海賊島の首狩祀
第一話
古来より様々な文明で行われてきた生贄と言う風習は、神や権力者などと言った絶対的存在の怒りに対し、獣や時に人の命を捧げる事で赦しを乞うと言う意味合いを持っていた。
命という変えの効かないモノを差し出し、もうこれ以上のものは出せないから赦して欲しい。するとたちまち天変地異は治まり、権力者も怒りを収める。だが生贄を捧げたとは権力者にとっては被支配者達からの服従の証であり、天変地異も治るまでは生贄が足りないと捧げ続けただけとも考えられる。その為生贄そのものに効果があったかどうかは不明だ。
そしてその生贄そのものも、文明の発達により法律や科学が生まれたことで次第に廃れていった風習であり、今となってはその効果の程を確かめる事はもう出来ない……………
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「ワバハリ、島?」
「そうだ。実は私が都で高等教育を受けていた頃、仲良くさせてもらった人が居てね。その人は卒業後に故郷のワバハリ島に観光開発の為に戻ったんだが、その活動が身を結んで観光客向けの祭りを開催する事になったらしい。で、憲兵として活躍してて顔の広い私をテストケースにして欲しいそうなんだ」
「へぇ………それで汽車のチケットなんて高級品を二枚も手に入れられたんですね」
「おいおい、それは憲兵が安月給と言いたいのかな?これから有名観光地になるであろうワバハリ島の祭りに先行参加させてあげた私に対して随分な言いようじゃないか」
「以前安月給を嘆いてたじゃないですか、ローランドさん」
大陸を横断する寝台特急汽車のコンパーメントで大仰に足を組んでデカい態度を見せるローランドを前に、車内販売で買ったアイスティーを片手に胡散臭げに眉を顰めるヤマト。
ギルドは半年に一度、一週間ほどの休暇がある。その間は冒険者もクエストを受けられないので、生活に余裕のない冒険者が血眼になってギルドに駆け込んでくる。その処理でてんやわんやのギルドがようやく落ち着いた頃、突然飛び込んできたローランドにさっきと同じような話を聞かされ、あれよあれよとこの寝台特急汽車に乗せられたのが昨日の夜。
ヤマトは最初に話を聞くだけなら面白そうと思ったのだが、一晩明けて朝食を食べ終えた頃になると流石におかしいと思い始めていた。
「ローランドさん、何か隠してるでしょ。大体楽しい無料の観光旅行なら、憲兵の同僚とか呼べば良いじゃないですか」
「なーに。君には事件解決を何度か手伝ってもらったからな。その、謝礼と言うやつだよ。それに、君以外にパートナーは考えられなくてね」
「友達、居ないんですか?」
ハッとした様に視線を逸らすローランド。ヤマトは冷たい眼差しでジッとローランドを見つめるが、ローランドはブルルと震えた。
「失礼だぞ!!」
「居ないんだ、友達。付き合ってる彼女も居ないんでしょ。どうせ」
「ち、違う!!み、見るな!!そんな哀れみと慈しみを込めた目で私を見るな!!」
「とっもだっちひゃっくにんでっきるかなーっ!」
「歌うな!!」
やがて観念したローランドは一枚の手紙をヤマトに差し出した。消印は一週間前。差出人の住所こそワバハリ島だが、受付た郵便局は島から一番近い赤の街からの郵便だ。震える手で書いてあり、何度も何度もくしゃくしゃになった形跡がある。
『助けてください。もうすぐ私は殺される』
穏やかでは無い手紙の内容に、流石のヤマトも背筋を伸ばす。差出人の名前はキルシャ。さっきも言っていたローランドの同級生だろう。
「私に祭りのテストをしてほしいと連絡があり、この汽車のチケットが送られてから三日後にこの手紙が届いた。文字が震えているが、筆跡は間違いなくキルシャのモノだ。恐らく祭りに私を呼ぶ事が決まった直後、何かしら命を狙われる危険を感じたんだろう」
「具体的な情報が何も無いですね。島に何かしらの不届き者が紛れ込んだとか、島民の恨みを買ったとか」
「それを伝えられるだけの余裕もないと判断するのが自然だろうな」
いきなり降って湧いてきた深刻な話に思わず眉を顰めるヤマト。ローランドは不安を隠すためかさっきからお茶をグビグビ飲み続けている。
「で?なんで僕なんですか?」
「え?」
「え?じゃないでしょ。犯罪の気配があるなら、それこそ現地の憲兵に連絡してこの人を保護して貰えば良いじゃ無いですか。なんでたかがギルド手伝いの僕を連れて行くんですか」
「憲兵に毎日どれだけの悪戯手紙が届くと思っているんだ?これは私個人のあくまで個人的な案件だ。憲兵を動かせるわけが無いだろう」
「だったら僕を付き合わせる必要ないでしょ」
「はっはっは。散々から探偵ごっこに付き合ってあげたじゃないか」
「………やっぱり友達居ないんですね」
「失礼な!!」
「ローランドさんの数少ない友好関係の維持に僕が付き合わされる理由は無いでしょ。帰りのチケット渡して下さい。僕は赤の街を観光してから帰りますから」
「ふん!残念だが帰りのチケットはキルシャが持ってるぞ。欲しかったら私に着いてくるんだな」
「とっもだっちひゃっくにんでっきるかなーっ!」
「歌うなぁーっ!!」
そんなこんなで二人はワバハリ島に向かうのだった。
「お客さん、ワバハリ島へ?物好きですねぇ。あんな何にもない島に」
「ええ。友人の誘いで」
「へえぇ。あの余所者嫌いのワバハリ島民に、島の外の友達が居る奴が居たんだねぇ」
穏やかな海の上を中型帆船がゆったりと進んでいく。潮風を全身に浴びながら、ヤマトは船長と穏やかに会話するローランドを淀んだ目で見つめていた。
海に面した赤の街。普段から交流のある島々への渡し舟は出ているが、ワバハリ島は地産地消で生活しているせいか他の島や赤の街とは交流したがらないらしい。なので特別料金を払って普段は通らないワバハリ島を経由してもらう。財布を出そうとしないヤマトをローランドは暫く呆然と見つめていたが、ヤマトにしてみればむしろなんで出してもらえると思ったのか不思議でならない。
「ワバハリ島の人たちは、そんなに有名になるくらい余所者嫌いなんですか?」
「ああ。前、嵐に見舞われてあの島の港に避難させてもらった時なんか酷かったよ。あの島の連中、金払うって言ってるのに毛布一つだって渡そうとしない。港から出るまでずーっと睨み続けてるんだからな」
「そりゃ、むしろ凄いですね。一体なぜそこまで?」
「知らないよ。アイツら余所者相手には一言も口効かないんだから」
はっはっはっは、と引き攣った顔で船長と笑い合うローランド。船長は心底おかしそうな顔で笑っていたが、ローランドはもはや笑うしか無いと言った面持ちだった。
「汽車のチケット貰ったらそのまま引き返した方が良いんじゃ無いですか?」
「そんな恥知らずな真似が出来るか。少なくともキルシャが命を狙われる理由だけは突き止めなければ」
「絶対後悔すると思うなぁ………」
ヤマトの呟きは、ワバハリ島の港に到着して降りた時点で現実の物になった。
「ウェルカムトゥワバハリ………中々の歓迎っぷりじゃ無いか」
「いや現実見てくださいよローランドさん。ウェルカムの上に思いっきり赤でバッテン書かれてるじゃ無いですか」
誰かの手作りと思われる歓迎の看板は、何者かの仕業かペンキで上から大きく✖︎が書かれていたり、ナイフやナタらしき切り傷でズタズタに切り裂かれていたりしていた。
顔を引き攣らせて現実から目を背けるローランドを他所に、比較的新しい刀傷をつつくヤマト。子供の悪戯と思いたいが、子供ではあり得ないくらい深い刀傷に相当な敵意と怒りを感じる。一体何がそこまで島民達の怒りを買ったのだろうか。
「ヤマト君。興味が湧いたんじゃ無いか?」
「ええ。白の街の新聞とかで特集組んでほしいですね。購読料払いますよ」
「自分でこの謎を解こうとは思わないのか!」
「じゃあローランドさんが解いて下さいよ。僕が聞いてあげますから」
そもそも招待されたはずなのに、迎えは来ないのかとツッコミたいのを堪えているヤマト。ローランドも流石に焦って伝書鳩を呼ぼうとしていたが、誰かが走ってくる音がようやく聞こえてきた。
「おーい!」
「この島の観光協会の皆さんだな。ヤマト君、せっかく招待してくれた人たちだ。失礼のない様に」
「いや、まぁ。皆さんって言っても………三人………」
両手を振って港に駆けつけてくれたのは、三人の若い女の人達だった。三人が三人とも活発な印象を受ける美人揃いだったが、いかんせん歓迎されていない感を受けたばかりのヤマトには胡散臭く見えてしまう。
「ああ、久しぶりだねキルシャ!」
「あ、私はサフィアです」
とりあえず満面の笑顔で真ん中に居た一番美人に声を掛けるローランド。だがサフィアと名乗った美女は曖昧な顔して手を振り、代わりにその後ろについて来ていた美女が苦笑いして前に出た。
「私がキルシャですよ。酷いですよローランド君」
「あ、いやこれは失礼………」
「そんなんだから友達居ないんですね」
「やかましい!!」
長年会っていないとは言え、親しい間柄を匂わせつつも思いっきり顔を忘れているのは失礼と言うか何というか。
ヤマトの指摘を受けて図星なのか顔を真っ赤にするローランド。それを見てクスクスと笑うのは、まだ名乗っていない三人目の美女。しかし、その彼女を一目見たヤマトは、失礼ながらもその雰囲気に爬虫類じみた物を感じて背筋に冷たいものが走った。理由は特にないはずなのだが、その目つきが何となく蛇を思わせる形をしていたのだ。
「面白い人達だこと。私の名前はニナ。私たち三人がこのワバハリ島観光協会の全員よ」
「ええ、と。全員ですか?」
「そう。全員。この門を見れば分かるでしょう?この島の人たちはね、観光客なんか来て欲しくないのよ」
チロチロと舌を出す様にして話すニナ。益々蛇みたいだと思っていると、不意に舌を引っ込めた。舌を出して喋っているのを興味深く見つめていた視線に気づいたらしい。
「とりあえず、観光協会本部に案内するわね。ここからそんなに遠くないから、安心して」
キルシャにそう言われて、ヤマトとローランドは不気味なワバハリ島へと一歩踏み出した。この島で起きる奇妙な惨劇の始まりとも知らずに。
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