4話ー⑦『蘭李とコノハ』

 仕方ないと自分に言い聞かせていた。コノハを危ない目に遭わせたわけだし、あたしだってコノハには死んでほしくない。だからあたしは、夏の言う通りにした。

 でも、コノハが夏と仲良くしているのを見ていると、コノハが夏を持ち主として接しているのを見ていると、腹立たしいような悲しいような気持ちになった。

 あえてそういう設定にしているのはしょうがないことだと分かっていた。下手に本当のことを言ってしまうと、コノハはあたしのもとにいたいと思ってしまう。それが魔具の宿命だから―――そう言ったから、夏の提案した設定に合わせるようにした。

 それでも気持ちは収まらなかった。むしろその逆だった。


 そう―――これは汚い感情だ。

 コノハはあたしのものなのに、という嫉妬である。


 こんなに自分は醜い人間だったのかと幻滅した。でもそんなの当たり前だと無理矢理正当化した。

 だってあたしとコノハは小さい頃からずっと一緒にいて、それこそ家族とか相棒みたいな関係なのに。それをいきなり取られて仲良さげなところ見せつけられたら誰だって嫉妬するでしょ?

 だから死んでしまおうと思った。まあ原因不明の魔力増加もあって、余計にそうしようと思ったわけだけど。

 というかむしろ、タイミングいいよね。こんな風にコノハが他の誰かに取られるくらいなら死んだ方がマシだし。あんな風に機械なしじゃ生きられないなら死んだ方がマシだし。

 すごい。死ぬ理由のオンパレードだ。これならたしかに躊躇しない。躊躇する理由を探す方が難しい。


 ………どうしてこうなってしまったんだろう。どこで間違えたかな。

 大会に出るべきじゃなかった? 大会に出なかったら、きっと今でも何も考えずに笑って過ごしていたんだろう。悪魔には狙われているから特訓もしつつ、特に不自由なく。


 でも………本当にそれは正しい道なのかな。

 今回のことであたしの技量不足はもろに出てきたわけだし、直さなきゃいけないと本気で思った。こういう結末になってしまったけど、あたしのわけわからない理論で逆ギレしてこうなってしまったけど、でも、今まで目を背けてきたものを引きずり出されて、それを改善しなきゃいけないんだって思わされた。

 ―――あ、そうか。弱いところがバレたのか。だからあたしは怒ったんだ。今まで必死に隠してたものを見つけられたから。

 なるほど。つまり怠慢の結果ってことか。本当に笑えないね。笑えない――――――。





「蘭李!」


 呼ばれて、急いで目を開いた。反射的に起き上がると、目の前の人物が視界に映る。緑色の少年―――そこにいたのはコノハだった。


「あ……あれ? コノハ?」


 朝に叩き起こされたような感覚だったから、コノハがいたことに少し驚く。さらに困惑したのは、寝ていたそこが冷たい白の床だったことだ。どうりで体が痛むわけだ。

 薄暗い辺りを見回すと、小さな丸い光の玉がたくさん浮かんでいた。そこら中に散らばるガラスやら金属やらの破片を照らしている。

 なんだここは―――そこまで思った瞬間に、全てを思い出した。


「病院……?」

「そうだよ。蘭李が入院してた病院。やっと思い出した?」


 コノハが呆れたように苦笑する。

 そうだ。たしかあたしが暴れたときにコノハが突然飛んできて、それをあたしがキャッチしたら……。

 ――――――ん?


「いやいやいや待って。あれ? コノハ、記憶喪失だったよね?」

「そうだよ」

「あたしのこと……分かるの?」

「蘭李ーっ!」


 突如コノハの奥から現れた少年。しかし、勢いあまってあたしをすり抜けていった。振り向くと、睡蓮が空中で急停止していた。


「よかったよー! おはよう!」

「お、おはよう……なんで泣いてるの?」

「だってだって……! 蘭李死んじゃいそうだったから……!」


 ぐすぐすと涙を流す睡蓮。幽霊でも涙が出るんだね……一体どういう仕組みなんだろう。


「ていうか……あれ?」

「なに?」

「なんであたし………生きてるの?」

「あ、蘭李。起きたんだね」


 男の声がフロアに反芻した。睡蓮の背後から健治の姿が見え、メルもそばについていた。


「健治! あの……」

「体調はどうだい?」

「え? ああ、うん。問題ないけど……」

「それはよかった。まあ話したいことは色々あるだろうけど、まずは場所を変えようか。みんなも待っているよ」


 健治に手招かれるままについていく。一歩一歩進むたびに緊張が増していくような気がして、だんだんと足の運びが遅くなる。

 この先に進むべきか―――進んでもいいのだろうか。


「蘭李」


 手を握られた。隣にいるコノハが、あたしの手を引いて先導してくれた。なんだか久しぶりの感覚で、じんわりと目に涙が滲んだ。それを悟られないよう、静かに涙を拭う。

 着いた場所はロビーだった。比較的損壊がなく、ハク達の他に医師らしい眼鏡男と夏がいた。


「さて。全員集合だね」


 健治がロビーの椅子に座る。他のみんなも座っていたが、あたしはなんだか気まずくて立ったままでいることにした。コノハも手をつないだまま一緒にいてくれている。


「さあ、原因不明の魔力増加を解明しようか。滝川さん、よろしくお願いします」

「ああ」


 眼鏡男……滝川がすくりと立ち上がった。じっと見据えられると、思わず姿勢を正してしまった。


「大暴れする華城がその魔具を手にした瞬間、そいつに魔力が吸い取られ、そしてそのまま気を失った。そこからボクはある仮説を立てた」


 滝川が歩き出し、あたしの前で立ち止まった。顎に手を当てながら、観察するように見下ろされる。


「お前、魔具に魔力を常に取られているらしいな?」

「ああ……はい。みんな信じないけど……」

「そう。普通そんなこと有り得ない。しかし、今回のことでそれが本当だと言わざるを得なくなった」


 今回の件で? どういうことか聞き返すと、滝川はそこらを歩きながら解説を始めた。


「魔具を手放してから一週間程で華城はおかしくなった。その間の外的影響は無し。そして再び魔具を手にすると、あっという間に症状は引いていった。まるで何事も無かったかのように……ここまで言えば分かるか?」


 コノハを手放しておかしくなって、コノハを手にしたら戻った。それが「魔力を常に取られている」とどう関係があるのか?

 ―――全く分からない。皆目検討もつかない。

 首を横に振ると、滝川は一息吐いてあたしを指差した。


「華城蘭李―――お前はその魔具が無ければ生きられない体なんだよ」


 沈黙が流れた。ハク達も驚いた顔をしている。コノハの横顔にさほどの変化はないが、ぎゅっと強く手を握られた。


「通常、魔力者は許容量の約七割程度の魔力を溜めている。しかしそれが一割を切ると生命の危機に陥るんだ。で、お前は初めて魔具を手にした瞬間、恐らくそのギリギリまで魔力を奪われたはずだ」


 初めてコノハと出会ったとき―――動いたり人になったりしたのは強烈だったから鮮明に覚えているけど、魔力を取られたかは分からない。記憶力は良い方じゃないし、そもそも当時は自分が魔力者だと分かっていなかったから。


「次の日もその次の日も、華城は魔具に魔力を取られ続けた。しかしそんな状況、身体的には良くない。だから体は次第に慣れていったんだ。そして、取られてもいいようなシステムに変更した」

「………まさか」


 健治が呟く。くるりと振り向いた滝川は、自信満々な微笑を見せて言い放った。


「華城の体は、常に魔力を回復するようにしたんだ。取られる同量か、それ以上でな」


 ―――常に魔力を回復する? 常に魔力を取られているから、それに対抗するために? 体が勝手に作り変わったの?

 そんなこと………本当にあり得るの?


「それなら全てに納得がいく。魔具を手放したことで回復していた魔力が体内から無くならず、結果的に溢れ出てしまったんだろう」

「な、なるほど……?」

「でも普通は、魔力許容量の七割で収められてるんですよね? なんで蘭李はそうならなかったんですか?」


 槍耶の問いに、滝川はすぐ答えた。


「恐らく、とっくに壊れてるんだよ。その器は」

「壊れてる?」

「魔力を常に回復させる、というシステムにしたせいで、本来の器の機能を失ったんだろう。器の七割~なんて言ってたら、また魔力を取られて危うくなるかもって認識してるのかもしれない。とは言っても、憶測でしかないがな。器なんてのは比喩だし、実際目に見えるものじゃないし」


 ―――信じられない。本当にそんなことがあたしの体で起きてるの?

 思わずお腹を押さえると、違和感を覚えた。何かがお腹に巻かれている気がする。服を少しめくってみると、赤くにじんだ包帯が巻かれていた。


「じゃあ時差があったのはなんで? その理論なら、一週間ももたずに暴走したんじゃないの?」


 雷が首を傾げる。「だよなあ」とハクも呟いた。

 たしかにそうだよね。一週間は普通に過ごせていたし、そうすると魔力は一体どこへ?


「どんな魔力であろうとも一瞬で回復するわけじゃない。それに手放してから魔力を何回か使ったんだろう? だから少しは発散してるんだ。けど、魔力が器に溜まりきって昨日、ついに爆発したんだ。熱っぽかったのは、器から漏れていた魔力のせいだな」


 あれ、風邪じゃなかったんだ。たしかにあの後に暴走したし、道理は合ってる……のか?


「じゃあもし魔力を使ってなかったら、もっと早くに暴走してたってことですよね」

「ああ。当然逆も然りだ。長引いていたら原因究明に手こずったかもしれないな」


 不幸中の幸い……なのかな。仮説が合っていればの話だけど。

 滝川はあたし達を見回し、他に質問はあるかと問う。ないことを確認すると、満足そうに腰に手を当てた。


「ということだ。前例の無いことで証拠はまだまだ不十分だが、間違ってはないだろうな」

「すごい自信ですね」

「ボクの見立てなんだ。間違っている訳がないだろ」


 滝川が再びあたしの所へやって来て、一枚の紙を差し出してきた。何も考えないでそれを受け取り、紙面を読む。

 ――――――タイトルは『請求書』だった。


「…………え?」

「病院を破壊した請求書」


 コノハが横から覗き見る。あたしの視線はおそるおそる、下へ……。

 そこに書かれていた金額は―――なんと百万円。


「ええええええ!? ひゃっひゃっひゃくまん!?」

「言っておくが、かなり抑えたんだからな。ボクの広い心に免じてこの金額なんだぞ」

「いやいやいやムリ! ムリです! そんなお金ありません!」

「じゃあそれに見合う仕事でもしてもらうか」


 ――――――え? 仕事?


「もしかしていかがわしい仕事!?」

「雷、落ち着け」

「んなわけねぇだろ。明後日ここに来い。ばっくれたら裁判起こすからな」

「わわわわかりました! 来ます!」

「ん。じゃ、よろしく」


 滝川は満足そうな顔をすると、ひらりと手を上げて踵を返し、ロビーの奥へと姿を消した。あたしは呆然と、何も言えずにそれを見送るしかできなかった。


「ひゃくまん……しゃっきん……」

「蘭李元気出してー! いかがわしい仕事頑張ってねー!」


 それはもう楽しそうな雷のエールが送られてきた。しかしそれに反応する気力も湧いてこなかった。


「ひゃくまん……」

「相当なダメージ食らってるな……まあ今度チョコでも奢ってやるよ」

「それなら百万のチョコ奢ってよ!」

「いやそれ何の解決にもなんねえからな?」


 冷静なハクのツッコミで、ようやくショックを受けた頭が冴えてきた。


「そりゃあたしが悪いけどさ……普通、子供に賠償させる?」

「これが魔力者の世界ってやつだよ」

「いやむしろ生々しい大人の世界じゃない!? いかがわしい仕事で借金を返済させる18禁の!」

「雷、落ち着け」


 興奮する雷を鎮めるハクを尻目に、あたしは脱力したように椅子に座った。まさかこんな年で借金することになるなんて思ってもみなくて……先が思いやられるよ……。


「華城さん」


 項垂れていると、夏があたしの前に来た。怒っているような険しい表情に気まずくて、視線を逸らすように若干俯いた。


「な、なんですか?」

「正直、私はコノハくんを返すのは反対だったの」


 ―――そうだろう。魔法道具屋からしたら、あたしは危険人物そのものだろう。

 分かってる。あたしが一番よく………思い知った。


「でもね、コノハくんに言われちゃった。『こいつになら殺されてもいい』って」


 びっくりして思わず顔を上げた。夏はにっこり笑っていたが、少し涙を浮かべていた。


「そんなに驚くことじゃないよ」


 コノハがあたしの隣に座る。微笑するその顔はいつもの調子だった。


「僕は蘭李の武器だ。だから蘭李の手元で、武器としての使命を全うできたらいいって思ってたからさ」

「それこそ魔具の背負う悲しい宿命、洗脳されてるようなものなんだよって言っても全然聞かなくて」

「だってこれが僕の本心なんだもん」


 コノハが頬を膨らませて答えると、夏はふふっと笑った。あたしの隣に座り、背にもたれて宙を仰いだ。


「私もね、昔魔具を持っていたの。でも、私の無茶のせいで殺してしまった。物凄く後悔したの。だからあなた達にもそんな思いをしてほしくなくて、あんな提案をしたのよ」


 夏も魔具を持っていた―――しかも、同じ過ちを経験していた。だからあんな真剣に……ただ魔法道具屋だからってわけじゃなかったんだ。


「魔具はどうなっても持ち主を守ろうとする。そう思ってたの。事実、そうだったから……」

「でもね、僕らは持ち主に殺されるより、武器として使われない方がつらいんだよ」



 ――――――ねぇ、それ、使うの………やめてくれない?



 ふと、昔コノハに言われたことを思い出した。なんでそんなことを言ったのか詳細には教えてくれなかったけど、当時コノハではない武器を使っていたから、もしかしたらこういう理由での発言だったのかもしれない。


「だから……ごめんね? 私のせいでこんな大事になっちゃって……」

「いえ。あたしも……ごめんなさい。魔力のことはともかくとしても、夏さんに対してひどいこと思っちゃいました」


 今思えば本当にただの逆ギレだった。強くなれないからって、嫉妬したからって、それを全て夏のせいにした。

 あたしは立ち上がり、夏に向き直る。


「夏さんの言ってたことは最もでした。これからもコノハに頼りきりにならないように訓練します」

「うん。そうしてくれると嬉しいな。それと……一つ、聞いていい?」

「なんですか?」

「コノハくんの名前の由来って………何なの?」


 ―――あまりに予想外すぎる質問に、思わず呆然と固まってしまった。途端にコノハがくすくすと笑い出す。


「その顔……」

「いやだって、いきなりすぎて……」

「私に対して疑念を持ったコノハくんが、本当の持ち主かどうか確認するために質問してきたんだけど……私、間違えちゃって」

「何て言ったんですか?」

「木の葉みたいに、緑色の刀身をしていたからって……」


 あー……うん。まあ、そうだよね。たしかにそうなんだよね……。


「えっ違うの!? うちずっとそうだと思ってたけど!?」

「俺も!」


 他のみんなも驚いている。そういえば言ってなかったかあ。聞かれなかったからなあ。たぶん、みんなそう思ってたんだろうね。

 ―――聞くまでもなく、そうだって思ってたんだろう。


「えっとね、コノハの由来は……」

「待って」


 突然腕を引かれ、倒れ込むようにコノハの上に乗った。そのまま手で口を押さえつけられる。


「言わないで。もし蘭李の偽者が出てきたら、これが切り札になるだろうから」

「いやそれどんな場面!? そんなこと絶対起きないって!」

「えーコノハ教えてよー」

「ダメ」


 そんな秘密にするようなものじゃないんだけど……ていうかむしろ言いたいんだけど。自慢したい。あたしの素晴らしいネーミングセンスをひけらかしたい。

 そんな思いが通じてしまったのか、余計に強く押さえつけられ、諦めざるを得なかった。


「よし! 仲直り出来たね」


 健治が手を叩き、勢いよく立ち上がる。腕時計を確認する様子に、あたしも壁掛け時計を見やる。もうすぐ夜の九時になろうとしていた。


「じゃあ今日は解散しようか。もう遅いからね」

「うわ、もうこんな時間か」

「ヤバ! さすがにお父さんに疑われる!」

「俺も早く帰らないと……」

「あっ! ちょっとまって!」


 コノハをのかし、帰り支度を始めるみんなを急いで呼び止めた。様々な色の視線があたしに集中する。誰一人欠けてないことを確認し、あたしは頭を下げた。


「迷惑かけてごめん。でも……ありがとう!」


 ―――沈黙。なかなか返事がこない。

 どうしよう。もしかして思ってる以上に怒ってる?

 ―――それもそうか。迷惑かけまくったもんね。逆ギレもしちゃったし、絶交とか考えててもおかしくない………やば………どうしよう……泣きそう。


「……いいってことよー!」


 目が潤みかけたとき、突然肩に腕を回された。顔を上げると、にやけた雷に覗き込まれる。


「うちら友達でしょ?」

「雷さん……! ありがとう……!」

「お礼はメイド服着て恥ずかしいポーズの写真ね!」

「え」

「おい、雷」

「は、ハク! 助けて!」

「写真じゃつまんねえから動画にしようぜ」

「いいねそれ!」

「ウソでしょ!?」


 ハクまでもにやけだす。この二人ならやりかねないんですけど! 冗談がマジに聞こえるんですけど!

 あたしは慌てて雷の腕を振りほどき、距離を置いた。二人が黒い笑みを浮かべている。怖すぎ! やめてその笑い!


「まあメイド服はともかく……そんなに気にしなくていいぞ」

「そうそう。仲間ってそういうもんだろ?」


 紫苑と槍耶の言葉が妙に嬉しい。いつもは頼りないのに、今このときだけは頼りがいのある仲間に思えるよ。


「ありがとう! 今度メイド服あげるね!」

「いらん! 俺達に雷を押し付けるな!」

「ちょっと! うちを物みたいに扱うな! 罰として紫苑もメイドの格好ね!」

「断固拒否する!」


 アハハと笑ってみせるが、ちょっと気まずい。

 ―――というのも、紫苑の背後に海斗が現れたから。

 今回、盛大に喧嘩した相手である。海斗は睨むようにあたしを眺め、ふいっと顔を逸らした。そのまま一人で立ち去ろうとしたものだから、慌ててその前に立ち塞がった。


「…………」


 沈黙。なかなか声が出ない。「何これ? ヤンキーの睨み合い?」などというひそひそ話は聞こえなかったことにした。

 ちゃんと言え………がんばれ、あたし!


「海斗、あの……………………………ごめん」


 なんとか言えた。語尾が消えずに言えた。偉いぞあたし。

 海斗の視線が鋭くなるが、怒っているようには見えなかった。少しの間を空けて、ふんと息を鳴らして歩き出した。


「俺は謝らないからな」


 そう吐き捨てると、海斗はあたしの横を通り過ぎていった。思わず振り向き、その背を見つめながら反芻する。

 謝らない―――って……。


「あたしは謝ったのに!?」

「だからなんだよ」

「いやだから! 海斗も謝ってよ!」

「なんで。俺は悪くないだろ」

「そうっ……かもしれないけど! こういうときはお互い様でしょ!」

「なんでだよ。こっちは悪くないのに」


 足も止めずに海斗は立ち去った。それを追いかける槍耶に紫苑。あたしも息巻いて向かおうとしたが、コノハに「まあまあ」となだめられ止められてしまった。


「こっちが悪いのは事実だしさ」

「それはそうだけどさあ……仲直りってもっとこう……」

「それより蘭李、僕には?」

「え?」


 緑色の瞳にじっと見つめられる。まさかそんな要求されるなんて思ってなくて、若干の困惑。


「あたしに殺されるなら本望なのでは……?」

「それはそれ。これはこれ」

「ええ………ていうかその前に一ついい?」

「ん?」

「コノハの記憶、いつ戻ったの?」


 ああ、とコノハは宙を仰いだ。


「蘭李目掛けて飛び込んでキャッチされたとき。だからまあ、魔力を吸い取ったとき?」

「記憶が戻ってからじゃなくて、飛び込んできた後に記憶が戻ったの? じゃあそもそもなんで飛び込んできたの?」

「え、あー……」


 うーん……と困ったように唸るコノハ。

 てっきりあのとき、記憶が戻っていたから飛び込んできたのかと思っていた。記憶がない状態だったということは、本能的な何かとかだろうか?


「分かんないんだよね。なんか、ほとんど勢いで」

「勢いって……」

「あ、でも『あいつから魔力奪っちゃえば魔力切れすることもなくなる』っていう下心はあった」

「ひど!」

「だってあんなにぶっ放すほど魔力あるなら、ちょっとくらいもらったってどうってことないと思って……」

「ほぼ強盗じゃんそれ!」

「強盗って」


 くすくす笑うハクと雷が横を通り過ぎた。健治と夏も何故か穏やかな笑みであたしを見ている。

 な、なんか恥ずかしいんですけど……。


「で?」

「え?」

「質問は終わりでしょ?」


 わざとらしく小首を傾げるコノハ。期待が満ち溢れた瞳と口元。それほど欲しがっていることに驚いてしまう。

 いやでもまあ………そうだよね。一番苦しかったのはコノハだよね。

 ―――ちゃんと言わなきゃダメだ。


「痛い思いさせてごめんね。助けてくれてありがとう」


 緑色の髪を優しく撫でた。コノハはふっと小さく笑い、あたしのもう片方の手を取る。


「いいよ。蘭李のためなら」


 そのまま手を引かれて帰路につく。少年を象った横顔には怒りも憎しみも悲しみもなく、ただただ嬉しそうだった。


 ―――その笑顔を、そう言ってくれる心を二度と失いたくない。彼は武器だけど、大切な相棒だから。


 もう二度と殺さないように、強くならなければ。

 ――――――そう決心した。



* * *



4話 完

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