとを訪れていた。当然、数日経っただけで建物はもとに戻っておらず、半壊の病院は異質な雰囲気を放っていた。

 そこで彼のプライベートルームに通された蘭李。とは言うものの、家具は何もない真っ白な部屋だった。若俊の私生活に疑問が残る。


「あの……護衛しなきゃいけないような出張なんですか?」

「そういうわけじゃない。出張の時にはいつも依頼しているからだ」

「ああ、そういう……」

「言っておくが」


 若俊は空になった缶を握り潰した。


「これで全部チャラになるわけじゃないからな? これは仕事の一つ目」

「わ、分かってますよ」

「ん。それで、連れてきてほしい奴が一人いてな」


 小さなカードを軽く投げる若俊。蘭李が慌ててそれをキャッチする。そこには住所が書かれていた。


「お前の他にもう一人、護衛を頼んでいるんだ。そいつが今そこに来てるらしいから連れてきてくれ」

「いいですけど……名前は?」

「行けば分かる」

「教えてくれないんですか」

「別に大勢から一人を探し出すわけじゃないんだ。知らなくとも問題無いだろう」

「うーん………なんか腑に落ちないなあ」



 ―――というわけでたどり着いたのが、この教会である。

 住所をネットで調べた時点で何となく予想がついていた蘭李だが、実際に来てみればやはり想像していた通りで、かつて十字架を彼女にくれた修道女がいる教会であった。


「我らを除け者にする憎きあやつがおる所ではないかーっ!」


 蜜柑が突然叫び出した。蘭李は驚いたものの、彼女の憤慨する様子にくすくすと笑う。


「除け者って……まあ間違ってはないかな?」

「こんな所来るべきではないぞ!」

「そーだよお! 何かあっても助けられないよ!」

「問題ないでしょ。どうせ何もできないんだし」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ蜜柑と睡蓮を無視し、蘭李は扉に手をかけた。開いて視界に映った光景に、やはりそうだと確信する。

 長椅子の並ぶ礼拝堂があり、一番奥の正面壁はステンドグラス張り……かつて見た風景と全く同じだった。違うことといえば、そこにいる人物だけだった。


「ねえ……やっぱりやめた方がいいんじゃない?」

「なーに言ってんのよ! アタシは暇で暇で死にそうなの!」

「だって……」

「どんな奴がきても大丈夫だーって! アタシを信用しなさいよ?」

「うう……うん……」


 この教会の主である修道女と話す、ワインレッドのポニーテール女。黒いケープを羽織り、赤いスカートから伸びる左足には小さなポーチが装着されている。

 女は蘭李に気付いたようで、髪と同じ色の瞳をギロリと向けた。


「誰か来てるわよ」

「え………あら? 貴女は……」

「こんにちは」


 修道女も気付き、静かに歩み寄る。蘭李は軽く会釈をした。


「あの、滝川若俊さんの護衛をする人を連れてくるように言われて……」

「ああ、それで……」

「アンタ、アイツのパシりされてんの~? お疲れ~」


 女がケラケラと笑う。なんだか妙な雰囲気の人だなあ―――蘭李は苦笑した。


「じゃ、アタシ行くから。じゃあね~」

「気を付けてねー?」

「マイは心配しすぎだって!」


 女は手を振りながら教会を去っていく。『マイ』と呼ばれた修道女は心配そうに見つめ、首からかけている十字架を握り締めた。蘭李は女を見て、それからマイに視線を戻す。


「なんだか不思議な雰囲気の人ですね」

「やっぱりそう思いますか? もう少し礼節を弁えてほしいと言っているのですが、なかなか聞いてもらえなくて」


 はあ、と吐いたため息から苦労が窺える。蘭李は苦笑するもその後の展開がなく、おそるおそる切り出した。


「あの……それで、護衛する人ってどこに……」

「え? 護衛するのは、今出ていったカヤですよ?」

「………えっ」


 蘭李は急いで教会を飛び出した。蜜柑や睡蓮の呼び声を無視し、辺りを見回す。女の姿を見付けると、一目散に駆け出した。


「ちょっ………カヤさん!」


 呼んでも足を止めてもらえず。蘭李は全速力で走り、ようやく追いついた。少し立ち止まって呼吸を整え、改めて『カヤ』の後を追う。


「カヤさん! 置いていかないでください!」

「はー? なんでアンタを待たなきゃいけないのよ」

「あなたを連れてくるように頼まれたんですから!」

「それよりアンタ、強い奴知らない?」

「はあ……?」


 唐突の質問に答えなどすぐに思い付かず。カヤは後頭部を支えるように両手を組んだ。


「最近、暇で暇でしょうがないのよねー。手応えある奴が全然いなくて」

「はあ……」


 カヤは蘭李よりもずっと背が高く、真っ赤な長髪は人目を多く引き付けた。彼女自身それを全く気にしていないようだが、並んで歩く蘭李は気まずそうにしていた。


「戦うのが好きなんですか?」

「もっちろん!」


 満面の笑みで即答するカヤに、一抹の恐怖を覚える蘭李。少しだけ彼女から離れた。


「強い奴と戦って殺せればアタシは何でもいいのよ」

「あ、そうですか……」

「だからアイツの依頼も受けたわけだし~」

「え?」

「だってアイツの出張先ってあの『劉木南りゅうきな』一家なんでしょ? 何もないわけないわよね~」


 駅に着くと、二人は切符を買って改札を通る。ホームに向かい、電車を待っていた。椅子に座るカヤの横で、立ったままの蘭李が尋ねる。


「あの、りゅうきな……って?」

「はあ~? アンタ、劉木南も知らないの? それでも魔力者?」

「えっ……あたしが魔力者だってなんで……」

「剣見えてるわよ」


 蘭李は視線を落とす。スクールバックからコノハの鞘が少しだけ覗いていた。慌ててコノハをバックに押し込み、チャックを閉める。


「まあそもそも、こんな頼みを引き受ける時点で分かってたことだけどね~」


 電車がやって来たため二人は乗り込んだ。カヤは奥のドアにもたれかかり腕を組む。


「劉木南ってのは、夢で人を殺す一族よ。詳しくは知らないけど、アイツらが夢で見た人間は必ず死ぬらしいわよ」

「夢で? 正夢……ってことですか?」

「そうなんじゃない? 何代も続いているらしいけど、その家系のみでしか現れてないから『異形魔力者』ってカテゴリされてるらしいわね」

「い、いけい……?」

「アンタってホントに何も知らないのね! そんぐらい自分で調べなさい!」


 怒鳴り気味に声を張るカヤ。乗客が皆彼女に注目した。当事者でもないのに顔を真っ赤にする蘭李とは裏腹に、素っ気なく顔を背けるカヤ。


「こら! でんしゃではおっきな声出しちゃだめなんだよ!」


 睡蓮がカヤに向かって注意するも、聞こえているはずもなく。逆に蘭李には聞こえているので、彼の注意は騒音でしかなかった。

 その後はこれといった会話もないまま、自宅最寄り駅に到着した。カヤを若俊のもとまで案内すると、用済みと言わんばかりに蘭李は病院を追い出されてしまった。若干の不満は残ったが、特に騒ぎ立てることもしなかった。


「護衛かあ。何もないといいけどなあ」


 蘭李は空を仰ぎながら呟いた。オレンジの中に浮かぶ黒い雲を見つめ、足早に帰路についた。

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