3話ー④『大会準決勝』

「それでは総評をどうぞ!」

「なかなか胸アツな戦いだったね~。大逆転もあったし。それにかわいい女の子もいたし大満足!」

「………」

「終わりだよ?」

「だそうです! それでは準決勝が始まるまでしばしお待ちを!」



 会場内は先程の試合で熱が冷めずにいた。蘭李は心配そうな顔で辺りをキョロキョロする。そんな彼女を、紫苑が不思議そうに見た。



「どうしたんだよ?」

「ハクと雷さんまだかなって……」

「白夜は倒れたから、きっとまだ眠ってると思うよ。それより」



 健治が紫苑を呼び、どこかを指差す。紫苑がそちらに目をやると、モニターにトーナメント表が表示されていた。健治のチームは、準決勝の一試合目だった。



「頑張れ」

「一試合目か……緊張する……」

「紫苑は準決勝と決勝だっけ?」

「そう。勝てばね」

「最善は尽くす……」

「頑張れ紫苑!」

「俺達の努力を無駄にするなよ」

「うあーやめろー! 緊張するー!」



 紫苑が胸を押さえ、ブツブツ何かを呟きながら会場を後にした。蘭李と健治は、ひらひらと手を振って見送る。



「紫苑大丈夫かな」

「彼の不安因子はただ一つだよ」

「魔法のこと?」

「正解」



 健治がビッと蘭李を指さした。

 彼が蘭李達に大会への参加を申し込み、この日までの間の特訓で発見した不安因子。数々あるが紫苑に関して言えば、『魔法を使うのが苦手である』ということだった。

 使えないわけではない。ただ苦手なだけである。しかし、それは大きな痛手だった。

 紫苑の魔法は無属性。そして無属性の魔法は特殊で、『対象の魔法を無力化する魔法』である。

 これはかなり強い。魔力者が魔法を使わずに戦うことはまず無い。そんな相手の選択肢を大幅に減らすことの出来る魔法を、無属性は使えるのだ。

 逆に言うと、無属性はこれ以外の魔法は使えない。だからこれが使えないと話にならない。ただの人間と同じになってしまう。



「『使えない』って言われた時はどうしようかと思ったけど……君とはまた訳が違ったからまだ良かったよ」

「あたしだってコノハ次第で使えるもん!」

「主が使えなくてどうするんだ」



 ズバリ言われた蘭李は海斗を睨み付ける。彼も負けじと睨み返した。二人の間に不穏な空気が流れる。その間にいる槍耶は耐えかね、「まーまー」と海斗をなだめた。海斗はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。



「なんとか使えてくれればいいんだけど……」



 健治の不安に、蘭李は他人事のように笑った。



「使えなくても、それなりに強いから大丈夫じゃない?」

「それなりじゃあ駄目だよ。蘭李」

「だからお前はいつまでも俺達に勝てないんだろ」

「はあ⁈」



 蘭李が立ち上がって叫んだ。今にも飛びかかりそうな彼女を槍耶が急いで止める。海斗は悪びれる様子もなく、そっぽを向いたままだ。



「こらこら蘭李。暴力は駄目だよ。それに海斗も。言い方」

「事実を言ってるまでだろ。何が悪い」

「~ッ! ハクや槍耶には勝ったことあるもん!」

「片手で数えられる程だけだろ」

「そう……だけどッ! 魔法を使えばもっと勝てるもん!」

「使えないからこの話になったんだろ。馬鹿なのかお前は」

「はいはいそこまで。二人共」



 健治が後ろから、蘭李の首根っこを掴んで引っ張った。その勢いで彼女は、健治に寄り掛かるように着席する。しかし未だ海斗を睨み付けていた。海斗も、鋭い視線だけは彼女に向けていた。槍耶は溜め息を吐き、静かに座る。



「もうすぐ紫苑の試合始まるよ」

「……コノハのせいだし」

「もうその話はおしまい。次喧嘩したら二人共追い出すからね?」

「…………」



 健治に言われ、蘭李は不満そうに口を閉じた。ちょうどその時、準決勝一試合目のアナウンスが始まる。蘭李達はフィールドに目を向けた。梅香がマイクを片手に、フィールドの中心へと歩いている。



「一試合目はこの二チームから! ではどうぞー!」



 大きな歓声の中、紫苑と、同じ位の年の少年が向かい合うように、フィールドに入場してきた。ギクシャクし見るからに緊張している紫苑とは対照的に、茶髪の少年は余裕そうに落ち着いている。二人が立ち止まると、梅香が交互に彼らを見た。彼女の背後のモニターには、それぞれのチーム名が表示されていた。



「二人共準備はいいですか⁈ それでは始めましょう!」



 準決勝一試合目、試合開始!



「蘭李魔法使えないの~⁈」

「魔力者としてどうなのそれ」

「使えないんじゃなくて使わしてくれないの! コノハが!」

「もっとマシな言い訳にしろ」

「そんな奴もいるんだなー。なっ、紫苑?」

「えっ⁈」



 突然話を振られて言葉が濁った。全員の視線が俺に集中する。何て言ったらいいのか分からず、とりあえず同意しておいた。すると再び蘭李いじりが始まる。蘭李は怒ってはいるが、ことごとく論破されてだんだんと勢いが無くなっていった。表面上笑いながら見ているが、内では全く別のことを俺は考えていた。


 ――――――人のこと、笑えない。俺だって満足に魔法が使えないからだ。


 無属性は特殊だから、武器を使った戦い方が基本だ。だから俺は、昔からそういう特訓ばかりをしてきていた。それがいけなかったのだろう。

 気付いた時には既に、魔法で戦うなんて選択肢は無かった。

 白夜達と知り合って、「紫苑は何属性?」と言われて思い出した程だ。「無属性」と言って「凄い凄い」と尊敬されたのは胸が痛かった。



「よっと!」



 ゆっくり回想に浸る余裕もなく、相手の男子が、武器である槍を突いてくる。俺は、手に持つ斧でそれをはじいた。追撃の為斧を振ろうとするが、何かに引っ張られたような感覚がし、斧は動かなかった。見ると、地面から伸びる植物のつるが斧の柄に絡まっていた。その間に再び槍を付かれる。何とか反応して避けたが、左胸の端の肉が斬られ血が飛び散った。



「これはどうだ⁈」



 さらに男子が左手を、左斜め上へと振った。すると同じような動きで、地面から茎のようなものが勢い良く出てきて、俺の左腕に思い切り刺さった。



「ッ~~!」



 その茎は薔薇のように鋭い棘が生えていた。あまりの痛さに気を失いそうだった。さらに別の茎が右足に突き刺さる。

 ヤバい……。ショック死しそうなくらい痛い。



「これでトドメだな!」



 男子の構える槍の刃に茎が絡まる。

 マズイ。このままじゃ負ける。まだ始まったばかりだってのに……。こんな時こそ、魔法を使うべきなんだけど………。



 ―――――――失敗したらどうしよう。



「そんなこと考えてんの~⁈」



 雷は呆れたように叫んだ。それぞれで特訓していた皆が、何かと思ったようにこっちを向く。慌てて俺は反論した。



「ふっ、普通考えるだろ⁈」

「いやいや考えない考えない。ねっ海斗?」

「愚問だな」

「ええ~⁈」



 そこへ健治さんがやって来た。「天使」だと言うメルさんを後ろに連れて。



「無属性は特殊だから、彼の気持ちも良く分かるよ」

「でも不発だったらまたやればいいじゃん」

「たしか無属性は、再度魔法を使うには少しのインターバルが入るんだよね?」

「えっ、そうなの?」

「あ、ああ。一応……」

「なーんだ。それなら少し分かるかも」

「それでも俺は使うけどな」

「海斗は使えるもの何でも使いそうだもんねー」



 雷と健治さんが笑う。俺も少しだけ笑ったが、嫌な苛つきが沸々と心の中に沸き出していた。



 ―――――――自分じゃないから分からないんだ。



「なになにー? なんか盛り上がってるね!」



 聞きつけてきた蘭李も話に混ざる。



「紫苑なんかしたの?」

「あのねー、紫苑は魔法使うのに躊躇うけど、海斗はリスク考えずに何でもかんでも使うんだって!」

「考えてないわけじゃない。リスクの方が高すぎるなら俺だって使わない」

「リスクかぁー。たしかに重要だよねー」



 蘭李の言葉に、はたりと止まった雷。蘭李は少し驚いたように、不思議そうに雷を見た。



「雷さん?」

「蘭李はどうしてるの? リスク」

「なんの? あたしリスクになるようなもの、あったっけ?」

「え? コノハ」



 沈黙。俺も蘭李も、それがどういう意味なのかがサッパリ分からなかった。蘭李は、手に持つコノハをじっと眺める。



「蘭李言ってたじゃん。『基本コノハが攻撃受け止めてくれるから、あたしはあんまり考えて動いてない』って」

「ああ、うん。そうだよ。それで?」

「もしコノハが受け止められなかったらって考えないの?」



 なんだそれか、と蘭李が納得する。



「もちろん考えるよ。でも、コノハがダメだったらあたしも死ぬ時だなって思ってるの」



 雷は唖然と口を開いた。俺もたぶん同じ姿だ。

 潔すぎないか? こいつ……他の方法とか考えないのか? そう言うと、蘭李は両方の手のひらを、顔の横でひらひらと動かしながら答えた。



「だってコノハが使えないってことでしょ? 今まで何度かあったけど、やっぱ死にかけたし」

「諦めてるのか……」

「魔法が使えれば生存率は上がるだろうけどね!」



 それを聞いて、ビクリと肩が上がった。

 俺は蘭李みたいに、魔法が禁止されてるわけではない。なのに使わない。

 でも、それはしょうがないんだ。普通の魔法とは違うんだ。外したら格好の的だし、状況は不利になるばかりなんだ。だから仕方ない―――。



「………蘭李が羨ましいな」



 聞こえないようにぼそりと呟いたはずが、聞こえてたみたいで、蘭李と雷に同時に振り向かれた。二人は首を傾げている。



「なんで?」

「あ、いや………な、なんでもない」

「えー? 何? すごい気になる」

「いや、凄く最低なこと思っただけだから……」

「もっと気になるー!」

「はいそこまで」



 顔を突き出してきた二人を、健治さんが制止した。二人は不満そうに健治さんを見る。



「なんだよ健治~、邪魔しないでよ」

「蘭李潔すぎ。特訓すればコノハ無しでも強くなれるんだから頑張りなよ」

「えー……あんまりコノハ無しでは戦いたくないなー」

「そうなってしまう時だっていつか絶対あるんだから。あと紫苑」



 急に呼ばれてまた肩が上がった。健治さんが俺に視線を向ける。



「君も特訓すれば魔法を使いこなせるはずだ。諦めたら駄目だよ?」

「は、はい……」

「というわけで、これからは少し厳しくするね?」

「えっ?」

「まず、失敗するかもっていう考えを捨てようね?」









「ああああッ! くそッ! やってやるよッ!」



 俺は右足に刺さる茎を鷲掴み、力を込めた。迫り来る槍から目は離さない。

 出来る出来る出来る出来る……! 俺は魔法が使える使える使える……!

 次の瞬間、右足と左腕から突き刺さる感覚が消え去った。それとほぼ同時に、右に体を傾け俺は槍から逃れた。



「なっ⁈」



 男子は目を見開いて驚いた。その隙を狙って、男子の左腕目掛け手を伸ばす。しかし、男子は後方へ跳んで避けた。



「魔法……? 無属性か!」

「ご名答!」



 俺は落ちていた斧を拾い、男子を追いかける。インターバルの一分を考えずに手を伸ばしてしまったが、どうやら奴はそれを知らなかったみたいだ。好都合。次の魔法発動まではあと約五十秒。

 それにしても、魔法がちゃんと使えて良かった。健治さんのスパルタ特訓のおかげかもしれない。辛かったけど。



「厄介だな……。でも、ボロボロのお前に負ける気はしないな!」

「うるせえ!」



 男子はそこまで足は速くなく、俺はすぐに追いついた。斧を水平に振る。ジャンプして避けた男子が槍を突き出した。右頬スレスレを刃が通り抜けた。俺の魔法を警戒してるのか、男子は魔法を使ってこない。俺は男子を蹴り上げた。



「――――あッ⁈」



 ちょうど蹴った所が、男の一番の急所と言っても過言ではないであろう、股間に当たってしまった。男子が痛みに堪えながら、左へと跳んだ。着地した先で、股を押さえながら片膝立ちをしている。ちょっと悪いことしたなあ……。



「けど! これは事故だ!」

「意図的だろ絶対……ッ!」



 涙を浮かべながら睨む男子目掛けて、俺は駆け出す。インターバル終了まであとどれくらいだ? あと少しだろうが……。



「くそッ!」



 男子が左手を下から上へと振り上げた。俺は瞬時に左に飛ぶ。右隣の地面から茎が出現した。トゲが足にかする。

 男子はその後も、同じような動きで茎を出す。時折斜めに出してくるも、俺は何とか避けていた。しかしドンピシャで刺さってないとはいえ、かすりはしているのでもう身体中傷だらけだ。痛みも軽いものではない。

 だがついに、男子の目前に迫った。インターバルももう終了しているはずだ。男子は痛みが引いたらしく、両手を地につけていた。

 一発で決める。指先でも男子に触れられればいい。俺は腕を伸ばした。



「食らええええええッ!」



 ――――――――――――グチャアッ



 突然、体が静止した。身体中に異物が刺さっている気がする。しかし、確認することが出来なかった。



 だって、首にも頭にも、茎、が、ささっ、てる、き、が、す、る―――か――――――………。





 ――――――――――――――――――暗転。

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