3話ー⑥『大会乱闘戦』

「オラァアアアアッ!」



 開幕と同時に、大男が地面を思いきり殴った。その拳を中心として円上に、地面から鋭く尖った岩がどんどん現れる。あたしは、既に出現した岩の傍に跳んで避けた。



「ホラ~やっぱりザコ~」



 セーラー服を着た少女が、大男目掛けて銃弾を放った。命中するも、大男は弱ったようには見えない。



「ッ!」



 横から脇腹を蹴られ、あたしの体が左へと吹っ飛ぶ。ヤバい、のんきに観戦してる場合じゃなかった。

 右に目をやると、蹴飛ばした和服女が追いかけてきており、左を見ると幼稚園児位の少年が待ち構えていた。あたしは右手に持つコノハを握りしめ、幼稚園児にぶつかる一メートル程手前、和服女とは五十センチ程の距離で、左から右へと空中でコノハを振った。



「―――ッ⁈」



 二人は同時に跳んであたしから遠ざかった。あたしは誰もいない地面に左半身から着地する。和服女も幼稚園児も、胸の辺りに横に切り傷が出来ていた。



「隠し武器……⁈」

「いたーい! なんでえ⁈」



 二人は驚きながらも、襲ってくる他の人を迎え撃っていた。

 コノハは伸び縮みが出来る。だからさっきの距離なら、コノハが伸びれば十分届く距離であり、あたしが振ればコノハが勝手に伸びて斬ってくれる。これがコノハの力だ! 見たか!

 ちょうどその時、背後から炎がフィールド内を包み込んだ。逃げるようにあたしは斜め右奥へと走る。背中の服、少し焼けた気がする。

 炎が止んでから、あたしは手をパンと叩いた。目の前に小さな煙が立ち、そこから黄色い小さな飛竜が現れた。

 あたしの召喚獣『ヒュドラ』のヒューさんだ。



「ヒューさん! 後ろからの敵はよろしく!」

「ぎう?」



 ヒューさんを自分の頭の上に乗せる。スクールバッグにスッポリとハマる大きさのヒューさんを頭に乗せるのは少し重たいが、仕方ない。これで後ろから襲撃されても、ヒューさんが処理してくれるから多少安全だ。



「げっ、召喚獣か……」

「僕も出そうっと」



 少し離れた所にいるスーツの男も、同じように召喚獣を出した。現れたのは猫だった。しかし尻尾が二又に分かれた猫又だった。

 斜め左から和服女が刀を降り下ろしてくる。あたしは水平にコノハを振った。コノハの刃先が刀の腹に当たり、刀はあたしの真横で降り下ろされた。

 コノハは伸び縮みの他に、こんにゃくみたいにも刃を曲げられる。もちろん折れない。魔具の特権だ。だから今みたいに少し反応が遅れても、コノハが曲がって攻撃を外してくれる。



「何なのこいつ……ッ⁈」

「オラッ!」



 あたしは和服女にコノハを降り下ろした。和服女は左に避けるが、コノハから左右に放たれた電撃を食らった。怯んだ和服女の胸を後方から矢が貫き、和服女は倒れた。

 フィールド内を見渡すと、残っているのは既に六人になっていた。



「ニャアアアオッ!」



 目の前から猫又が飛んできた。猫又はあたしの頭上を通り越す。直後、頭の上が軽くなった。



「ヒューさん⁈」



 たぶんヒューさんが猫又に襲われた。そう思って振り向くと、やはりそうだった。ヒューさんに猫又が噛みついて―――。



「いッつッ⁈」



 背側の右肩に、冷たく鋭い痛みが上から下に走った。右肩を左手で押さえながら振り向くと、スーツ男が氷を纏った剣を振りかぶっていた。あたしはすぐに、同じように電気を纏うコノハで、降り下ろされたその剣を弾いた。



「コノハッ!」



 あたしが叫ぶと、コノハはボンと煙を上げ、少年の姿へと変わった。そして瞬時に、スーツ男の胸に腕を突き出した。もとの刀身に変化した腕は、スーツ男の胸を貫いた。



「まさか……魔具とは……」



 スーツ男は倒れた。老人が大槌を振り回してコノハに襲いかかる。しかしコノハはピョンピョン避ける。



「ヒューさん!」



 その間にあたしはヒューさんを呼んだ。背後からひらひら飛んできたヒューさんの体には、引っ掻き傷や噛みつき傷が多数あった。あたしは再びヒューさんを頭に乗せる。



「がんばってヒューさん! あと少しだから!」

「ぎう」



 ヒューさんが少し不満そうに返事をする。あたしだって早く終わらせたい。右肩の傷が結構深くて出血も多い。まあだからこそ、コノハに人になってもらったんだけどね。



「――――ッ⁈」



 今度は左肩の痛み。しかし背後からではなく、というより切り傷ではない。

 たぶん、これは銃弾だ。飛んできたであろう方向を見ると、セーラー服の少女がこちらに銃口を向けていた。



「ザコ~死んで~」

「コノハッ! 戻れッ!」



 あたしは叫びながらコノハの方へと走る。コノハは既に老人を倒していたが、体のあちこちに痛々しいアザを作っていた。あたしを見て剣に戻ったコノハを空中でキャッチし、思いっきりセーラーの少女目掛けて投げた。それと同時に、あたしの左脇腹を銃弾が貫いた。



「なッ……⁈」



 コノハは緩やかな弧を描くように飛んでいき、ある程度セーラー少女に近付いたところで再び人になり、落ちると同時に右腕を振り下ろした。当然その腕は刀身と化しており、セーラー少女は血を噴き出して倒れた。



「あとは……ッ」



 コノハがこちらに振り向くと、血相を変えて電撃を放ってきた。あたしは思わず左腕で顔を覆い隠す。何かがその腕をかすめながら左へと通り過ぎた。



 一瞬見えたが、たぶん矢だと思う。すぐに腕を離すと、コノハの背後に長髪の男が立っていた。



「危ないッ!」

「⁈」



 男が振り下ろした刀を間一髪で避けたコノハは、その勢いでこちらに戻ってきた。フィールド内にはあたしとその男しか残っていなかった。



「いつの間に……」

「気を付けて蘭李、あいつ―――」



 突然のことだった。言葉を遮るように、背側からコノハの胸を、一本の矢が勢いよく貫いていった。びっくりしすぎて、あたしの体は硬直した。



「ごめん………あとは任せた………」



 コノハが倒れながら剣に戻っていく。あたしはそれをキャッチし、矢が飛んできた方を見る。誰もいないし何もない。次に飛んでいった先を見た。そこには長髪の男が立っており、一本の矢を手に持っていた。

 幸いなことに、コノハは人の姿で心臓を貫かれても死なない。首を撥ね飛ばされても死なない。しかしダメージは食らうので剣に戻る。そして回復するまでは動けなくなる。だからあたしは今、コノハ無しで戦わなければならないという最悪の状況である。

 の、だが………。

 あたしと長髪の男しかいないのだから、矢はあの男のものだ。しかし今飛んできたのは、男がいる場所とは真反対の、つまりあたしの背後である。どうがんばって撃っても、男があたしの背後から貫けるわけがない。



「どういうことなんだ……? いや、それよりも……ヒューさん!」



 ヒューさんがひらりと頭から離れ、目の前にふよふよと浮かぶ。いつものように眠たそうな顔だ。

 あたしはもう一度フィールド内を確認する。救急隊はもう既に、倒れた全員を運び出したようだ。ナイスタイミング。



「大きくなれる?」

「ぎう」

「一発あいつにかましてほしいんだ」

「ぎう」



 ヒューさんはそう返事をすると、真上に向かってひらひらと飛んでいった。ある程度の高さで止まると、口から電気玉を一つ吐き出した。その電気玉にヒューさんは飛び込む。どんどん電気玉は大きくなり、やがて中から飛び出したのは、高さおよそ四~五メートルになったヒューさんだった。



「いけーっ! ヒューさん!」



 ヒューさんは大きな目玉で男の姿を捉えると、口の前で電気を溜め始めた。男は無言で眺めている。ヒューさんの顔くらいの大きさの電撃弾になったところで、ヒューさんはそれをフィールド内へと放った。



 ――――――ドォオオンッ



 雷が落ちた時のような凄まじい音をあげて、電撃弾はフィールド内に落下した。同時に爆散した電撃の衝撃で、フィールド全体から砂煙があがる。あたしは左腕で顔を隠した。

 これで当たりがよければ勝ち、悪くてもかなりのダメージ負ってるはず―――そう確信していた。

 ――――――しかし、現実は甘くなかった。

 煙が晴れていく。力を使いきったヒューさんは既にもとに戻っており、足元ですやすや眠っていた。ここにいても邪魔なので、あたしは彼を還してしまった。



「………………え?」



 ついにハッキリ見えた男の姿。しかし予想とは裏腹に、全く傷を負っていないし弱ってもいなかった。見間違いかと思って目を擦ってみるが、光景は変わらない。



「ウソでしょ……?」



 その時、ふと海斗の言葉を思い出した。



 ――――――多分絶縁体状のものを着てるか持ってんだろ。



 あの時冷静に試合を分析していた海斗はこう言った。長髪の男もこの可能性はある。けど普通、そんなもの都合よく持ってないよね……?

 いや、でもあり得る……? だって乱闘戦に出るって決めて来てるんだから……相手に雷属性がいるってことを考えれば……。



「―――……さいッあくッ!」



 男は駆け出した。弓ではなく刀を構えている。

 本当に最悪だ。コノハは使えないしヒューさんはいない。どう戦えば………。



 ―――――コノハがダメだったらあたしも死ぬ時だなって思ってるの。



 特訓してる時、雷さん達にこんなこと言った気がする。今思えば、なんて心にもないこと言ったと後悔してる。

 だって今現在、死にたくないって思ってるんだもん。



「ッ!」



 男から逃げるようにあたしも駆け出した。正直速さで勝てるとは思えない。でもそれしかない。とにかく逃げながら倒す方法を考えなければ……。



「いったああああッ!」



 突然左太ももを貫かれて転んだ。矢だ。また矢が背後から飛んできたんだ。でもおかしい。真後ろから足に当てるには、この円形状のフィールドでならかなり近くにいないと無理なはずだ。それなのに真後ろから貫かれた………。



「まさかさ………」



 男がこちらに歩いてくる。そこに真横から矢が飛んできた。男は矢が頭に刺さる寸前で、矢の軸を掴んで止めた。そのまま背中の矢筒へとしまう。

 たぶんそうだ。あいつのあの矢………。


 ――――――コノハと同じ、魔具だ。


 魔具なら全て説明がつく。真後ろから太ももを貫かれたのも、コノハが背後から貫かれたのも。

きっと弓矢の魔具なら、どう撃たれたって自由に飛んでいけるんだ。



「ははっ……いよいよ勝ち目が無くなってきたな……」



 まるで普段自分がやっていることを、そっくりそのまま返されている気分だった。あー笑えない。でも笑うしかないやもう。

 あたしは何とか立ち上がり、男と対峙した。男が刀を斜めに振り下ろす。後ろへと避けるがお腹辺りの服が破けた。すかさず男が踏み込んであたしの左脇腹を蹴った。あたしの体が右へ吹っ飛ぶ。右半身から着地したもんだから、右肩の傷に思いっきり響いた。痛みがぶり返す。



「いたい……めっちゃいたい……」



 立ち上がるのもやっとなくらい、ひどい痛みだった。コノハはしっかり握っているが、その手は震えている。おいおいマジで……これ結構ヤバいんじゃないの?

 男が駆けてくる。刀を振り上げている。避けなきゃ直撃。でも痛くて動けない。

 ヤバい。どうしよう――――――――。





 ――――――――――――ガキィイインッ





「………………………え……?」



 おそるおそる視線を落とすと、手に持つコノハは柄から半分しか刀身が無かった。さらにゆっくり振り返ると、少し離れた地面には、コノハの刃先部分の方の半分が落ちていた。

 ――――――何が起きたのか、瞬時に理解出来なかった。

 男が刀を振り下ろしてきた。あたしは痛みで動けなかった。ヒューさんもいない。しかしどうにかしないと斬られてしまう。



 ああ、だからか。

 だからあたしは刀を、弱ったコノハでいつものように受け止めてしまったのか。



 だから、コノハは真っ二つに折られたのか。



「あ………あ……ッ……」



 涙をぽろぽろ流しながら、落ちているコノハのもとへと歩いていく。自分がやってしまったことが、ゆっくりとあたしを絶望に塗り潰していく。


 コノハとて死なないわけではない。コノハだって死ぬ時は死ぬのだ。

 例えば、折られた時とか。



「あッ………! あああッ………!」



 なんで………なんでなんであんなことしたんだ………分かってたじゃないか……ッ……コノハが弱ってるって……ッ……なのになんでッ………!



 ――――――いつもコノハばっかり使ってるからだ。そのクセが身に染み付いてるからだ。

 ―――――――ああ、健治の言う通り、コノハ無しでも戦えるようにちゃんと特訓してればよかった。





「蘭李ッ!」



 突然響いた蜜柑の声に一瞬驚くも、胸を一突きされたあたしにはもはやどうでもよいことだった。

 ただ、意識を手放す前に、コノハが淡い光に包まれているような気がしたことだけは、少し、気に、なっ、た――――――。





 ――――――――――――――――――ブツッ







3話 完

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