3話ー⑤『幕間』

「試合終了ーッ!」



 梅香がアナウンスすると、会場中は大きな歓声で包まれた。紫苑と戦った少年は、指をパチンと鳴らす。すると、紫苑の全身に刺さっていた茎達は、地面の中へと吸い込まれるように引っ込んだ。紫苑の体が無造作に地に落ちる。少年は、歓声に応えるように両手を振った。



「う、うわあ……ひど……」



 蘭李は顔をしかめながら、救急隊に運ばれる紫苑を眺めた。未だ手を振る少年は嬉しそうな表情を浮かべている。



「最後のあれ、あんなにたくさん出せるなら最初からそうしてれば良かったのに……」

「多分そう簡単には出せないんだろうな。股間蹴られた後の魔法も、少しスピードが遅いように見えたし、使い手の精神状態と関係してるんじゃないか?」

「成る程………」



 海斗と槍耶は、相変わらず分析していた。仲間がやられたというのに冷静である。きっと、この大会だからこその光景だろう。



「でも紫苑魔法出せてたね!」

「やりゃ出るんだよ。ていうか私、あいつが思ってるより全然魔法使えると思うんだけど」

「それな!」



 雷がビッと白夜を指差す。二人は紫苑の試合の途中で戻ってきており、会場外の売店で買ったホットドッグやポップコーンなどを席に持ってきてくれた。ちょうどその頃は昼を既に過ぎており、蘭李達はそれらを食べながら観戦していた。



「相手が一枚上手だったか……もっと強めに股間蹴っていればいけたかも……」



 健治がぶつぶつ呟いている。彼の周りには負のオーラが漂っており、隣にいた白夜は雷の方へと寄った。そんな彼を白夜達は慰める。



「どんまい健治。結構大健闘じゃない?」

「だな。準決勝までいったし」

「優勝しないでどうする!」

「俺はいい勉強になってるよ」

「だから俺を準決勝に出せばよかったんだ」

「それだと一回戦目で敗退する可能性大だね」

「蘭李ッ!」

「えっ?」



 突然叫ばれて、蘭李はポカンとした。健治が立ち上がり彼女の前に立つと、彼女の両肩に手を置いた。



「絶対勝って。俺達の希望は君だけだ」

「………諦めたんじゃなかったの?」

「俺は最初から君ならいけると思ってたよ?」

「最低な大人だ……」

「あからさまに態度変えてる……」



 健治は蘭李の肩を強く握った。それはもう指が食い込むくらいに。突然の痛みに蘭李は顔をしかめた。



「いたいいたい!」

「頼むよ……ッお金が欲しいんだ……ッ!」

「わかったわかった! だから離せッ!」



 健治に圧され、蘭李は言われるがままに了承する。それを聞いた健治は笑顔になり、パッと手を離した。



「負けたらここまでの交通費、出してね?」

「ウソでしょ」

「ああ、もう既に負けた君達は決定事項だからね? 帰ったら頂戴ね?」

「聞いてない!」

「なんてケチなんだ健治さん……」

「俺はボランティアじゃないんだよ?」

「出ろって言ったのそっちのくせに!」



 白夜達は二試合目が始まろうとしていることにも気付かずに、人目も気にせず健治に猛抗議していた。



「おっ。目覚めたか」



 紫苑が目を覚ますと、白い天井が見えた。続いて横から少年の声。顔だけを向けると、先程戦った少年が少し離れた椅子に座っていた。紫苑はしばらく瞬きし、口を開いた。



「………なんでお前が?」

「話があるからに決まってるだろ~?」



 ピョンと椅子から降りる少年。スタスタと歩き、紫苑の寝るベッドの前に立った。不思議そうに彼を見る紫苑に、少年が右手を差し出す。



「オレと友達になろうぜ!」



 予想外すぎる言葉に、紫苑は固まった。



「………は?」

「オレ橘海豚! 中学二年だ! 学校は……」

「いやいやいやちょっと待てって!」



 紫苑が身を乗り出して海豚を止める。海豚はポカンと彼を眺めた。

 その時、部屋の向かいの壁に取り付けられていたテレビから、歓声が聞こえてきた。二人がそちらに目をやると、フィールド内が映されており、二試合目が既に始まっていた。



「……なんで俺と友達になりたいなんて言ってるんだ?」

「オレ、戦った奴とは友達になるって決めてるんだ!」



 またまた予想外の答えに、紫苑は言葉が出なかった。海豚はテレビを眺めながら続ける。



「やっぱこのご時世、魔力者を見つけるのも大変だろ? オレの家系は有名でもないし。だからこういうイベントに出て、戦った奴と片っ端から友達になってるんだ」

「……なってどうするんだ?」

「稽古してもらう! お互い強くなれるし、名案だろ?」



 海豚は振り向いて、ニカっと笑った。

 こういうひたむきな向上心があるから、俺はきっと負けたのかな―――紫苑はぼんやりとそんなことを思った。そして彼もフッと笑い、手を差し出した。



「いいぜ。そういうことなら、むしろこっちからお願いしたいくらいだ!」

「よろしく! ええっと……」

「忌亜紫苑だ! よろしく! 橘!」

「よろしく! 忌亜!」



 海豚は紫苑の手を握り、固い握手をした。



「てめぇらなんぞ一瞬で倒してやっぞ!」

「ウワァ~いかにもザコな発言~」

「んだとぉ⁈」

「お黙りなさい。虫けらが喋る権利などありませんよ?」

「虫けらって自分のこと言ってるの?おにいさん」

「アンタじゃない?」

「年齢層広いですわねぇ……」

「ワシがその層を広げておるかのぉ!」

「ぼくもそのげんいんのひとりだね! おじいちゃん!」

「どうでもいいけど早く始めてくれない? この時間無駄」

「そこだけは同意するよ君に」

「……………」



 フィールドには、あたしを含め十二人の魔力者が集っていた。それぞれ散り散りになっており、しかし言葉で牽制し合っている。

 ヤバい。何がヤバいかって? そんなの分かりきってるじゃん。

 ――――――みんな強そう。ただそれだけ。

 団体の部が全て終わって、最終的に優勝したのは、紫苑を負かしたあのチームだった。決勝戦はきっと長い戦いになるだろうと思っていたのに、なんとも呆気なく終わってしまった。むしろハクと雷さんの試合の方がよっぽど盛り上がっていた。

 そのおかげで、全然気持ちの準備が出来てないまま、あたしの出る乱闘戦が始まってしまったのだ。

観客席にいた時はまだしも、いざ他の人と対面すると怖じ気づいてしまった。だって強そうなんだもん。みんな余裕そうなんだもん。



「アンタ小学生?」

「若いのぉ! 若いのぉ!」



 近くにいた和服の女の人と老人にじろじろと見られた。「小学生」と言われてカチンときたが、言い返したら一番に倒されそうなのでぐっと我慢した。



「皆さんいいですか? 先程も言ったように、倒れた人を運ぶ救急隊は避けてくださいね? 救急隊倒したら即刻退場してもらいますよ?」

「分かったから早くして」

「そーだよー!」

「それではいきます!」



 乱闘戦、開始!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る