その6:これはデートじゃありません

 当日、セルジュは女性騎士の宿舎まで迎えに来た。


「……おはようございます」

「おはようございます、アンリエット」


 にこりと微笑むセルジュに、野次馬となっていた非番の女性騎士たちはにやにやと笑っている。

(……絶対に面白がってる)

 朝から同僚にはそんな格好で行く気か、と怒られてアンリエット愛用のグレーのワンピースを無理やり脱がされ、ああでもないこうでもないと服を選ばれて着せ替え人形にされたので、出発する前からすっかり疲れていた。

 結果的に、アンリエットを取り囲んで飾り立てていた数多の女性騎士たちを納得させたのは白いワンピースだった。

 もともと着ていたグレーのワンピースは飾り気がなくシンプルなものだったが、こちらは裾や袖にレースがついているし、シンプルだが可愛らしいといった感じだ。

(ちょっとあたしには可愛すぎる気がするんだけど……)

 デートなのね!? と盛り上がった人々には申し訳ないが、デートではなくただの買い物だし、こうしておしゃれしているといかにも気合を入れましたという感じがして恥ずかしい。

「騎士服ではない姿は新鮮ですね」

「それは……お互い様だと思います」

 セルジュの私服は期待を裏切らず、たいへん爽やかで清潔感がある。シャツの上にはベストを羽織り、全体的にきちんとしつつもラフな印象を残していた。

(美形はなんでも似合うなぁ)

 ずるい、と内心で少しいじけてしまう。

 アンリエットの赤い髪は派手すぎて着る服を選ぶのだ。可愛らしいパステルカラーなんて似合わないし、どうしても白黒の地味な色の服が増えてしまう。

「以前のドレスも似合っていましたけど、今日の服もよく似合ってますね」

 本当はもっと地味な服で行くつもりでしたすみません、とは言えず褒められたことにくすぐったさを覚えながらアンリエットは口籠もりながら答える。

「ど、どっちもあたしが選んだわけじゃないですから」

「それじゃあ、選んだ方はよくアンリエットを理解していらっしゃるということですね」

(そんな言い方されたら拗ねることもできないじゃないですかー!!)

 嫌味のないセルジュの言葉には反論する気すら萎んでしまう。

 うぐ、と言葉を飲み込んだアンリエットに、まるで素直に受け取っていればいいのだ、と言うようにセルジュが微笑む。

「……ありがとうございます。友人にあとでお礼を言っておきますね」

 選んだのはアンリエットではないし、この服もアンリエットのものではない。少しひねくれた言い方になっても、セルジュは微笑みを崩さなかった。

 野次馬にはまったく何をやっているんだと怒られそうだが、そもそもアンリエットとセルジュは友人だ。甘い話に飢えている女性騎士たちを楽しませるようなものではない。


 行きますか、というセルジュの声を合図に街へ向かう。使用人などが使う通用門から城下街までは歩いていける距離だ。

 アンリエットもセルジュも、当然馬に乗れるが街を散策するためには馬を連れていったら邪魔になる。

「それで、プレゼントは目星をつけてるんですか?」

 とことことのんびり歩きながらセルジュが問いかけてきた。訓練などなら歩く速度も早くなるが、今日はプライベートだ。二人とも自然と速度を落としている。

「ええ、メインはもう用意してあるんです。なのでちょっとした小物を探そうと思ってまして」

「メイン?」

「それはセルジュ様にも内緒です」

 人差し指をたてて、アンリエットは思わせぶりに笑う。

 本当はなんてことない、去年と同じ『何でも願いを叶える券』がメインなのだけど、それはアンリエットとベルナデットの特別で、簡単に誰かに話していいものではないように思えるのだ。


 城下の大通りには露店が並び、人々で賑わっている。

 ベルナデットへのプレゼントを露店で買うわけにもいかないので、アンリエットとセルジュは店を見て歩いていた。


「うーん、悩むなぁ。ベルナデット様はなんでもお似合いになるし」


 店に並ぶアクセサリーを見つめながらアンリエットは唸っていた。

「アクセサリーにするんですか?」

 女性が好きそうな小物を取り扱っている店でセルジュはさぞ暇だろうと思ったのだが、彼はアンリエットのそばをついて歩きながらも興味深そうに店内を見ていた。

「あまり大きなものだと向こうの国に持っていけないかもしれませんし」

 そして、高価すぎるものはベルナデットが受け取ってくれない。それにアンリエットも、心のこもっていない流行をなぞっただけの高価なものより、時間をかけて選んだ気持ちのこもったものをあげたいと思う。

 もしもアンリエットが背伸びして予算オーバーのものを選んだら、きっとベルナデットにはすぐにバレてしまうだろう。

 ふと、アンリエットの視界にアクセサリーも色とりどりのものが入り込んできた。リボンだ。

(リボンかぁ……可愛いし、色んなものに使えるしいいかも)

 刺繍の入っているものや、小さなビーズがついているものなど種類も豊富だ。

 じぃっとアンリエットがリボンを眺めていると、セルジュもつられるようにして色とりどりのリボンを見た。

「リボンですか?」

「はい、これなら髪飾りにもなるし、飽きても他のものに使えるだろうし……」

「ああ、なるほど」

「この色とか……うーん……セルジュ様、ちょっといいですか」

 空色のリボンと濃い藍色のリボンを手に取ると、アンリエットは何度も見比べて悩んだ末にセルジュに声をかけた。

「はい?」

「セルジュ様の髪、ベルナデット様の髪と似ているので……」

 少しかかんでください、とセルジュの服の袖を引く。背の高いセルジュの髪にリボンを合わせるにはかかんでもらうしかない。

 セルジュの銀の髪に、選んだリボンを合わせてみる。

(うわぁ、セルジュ様はリボンも似合うなぁ……それに髪、すっごくやわらかい……!)

 男の人なのに、というのは失礼だろうか。思わず撫でてみたくなるが、今はあくまでリボンの色を合わせてみているだけだ。

「……もういいですか?」

 セルジュが少し居心地悪そうに問いかけてくる。

「あ、待ってください。次はこっちの……」

 アンリエットは気になっていたリボンを手に取ると、再びセルジュの髪に合わせてみる。困ったことにセルジュの銀の髪はどんな色でも似合ってしまった。つまりベルナデットの髪でも結果はほぼ同じだろう。

「決まりました?」

「うーん、困ったことに全然決まらないです」

 はっきりとした青い色は銀髪に映えて綺麗だが、ベルナデットには大人っぽい気もする。

 菫色はふんわりとした雰囲気になって可愛らしいが、今度は子供っぽいと機嫌を損ねそうだ。

 赤は溌剌としていて意外と似合うのだが、果たしてそのリボンに似合うドレスをベルナデットは持っていただろうか。

 リボンという案は良かったのだが、いかんせん種類が多すぎて決められない。

(なんかこう、決め手になるものがないなぁ)

「……それならこの色はどうですか?」

 セルジュがそう言いながら手に取ったのは、緑色のリボンだった。エメラルドグリーンにも似たその色はとても綺麗だが、アンリエットにとっては意外な色だ。

「緑、ですか? でも王女様には他の色の方が似合うと思いますけど」

 まったく似合わないというほどでもないが、セルジュがわざわざ選んだ理由がアンリエットにはわからなかった。

「ベルナデット王女は、きっと自分に似合う色よりも思い出になるもののほうが喜ばれるでしょう。……この色はあなたの瞳の色に似ているので」

 綺麗なリボンならベルナデットはたくさん持っている。確かにセルジュの言う通りだ。

 アンリエットの瞳に似た色のリボンで、嫁いでしまってもアンリエットのことを思い出してくれるだろうか。

「……そうですね。ありがとうございます、これにします!」

 大事にリボンを握りしめて、アンリエットは会計に向かった。



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