2話ー③『準備』

「えっ、五人チームなの?」


 時を少し戻し、皇家。雷達がトレーニングルームを見せつけられ、早速各々「特訓」を始めた頃。

 雷は首を傾げた。くるりと辺りを見回し、自分の友人を数える。今現在いるのは四人。あとはどこかへ行ってしまった蘭李と、自分を含めて六人だ。どう考えても一人多い。


「余るよ?」

「いいんだ。一人には『乱闘戦』に出てもらうから……ってまあ、もう決まってるんだけどね」

「乱闘戦?」


 近くにいた白夜がニュッと顔を出す。彼女の頭には、手のひらに収まる程の小さな黒い狼がいた。彼女の召喚獣『フェンリル』だ。フェンリルは尻尾をパタパタ振っている。その尻尾が当たるところだけ、白夜の髪の毛はボサボサになっていた。


「乱闘戦は、当日参加の部。完全個人戦で、何人かで一斉に戦って生き残った人が優勝。チーム戦よりは少ないけど、賞金も貰えるんだよ」

「へえー! そんなのもあるんだね! 面白そう!」

「で、その決まってるっていうのは誰なんだ?」

「蘭李」


 健治が即答すると、雷と白夜は目を見開いて沈黙した。少しの間があり、首を傾げた二人が口を揃えて言う。


「なんで?」

「彼女、雷属性だろう? 雷は乱闘と相性抜群だからねぇ。適任じゃないかい?」

「あー……うん。たしかにそうだね。いいと思うけど……」

「何? 問題でも?」

「健治。蘭李はな……魔法が使えないんだ」


 今度は健治が沈黙した。理解が出来ていないような顔をしている。白夜と雷は苦笑いを浮かべた。


「使えない……は語弊かも。使わせてもらえない、の方が近いかな」

「使わせてもらえない?」

「そう。ホラ、蘭李ってコノハっていう魔具持ってるじゃん? そのコノハが蘭李からずっと魔力を吸い続けてるから、使えないんだって」

「いやいやいや……ずっとなんてあり得ないよね? 死ぬでしょ?」


 健治の否定に、もちろんと白夜は続ける。


「私もずっととは思ってないよ。けど、魔力を奪ってるのは事実っぽいし、使用権限はコノハが握ってるんだとさ」

「実際、コノハからは魔法使ってくるもんねー」


 健治は腕を組んで考え込んだ。予想もしなかった事実に、かなり困惑しているようだ。その間に、槍耶が白夜達のもとへ近寄る。


「何かあったのか?」

「蘭李が魔法使えないって言ったの」

「ああ……」


 納得したように槍耶が呟く。健治はそんな彼を横目で見た。鋭い目付きに、少したじろぐ槍耶。


「皆知ってるのかい?」

「まあ……」

「うちら、小学生からの付き合いだもんねー」

「………分かった」


 健治はパンと手を叩いた。


「乱闘戦の賞金は諦めた!」

「えええー」

「魔法が自由に使えないんじゃ話にならない!」

「でもコノハは使えますよ?」

「それだけじゃあねぇ……」


 白夜の隣に、秋桜がふよふよと飛んでくる。彼は蘭李にはついていかず、白夜達の特訓をずっと眺めていた。フェンリルは突然現れた彼に向かって、「キャン!」と甲高い声で鳴いた。白夜が驚いて、秋桜の方を見る。


「びっくりした……フェンリルにも見えるんだね」

「そうみたいだな。それよりコイツ、蘭李のこと随分弱く見てるみたいだけど?」

「うーん……正直、私らも分かんないんだよね。蘭李がどのくらい強いのか」

「一緒にいるんじゃなかったのか?」

「そうなんだけどね。ていうか私らと蘭李が戦ったら、確実に全員蘭李に勝つんだけど」

「弱いのか?」

「弱い……のかな、やっぱ。あいつ、なんていうか……やりにくいんだよね」

「白夜?」


 雷と槍耶が不思議そうに白夜を見つめている。白夜は「すまんすまん」と言い、秋桜達について説明した。二人は納得したように、ほーお、と呟く。


「うちも見てみたいなーっ! 蘭李の先祖!」

「結構うるさいよ」

「その人達、守護霊なんだよな? 蘭李についていかなくていいのか?」

「だって、秋桜さん?」

「二人いれば十分だろ」

「人は足りてるからいいんだって」

「適当だな……」


 でもさー、と雷がくすくす笑う。


「死ぬから出てきて守るって、かなり過保護だよねー」

「たしかに」

「そこんところどうなの? 秋桜さん」


 白夜の視線に倣って、雷と槍耶もぼんやりとその方を見る。注目を浴びる秋桜は、空中で腕を組んだ。


「俺達だって出てきたくて出たわけじゃないし」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。目が覚めたら知らない場所にいて。俺達はアイツの先祖で、アイツを守らなくちゃいけないって、誰かに言われたような気がして……この間やっとアイツを見付けた」

「へぇーえ……」


 白夜はすぐ、それを雷達に伝えた。雷達も同じような反応をする。秋桜は腕を組んだまま、その場でくるりと回った。


「でも驚いたな……四代続けて魔具を持ってるんだもんなぁ」

「四代?」

「ああ。聞けば、蜜柑さんも睡蓮も持ってたらしい。もちろん、それぞれ違うものだけどな」

「そりゃもう運命染みてるね」

「そうかもな」


 秋桜は虚空を眺めながら呟いた。その横顔に、ほんの少し寂しさを感じ取る白夜。どうしたのかと尋ねようとした瞬間、大声で叫びながら飛んでくる睡蓮がやって来た。白夜と秋桜は彼の方を見る。雷達も、よく分からないままそちらの方を眺めた。


「シロちゃーん! 秋桜兄ー! 大変だよーっ!」

「そのシロちゃんって止めてくれない?」

「どうした? 睡蓮」

「ぼっ、僕ら………」


 ――――――建物に入れないんだ!



「お疲れ様です。確かに受け取りました。少々お待ちください」


 黒と白の修道女の格好をした女性が、蘭李から箱を受け取る。彼女はそのまま奥の部屋へと向かった。蘭李は辺りをゆっくり見回す。

 蘭李がたどり着いた場所は教会だった。小さな十字架のかかっている扉を開けると、長椅子の並ぶ礼拝堂があり、一番奥の正面壁はステンドグラス張りになっていた。彼女自身、教会に訪れたのは初めてで、興味津々で眺めていた。

 女性が礼拝堂に戻ってくる。その手には、扉のものと同じような十字架が握られていた。


「最近、悪魔や魂と接触しましたか?」

「えっ……⁉」


 思いがけない問いに、蘭李は少したじろぐ。女性は胸の前で十字架を握り、穏やかな笑みを浮かべた。彼女の背後では、日に照らされたガラスの天使達が光り輝いていた。


「私達のような聖職者は、邪悪なものや魂の気配を感じ取ることが出来るのです」


 女性はゆっくりと蘭李に歩み寄り、彼女の手を取る。そこに自らが持っていた十字架を押し当てた。


「ぜひそれをお持ちください。きっと貴女を護ってくれることでしょう」


 蘭李は十字架を眺めた。ステンドグラス越しに降り注ぐ夕日で、それは眩しいくらいに光っていた。

 戸惑いながらも女性に見送られ、蘭李は教会を後にする。出たところで、蜜柑が宙で大の字になって寝そべっていた。


「おお、やっと出てきたのう」

「蜜柑さん? なんで入らなかったの?」

「入れなかったのじゃ。そのせいで睡蓮はてんやわんやになってのう」

「えっ⁉ 入れなかった⁉」


 そう。教会に着いた時、当然のように蜜柑と睡蓮も中に入ろうとした。しかし、二人は建物内に入れなかったのだ。入ろうとしても、弾かれてしまったのだ。そのことにパニックになった睡蓮は、白夜へと飛んでいってしまった。一方蜜柑はこうして、教会の外で蘭李を待っていたのだ。

 蜜柑が起き上がり、ふよふよと蘭李に近付く。しかし、蜜柑は突如「何か」に弾き飛ばされた。


「――――――えっ⁉」


 弾かれた本人も、蘭李も驚きを隠せない。もう一度蜜柑は蘭李に近付いた。


 ―――――――――――――バチィッ


 やはり弾き飛ばされてしまう。一瞬現れた「何か」は、結界のような壁だった。


「何これ……⁉」

「なっ……何故じゃ⁉」


 何度やっても同じだった。蜜柑は空に向かって「なんじゃこれはーッ!」と叫び出した。


「何故近付けないのじゃ! 何かしたのか⁉」

「いやいやなにも……」


 そこではたりと止まった蘭李。彼女は握っていた右掌を開けた。そこにあったのは、先程貰った十字架だった。


「このせいかも……」

「なんじゃそれは! そんなもの早く捨ててしまえ!」

「いや貰いものだし。さすがに捨てられないよ」

「おぬしを守れなくなっても良いのか⁉」

「物理的干渉は出来ないくせに……まあ、とりあえずみんなに相談してみようよ。対処法があるかもしれないし」

「捨てれば済む話じゃ! 今すぐ捨てろッ!」

「だから捨てないってば!」


 帰路につき、蜜柑は出来るだけ蘭李の近くで叫び続けた。往路よりもさらに騒がしいその声をかき消す為に、蘭李は電車内で必死に耳をふさいでやり過ごすしかなかった。無視を決め込んでいるが、先祖の怒りが脳に響く。


「うるさいー……!」

「そう思うなら早く捨てろ!」

「やだよ!」


 いい加減にしろと怒鳴られた蘭李だが、それはこっちのセリフだと反論した。頑固なやつめと呆れられたが、あんたに似たんだろと諭した。

 そうして口論だらけの帰り道、皇家についた頃にはすっかり辺りは真っ暗になっていた。


「おかえりー。お疲れ様」


 トレーニングを終えた白夜達は、リビングで談笑していた。笑って出迎えた健治を、蘭李はげんなりしたように一瞥する。


「………疲れた」

「お疲れ様。とりあえず座りなよ」


 蘭李が歩くよりも先に、彼女の後ろから蜜柑が飛び出し、健治に詰め寄った。


「どういうことじゃあの建物は! 何故我らが入れなかった⁉ 何故あれのせいで我は近付けない⁉」

「蜜柑さん……聞こえてないってば……」

「ん? なんだい?」


 蘭李はソファーに座り、教会でのことを話した。もちろん、十字架のこともである。

 メルが蘭李に冷たい緑茶を渡す。話し終えたところで、彼女はそれを口にした。


「健治、分かる?」

「ああ。そこって教会だっただろう?」

「うん」

「教会や神社は、悪魔や幽霊が入れないように結界が張ってあるんだよ」

「へぇー……あっ、だから貰った十字架も蜜柑さんを弾いたのか」

「そうそう」

「それでは守れぬではないか!」

「いや、あそこほど安全な所は無いと思うけど……」


 蜜柑の反論に白夜が異議を唱える。


「それにその十字架だって、あの狙ってくる悪魔にも効くだろうし」

「むむむ……そうなのか?」

「少なくとも、何もできない守護霊よりよっぽど役に立つね」

「貴様……! やはりあやつに似ておるな……!」


 心底悔しそうに歯ぎしりを立てる蜜柑。その隣で、睡蓮がテーブル上に置かれた十字架にゆっくりと手を出す。やはり弾かれてしまい、見ていた秋桜も目を見開いた。


「上位の神主とか牧師がいる神社や教会ではね、魔法すら使えないんだよ!」


 蘭李の後ろで、ソファーの背もたれに肘をつく雷が得意気に言った。蘭李は彼女を見て、小首を傾げる。


「そういえば光属性もそういう、悪魔を近付けないようにしたり出来るの?」

「無理!」

「えっ? 無理なの?」

「そもそも聖職者って魔力関係ないみたいだよ? 魔力者でそういう力持ってる人もいれば、普通の人でもいるし」

「へぇー!」

「そして光属性は、もとはそういう聖職者を守るために戦ってたらしいよ!」

「そーなんだ!」


 フフン、と雷がふんぞり返る。蘭李は目を輝かせて彼女を見つめた。しかし彼女の隣で、海斗がフン、と鼻を鳴らした。


「そんなこと自慢してどうする」

「じっ、自慢じゃないよ!」

「どや顔してただろ」

「だって、あんまりこういうの聞かれないから……」

「そういう海斗は何か無いの?」


 蘭李に尋ねられ、海斗は少しの沈黙後、「無いな」と言って背を向けた。そのままスタスタと歩き出し、テレビが観られるソファーに腰掛ける。その背を眺めながら、蘭李は残念そうに呟いた。


「なーんだ。みんなそういうのあるのかと思ったのに……」

「何期待してるんだよ」

「紫苑は⁉」

「きゅっ、急に振るなよ!」

「だって! あたしだってこういう話全然出来ないし!」

「家族唯一の魔力者だもんねー蘭李は」

「ハイハイ。そこまでにしてもらってもいいかな?」


 健治が軽く手を叩き、皆の注意を引き付けた。


「改めて、君達には約束通り大会に出てもらう。いつでも特訓に来てもらって良い。ぜひ優勝を目指そう」


 直後、蘭李はにやけた表情を浮かべた。くるりと皆に向き直り、黄色い瞳はキラキラと輝いている。


「円陣組もうよ!」

「えーやだー」

「やろうよハク! 気合い入れようよ!」

「まだ一週間あるけど?」

「でも今いい感じだから! ホラ!」

「でも蘭李、槍耶いないよ?」

「えっ⁉」


 雷に指摘され、蘭李は部屋を見回す。たしかに槍耶の姿は無い。


「なんでいないの⁉」

「テストが近いから先に帰るって」

「ええーッ⁉」

「しょうがないな。あいつ進学校だし」


 槍耶が学業を優先させることは珍しくない。蘭李は少し悔いが残ったものの、仕方なしに納得するしかなかった。


「~ッ! じゃあ五人で!」

「でも蘭李は、当日参加の乱闘の部なんだって」


 沈黙。さらっと言われたその言葉を理解出来ず、蘭李はゆっくりと顔だけ健治の方に向けた。彼は満面の笑みを浮かべている。


「君は、チーム戦じゃなくて個人戦。頑張ってね」


 ――――――――――――え?


「な、なんで?」

「だって君は、乱闘向きの素晴らしい雷属性じゃないか」

「す、素晴らしい?」

「期待しているよ」

「ほ、ほんと? えへへ……じゃあ頑張る!」

「うん。ぜひ優勝してくれ」


 健治におだてられ、蘭李は「よーし! 頑張るぞー!」と拳を握った。その横で「諦めたくせに」と、白夜達は汚い大人のやり口を見たような気がして、気分を上げることはできなかった。



* * *



2話 完

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