3話ー②『大会二回戦目前半』

「さあここで! 特別ゲストである河東さんに、一回戦目の総評をしてもらいましょう!」

「はいはーい」


 クウが傍に置いてあったマイクを手に取ると、会場中の視線が彼女に集中した。彼女はマイクの音量を確認し、「えーっとねえ……」と切り出した。


「あのレースのポイントは、いかに早く吹っ切れるかだね。上位五チームはそれが凄く早かった。か、もしくは悩みが無かったのかな? 羨ましいなー。私も悩みのない人生を送りたいよ。最近さー、どうすれば可愛い女の子といっぱい出会えるかって考えててさー、異性とはそういう出会いの場が山ほどあるけどさー」

「あのー、話が脱線してますよ」

「え? そうかな?」

「総評は終わりのようなので二回戦目にまいりましょう! 準備の為しばしお待ちを!」

「まだ終わってないよ! 私の悩み聞いて!」


 クウの叫びは無慈悲にも途中で切られ、二回戦目開幕の機械的なアナウンスが流れる。観客席も賑わいを取り戻し、離席する者も多くいた。

 その中に紛れて槍耶と海斗も戻ってきた。蘭李はひらひらと彼らに手を振る。


「おつかれー! 二人とも危なかったね!」

「ヒヤヒヤしたぜ……」

「お疲れ様」


 健治からペットボトルを受け取った二人は、勢いよく水を喉に流し込んだ。冬ということもあり汗はかいていないものの、やはりずっと走りっぱなしはきついらしい。二人は一気に半分程を飲み干してしまった。


「本当ギリギリだった……」

「最後のあれ、ありなの?」


 蘭李の疑問に、「当然ありだろ」と海斗は吐き捨てた。

 それは、二人が蜘蛛を突破した後のこと。二人はゴール目指してひたすら走っていた。その時既に七チームがゴールしており、二人は他の二チームと八位争いをしていた。

 ゴール目前、他チームがフィニッシュしようとしていたところを海斗が氷の銃弾を放ち、足を使えなくする。さらにもう一チームにも槍耶の土ゴーレムが襲いかかり、二人は見事に八着でゴールしたというわけだ。

 もちろん反則ではない。これはそういう大会だ。


「いやー見事見事。内心ドキドキしてたけどね」

「ウソだ。健治ずっと『俺の人選に間違いはない』って言ってたじゃん」

「まあね」

「自信満々か……勝てて良かったよ」


 槍耶は水を飲み干すと、辺りを見回した。今この場にいるのは五人。白夜と雷がいないのだ。


「なあ、二人は?」

「次の試合に出るからもうスタンバイ中!」

「もう? 俺らのチームは……」


 槍耶は闘技場のモニターを見る。そこにはトーナメント表が映されており、健治のチームは最終試合だった。


「最後じゃん」

「でも、全員招集するんだって」

「そんなに早く終わるのか?」

「どうかな。相性次第だと思うけど」


 二回戦目は、二対二で戦うチームバトルである。片方のチームの両者が倒れるか降参すれば、試合終了。それ以外は何をやっても良い。


「ハクは闇で雷さんは光……得手不得手は無いよね?」

「基本はね。相手も同じだったら面倒だろうけど」


 蘭李は持っていた冊子を開いた。二回戦目のページを開けると、氏名のみが連なって載っている。紫苑と槍耶もそれを覗き見た。


「誰がどの属性かも書いてあればいいのにね」


 ぼそりと呟いた蘭李に、「たしかに」と紫苑は苦笑を浮かべた。


「半分が脱落するから無意味な情報になるけどな」

「あー……それもそっか」

「まあ、おあいこってことで」

「おあいこじゃないだろうな」


 すぐさま健治に反論したのは海斗だった。健治は小首を傾げながら、足を組んで座る彼に視線を移した。


「理由は?」

「あまりにもあいつらは有名過ぎる」

「有名?」

「あーたしかに……」

「どういうことだい?」

「健治さん、『光軍』と『闇軍』って知ってます?」


 槍耶に尋ねられ、健治はしばらく腕を組んで黙り込む。やがて、思い付いたように口を開けた。


「数年前の戦争で決着した両軍のこと?」

「そう。それです」

「で、その光軍のトップの娘が雷さん。闇軍のトップ級の家の娘がハクってわけ」


 瞬間、健治の体がピタリと止まった。そして同時に、梅香の一試合目開始のアナウンスが会場中に響き渡った。あちこちから歓声や拍手が上がり、二チームの計四人がフィールドに入場する。彼らが中央に揃うと、梅香の合図で開戦した。


「………それ、本当?」


 声を落とし、しかし歓声に負けない声量で健治は聞き返した。


「雷が光軍のトップで……白夜が闇軍のトップ?」

「白夜はトップじゃなくてトップ級ですよ」

「いやいや、同じようなものだよ。だってまさか……ええ? じゃあなんで二人はつるんでいられるんだい? いくら決着が着いたからって……」

「それは話すと長くなるけど……」

「簡潔に言うと、こいつのおかげ」


 紫苑が指差すその先には―――蘭李。蘭李は恥ずかしそうに「えへへー……」とへらへら笑った。健治は驚愕したように固まる。


「………………え?」

「あたしのおかげって言えるのかな?」

「ざっくり言うとそうじゃん?」

「厳密に言えば違うけどな」

「分かってるよ! ちょっとお手洗い行ってくるから、説明よろしく!」

「断る」

「じゃあ紫苑! よろしくね!」

「ええー! なんで俺!」


 逃げるように蘭李は席を離れた。ちらりと紫苑が目をやると、海斗の興味は既にフィールドの試合に向けられていた。はあ、とため息を吐いた彼が振り向くと、期待に満ちた健治の顔が見えた。


「詳しく聞かせてもらえるかい?」

「いや、俺そんなに詳しくは知らないんで……本人に聞いた方が早いと思いますよ」

「君達はその頃から既に知り合いに?」

「なってました。だからこそ戦争が起きたわけですし……」


 周囲から歓声が沸いた。フィールド上ではちょうど片方のチームの一人がダウンしたところだった。

 残った一人の青年を、二人の少年と少女が狙う。少年が青年と刃を交える。その後方で少女が弓を構えている。青年は少年から離れた一瞬を逃さず、少女に向けて何かを放った。少女はすぐさまそれに反応するが、その爆発から逃れることは出来なかった。


「つまりこういうことかな? 君達はそれぞれ光軍と闇軍どちらかに属している。それなのにこうしてつるんでいる。だから軍上層部は、そこに何かしらの理由をつけて戦争を起こさせた」

「そうだと思いますよ。見せしめの意味もあったらしいって聞きましたけど」

「『あっちの軍の者とつるんだお前らのせいで戦争が起きたんだぞ』って具合?」

「そうです」


 ふむふむ、と健治が顎に手を当てる。


「じゃあ、蘭李がその戦争で何かしらのことをやって、君達は今のままでいられるってことかな?」

「何かしらっていうか……蘭李のおかげで戦争が終わったわけだし……」

「試合終了ーっ!」


 梅香のアナウンスが響いた。先程まで優勢だった少年と少女が倒れており、青年は剣を高々と掲げていた。会場中が一気に盛り上がる。


「すげぇ……さっきまで劣勢だったのに……」

「優勢だったあの二人、多分油断してたな」

「そうなのか……」


 海斗と槍耶が冷静に試合を分析している。その脇では、健治が紫苑に迫っていた。


「どういうことか詳しく教えてもらえるかな?」

「だから俺に聞かれても……ていうか健治さん、試合観ましょうよ」

「俺が他のチームを観戦して得るものは何も無いよ」


 キッパリ言い放つ健治に、紫苑は沈黙した。しかし会場は静寂とは無縁で、次の試合の開始に興奮していた。

 ちょうどその時、蘭李が席に戻ってくる。紫苑がそれを見つけると「やっと帰ってきた!」と安堵の表情になった。


「あとの説明は任せたぞ!」

「えー紫苑、全部説明してくれなかったの?」

「俺に頼むなよ! 当事者がきちんと説明しろ!」

「もー分かったよ。で、どこまで話したの?」

「蘭李、戦争終わらせたって本当?」

「あー……うーんと……」


 緑茶を買って戻ってきた蘭李は、席につくなりそれをひとくち飲んだ。


「戦争を終わらせたっていうか、終わらせるきっかけを作ったって感じ?」

「きっかけ?」

「うん。あたしの知り合いにめちゃくちゃ強い双子がいるんだけど、そいつらに頼んで戦争を止めてもらったの」


 沈黙。最早槍耶と海斗は試合に集中しており、全くこちらの話を聞いていない。紫苑は頷きながら、懐かしむように虚空を眺めた。


「強かったな……あの人」

「紫苑、その時いたんだ?」

「ああ。たまたま待機してる時だったからな」

「……は? え、え……?」


 健治は、頭上にクエスチョンマークが見える程混乱していた。

 無理もない。戦争を二人で・・・終わらせるなど不可能な話だからだ。


 魔力者の戦争は特殊だ。大前提として、人間の一般社会を脅かすような戦いは禁止されている。なのでもし戦争を起こすのなら、誰も住まない決められた場所で、中立者の厳重な監視の下行われる。そして戦争に決着を着けるには、どちらかの軍の大将の首を取るか、どちらかが降参することである。

 蘭李の知り合いが終わらせたという戦争も、そのルールの下に行われた。雷の父親が仕切る「光軍」と、闇属性が仕切る「闇軍」の争いだ。雷や白夜はもちろん、闇軍所属の紫苑や、光軍所属の槍耶と海斗も駆り出され、歴史的な大戦となった。


「簡単に説明すると、双子にはそれぞれ光軍と闇軍の大将を押さえて降参させてもらったの」

「………………は……?」

「あたしとコノハはそれぞれ片方についてって、援護したって感じかなあ。ほとんど何もやってないけど」

「やる間も無く終わったな……」

「強いからねえ」

「あ、あの……え? 俺がおかしいのかな……? なんでそんな平然と理解出来るんだい……? それぞれってことは、一人で大将と戦って降参させたって言うのかい……⁉」

「そう」


 ごくごく普通に答える蘭李。紫苑は苦笑いで健治のフォローをした。


「健治さんの感覚はおかしくないと思います……」

「だよね⁉ 大将と戦うって言っても他にも魔力者はうじゃうじゃいただろう⁉ そいつらはどうしたんだ⁉」

「みんな倒した」


 さらりと流す蘭李に、健治は唖然と口を開く。

 フィールドでは、真っ白いロリータを着た幼稚園児くらいの少女が、四方八方に電撃を放っていた。相手の高校生くらいの少女達が、顔をしかめながら必死に避ける。ロリータの少女のチームメイトの、長髪の男が大鎌を構え、逃げ惑う少女達を追いかけた。


「あの男、電撃が自分に当たったらって考えないのか?」

「多分絶縁体状のものを着てるか持ってんだろ。それか、あの幼稚園児が適当に撃ってるんじゃなくて、男に当たらないように撃ってるか」

「そうには見えないけどなぁ……」

「人は見かけにはよらないからな」


 海斗の言い分に思い当たる節があったのか、槍耶は納得したように頷く。それから、戦い方について海斗に様々な質問を投げかける。完全に二人の世界に入ってしまった。

 一方、健治は健治で、迷宮に迷いこまないように必死に思考にエネルギーを費やしていた。


「………そんな簡単に倒せるほど弱かったのかい?」

「そんなわけないじゃん」

「じゃあ巧妙な作戦勝ちとか」

「正面から入っていったよ」

「あれには驚いたな……」

「………あのさ、普通正々堂々潜入して制圧出来るわけないだろう? しかもたった一人で」

「だから出来るほど強いんだよ、あの双子。説明するより見た方が早いんだけど……」

「ぜひ見てみたいね」

「……絶対断られると思う」


 蘭李はポケットから、水色の携帯電話を取り出した。ポチポチと入力し、健治をちらりと見る。


「頼んでみる?」

「出来ることなら」


 蘭李は携帯を耳元に当てた。健治は子供のように目を輝かせながら彼女をじっと見つめている。紫苑も興味深そうに眺めていた。プルルルル、と彼女の耳元で着信音が鳴る。


「いるかなー…………あっ、もしもし? いたいたよかったー。あのね、突然なんだけど、こっちにくる予定ある?」

「彼らはどこに住んでるんだい?」

「さあ……」


 健治の問いに、紫苑は首を傾げる。その間にも、ロリータ少女と長髪男が観客席に向かって手を振っていた。どうやら二試合目も終了したようだ。


「あのー実はね、二人の強さを見たいって人がいて……」

「蘭李、蘭李」


 健治がちょんちょんと蘭李を指でつつく。彼女は振り向くと、健治が自らを指差してコクコクと頷いていた。少し考えて、彼女は健治に携帯を渡した。


「もしもし初めまして。俺は皇健治。訳あって蘭李と協力し合う仲になったんだけど……」

「――――……はあ?」


 スピーカーから聞こえた声は、イラついたような、少し低めの少年声だった。彼の声に健治は一瞬驚いたが、すぐににやりと笑った。


「ああ、変なことを考えなくて大丈夫。利害が一致した仲なんだ」

「………何の」

「俺にとっては仕事の為の、彼女にとっては自分の命の為の、かな」

「………ちょっと変われ」


 健治は言われた通り携帯を蘭李に返した。蘭李は再び携帯を耳元に当てる。


「もしもし? …………ああ実はね、簡単に言うと、命の恩人? で、あたしのこと狙ってくる悪魔を倒すために利害が一致したというか………え? いい人だよ、たぶん。友達も一緒だし………いやだって別に言う必要もないかなって……」


 蘭李が電話越しの相手に、今までのことを必死に説明する。

 その間フィールドでは、三試合目が開始されていた。三十代位の豊胸な女と十代後半位の黒いマスクをした青年のチームと、ガタイの良い男二人のチームだ。

 女の手のひらからは、点々と発光する淡い紫色の煙が出ている。男二人はそれを見つけると、瞬時に後方へと下がった。その後を追って青年が駆ける。向かってきた青年に、男二人が迎え撃った。一人の刃が青年の脇腹をかすめる。もう一人は、背後から青年の背中を斬りつけた。血が飛び散る。追い討ちをかけるように男二人が、青年の首と心臓を狙って刃を突き刺そうとするも、突然倒れこんでしまった。男達はピクリとも動かない。


「えっ⁉」

「あれは……」


 観戦していた槍耶は驚き、海斗は分析をし始めた。フィールド内は女の煙が充満しており、見える景色は少しぼんやりとしている。そんな中で、むくりと起き上がった青年は、男達の持っていた剣を取ると、それを持ち主達の心臓に突き立てた。


「試合終了ー!」


 梅香のアナウンスと同時に、煙が少しずつ晴れていった。青年はスタスタと女のもとへ戻っていく。女が妖艶な微笑を青年に向けながら何かを喋りかける。しかし青年は立ち止まることなく彼女の横を通り過ぎる。二人はフィールドから消えていった。残された男二人は救護隊に運ばれ、フィールドから退場していく。


「おそらく、幻術をかけたんだろうな」

「幻術?」


 海斗の言葉に、槍耶は首を傾げる。


「そっか。そういう属性もあるんだよな」

「ああ。もしくは魔法道具か……どちらにせよ、幻術をかけられればああやって意識を失わせることが出来る」

「へぇ……。どうやって解けるんだ?」

「幻術をかけられた奴に何か刺激を与えればすぐ目は覚ます。叩いたりな。だけど、術士の魔力がデカいと弱い刺激じゃ起きないだろうな」

「つまり、術士の魔力次第ってことか……」


 槍耶はいつの間に取り出したメモ帳に、それらのことをさらさらと書きとめていた。書き足しているページの左側には、他の試合のことも書かれている。どうやら全てメモしているらしい。

 ちょうどその時、蘭李が携帯をパタンと閉じた。


「あー……つかれた……」

「お疲れ。それで……」

「断られたよ。やっぱり」

「駄目か……」


 健治はガクンと肩を落とした。紫苑は苦笑いする。そんな彼らに気付いた槍耶と海斗が、ちらりと視線を移す。


「次、白夜と雷だぜ」

「ホント⁉ ナイスタイミング!」

「お前らさっきから何やってるんだ?」

「説明めんどくさいから健治から聞いて!」

「叶わなかった俺の願い聞きたい?」

「遠慮する」


 歓声が止まない中、フィールドに白夜と雷が入場した。蘭李は大声で二人に声援を送る。


「がんばれー! ハクー! 雷ー!」

「本当に天神雷だ……!」

「本物かよ⁉」

「あの子冷幻家の一人娘でしょう⁉」

「まさか敵同士の二人がチームだなんて……」


 歓声に混じって、驚愕や困惑の声が響き渡る。予想通り、ここにいる者はほとんど全員二人を知っているようだった。健治が不安そうに腕を組む。


「大丈夫かな……あの二人」

「大丈夫だよ! 二人強いもん!」

「いや、そうじゃなくて……」


 ――――――プレッシャー的な意味で。


 そのシビアな疑問に、蘭李達は誰も答えることが出来なかった。

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