その7:心を込めたプレゼント

 選んだリボンは綺麗にラッピングされて、アンリエットの鞄の中に大事にしまわれている。

 今日の目的を無事に果たしたことで、アンリエットはほっと胸をなで下ろしていた。

「セルジュ様、ありがとうございました! おかげでいいプレゼントが見つけられました」

 きっとセルジュがいなかったら散々悩んでなかなか決められなかったことだろう。そう考えると、唐突ではあったけれどセルジュに一緒に来てもらって良かった。

「いえ、役に立てたなら良かった」

 ふわりと微笑むセルジュに、アンリエットも微笑み返す。

(そういえば、男の人とこうして買い物するって、初めてだなぁ……)

 親戚や知り合いのほとんどは筋肉ダルマというアンリエットにとって、男の人と出かけるなんて考えはまずない。せいぜい兄に甘いものを奢ってもらうときくらいで、それも年に数度のことだ。

「セルジュ様は何か買うものとか、ありますか? プレゼントを選ぶの付き合っていただいたので、今度はあたしがお供しますよ?」

 せっかく貴重な休日に城下まで来たのだ、この時間を有効活用しないのはもったいない。

(正直、プレゼントが早く決まったから時間は有り余ってるし……! 男の人と一緒に行くところなんて想像もつかないし……!)

「では武具を見に寄ってもいいですか? 特に買うものがあるわけではないんですが」

「いいですよ! そのあと消耗品を買い足して……って感じですか?」

 アンリエットも買い物に来たときは武具店にはいつも立ち寄る。いいものがあれば欲しくなるし、これは職業病みたいなものなのかもしれない。

「そうですね」

「ふふ、あたしがいつも買い物するコースと同じです」


 武具店に立ち寄って、二人で真剣に品定めをしながら結局何かを買うことはなく、仕事で使う消耗品をいくつか買って、ぶらりと大通りに出て露店をひやかしたりする。

 セルジュ相手なら筋肉に緊張することもないからだろうか、アンリエットはごくごく普通に買い物を楽しめた。

「……そろそろ、少し休憩しますか?」

「え? ああ、そうですね」

 気がつくと随分とあちこちを歩き回っていたらしい。普段から鍛えているセルジュや、体力自慢のアンリエットが疲れるほどではないが、一度休んでもいい頃だった。

(あたし一人だと休まずにばばーっと目的を済ませちゃうもんなぁ……)

 普通の女性ならすっかりくたびれているはずだ。きっとセルジュはアンリエットを気遣ってくれたのだろう。

(やっぱりそういうところ、大人だなぁ……きっとセルジュ様なら女の人と出かけたりとか、あるはずだもんね)

 確かアンリエットよりも四つ年上、今年で二十二歳になるはず。そう考えると年齢と比べてセルジュは落ち着いている方かもしれない。

「実はディオン殿の代理で慰謝料代わりのケーキをご馳走することになってまして」

「え!? ちょ、聞いてないですよ!?」

 確かにアンリエットはまだ約束の限定ケーキをディオンに奢ってもらっていない。

 あんなでも、ディオンは第三騎士団の副団長なのだ。忙しさはアンリエットの比じゃない。それでも両親への愚痴を吐き出すついでに、予定を合わせて出かけるつもりだったのだが。

「ディオン殿がアンリエットと予定が合わずになかなか行けずにいるから、代わりに頼むと言われまして」

「あ、兄様ったら……!」

(こんなことにセルジュ様を巻き込まなくても!)

 それともアンリエットから散々愚痴を聞かされると思って逃げたのだろうか。あの兄なら大いにありえる。

「セルジュ様も断ってくださっていいんですよ!? そのうち調子に乗ってどんどんパシリみたいなことさせられますよ!?」

 セルジュはやさしいのでなかなかはっきりとは断れないのだろう。しかしそこをあの馬鹿兄に利用されるかもしれない、とアンリエットは思わず強い口調になってしまうのだが、セルジュ本人は「まぁまぁ」と気にした様子がない。

「どちらにせよお茶くらいご馳走するつもりでしたよ」

「むしろ今日の予定からしたらあたしがご馳走する側なんですけど!?」

 買い物に付き合ってもらったのはアンリエットの方だ。お礼をしなければならないのはアンリエットであって、セルジュではない。

「そう言うと思いました。でもほら、アンリエットの慰謝料分はディオン殿から預かっているので。大人しくご馳走させてください」

「う、うう……」

 そう言われてしまうとアンリエットも抵抗できない。ここでアンリエットが頑なに拒んで、セルジュがのちのちディオンに文句を言われてしまったら困る。

(まぁ、兄様から慰謝料のケーキ分を預かっているならセルジュ様にはそこまで迷惑かけてない……よね)

 とはいえディオンにはあとでこんなことに他人を巻き込んでは迷惑だろうと説教しておかねばなるまい。


 目当てのカフェは昼時を過ぎた頃でも混んでいた。運良くすぐに席に通されたものの、空席は少ない。

 アンリエットは季節限定のケーキと紅茶、セルジュもチーズケーキと紅茶を頼んだ。甘いものも食べるんだなぁ、とアンリエットはチーズケーキを食べるセルジュを見る。

 ケーキを食べながら、たまに視線を感じて、アンリエットは首を傾げた。人に注目されるような妙な格好はしていないはずだが、どこか変だろうか、と。

 そしてふと、向かいの席に座るセルジュを見て、納得する。紅茶を飲む姿も絵になるイケメンが目の前にいたことを、アンリエットはすっかり忘れていた。

(そうだよね、こんな美形がいたらつい見ちゃうよね……)

 騎士服ではないので、今日のセルジュは心なしかいつもよりも雰囲気がやわらかく感じる。そのせいか、女性騎士たちの言う近寄り難い空気はあまりない。

「アンリエット? どうかしました?」

 じぃっと見ていたのがバレたのだろうか、セルジュがアンリエットを見つめて首を傾げる。

セルジュ本人はこの視線に気づいていないのだろうか?

(そんなわけないよね、人の気配には敏感そうだし。そうでもないと護衛なんてできないし)

「……いえ。その、セルジュ様ってモテそうだなと思って」

 ニノンも女性騎士たちは目の保養にしているだけだ、と言っていたがその中に本気でセルジュに片思いしている人がいてもおかしくはない。

「よく言われますけど、そうでもありませんよ」

 それは謙遜ではなく、単なる事実を告げるような響きの返答だった。

「え……だって女の人たち、セルジュ様のこと見てますよ?」

「顔だけ見てるんですよ。もう慣れました」

 セルジュの反応はさらりとしたもので、自慢するわけでもなく嫌悪するわけでもなく、まるで当たり前のように流してしまう。

 けれど顔だけ、と強調された言葉に、アンリエットは投げかける視線を感じながら目を伏せた。

 イケメンは大変だ、と自分のことではないからこそ、アンリエットは今だけ我慢すれば良いけれど、セルジュ本人にしてみれば毎度のことなのだ。これは相当鬱陶しいだろう。

「これが日常だと気が散りそうですね。……本当はカフェとか好きじゃないんじゃないですか?」

 女性の多い場所では、嫌でも注目を集める。セルジュならそういう場所は普段避けるのだろう。

「甘いものは嫌いじゃないですよ。まぁ、あまり来ることはないですけど」

「今度はテイクアウトして、公園で食べたほうが平和そうですね」

 もしも今度があればの話だが。

 アンリエットは深く考えずにそう言ったのだが、セルジュは目を丸くしたあと、ふわりと微笑んだ。

「……ピクニックみたいで楽しいでしょうね」

 いつもの昼食みたいにサンドイッチを持参して、大通りの露店で他にも食べ物を買い足して、ケーキを持って。

 想像して、アンリエットはふふっと笑った。

「そうですね、ピクニックみたい」

 二人で笑い合っていると、周囲からの視線なんてちっとも気にならなくなった。




 帰りもセルジュは律儀に宿舎の前までアンリエットを送り届けた。

「セルジュ様、今日はありがとうございました」

 改めてお礼を言いながらアンリエットはプレゼントの入った鞄を持ち上げてみせる。

「プレゼント、喜んでもらえるといいですね」

「はい、でもきっと大丈夫です」

 アンリエットには確信があった。

 このプレゼントならベルナデットは絶対に喜んでくれる。セルジュの言う通り、嫁いだ先の異国でもプレゼントのリボンを眺めてアンリエットのことや、この国のことを思い出してくれるだろう。

「……アンリエットはつけないんですか?」

 セルジュがぽつりと、質問を投げかける。

 つける、と言われ、アンリエットはセルジュを見上げて首を傾げた。

「リボンですか? つけませんよ。あたしは似合わないので」

 騎士服に可憐なリボンをつけていても浮くだけだし、きっとすぐに汚してしまう。結局いつもシンプルな髪紐で結っているだけだ。

「そんなことありませんよ、初めて会ったときの姿もとても似合っていましたし」

 う、と褒められ慣れていないアンリエットは言葉に詰まる。

 それは今日の格好を褒めてくれたときも言っていた。くすぐったい気持ちになるのは相変わらずだったが、もう簡単に驚いたりはしない。


 ――しかし。


「天使が落ちてきたのかと思って、咄嗟に避けられなかったくらいです」

 続いてセルジュの口から出てきた言葉に、アンリエットは真っ赤になった。

(て、て、て、天使!?)

 今まで自分に使われたことのない単語に、アンリエットは一瞬にしてパニックに陥った。天使みたいな人に天使と言われるなんて、そんな馬鹿な話があるはずない!

「て、天使様みたいなのはセルジュ様ですよ!」

 照れ隠しに飛び出てきた言葉は素っ頓狂なものだったが、セルジュはあまり動じなかった。

「何言ってるんですか。……ああでも、それならこれは困らせるだけかもしれませんけど」

「は、はい?」

 冷静なセルジュの声音に、アンリエットの混乱も少しは凪いでくる。

「今日の記念に」

 つけなくてもいいので、と付け加えてセルジュは小さな袋をアンリエットに押し付けた。

「……これは?」

「部屋に戻ってから見てください。さすがに少し照れくさいので」

 そう言うと、セルジュは「それじゃあまた」と足早に去っていく。きょとんとしながらアンリエットはその背中を見送った。

 出発した時のように、野次馬はいない。おかげでじれったいような二人のやり取りは第三者の目にとまることなかった。

 アンリエットは宿舎に入ると、誰かに呼び止めれることもなく自分の部屋に戻って、すぐにセルジュがくれた袋を開けてみた。

 入っていたのは、まるで紫水晶のような綺麗な色のリボンで。


 ベルナデットへのプレゼントは、セルジュのアドバイスでアンリエットの瞳の色に似たリボンにした。

 透き通るような紫色は、まるで――。


 思い浮かんだ人の顔に、アンリエットは頬を赤く染めてベッドの上に突っ伏した。

 いやいやまさか、そんなはずは、と否定を繰り返しながら、もう一度もらったリボンを見つめる。


「……ふ、深い意味は、ないよね……?」

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