4話ー①『なくなったもの』
出会ったきっかけは子供の好奇心だった。スーパーの一角に置いてあった、剣のおもちゃ。アニメで出てきたものとかそういうものではなく、本当に何の変哲もない、ありふれたおもちゃだった。カゴの中に無造作にたくさん積まれていたし、買っている子供も見かけなかった。
だけど何故だかあたしは一目惚れしてしまった。もうとにかく欲しくて欲しくて、全力で親を引きとめてねだった。
「おかあさん! あれ! あれほしい!」
「えー? おもちゃ? 蘭李、あーいうの好きなの?」
「うん! かってかって!」
「もー分かったわよー」
カゴの中に手を突っ込み、一つを選んで引っ張り上げた。このとき何かを感じたとか、そういう運命的なことが起きた……わけではなく、手近にあったものを取っただけだった。
そうして購入して持ち帰り、ビニールの包装を豪快に破いた。鞘からゆっくりと抜くと、緑色の刀身をした剣が出てきた。
「うわあ……すごい……!」
おもちゃとして売られていたのに、まるで本物のような材質………いや、当時はたしかにそう思っていたが、実際は違った。
―――本物のようではなく、本物だったのだ。
そう―――あのカゴの中から、あるいはそもそも全てそうだったのかは今となっては分からない。
しかしたしかにあたしはこのとき、本物を選び取っていたのだ。
「………ん?」
綺麗な刀身に見とれていると、突如全身から何かが抜かれたような感覚がした。力が抜けたようにも思え、その場にへたり込んでしまった。
すると、持っていた剣先が少し動いた気がした。じっと目を凝らすと、
やがて刃先がこちらを向き、剣は煙を上げた。手から柄が離れる。
何が起きたのか。これから何が起きるのか―――不安と好奇心が高まっていく。
ようやく煙が晴れたとき。目の前にいたのは、緑色の髪と目をした少年だった。あたしよりも若干高い年齢くらいの姿で、黒い和服を着ている。
突然現れた少年に驚いて、あたしは絶句していた。しばらく沈黙のまま見つめ合い、それを破ったのは少年の方だった。
「びっくりした?」
「え、あ、うん………だれ?」
不思議と恐怖はなかった。たぶん幼すぎたからだろうが、妙に親近感が湧いていた。
少年はその場にしゃがみ、あたしの目線に合わせるように片膝立ちをして続けた。
「ぼく、
「いきてる?」
「きみといっしょで、いきものなんだ」
「あたしはいきものじゃなくてらんりだよ!」
「えーっと……うん、そっか」
あんまり覚えてないけど、たぶんこのとき呆れられていたと思う。見かねた少年は右腕をあたしの前に掲げた。
次の瞬間、それは緑色の刀身に変化した。
「これがもとのぼく。きみがさっきもっていた
「すごおい! へんしんできるの!?」
「そう。ひとのすがたにへんしんすれば、こうしておしゃべりもできるんだよ」
「すごいすごい! おしゃべりする
少年の腕が人肌に戻る。それを持ち上げてくまなく確認してみるも、硬い刀身の面影は一切なかった。
それがいかにすごいことか……幼子には当然理解できるはずもなかった。
「ねえ、なまえつけてよ」
「なまえ? なまえないの?」
「うん。ぼくは
「そっかあ……じゃあ……」
――――――思案したのは、ほんの数秒。
でも、我ながら良い名付けをしたと自負している。
「コノハ!」
「……コノハ?」
「うん! コノハ!」
「どうして?」
「え? だって………――――――」
*
目を開けると、白い天井が見えた。どうやらあたしは眠っていたみたいだ。それだけ理解し、しばらくボーッと天井を眺める。
ゆっくりと首を横へ動かした。丸いすの向こうには、ベッドが二つ並んであった。
見知らぬ部屋―――ここは、どこ?
「あっ! 気が付いたのね!」
奥のドアから現れた女はお母さんだった。お母さんは慌ててこちらに来ると、ベッドの柵に手をかけあたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 私が分かる?」
「………お母さん」
「良かった……! あなた二日も眠っていたのよ……!」
お母さんが抱きついてくる。あたしはされるがまま、ゆっくりとその言葉を理解する。
―――二日も眠っていた? たしかあたしは乱闘戦に出ていて、コノハが折られて、負けたはずだけど……。
まさかそこから二日?
「ウソ………なんで………?」
「覚えてない? 通り魔に襲われて生死をさ迷っていたのよ。でも無事で良かった……」
通り魔っていうのは、たぶん大会のことを誤魔化すためにハクか誰かが言ったことだろう。そこはいいけど……。
生死をさ迷っていた? そんなわけない。だってあたしは生命原石を持っていたんだから。ハク達みたいに、少ししたらピンピンして戻ってくるはずだ。二日も眠るわけない。
状況が飲み込めない。蜜柑達先祖もいないし……とにかく誰かに聞くのが早そうだ。
あたしはお母さんに、退院の手続きをしてもらうことにした。意外とすんなり受け入れられたが、その際検査が必要で、あたしは言われた通り検査を受けた。
やっと家に帰れたのは夕方頃であり、あたしはすぐハクの家へ向かった。しかしハクはまだ下校していなかったため、そのまま皇家に向かった。
「よかった。回復したんだね」
安堵した表情で健治が出迎えてくれた。リビングに通され、おそるおそるソファーに座る。メルがお茶を出してくれた。
「あの……健治、状況を……」
「分かってるよ。まあ端的に言うとね、君に生命原石の力がかからなかったんだ」
「え?」
耳を疑った。だってあの大会は
「そのせいで君は瀕死状態のまま。救急隊の緊急手術で、何とか一命をとりとめたってわけ。結構危なかったんだよ?」
健治はカップを口に近付け、紅茶をひとくち飲んだ。ふんわりと香るにおいは、呑気なさまを表しているようだった。
「ちょっと待ってよ。なんで発動しなかったの? 不良品だったの?」
「機械じゃないんだからそんなわけないだろう。それに発動しなかったわけじゃない。状況から推測すると、発動しなかったんじゃなくて、既に発動した後だったんだ。だから、君にはかからなかった」
意味が分からなくて健治を凝視した。健治はカップをテーブルに置き、足を組んでソファーの背に両腕を置いた。
「生命原石は持っている者の生を救う。一回発動されれば、石の魔力が回復するまでは使えない」
「うん」
「なら何故、蘭李の生は救わなかったのか? それは、既に魔力を使ってしまっていたからだ」
「だから何で」
「分からないかい? もう一人いただろう? 死にそうだった子が」
―――もう一人の死にそうな人? あたし以外にはあの長髪の男しかいなかった。そもそもあたしが石を持っていたんだ。他に誰かいても、そいつに力を使われるはずがない。
ダメだ。全然分からない―――降参すると、健治はあたしを指差して答えた。
「コノハだよ。君の大切な武器」
「……………えっ?」
栗色の瞳は真剣そのものだった。茶化している様子ではないことは一目で分かる。
――――――ということは、つまり………。
「コノハは…………生きてるの?」
「ああ。生命原石のお陰でね。君を伝って、コノハに石の魔力が送られたんだろう」
じんわりと目に涙が溜まっていくのが分かった。ぽろぽろと、滴が頬を伝い太ももの上に落ちていく。
―――コノハが生きている。ホントによかった。本当によかった。あの大会でよかった。
「よかった……!」
「ただ、一つ問題があってね……」
「主、夏様がお見えになられました」
健治の言葉を遮るように、メルがリビングに入ってきた。健治が頷くと、彼女はリビングのドアを静かに開ける。
「連れてきたよ、皇くん」
聞き覚えのある女性の声。涙を拭った視界には、魔法道具屋の雛堂夏が入室する姿が映った。
―――そして、その後ろにいる少年も。
「コノハ!」
思わず駆け出した。夏は横に避けてくれて、あたしはコノハの肩を強く掴んだ。見慣れた緑色の瞳は見開いている。
「ホントに大丈夫なの!? もうどこも怪我してないの!?」
「…………」
返答がない。驚いているようだった表情が、次第に険しくなっていくように見えた。
―――そりゃそうだろう。あたしにされたことを思えば。
「……ごめんコノハ。あの時ダメだって分かってたけど……いつものクセで……」
「……………」
「でももう絶対しないから! もうあんな無茶なことしないから―――」
「…………誰?」
――――――は?
だれ…………って?
「な、なに……? あたしだよ?」
「………ごめん。知らない」
知らない……? あたしを……? 何言ってるの……!?
「ま、まさか怒ってるの? たしかに悪かったよ。悪かったけど……!」
「華城さん、待って」
あたしとコノハの間に夏が割って入ってきた。少しイラッとしたが、夏に睨まれ大人しく一歩後ろに下がった。
「なんですか」
「あのね、コノハくん、記憶喪失みたいなの」
――――――………え?
「生命原石は命を救うとはいえ、その対象が魔具だったからなのか、それとも……。目を覚ました時には、自分の名前と魔具だってことしか覚えてなかったの」
以前会った時とは違い、淡々と喋る夏。そのギャップのせいか、冗談とは到底思えなかった。表情もそれを物語っている。そう理解せざるを得ない状況だった。
「………ホントなの?」
「ええ」
「本当に、あたしのこと覚えてないの?」
ゆっくりと、おそるおそる振り返る。いつものような不機嫌そうな表情ではない……無表情のまま、コノハは頷いた。
―――本当に何もかも忘れてしまったのか。今までの思い出も、一緒に過ごした日々も、全て忘れてしまったのか。
ショック―――いや、それよりも。
「ごめんね……コノハ………本当にごめん……」
あたしは泣きながら、その場に膝から崩れ落ちた。
―――記憶を無くしてしまうほど追い込んでしまった。コノハに頼りすぎていた。結果こんなことになってしまった。
本当にごめん―――今更後悔したって、コノハはもとに戻らない。
あんなクセなんて無くさなければならない。これからはコノハ主軸ではなく、あたし主軸で戦わなければいけない。
「それでね、ちょっと話したいことがあるんだけど……いいかな?」
先程よりも語気が強く、空気が張り詰めたような気がした。小さく頷くと、夏はコノハの手を握った。
「今回のこと、皇くんに聞いたよ。それで回りくどいのは嫌いだから、ハッキリ言うね」
―――華城さん。貴女にはコノハくんを持つ資格は無いよ。
「な……」
「私は魔法道具屋。人よりも道具を大切に思っているの。そんな私から言わせれば、あんな風に扱う貴女に魔具を持たせたくなんかない」
伸ばそうとした手を警戒するように、夏はコノハの身を自身へ引き寄せた。子供を守る母親のようにあたしを敵視していた。
「た、たしかに、あたしのあの戦い方はマズイと思います。だからこれからは戦い方を変えて……」
「戦い方を変える? すぐに出来るの?」
「すぐにかは……分からないけど……」
「そうだよね。すぐにできるわけないよ」
何を言いたいのか―――次に何と言われるのかが分からず、鼓動がはやくなる。
「だからね、こうしようよ。しばらく私がコノハくんを預かる。そして貴女がコノハくんに頼らない戦い方になったら、コノハくんがいなくても十分強くなったら、返してあげる」
どうしてあなたがそれを決めるのか―――そんなことを思ってしまった。
それにコノハに頼らない戦い方は出来るとしても、それで強くなれるかなんて……正直自信無い。コノハ無しでハクや海斗に勝てと言われているようなものだ。
でもたぶん……そうでもしないと、今度こそコノハを殺してしまうんだろう。だから夏は他人であるにも関わらず、こんなことを言ってきたんだ。
そうだ。コノハのためだ。それなら―――。
「………分かりました」
あたしは睨み返すように夏を見上げた。
「しばらくコノハをよろしくお願いします」
――――――すぐに強くなってやる。すぐにコノハを取り戻してやる。
あたしは一人でも勝てる魔力者になるんだ。
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