4話ー②『戦うとは』
「まずは魔法じゃない?」
次の日の学校。蘭李は白夜に諸々のことを話し、相談していた。もちろん、どうすれば強くなれるか……ということをだ。
蘭李は最低でも、白夜達五人に勝てるようにならなければ強いとは認められない。その本人達にまず訊くのが一番早い。彼女はそう思ったのだ。
「コノハがいないってことは、蘭李が魔法を自由に使えるってことじゃん。だからまずそこからやれば?」
白夜は頬杖をつきながら答えた。そうだよねえ……と呟く蘭李に、さらに続ける。
「あとは基礎体力じゃない? 蘭李体力無いし、筋トレとかもしてないでしょ」
「えっ、ハクはやってるの?」
「一応ね。モノノケとか相手にしてるし。やんないとすぐ殺されちゃうしね」
「そっか……」
やっぱり努力してるんだ。あたしも頑張らないと―――蘭李はメモ帳に、ひとまずやらなければならないことを書き込んだ。
「コノハ没収はあんまり良いとは思えないけど、コノハ無しで強くなるっていうのは、やっぱりやっといた方が良いと思うぞ」
白夜が横目で見ながら呟いた。直後、動かしていた蘭李の手がピタリと止まった。その反応に、白夜は眉をひそめる。
「今までコノハが使えないって時、無かったの?」
「……………あったけど」
「そん時どうしてたの?」
「…………………忘れた!」
蘭李は突然、席から勢いよく立ち上がった。怪しむような視線を送ってくる白夜に背を向ける。
「お手洗い行ってくる!」
「え、ああ……うん」
まるで逃げるように、蘭李は教室から出ていった。白夜はそんな彼女の背中を、しばらく不思議そうに眺めていた。
*
「初めて使うには上手いと思うよ? ただ、体がついていけてない」
放課後、皇家のトレーニングルームにて。槍耶を除いた四人と戦った蘭李は、健治からその総評をもらっていた。戦績は当然全敗である。
彼女はまず、魔法をものにしようとした。雷属性は敵に電撃を放つよりも、自身の身体にまとい、動作のスピードを上げた方が良いと一般的に言われる。そこで蘭李は足に魔力を集中させ、足を速くしたのだ。
「せっかく一瞬で間合いを詰めても、そこから攻撃までの動作が遅いと、結果同じになるよ?」
「分かってはいるんだけど……」
蘭李はやっと息を整え、水を飲んだ。冬だというのに彼女は頬を真っ赤に染め、たくさんの汗をかいていた。
ちらりと目をやった先……トレーニングルームの真ん中では、蜜柑と睡蓮が戦っていた。と言っても彼らは実体ではないし武器なども持てないので、エアー殴り合いとなってはいるが。審判は秋桜が務めていた。
「一気に来られてやべってなったけど、なんか少し隙があったよな」
「うんうん、それ思ったー」
相手をした白夜達は疲れてはいるものの、まだまだ余裕そうだった。その背後には、観戦している夏とコノハが見える。蘭李は一瞬コノハと目が合うが、すぐに逸らしてしまった。
「なんですぐに剣、振らないんだ?」
「え………いや……だって………」
紫苑に聞かれ、少したじろぐ蘭李。皆の視線が自分に集中していることに気付き、彼女はヘラッと笑ってみせた。
「実は……ちょっとこわいんだー」
――――――はあ?
全員が口を揃えた。その威圧に圧され、蘭李は少し後ずさる。
「いやだからね? ほら、剣が当たれば相手、怪我するじゃん?」
「当たり前だろ。それが目的なんだから」
「ていうか蘭李、大会で普通に戦ってたよな?」
「あれはだって、生命原石があったから……」
「特訓は木刀でやってるから、血はそんなに出ないよ?」
「木刀でもほら……下手したら死んじゃうじゃん?」
沈黙が降りた。体は硬直し、止まったはずの汗をダラダラとかき始める蘭李。視線もあえて逸らしているようだった。
「………えーっとさ、まあそういうわけだからさ? そのさ、気持ちの問題はそう簡単に吹っ切れないというか……」
「お前、魔力者やめれば?」
冷たく言い放ったのは海斗だった。彼は鋭く蘭李を睨むものの、その声には呆れが含まれていた。
「要は殺すのが怖いんだろ? ならやめろよ」
「や、やめないよ! ていうかやめたとしても、あの悪魔が狙ってくるんだからやめられないし……」
「じゃあ躊躇わずに武器を振り切れよ。そんなんで俺達に勝てると思ってるのか?」
「分かってるって! でも、メンタル的にまだしんどいから……」
「甘っちょろい考えだな」
「なんだよその言い方!」
蘭李が海斗に飛びかかろうとするも、すかさず白夜と雷が止めた。蘭李は黄色い目を強く光らせ睨み付けている。海斗の青い瞳も負けじと応戦していた。
「最初はみんな怖いでしょ! あたしは家族で唯一の魔力者だし、そんな訓練受けてないんだよ!」
「最初? 馬鹿抜かせ。いくらお前でも、今まで何度も戦ってきただろ」
「それは………そうだけどっ!」
「二人とも落ち着いて!」
「落ち着いてないのはこいつだけだろ」
「誰のせいで!」
じたばたと暴れる蘭李を、白夜と雷は必死に押さえつけた。紫苑も、海斗が変なことを仕出かさないか不安そうに見守っていた。
「海斗はいつもそういうことばっかり……」
諦めたのか、蘭李が急に大人しくなる。二人がそっと彼女を解放するも、暴れる様子はなく安堵していた。
「殺すのが怖くて何が悪いんだよ……」
「悪くはないと思うよ? そう思うのは普通のことだ」
項垂れる蘭李の肩に、健治が優しく手を置いた。
「ただ、殺しをせずに事を収めるのは非常に難しい。相手の目的がそれであれば尚更だ。こちらがそれよりも圧倒的に上回る実力を持っていれば不可能ではないが……まあそんなことは滅多にないだろうねえ」
「………うん」
「怖いだろうけど、少しずつ慣らしていかないとね」
蘭李は伏し目がちに手を強く握りしめた。彼女から海斗へ、健治の視線が移る。
「海斗も、あまり煽るような発言は控えるように」
「煽ってねえよ。事実を突きつけてるだけだ」
「人にはそれぞれのペースがあるんだから。海斗は早くから克服したのかもしれないけど、蘭李はそうじゃない」
「だったらずっと弱いままでいるつもりか? ま、俺には関係ないが」
「ちょっと海斗!」
「そうやって言い訳並べて目を逸らし続けて逃げ回ってる奴なんか、あっという間に殺されるぞ」
海斗が蘭李の胸ぐらを掴み上げた。健治の制止も聞かず、彼は蘭李に迫って吐き捨てる。
「てめえ、強くなる気なんかねえだろ」
深海のように暗い青。そこに映る少女は、底で放たれる明かりのような黄色の瞳を―――怒りを含んでギラリと光らせた。
「分かったようなこと言うな……」
蘭李が海斗の手を引き剥がし、逆に彼の胸ぐらを掴み上げた。
「強くなりたいからここにいるんだよッ!」
蘭李が強く踏み込み、海斗を思いっきり押し倒した。背中を勢いよく打ち付ける海斗などお構いなしに、蘭李は彼の上で怒号を放った。
「強いからって全て分かったように説教するなッ!」
「てめえのやる気のなさなんか一目瞭然だ! 図星突かれてキレてんのがその証拠だろ!」
「図星じゃないッ! 分かったような口ぶりにキレてんだッ!」
「二人ともやめろ!」
白夜が蘭李をなんとか引き剥がし、海斗から遠ざけた。雷と紫苑もハラハラしつつも二人を見張る。健治は二人の視線をあえて遮るように間に立った。
「二人とも落ち着きなさい。頭を冷やすんだ」
「…………チッ」
舌打ちした海斗は無言のまま、トレーニングルームから立ち去った。紫苑が急いで追いかける様子も含めて、蘭李は鋭くそれを見張っていた。
「……蘭李、どうしちゃったの?」
白夜が解放したのち、雷がおそるおそる問いかける。
「海斗もだけど、蘭李も蘭李らしくないよ?」
「………あたしらしくない?」
鋭い視線が雷へと移った。あまり見慣れない怒りに、雷や白夜の表情が強張る。
「コノハを取り上げられてもあたしらしかったらおかしいでしょ」
「そうじゃなくて……ピリピリしてるっていうか……」
「そりゃあ雷属性だからね」
「………え、これ笑うところ?」
「そうじゃなくてえ!」
大真面目な蘭李に、笑いそうになる白夜と困り果てる雷。そんな彼女らを見ていたコノハは、不思議そうに首を傾げた。
「……今、僕の名前言ってた?」
「………ううん。気のせいだよ」
隣の夏の顔を見るコノハ。淡い緑色の瞳は穏やかな、しかし辛そうな色を帯びていた。彼は再び蘭李に目を移す。彼女も部屋から出ていくところだった。その横顔を眺めながら、彼は思う。
――――――なんて弱いやつなんだろう。
一人で生きることなんかできないだろうな。
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