第7話 わざわい転じて
テーブルを拭いて、少し溜まっていた洗い物を片付けて、さて、と袖を捲って冷蔵庫を開けて、思わず「うわ」と声が出た。
消費期限が今日までの牛乳。
なんで消費期限が短いものほど残りやすいのだろうか。
持ち上げて振って、ぴちゃぴちゃと軽い音がして、私の眉間に刻まれた皺が深くなった、気がした。
今日の夕飯の予定、変更。
短めの人参と小さめの玉ねぎを取り出す。
洗って皮をむいて、ひたすら細かく刻んでいく。
いつもキッチンに置いている時計をふと見ると、とっくに1時半を回っていた。
まったく、いくら野菜多めの献立とはいえ、こんな時間にものを食べているからいつまでたっても痩せないのだ。
わかってる。わかってるけれど、だからと言って夕飯まで食べずに過ごすことはできない。
丸一日断食なんて。
それに、こんな時間に包丁とまな板がぶつかる音を響かせているのもどうかと思うのだ。
絶対にうるさい。
「いやいや、隣なんかいなーい、誰も住んでなーい」
歌うように暗示をかけながら野菜たちを刻んで、それからどうにかしてジッパーバッグに入れる。
水を入れたら、少しだけ残してジッパーを閉めて、レンジでチン。
「うわ、刻むんじゃなくて擂ればよかった…」
もうすぐ引っ越してきて1年経つのに、未だに実家みたいな感覚で料理してしまう。
実家で料理したことなんかないけど。
…ブレンダーがあるつもりでいたのだ。
細かく刻まれた野菜たちはもう鍋の中。
水を入れてコンソメキューブを落として、ぐつぐついい始めている。
「…まあ…マズいものは入れてないし…良いか…」
にんじんのポタージュを作ろうと思っていたのだけれど。
何回予定を変更すればいいのだろうか、今日は。
鍋にさっきの牛乳を注いで、火を少し弱めて放置。
炊いてしまった米は平らになるようにラップにくるんで、粗熱を取るために放置。
バターロールを2個、オーブンにほいっ。
ルビーのグレープフルーツの皮をむいて、皿に。
さて、スープも良い頃合いだし、パンも焼けたし。
「あれ?」
うまい。おいしい。スープが。
いや、自分でも言った通りマズいものは入れていないからマズくなる理由はないのだけれど、おいしくはないだろうなと思っていたのが正直なところだった。
…なのに…おいしい。
冷静に考えたらこれって要するにシチューの端くれみたいなものなんだと思う。
多分。
「へぇー、なんだ、失敗じゃないじゃん」
細かく刻んだ人参も玉ねぎも、固すぎず柔らかすぎず、ちょうどよく食感が残っている。
とけるチーズを足して、ちょっとだけ塩コショウを振ってもおいしいかもしれない。
食べ終わった食器に水を溜めながら、なんだかこういう状況のことわざだか故事成語だか、ふと思い出して呟いた。
「わざわいてんじてふくとなす…だっけ?『わざわい』って、災害とかの『災い』でいいのかな」
むしろその字しか知らないんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます