4話ー⑤『原因』
「何があったのじゃ!」
白夜に詰め寄った蜜柑はぶつかるほどに顔を近付けた。白夜が顔を逸らしても追いかけ、逃れることを許さなかった。表情からも分かる―――いつものふざけた様子とは真逆の、真剣な面持ちだった。
「何がって言われても……」
「説明しろ!」
「私にだって分かんないよ」
「チッ!」
蘭李の魔力が暴走したと聞き、翌日病院に集まった白夜達五人。蘭李と喧嘩中の海斗も槍耶に連れてこられ、しかし大人しく話を聞いていた。
「ていうか蜜柑さん達、昨日蘭李の傍にいなかったの?」
「市場にミカンを見に行っておったわ!」
「…………」
先祖達が集まったのは、あろうことか白夜達よりも後だった。しかも、事情を聞いたのち秋桜はどこかへ行ってしまった。
あまりにも呑気な守護霊達に、こいつら守る気あるのか―――そんな視線を白夜は送った。
「蘭李も心配だけど……コノハもどこ行っちゃったんだろうね」
雷がぼそりと呟くと、沈黙が流れた。
蘭李だけならまだしも、コノハまで予想外の行動をしては、いよいよ終わりを考えてしまう。
先祖達が告げた、「もうすぐ死ぬ」という彼女の運命のことだ。
「やっぱり俺達も探しに行くか?」
「そうだね。人手は多い方がいいもんね」
コノハを探している健治とメルに加え、雷と槍耶もそちらに加勢することにした。二人が病室を去り、残った白夜達はガラスの向こうで眠る蘭李を見やる。機械に繋がれたまま未だ目を覚まさない様子は、嫌な連想をさせた。
「本当に陰性だったんですよね?」
白夜が横目で確認した。デスクチェアに座る医師『滝川若俊』は、眼鏡のレンズ越しに鋭い視線を返す。
彼は健治に頼まれていた検査を行った。そして結果が出た深夜、それを確認し驚いた。
結果は陰性………つまり、蘭李は悪魔に何もされていなかったのだ。
とすれば疑問は残ったまま―――何故、突然魔力が増えたのか?
「ボクの検査に文句をつけるのか?」
「だって……他の原因が……」
若俊は書類を一枚取り出し、それをデスク上で滑らせた。検査の結果が載っており、「陰性」としっかり明記されている。
「検査は正常だ。彼女は誰にも何もされていない。勿論、魔力を無理に封じ込められた以外には。すなわち、彼女の魔力急増の原因は他にある」
「それは検査とかで分からないんですか?」
「簡単に言ってくれるな。魔力の研究はまだまだ発展途上なんだ」
「貴様、医師だろうが! さっさと突き止めろ!」
蜜柑が怒号を上げるが、当然若俊には届かない。彼は書類をファイルに戻し、足を組んだ。
「魔力がキャパシティ内に収まらずに暴走する病気はある。しかしそれは先天性の病気で、その子は生後一日も生きられずに亡くなる。魔力を暴走させ続けてるんだ。とてもじゃないけど体が持たない」
「後天性の事例はないんですか?」
「聞いたこと無いな。例えば故意にそういう状態にさせられる可能性はあるだろうが、その場合でも体が持たずにすぐ亡くなるだろう。治療法も当然無い。今彼女が生きてるのは、あの機械で魔力吸収と治癒を同時に行っているからだ。応急措置に過ぎないがな」
デスクに置かれていた本に手を置き、若俊は語気を強めて言い放った。
「原因が分からなければ治療のしようがない。とにかくまずは事細かに当時の状況を聞き出して特定していくしかない」
「そう……ですね」
「そもそも皇とかいうあいつは、悪魔に以外何もされていないと言っていたが………それ以前はどうだったか?」
白夜達は昨日を思い返した。蘭李と一番長くいたのは同じクラスの白夜だが、特別おかしなことが起きたわけでもなかった。
「学校でもほとんど一緒にいたけど、何も無かったです。本当に」
「それ以前は?」
「特には……」
「ちゃんと思い出せ。少しもおかしなことがなかったか?」
「うーん……」
「………………あ、そういえば」
全員の注目が紫苑に集まった。彼は白夜を窺いながら続ける。
「昨日、朝から熱っぽいって言ってたよな?」
「ああ、そういや言ってたな。だから先に帰ったんだし……」
「発熱か……そのとき既に魔力が漏れていた可能性は高いな」
「でも、そういう風には見えなかったけど……」
「とすると、さらにそれ以前に何か原因がある可能性が……」
「コノハじゃないのか?」
唐突に差し込まれた海斗の声。壁に寄りかかったまま腕を組み、鋭い視線が白夜と紫苑に向く。
「最近起きた異変なんてそれくらいだろ」
「それはそうだけど……それが原因?」
「コノハが取り上げられたのって先週だし、時間的に間が空いてないか?」
「おい、コノハってのは何だ」
食い気味に若俊が尋ね、白夜は大会での出来事も含めてコノハのことを話した。すると彼は険しい表情で顎に手を当てた。
「断定はできないが……可能性は非常に高いな」
「コノハが何かしたってことですか?」
「あるいは、魔具を所持するが故に何かが起きたか……とにかく調べてみて損はないだろう。それを持ってきてくれ」
「いや、そのコノハがいなくなってて。今雷達が探してるんです」
「ああ……そのことだったのか」
―――コノハが原因? しかしそれならもっと早くに異変が出ていてもおかしくないはず。何より、彼が蘭李に何かするようには到底思えないんだが。
そんなことを考えながらふと白夜が目をやると、眠っていたはずの蘭李が起きていた。予想外の光景に、彼女は思わず「うわっ!」と声を上げた。
「びっくりした……」
「え? どうした白夜」
「蘭李起きてた」
紫苑達も蘭李の姿を確認した。彼女はぼーっとしたまま動かず、何を考えているのか読み取れない。若俊は立ち上がり、ガラスの前に置かれたマイクに口を近付けた。
「大丈夫か? 自分が誰だか分かるか?」
蘭李はゆっくりと首を動かし、若俊の方を向いた。見たことのない虚ろな目に、白夜は息を飲む。
「………分かります」
「名前は?」
「華城蘭李です」
「自分に何が起きたか、覚えているか?」
視線が僅かに落ちた。記憶をたどっているのか、蘭李は口ごもりながら答える。
「………急に魔力が暴走して………メルに何かされた後………血吐いて……」
「天使には魔力を封じられたんだ。そのせいで魔力の行き場がなくなって体を壊し、吐血した。未だ魔力は増加し続けているため、その機械で魔力の吸収を行っているんだ」
蘭李は虚ろなまま、今度は機械を眺めた。彼女が運び込まれてからずっと稼働しており、しかし騒音はほとんど聞こえず静かであった。
「そこで質問なんだが、昨日、朝から熱っぽいと言ったらしいな。それは本当か?」
「………これ」
「あ?」
「これを外したら………あたしは死ぬの?」
「ああ。原因を突き止め治療しないとそれは外せない」
沈黙が流れた。据わった黄色い瞳はたしかに機械を映してはいるが、どこか別のものを見据えているようだった。若俊は緊張した面持ちで問いを続ける。
「質問に答えてくれ。熱っぽかったというのは本当か?」
「………そうですね」
「その他の症状は? 倦怠感や頭痛などは……」
「さあ………なかったと思いますけど」
「きちんと思い出せ。このままじゃ一生そこから出られないんだぞ」
「―――……ははっ」
乾いた笑いがこぼれた。そのくせ生気は一切感じられない。明らかに様子がおかしいと白夜は察していた。
「コノハも取り上げられて、魔力はおかしくなって、なんかもう………死ねって言われてるようだね」
黄色の瞳が見開かれた。怒りでも悲しみでもない―――諦めを映す瞳に、白夜は咄嗟にマイクを奪って叫んだ。
「原因を突き止めれば大丈夫だって!」
「原因っていつ分かるの?」
「それは……何とも言えないけど……」
「それまでここにいろって? そんなの死んでるようなものでしょ」
蘭李はベッドから降りた。俯き気味に、自分と機械を繋ぐ管を見下ろす。
「ああ……もうすぐ死ぬってこのことだったんだ。なるほどね」
「そっ……そんなことはないぞ! たぶん……」
「たぶんって。ウソでも断定してよ、蜜柑さん」
威勢をなくす蜜柑。すかさず睡蓮が反論した。
「そうだとしても、それを阻止するための僕達だよ!」
「阻止って? 何してくれるの? 魔力吸収してくれるの?」
「えっと……それは無理だけど……」
「何にもできないくせにしゃしゃり出ないでよ」
次第に怒りが含まれていく少女の声と瞳。ぎろりと睡蓮を睨むと、彼はたじろいだ。
「ら、蘭李。いったん落ち着こう。状況を整理しよう、な?」
白夜が声をかけるも、聞こえていないのか―――蘭李はぶつぶつとひとりごとのように呟いた。
「夏さんだって何にもしないくせにしゃしゃり出て……コノハを持っていって……」
「蘭李」
「あてつけみたいに一緒にいるし……何なのもう……あの人ただの魔法道具屋でしょ」
「蘭李!」
「あたしが悪であるかのようにでっち上げて……コノハを奪っていった!」
「おい」
海斗は白夜からマイクを奪い取った。憤怒の視線が移るが、彼は臆することなく冷静に告げた。
「人に散々迷惑をかけておいて出た言葉がそれか?」
「ちょっ……海斗!」
「雷達は今、行方不明になったコノハを探している。暴走したお前を病院に運んだのは皇だ。そして魔法道具屋はコノハとお前、二人のためにコノハを預かったんだ。そうやって大勢を巻き込んで迷惑をかけまくってるっていうのに、お前は自分のことばかり……」
「海斗! 今それはいいだろ!」
「いいや、今だから言うべきだ。お前が直さなきゃいけないのは戦い方じゃねぇ。考え方だ。自分中心の思考で生きてる限り、コノハを危険な目に遭わせ続けるぞ」
―――そしてそれが続く限り、一生コノハは戻ってこねえぞ。
重たい沈黙が流れた。蘭李は俯き、その表情は見えない。しかし拳は目一杯に握られていた。
何か声をかけるべきだ―――分かっていても思い付かない。焦る白夜は、上がった彼女の顔に目を奪われた。
「――――――分かってるよ」
爛々と光るその黄色い瞳から、一滴の滴が流れ落ちる。血色の悪いその手は、腕に繋がれた管を既に握っていた。
―――何をする気か、容易に想像できた。
「だから、死ねばいいんでしょ」
――――――少女は、勢いよく管を引き抜いた。
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