2話ー②『おつかい』

 皇家から徒歩でおよそ二十分。路地裏からしか入れない、赤と白のレンガで造られた小さな建物。『Ondine』とかかれた看板を提げるドアを開けると、たくさんの商品が並んでいた。武器や薬品、衣服やアクセサリーまである。

 蘭李は辺りを見回しながら、それらの中を歩く。ついてきた蜜柑と睡蓮も興味津々だ。


「ん? あ、いらっしゃいませー」


 カウンターの下からひょっこり顔を出した女。淡い緑の髪をハーフアップでまとめており、とろんとした垂れ目で客を眺める。蘭李は戸惑いながら、おずおずと持参した紙を差し出した。


「あの、これ健治から預かってきたんですけど……」

「健治? そんな名前……ああ、皇くんか。なになに……」


 女は紙を受けとると、すぐに開いて読み始めた。髪と同じ色の視線が、上から下へ流れていく。蘭李の背後では、先祖二人が盛り上がっていた。


「これは面白い形をしておるな!」

「たしかに! こんなの見たことないや!」

「ミカン型は無いのか⁉︎ 睡蓮、探せ!」

「じゃあお姉ちゃんもネギ型の探して!」


 女は黙々とメモを読んでいる。こんなに騒いでいるのに、本当に何も聞こえないなんて―――蘭李は改めて、幽霊の奇妙さを実感した。

 読み終わた女は、紙を小さくたたんで胸ポケットの中に入れた。


「了解ー。確かに承りましたー」


 少し腑抜けた調子で敬礼する女は、そのままくるりと踵を返すと、カウンター奥の部屋へと行ってしまった。蘭李はぼんやりと立ち尽くす。彼女の脳内では、疑問が大半を占めていた。

 ―――あの紙には何が書いてあったんだろう? 健治とこの人にはどんな関係が? そこら中にあるものは何なんだろう? あの人は何者なんだろう?


「お待たせー。ハイこれー」


 顔ほどの大きさの箱を持って女が帰ってきた。カウンターに置かれたそれを、蘭李は凝視する。気付いた蜜柑と睡蓮も、彼女の両隣で箱を眺めた。


「これを、二駅隣のお客様に届けてきてほしいんだー」

「え? あたしが?」

「そー。あなた初めてみたいだから、教えてあげるー」


 私の名前は『雛堂すどうなつ』。そしてここは、魔法道具屋。その名の通り、魔力者のための道具を売るお店。品揃えも質もかなり良いって自負してるんだ。だから、値段もかなり張るよ。

 でも、支払いはお金じゃないの。

 支払い方法は―――頼み事。

 私の頼んだことをしてくれれば、商品をあげる。値段が高いものっていうのは、結構危ないお仕事をしてもらうってこと。もし死んじゃっても、恨まないでね?


「で、今回は皇くんがほとんど払ってくれるみたいだから、あなたには残りの分を払ってもらうよー」


 終始おっとりと話す『夏』は、メモに何かを書き写しながら説明した。メモには、どこかの住所と道順が書かれている。それをしぶしぶと受け取り、蘭李は不満げに夏を見た。


「健治の頼み事のために、あたしが残りを払うんですか?」

「このお願いはあなたにも関係ある……というか、あなた達のためのものだよー」

「あたし……達、の……?」

「そーそー」


 自分だけならまだしも、複数形ということは……ハク達にも関係がある? それならもしかして……大会と関係があるもの―――蘭李は顔を上げた。


「分かりました。じゃあ、これを届ければいいんですね?」

「そー。お願いねー。割れ物だから乱暴に扱っちゃ駄目だよー?」

「分かりました」

「交通費はそっちで出す決まりだから、ちゃあんと用意して行ってねー」

「了解です!」


 今度は蘭李がビシッと敬礼する。そして箱を持って店を後にした。夏は手を振りながらその背中を見送り、ぼそりと呟く。


「………ほんと皇くんはケチっぽいねー。全部払ってあげればいいのに」


 たくさんの商品に囲まれながら、夏は一人くすりと笑った。



「すっ凄いぞ! 瞬く間に移動しておる!」

「うわー! はやいはやーい!」

「睡蓮! 気を抜くな! 置いていかれるぞ!」

「大丈夫だよ蜜柑姉! 僕足速いから!」


 ガタンガタンと揺れる電車の中。蘭李はドアにもたれ掛かって耳を塞いでいた。

 理由は明白―――電車という近代科学に興奮する蜜柑と睡蓮がうるさいからだ。

 無理もない。彼らは電車など見たことないからだ。見たことがあるものといったら、せいぜい馬車くらいである。

 予想はしていたけど―――蘭李は窓越しの風景を眺めながらため息を吐く。こんなにもうるさいなんて……というか、先祖達は電車と並走してるのか。そんな状態でよくこんなに騒げるな。


「蘭李ッ! 何故こんなにもすぴーど・・・・が出るのじゃ⁉」

「………知らないよ」

「えッ⁉ なんじゃ⁉ 聞こえぬ!」


 小声の返答はやはり聞き取られなかった。蜜柑は蘭李のもとへ近寄り聞き耳を立てた。彼女を真似て睡蓮も同じポーズをとる。子孫は二人の先祖を睨んだ。


「あのね、この中では静かにしなきゃいけないの。蜜柑さん達は幽霊だからいいけど、あたしは騒いだら怒られるの」

「怒られる? 誰にじゃ」

「駅員さんとか周りの人に」

「どこの誰かも分からぬやつに怒られるのか?」

「そういう決まりだから」

「変なもんじゃのう」


 終始小声で話していた蘭李だが、やはり聞こえてしまったのか、周囲の乗客達が彼女を見ながらひそひそと話し始めた。蘭李も当然それに気付き、顔を真っ赤にする。目的の駅に着くと、急いで電車から飛び降りた。蜜柑達も慌ててついていく。


「着いたのか?」

「もう! 帰りは電車で話しかけないでよね!」

「何故じゃ?」

「…………」


 もう何を言われても無視しよう―――蘭李は固く誓った。

 改札、駅構内と続いて出ると、コンビニやビルが多く建ち並んでいた。蘭李は貰ったメモを取り出し、書いてある通りの道を辿る。


「その中身って何かなー?」


 蘭李のバックを覗き込む睡蓮。そこには、先ほど夏から預かった箱が入っていた。赤信号のために立ち止まった蘭李も、箱に視線を落とす。


「割れ物って言ってたけど……」

「重い?」

「うーん……重くはないけど軽くもないかな」

「武器かのう?」

「割れやすい武器なんて無いでしょ」


 横断歩道を渡り、真っ直ぐ進む。メモによれば、次の角を曲がった突き当たりに目的地はあるらしい。蘭李はメモをポケットにしまった。


「もうすぐ着くから分かるでしょ」

「楽しみー!」

「いや、あたしが貰えるわけじゃないからね?」

「届けてやったんだから貰っても良いじゃろ!」

「おつかいの意味!」


 この人達、ちゃんと話聞いてるのか?

 子孫から先祖への信用度が下がる。しかしそんなこと露知らず、蜜柑は蘭李の前へ回った。


「そういえばおぬし、武器はどうした?」

「コノハ? 置いてきたよ」

「なッ⁉」

「なんでッ⁉」


 蜜柑と同様に、睡蓮も目の前に飛びこんでくる。二人とも驚愕の顔を浮かべていた。蘭李もその反応に驚いたのか、二人を凝視する。


「え? なに? だっていらないじゃん」

「おぬし、自分の立場が分かってないのか?」

「え?」

「蘭李、死んじゃうかもしれないんだよ⁉ あの悪魔に殺されるかもしれないし、別の理由かもしれないけど!」

「……………あっ」


 思わず蘭李は立ち止まる。何をやっているんだと言いたげな、深いため息を目の前で吐かれた。そんなあからさまな嫌味に、蘭李は誤魔化しついでに苦笑いをする。


「まっ、まあ大丈夫でしょ! ささーっと済ませて帰れば……」

「緊張感の欠片もないのう」

「僕らは助けられないんだよ!」

「いや、アンタらあたしを助けるために出てきたんでしょ⁉」


 蘭李は速足で先へ進む。通りすぎる人々は彼女をチラチラ見ながら去り、誰かと一緒の者は内輪で話しながら離れていく。しかし、先を急ぐ蘭李は気付いていない。睡蓮は彼女の背中を眺めながら、ぼそりと呟いた。


「いつの時代も、僕ら華城は注目の的だね」

「うむ。特別何かしたわけじゃないのにのう」

「……存在自体が稀有なんだよ、きっと」


 悲しみと不安を帯びた水色の瞳が、蜜柑を見上げる。


「蘭李を助けるために、僕達に何かできることはないかな?」

「どうした急に。守護霊としての使命感でも湧いたか?」

「ううん。違うよ」


 少年の、声変わりしていない声がぽつりと漏れる。それは、人にとって当然の理由を述べただけだったが、先祖の少女には特別な何かが含まれているように感じた。


「―――誰かが死ぬところなんて、見たくないんだ」


 蜜柑は、問いの回答も追及もしなかった。二人は無言のまま蘭李を追いかけ、少し距離を離して見守ることにした。

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