その12:綺麗になりたくないわけじゃない
ベルナデットを連れ出すための計画は練った。正直どこかに穴がありそうだけど、とりあえずベルナデットを連れて城下にさえ行ければそれでいい。
アンリエットは勤務を終えると自分の部屋でこそこそと自分の古着の丈を直していた。
二年前のものだが、お気に入りのワンピースなのでまだ捨てずに保管していたのだ。小花柄なんて自分らしくないとっておきの服だったが、背が伸びたので今はもう着ることはできない。
城下に行くにも、ベルナデットが持っている服では上等すぎて悪目立ちする。だから、恐れ多いことだがアンリエットの古着を使おうというわけだ。
(もう少し時間があれば新品を用意したんだけど……)
さすがにアンリエットも、買い物に行く暇はなかった。
(うう、眠い……)
ワンピースは裾上げは必要なかったが、ドレスに慣れているベルナデットにとっては膝下十センチといえど抵抗があるかもしれない、とレースを付けていたのだ。それだけでワンピースはより可愛らしくなった。紺地に白い花の模様のワンピースは、きっとベルナデットに似合うだろう。
「お誕生日当日は正装だしなぁ……」
クローゼットから出しておいた正装を見てため息を吐き出す。実のところ、女性騎士の正装は通常時のそれと比べて華美で動きにくい。
普段の制服は上着は変えられないが、スカートかパンツスタイルか選べる。ほとんどの女性騎士は動きやすさを重視してパンツスタイルなのだが、正装はタイトなスカートである。
(そりゃ、騎士団総出で警備にあたるんだから、あたしたちは戦力に数えてないのかもしれないけど)
と、つい卑屈になってしまう。
騎士としての実力より、見栄えを優先されているような気がしてしまうのだ。
「あたしが着飾ったところで目の保養にもなんにもならないのにね!」
騎士を飾り立てなくとも、貴族の令嬢たちがうつくしいドレスを着ている。華はそれで十分だろう。
とはいえ、正装を着るのは女性騎士だけではない。もちろん男性の騎士も正装で参加だ。
(……ってことは、セルジュ様も正装?)
第一騎士団の正装は白を基調としているものだ。第二騎士団は臙脂、第三騎士団は濃紺である。親衛隊はそれぞれで用意されていて、ベルナデットの親衛隊は白百合をモチーフにしているため、白と深緑が使われている。
「第一騎士団のあの服をセルジュ様が着るの?目の保養どころじゃないでしょ絶対……」
目を奪われるどころか心まで奪われてしまう令嬢が出てくるのではないだろうか。だってあの見た目なのだ。慣れていない者には毒にもなりうる。
(むしろあたしも平気じゃないかもしれない……)
繰り返すようだが、セルジュの外見はアンリエットの好みそのものだった。中性的で凛々しい顔立ちも、引き締まりつつも筋肉を主張しない身体も、理想と言ってもいい。
想像しただけで顔が熱くなる。これはむしろ、当日は顔を合わさないことを祈る他ない。
レースを付け終えると、針や糸を仕舞う。時計の針はいつもの就寝時間より一時間半ほど遅い時間をさしていた。
クマは薄くならなさそうだなぁ、と苦笑してアンリエットはベッドに入る。ベルナデットの誕生日当日と、その翌日までにはこのクマもどうにかしておきたいところだ。
出勤すると、まだ目の下にクマをこしらえているアンリエットを見て同僚たちは生あたたかい目になった。
親衛隊の中でもアンリエットや年少組で、先輩のお姉様方はその恋模様を見守るのが楽しくて仕方ないのだろう。
しかし見守るだけではなくきちんと叱ってくる人もいる。
「ちょっとアンリ。恋わずらいもほどほどにして、そのクマ、当日にはなんとかしてよ?」
ぷぅぷぅと頬を膨らませてニノンが詰め寄ってくる。主役であるベルナデットの親衛隊の一人が目の下にクマがあるなんて、あとからなんと言われるか分かったもんじゃないと言いたいのだろう。
王妃や王女の親衛隊同士、仲は悪くはないが女の戦いというものがある。主に相応しく身だしなみを整えることもまた仕事のひとつだ。
「だ、大丈夫だよ……今日はちゃんと寝るし」
(とりあえず準備は終わったし)
日頃の睡眠不足の原因はもちろん恋わずらいなどではないので、準備さえ終わってしまえばゆっくりと眠れる。
「本当に? しっかりしてよ? 明後日なんだから」
しつこいほどに念を押してくるニノンにアンリエットは苦笑した。
「わかってるよ」
「ただの寝不足ならちゃんと寝れば消えるだろうけど、よければ目元を蒸しタオルで温めたりしてね」
ニノンが呆れながらも心配そうにアドバイスをくれる。
「ま、クマが消えなくてもお化粧でどうにかしてあげる。アンリ、お化粧は得意じゃないものね?」
にやりと笑うニノンにアンリエットは苦笑いで誤魔化した。彼女はいつだってしっかりメイクしているのだが、対するアンリエットは普段ほとんど化粧をしない。式典などの時には色の薄い口紅をつける程度だ。
ギラギラと目を輝かせたニノンに、アンリエットは生贄になる覚悟を決めた。彼女は女の子を着飾ることが大好きなのだ。先日セルジュと出かけた時に彼女が非番でなくて良かったと胸を撫で下ろすほどに。
式典のたびに親衛隊のうちの誰か一人がターゲットになるのだが、今回はアンリエットに決まったらしい。
「……お手柔らかにお願いします」
生贄になったアンリエットはそう願う以外できることはなかった。
「なんなら男の人がコロッといくくらい美人にしてあげるよ?」
にやっと笑うその顔から、「男の人」は誰のことか嫌でもわかってしまう。
「け、けっこうです!」
「いやいや、あの顔を攻略する気ならこっちもいろいろ頑張らないと」
「攻略ってなに!?」
そんな話にはなっていなかったはずなのだが、ニノンは真顔で詰め寄ってきた。
「だってあの美形だよ? 自分の顔なんて見慣れてるんだから、必然的に理想も高くなるってもんじゃない?」
「それは……そうかも?」
鏡を見ない日なんてないだろうから、セルジュは少なくとも毎日一回はあの綺麗な顔を見ていることになる。当然、見慣れた自分の顔と他の誰かを比較することだってあるかもしれない。
まして、自分の隣に並ぶ女性ともなればなおさら。
「だからアンリも綺麗にして、たまに驚かせるくらいじゃないと」
「なるほど……ってちがう! 別にそんなことしなくてもいいから!」
恋わずらいなんて勘違いをされているのを訂正していないのだからアンリエットも悪いのだが、これではまるでアンリエットがセルジュと恋人にでもなりたがっているみたいじゃないか!
「照れなくていいって。ニノンさんに任せておきなさい?」
でもそのクマ、少しでも消す努力はしてよ?と、ニノンがアンリエットの目元をつつく。
セルジュにも心配されたことを思い出して、アンリエットは目元を撫でながらため息を吐いた。
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