3話ー③『大会二回戦目後半』
気持ち悪い。
「ほら、あれが初代の名を受け継ぐ子よ」
「さぞかしお強いのだろうねぇ」
気持ち悪い。
「白夜、お前は初代様の名を貰った。それに恥じないような人生を送りなさい」
「皆お前に期待しているよ」
気持ち悪い。
「こんにちは白夜ちゃん。この前またモノノケを退治したんですってね? 凄いわあ」
「流石あの初代の名前を受け継ぐだけあるわねぇ」
気持ち悪い。
「冷幻? 闇軍? ご、ごめんよく分かんない……あたしの家族、魔法使えないから……」
……………え?
「でもさ、すごいよね。こんなに近所に同じ魔力者がいたなんて。よろしくね! あたし蘭李!」
明らかに異端だった。けどそのおかげで、私達は今でも友達でいられる。
「………よろしく。私は白夜」
「じゃあ……ハクだね! よろしくね! ハク!」
「白夜? 大丈夫?」
ハッと気が付くと、顔を覗き込まれていた。雷には似つかわしくない不安そうな表情。切り替えなければと、私は自分の頬を両手で叩いた。
「ごめん。大丈夫」
「まー、予想通りの反応だよねー……」
雷は困ったようにため息を吐き、辺りを見回した。会場は異様な盛り上がりで満ちていた。驚愕、困惑、好奇……様々な視線が私達を貫く。
この空気は嫌いだ。良い意味でも悪い意味でも、これから何かをやってくれるというような期待の空気。しかし、何も起きないと途端に冷たくなる。本当に周りは自分勝手だ。
「さっさと終わらせようぜ」
「そうだね!」
雷とハイタッチをして、フィールドの中心へと歩いていく。そこでは既に、二人の少女が待ち構えていた。二人共小柄だが、黒いツインテールの方は大剣を背負っている。もう片方の茶髪のポニーテールは目に見える武器は持っておらず、その場でピョンピョン飛んで準備運動をしていた。
「さあ両チームとも、準備はよろしいですね?」
梅香の問いに小さく頷く。隣の雷は大剣を構えた。観客席の歓声とは対照的に、フィールド上では静寂が流れる。
「それでは―――スタートォオオ!」
開幕と同時に、ポニーテールが姿を消した。私は後方へ跳び、フィールド全体を見渡せる位置を陣取る。
雷とツインテールが大剣を交え、刃の重なりあう音が響く。突風でバランスを崩した雷に、ツインテールが大剣を振り下ろした。直撃は避けたものの、雷は腕と太ももに傷を負った。
「おおーっと! 早速天神選手が傷を負ったー!」
雷が負けじと攻めこみ、交戦は続く。
今の不自然な突風は、恐らく魔法だ。ポニーテールのかツインテールのか……どちらにせよ私の役目は、姿の見えないポニーテールを倒すことだ。
「まだまだいくよぉ! 天神さん!」
大剣が炎に纏われ、ツインテールがそれをその場で水平に振った。刃から放たれた炎と不自然な突風が同時に雷へと襲い掛かる。何度も何度も大剣が振るわれ、少女はまるで炎の中で踊っているかのようだった。あまりの勢いに、私のところにまで熱風が飛んでくる。
「藤倉選手の猛攻により天神選手が炎に包まれる!」
「アハハハハハ! ホラ、反撃してきなよ! 天神さん!」
ツインテール……もとい藤倉は声高らかに笑った。今ので風の魔法がもう一人のものだと分かった。なら、早いとこポニーテールを見つけなければならない。
雷も魔法で作り出した光の弾を放っているが、炎が風で増強されてるせいで負けている。それを止めるにもポニーテールは完全に姿を眩ましていて、悔しいが分からない。しかも今は真っ昼間。もし見つけたとしても、魔法がほぼ役に立たない私が倒せるのか不安だ。
闇属性は環境に左右される。光の強い朝や昼間は、魔法が物凄く弱体化されている。逆に夜は強化されている。
だから光属性はその逆……なんていうわけではなく、夜だけ使えないらしい。何故光属性の方は強化が無いのかは分からない。雷も知らなかったしな。
ともかく結論を言うと、私だけでポニーテールを見つけて倒せる自信はあんまり無い―――ということだ。
「我が助けてやろうか?」
突然頭上から聞き慣れない声が降り注ぐ。見上げると、華城蜜柑がふよふよと浮いていた。にやにやとするその顔に、蘭李の面影が浮かぶ。
たしかこいつ、他の二人の先代と街の探索に行っていたはず。「蘭李の街とは全然違う!」とかはしゃぎながら。
「探索は終わったの?」
「飽きた。秋桜と睡蓮はまだ見てるがな」
「さすが蘭李の先祖」
「照れるのう」
「誉めてない」
私は雷の方に目を向ける。なんとか反撃の機会を窺っているが、あの攻撃が止まない限りやはり厳しいみたいだ。
「………一つ、教えて」
「何じゃ?」
蜜柑がスーッと近寄ってくる。大袈裟に耳に手を当て、聞き耳を立てている。相変わらずにやけ顔だ。腹は立たないけど、何故か今すぐ止めさせたい気になった。
「冷幻白夜―――私と同じ名前の初代様と知り合いだったんだよね?」
私の問いに、蜜柑は目を丸くした。
「そうじゃが?」
「ならさ……初代様は今みたいな昼間には、どうやって戦ってた?」
蜜柑はゆっくり腕を下ろした。くるりと円を描くように回り、そしてちょうどバックの太陽が胸の中央にくるような位置で、私を見下ろし何故か得意げに答えた。
「もちろん、武器を使って嫌らしく戦っておったわ!」
ゴウッ―――強い突風に体が吹っ飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。激しい痛みが走る。
「幽霊と話してたの?」
影が差し見上げると、淡い紫色の瞳をしたポニーテールの少女が小刀を振り上げていた。反射的に右に避け、刃を何とか免れる。
痛みに耐えながら背負っている太刀に手をかけ、ポニーテールに向けて振り下ろした。手ごたえは無い。
再び突風。一瞬体が浮いたが、太刀を地面に突き立てその場に留まった。真正面から顔へと刃が向かってくる。すんでで屈んで避け、ポニーテールの腹に蹴りを入れる。小さな体は奥へと吹っ飛んだ。それを追って、私は太刀を地面から抜き駆け出す。
「我ら雷属性に比べればあんな速さ、何てことないのう!」
蜜柑がふよふよと並走しながら自慢気に笑う。雷属性はあれより速いのか……などと考えながら、ポニーテールに太刀を落とす。しかし刃が届く前に避けられ、姿が消えてしまった。
「チッ……また消えた。道具か?」
「そうじゃのう。風属性が消えるなんて見たこと無いのう」
「面倒だな……」
「そうかのう?」
蜜柑が腕を組んで逆さまになる。髪の毛は重力に従っているのに、服はピッタリと体にくっついており、あられもない姿を晒さずに済んでいる。
―――これはそういう「仕様」なのかと、出会う度疑問に思う。今度聞いてみよう。
「道具がどの程度かは分からぬが、もし道具で姿を消しているだけなら、割と見つけやすいと思うが?」
「なんで?」
「おぬし、頭が堅いの~。それでもあやつの子孫か?」
にししと笑う顔に、少しだけイラッときた。ちょうどその時、背後から何かが飛んでくる気配―――寸前で前方へと避け振り向いた。たったさっきまで立っていた場所に、手裏剣が何枚も突き刺さっている。
警戒しながら周囲を見回すも、やはり姿を捉えることはできない。雷は藤倉と戦っており、そっちに参戦している様子もない。
「私と初代様は違う」
視線は向けずに吐き捨てた。頭上では「当たり前じゃ!」とやけにデカい声が返ってきた。
「あやつの方が何倍も嫌味だった!」
「じゃあいちいち引き合いに出してくるなよ」
「ならば打開策は自分で考えるんじゃな!」
揶揄するような蜜柑の顔が真正面に落ちてきた。すぐさま顔を背けるが、幽霊はしつこく追ってくる。
「あやつとは違うと言うのなら!」
「違うけど。参考程度に聞いてるだけだし」
「参考~? どうせ、聞いたことをそのまま実行するつもりだったのだろう?」
「そりゃ良い案ならそうするよ。普通そうでしょ」
「あやつとは違うのだと言いながらあやつの真似をするのじゃな」
刹那、ポニーテールが姿を現した。真正面から手裏剣を投げられ避けるつもりだったが、突風に乗ったそれらから逃れられず、腕と左脇腹に直撃した。鋭い痛みが走る。
「いっつ……!」
「おーっと! 姿を現した戸霧選手によって冷幻選手がついに傷を負ったー!」
「幽霊と話せるなんて、余裕だね」
走ってきたポニーテール……もとい戸霧が目を光らせ、小刀を振り下ろしてくる。ギリギリで体を回転させて避け、その勢いで回し蹴りを入れた。戸霧が吹っ飛んでいくが、その直後首に鋭い痛みが生まれた。体に刺さる手裏剣を全て抜き捨て、首筋に手を当てる。じんわりと液体の感触がした。
「……どんなことでも真似から入るだろ」
その手が赤く染まったのを確認しながら、そばにいるであろう蜜柑に反論する。少し目線を上げると、黒い草履と橙色のニーソが見えた。
「そうじゃな。真似はたしかに大事じゃ。しかし今は戦場じゃぞ? 生き返ると言っても、命の取り合いをしているのじゃぞ? そんな状況でやったこともないことをやってみろ」
――――――おぬし、すぐ死ぬぞ?
正論すぎて何も言い返せなかった。たしかに、本当の戦場なら慣れないことなんてやるべきじゃない。一瞬の隙でも命取りになる。それは重々分かっている。
「でも今は本当の戦場じゃないし……」
「頼り癖がついてしまうと、本番で大変じゃぞ~?」
「………考えられないんだよ」
「ぬ?」
しまった―――そう思ってももう遅く、何故か口は止まらなかった。
「いざ実践となると、頭が真っ白になる。いくらイメトレをしていても、その通りに体が動かない。気にしてないつもりでも、周りの目が気になる……」
――――――自分の予想とは違う状況になると、どうすればいいのか分からなくなる。何をすれば正解なのか、どのタイミングが不正解なのか。正解と不正解を引いた時の周囲の目は、まるで違っていた。しかし共通している点が一つあった。
どちらでも、『初代様』がまとわりつくんだ。
正解なら「さすが初代と同じ名を持つ者」と持ち上げ、不正解なら「初代と同じ名を持つのに」と落胆、憤りすら感じる。
そんな周囲の評価が怖くて、気にしないようにしても、心のどこかでは気にせずにはいられない。だから動けなくなってしまう―――不正解だったらどうしようと。
「それは、おぬしが『自分』を持っていないからであろう?」
「………は?」
見上げた先、蜜柑は「やれやれ」などと呟きため息を吐いた。
「周りの目などどうでもよいではないか。おぬしはおぬしじゃ。あやつとは違うだろう?」
「だから、気にしないようにしても気になるんだって」
「だから気にするなと言っておるのじゃ」
「それが出来れば苦労しないよッ!」
反射的に噛みついてしまったのが聞こえたのか、雷と藤倉がこちらを確認した。そして、藤倉の背後に戸霧が現れる。
「あっちを先に倒せるかもよ」
「オッケー!」
元気よく返事した藤倉と目が合う―――直後、こちらへ駆け出した。雷が妨げようと動くも、戸霧の手裏剣が胸に刺さって膝をついてしまう。
「藤倉選手が冷幻選手へ駆けていく! その手には炎を纏った大剣が!」
「さあ、どうするんじゃ?」
最も近い観客が、背後で楽しそうに囁いた。
―――真っ昼間な今、私は魔法は使えない。相手は近距離というより遠距離に長けている。魔法が使えない今の私が最も相手にしたくない戦闘スタイルだ。藤倉は炎を飛ばし、それを増強させるため戸霧が風を送る。それで火が消えないのだから、おそらくペアで戦うのには慣れているんだろう。二人を引き離したとしても、戸霧には姿を消せる道具がある。それさえどうにかなれば勝ち目はあるのに………。
――――――もし道具で姿を消しているだけなら、割と見つけやすいと思うが?
――――――………あっ。
「くらえーっ!」
藤倉が大剣を振り下ろした。烈火が襲い掛かるがあえて避けず、その場で召喚獣フェンリルを呼び出した。灼熱の中、甲高い声を上げて現れる小さな闇狼フェンリル。私はすぐそばに落ちていた手裏剣のにおいを嗅がせた。
「冷幻選手が炎に包まれた! このまま決着してしまうのか!?」
実況とともにさらなる炎が襲い掛かる。その熱さから守るようにその場にしゃがみ、フェンリルを手で覆った。フェンリルは必死ににおいを嗅いでいる。
「フェンリル……その持ち主を見つけろ!」
「キャン!」
フェンリルは元気よく返事をすると、私に向き直り勢いよく吠え出した。
なるほど、やはりな―――確信し、全身に力を入れて斜め上に半回転斬りをした。
「うそっ……!?」
何もない空間から血が吹き出したと思ったら、目の前に戸霧が姿を現した。驚いたような表情を浮かべ、傷付いた胸を手で押さえている。
その隙を逃さず、立ち上がる勢いで彼女の頬を殴った。戸霧の体は吹っ飛んでいく。
「くそうっ!」
怒った藤倉が大剣を振り上げる。しかし振り下ろす前に、背後から雷に胸を一突きされた。
「油断しすぎでしょ……!」
「雷! さすが!」
藤倉が倒れていくさまを尻目に、私は戸霧へと駆け出す。手裏剣が前から飛んでくるが、明らかに狙いの定まってないその動きを避けるのは容易だった。
「くそっ……!」
「覚悟しろ!」
太刀を戸霧に振り下ろしたと同時に、彼女から無数の何かが飛び出した。肉が斬れる感触と、全身に走る痛み。肩から胸にかけて斬られ、血を噴き出しながら倒れる戸霧はもう動かなかった。
「やったか……」
視線を落とすと、私の体には手裏剣やクナイが全身に刺さっていた。全ての傷口から血が流れ出ており、地上には赤い水溜まりが出来ている。
やっぱり無傷とはいかなかったか……――――。
「試合終了ー! 勝者は冷幻・天神選手!」
会場中から歓声が上がる。そのはずなのに、声は次第に遠くなっていった。
久しぶりに血を流しすぎたんだろう―――なんてぼんやり思いながら私は、駆けつける雷を眺めながら意識を手放した。
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