第五話

「ヤマト君、ローランド君、ミハイル君。彼が私たちの大事な娘を殺した犯人なのかね?」


 憲兵詰所の大会議室。ナドゥール伯爵とセルバラ子爵は怒りを抑えきれないといった面持ちで拘束されたマインを睨みつけた。ここが憲兵詰所でなければ今にもその権力をもって処刑を言い渡しかねないその勢いにも、マインは無言で頭を下げ続けるばかり。


「マインさん、まずは貴方の話を伺わせてもらいましょうか。なぜ、どうして、いつ、彼女たちを殺したのか」


 ローランドが落ち着いた声で取り調べを始める。マインは観念している、と言う様子でぽつぽつと口を開いた。


「………俺がこの世界に来てから、初めてソロで挑んだクエストが、水色の街の森の湖に住み着いた大コブラの駆除だった。そんなに強い魔獣じゃなかったから、大した苦戦はしなかった。だけどそんな俺を、知らないうちに彼女たちが見ていたんだ」

「被害者二人か?」

「はい。元々、転移してきた冒険者を何人も見てきたことで興味が湧いたと言っていた彼女たち二人は、一人で大コブラを倒した俺をカッコいいって言ってくれたんだ」


 マインの話を聞いて、ナドゥール伯爵とセルバラ子爵は思わず呻き声をあげていた。


「先祖代々、水色の街の貴族の娘が同じようなことを言って家族を困らせてきた。

しかし私の娘は殺されるような娘ではなかった」

「子爵閣下。まずは彼の告白を聞きましょう」

「う、うむ。そうだな………」


 セルバラ子爵は頭痛を堪えるように頭を抱えていた。実際、冒険者に憧れた貴族が実家を捨てて飛び出してしまう話は後を絶たない。しかし問題は、水色の街の貴族たちには転移者たちの面倒を見なければならないという責任と、長年のノウハウや経験が必要な立場にあるということ。爵位と金しかない一般貴族と違い、国から授かった役目のある貴族の家系は冒険者になりたいという憧れを抱いても、それを実現できる者は少ないのだ。


「それから時折、彼女たちは俺に会いに来るようになりました。あんな美少女たちですから、俺も悪い気はしませんでした。だけどずっと、実家から離れられないことへの不満を口にしていました」

「………子供のうちはそうであろうな」


 ナドゥール伯爵も、理解は示しつつも目つきではマインへの敵意と嫌悪感は隠そうともしない。むしろ彼らも子供時分は同じような葛藤を乗り越えて、今こうして責務を果たしているのだろう。


「俺は気軽に、君たちも冒険者になればいいと言ってしまいました。最初は二人ともなれたらいいな、くらいの返事だったんです。俺ももうそろそろ次の街に行く頃が近づいてきていたので、良かったら付いてくるか?と聞きました。だけど結局、二人は冒険者になる代わりに男とパーティを組むことを許してもらえなかったし、何よりクエスト履歴を定期的に実家に送らなければいけなかった。一緒に冒険するのは無理だったので、一年ほどは時折街ですれ違うたびにお互いの冒険譚を語り合うくらいの関係に落ち着きました」

「だが一年前、君はこの白の街に定住することになった。それ以来は会っていないということか?」

「はい」

「二人はこの街に君が居ると知っていたのか?」

「知っていました。以前に二人がこの街に来た時に、俺がここに定住したことを話しましたから」


 ここまでの流れで不自然な点はない。むしろここからが本番だ。


 ヤマトが微かに緊張の色を見せ、マイトも唾を一度飲み込んだ。額に汗が流れ、緊張しているのが手に取るようにわかる。自分自身の殺人の供述ともなればそれほどの緊張もやむを得ないと取るか、もしもこれから嘘を吐くのか。


「事件について聞こう。君は二人を殺したと言ったな。なぜだ?」


 ローランドがまず聞いたのは、動機だった。この事件の動機こそが全ての謎を解くきっかけになる。それがこの場にいる全員が確信していた。


「二人と再会したのは事件の一週間前です。二人とも、実家に戻るタイムリミットが来たことを嘆いていました。水色の街の貴族の娘に生まれたせいで、これまで会ったこともない、十以上年の離れた男と有無を言わさず結婚させられる。そんなことに耐えられないと泣いていました」

「………そうか。腹の内では泣いていたか」

「これもまた、歴史は繰り返すというもの」


 達観したような顔のナドゥール伯爵とセルバラ子爵。娘の本心を、殺した相手から聞かされる屈辱に奥歯を噛みしめながらも、かつて二人ともが同じ気持ちを抱いたのだろうか。


「で?なぜ殺した?」

「俺はその時、つい咄嗟に嫌なら俺と駆け落ちしようと言ってしまったんです。どこか遠くに逃げて、三人で暮らそうと。二人は最初は笑っていましたが、次第にシァハが本気で考え始めたんです。ルドラは無理だと諦めていましたが、シァハと俺は本気で金集めと駆け落ち先の選定を始めた。それを見て怖くなったルドラが、実家にすべて話すと言い出したんです。俺とシァハはそれを止めようとして………気が付くと、俺が握りしめた槍がルドラのお腹に突き刺さっていました」


 あぁ、とナドゥール伯爵がその告白を聞いて崩れ落ちる。震える肩を誰も支えることなどできず、マイトは心底辛そうな顔で続きを話す。


「ルドラの死体を見て、俺たちはパニックになりました。特に親友の死体を見たシァハは、一緒に駆け落ちしようとまで言った俺を人殺しと叫んで、武器もないのに殴りかかってきました。頬を殴られた俺の胸ぐらをつかみ、貴族警察に訴えると叫んだシァハを、俺は思わず持っていた魔法剣で………」


 セルバラ子爵もまた、椅子に背中を預けて動かなくなった。


「現場の西の鉱山の小屋の血を片付けた俺は、このままでは逃げれないことに気づきました。実家に戻ることが決まった二人が行方不明になれば間違いなく大捜索網が敷かれる。二人の死体を完全に隠せる自信がなかった俺は、とりあえず二人を氷の魔法で氷のオブジェに変えて街に持ち込み、まずルドラの死体をメインストリートに捨てました。そしてシァハの死体を、凍り付いて使われなくなった夏用の井戸に隠してタイミングを計っていましたが………ヤマトさんが僕を疑い始めたことに気づいて観念しました。今夜の騒動はその結果です」


 全ての告白を終えたマイトが黙り込むと、嫌な沈黙がその場を支配した。ナドゥール伯爵とセルバラ子爵は今にも殴り殺さんばかりにマイトを睨み据え、逆にローランドは余りにも運命に翻弄されたマイトを憐れむような眼で見つめるばかり。


 しかしこれは嘘だとヤマトは確信を抱いていた。それまで無言だったミハイルも同じで、二人は同時に椅子から立ち上がった。


「マイトさん。僕は貴方の今の告白に幾つか疑問点を持っています。納得いくお答えが頂ければ、僕は僕の推理を捨てるよりほかありません。なので正直に答えて欲しいのです」

「なんで?俺は正直にすべて答えたのに」

「ならまず私から質問しよう」


 目に激しく動揺の色が浮かんだマイトに、まず最初に詰め寄ったのはミハイルだった。


「死体を鑑定した結果、ルドラとシァハの最後の外傷は確かに槍と魔法剣だった。しかし今のお前の証言、死んだ後に氷魔法で凍らせたと言ったな。なら最後の外傷は武器による傷ではなく、魔法痕になるはずだ」

「そ、それは………一度、槍と剣を抜いて、現場で改めて突き刺したんです」

「何のためだ?」

「………ルドラの方は、シァハの仕業と見せかけたくて」

「嘘ですね」


 マイトの証言を、ヤマトは即座に否定する。ナドゥール伯爵とセルバラ子爵、そしてローランドが思わず目を剝く中、ヤマトは改めてマイトに向き合った。しっかりと目線を合わせ、思わず目を背けるマイトをじっと見つめる。


「僕からも聞きます。西の鉱山のダンジョン前の小屋で殺したと言いましたね。どの小屋でしたか?僕はあそこの小屋を先日掃除しましたが、どの小屋にもそんな形跡はありませんでしたよ。殺人事件ほどの大規模な血が流れたのなら、たかが一介の魔法剣士の力で綺麗に後始末なんて出来ませんよ」

「そりゃ、頑張って掃除しましたよ。毛布だって新しいのを買って………」

「小屋の毛布は全てギルドの紋章が刺繍されてます!別の毛布に変わっていれば必ず気づきます!」

「………」


 次第にガタガタと震え始めたマイト。今度は黙秘のつもりなのか、それとも必死に言い訳を考えているのか。ヤマトはそんなマイトを前に頭をガシガシと搔きむしり、今度はナドゥール伯爵とセルバラ子爵の方を向きなおす。


「伯爵閣下に子爵閣下。これから話す僕の推理は、もしかしたら貴方がたにとって非常に不愉快な話になるかもしれません。ですが、彼の今の態度に僕は確信を抱きました。今回の事件の真相、それは………ルドラさんとシァハさんによる、マイトさんを巻き込んだ無理心中です!」


 ガタリ、と音を立てて立ち上がったのがマイトだった。ローランドも、ナドゥール伯爵もセルバラ子爵も、誰しもが余りにも衝撃的な発言に言葉を失い動けなくなる中で、マイトだけは目を見開いて立ち上がっていた。


「それは違う!!これは俺がやった殺しだ!!」

「いいえ。貴方は殺してなどいない。むしろ巻き込まれた被害者だった」

「違う!!」

「違いません。マイトさん、貴方はルドラさんとシァハさんの不祥事を庇っているんだ」

「や、ヤマト君!?一体どういうことなのだね!?ミハイル君も何か知っているのかね!?」

「娘の不祥事とは、い、一体なんだ!?何を言っているんだ!?」


 しばし大会議室が混乱に包まれ、怒号と悲鳴が飛び交い続ける。やがて落ち着いたころには、取り調べが始まった正午の日の光も夕日に変わりつつあった。


「まずは私から話すとしよう。私はそこのヤマトから頼まれ、水色の街とその道中で被害者二人について聞き込みをした。その結果、二人ともが冒険者を辞めるつもりはないと周囲に話していたことが分かった。勿論、実家に届かない範囲でだが」

「な、なんと………」

「勿論実家にバレれば冒険者を続けられないのでは、と聞いた者もいた。それに対して、二人は実家に戻るつもりはないとハッキリ宣言していたと」


 ナドゥール伯爵とセルバラ子爵が口をぽかんと開けて脱力する。親元を離れた娘二人が、そこまで実家を嫌っていたとはつゆ知らず。しかし問題はここからだ。


「恐らくマイトさんに会いにこの街に来たことは事実でしょう。しかし駆け落ちを提案したのはマイトさんではなく、ルドラさんとシァハさんのどちらかだったと思います。マイトさんはむしろ、そんなことするなと説得したのではないでしょうか?」


 違う、違うと呻くようにつぶやき続けるマイト。ヤマトはそんなマイトに改めて事実を突きつけていく。


「事件当日、西の鉱山のダンジョンに貴方は二人に呼び出された。二人は最後の思い出にと貴方を誘惑した。これで諦めがつくとでも言われ、了承した貴方はその後………目を覚ますと二人が同じベッドで毒を飲んで死んでいるのを発見した」

「すでに鑑定の結果が出ている。氷の魔法痕の前に、二人とも同じ毒を受けている。ダンジョンでゴブリンの毒にでも当たったと思われていたが、これが致命傷ならつじつまが合う」

「そして貴方はさっきの供述通りに二人の死体を氷のオブジェに変えて街に持ち込み、自殺ではなく他殺だと世間に知らしめた。貴族の娘二人が男を巻き込んでの無理心中となれば、どれほどのバッシングが彼女たちは愚か伯爵閣下や子爵閣下に襲い掛かるか分かったものではありませんからね」


 電撃を受けたように激しく反応するナドゥール伯爵とセルバラ子爵。この世界の貴族と平民の間の微妙な関係性は、こういったゴシップネタを格好の餌食にしてしまう連中を生み出してしまった。二人ともしばらくは世間から身を引くしかないだろう。


 そしてマイトは顔を青ざめさせ、カタカタと震えていた。嘘を暴かれたショックなのか、それともこの事実の暴露が自身の破滅に繋がるとでも思っていたのか。


「し、しかしなぜそんなことが言える!?貴族の娘二人が、なぜ彼を巻き込み無理心中を!?」

「ローランドさん。その発想はこの本を読めば分かります」

「そ、それは………愛の執着駅?」

「む、娘が好きだった本だ!!」

「私の娘もだ!!」

「どういうことなのかね?たかが本だろう?」

「ええ。ですがこの本はですね。幼馴染の貴族の娘二人が一人の冒険者を愛するうちにいがみ合うようになっていくお話なんですが………そのクライマックスは、家柄を理由に結ばれることが出来ないと理解した三人が、情事の最中に毒を飲んで心中するというのです」

「ま、まさか………!!」

「恐らく彼女たちは、この本の主人公たちに自己投影していたのでしょう。鑑定で判明した飲んだ毒も小説に出てくる毒と同じでした。唯一の誤算は、マイトさんは転移特典で毒などの状態異常が効かない体質だったことです」


 マイトの冒険者カードを手に取り、その特別項に刻まれている転移特典を読み返す。ありとあらゆる状態異常が効かない体質故に、毒を盛られたことでの無理心中に付き合ってあげられなかったのだ。


 全ての真実が明らかになり、マイトはついに観念したように机に突っ伏した。すすり泣く声が漏れ、誰もがその姿に声をかけることすらできない。


「………せめて、あの時嘘でも一緒に逃げるって言ってあげれてれば………せめて、一緒に逝ってあげることができていれば………」


 マイトの脳裏に過る、あの夜の記憶。美しい二人にせめて冒険者としての最後の夜の思い出に、と言い寄られ、あれよあれよと乗せられてしまった。一度きりと知っていても、幸せの絶頂にあったというのに、目が覚めると二人は真っ白な顔をして口から血を流して冷たくなっていたのだ。


 口元のガラスの小瓶を見て、ようやく状況を理解したマイトは自分を責めた。以前に愛の執着駅の話は聞いていたし、満足げな顔で死んでいた彼女たちを見れば一緒に逝けると言う喜びの中で死ねたのは分かった。しかし意図せず、マイトは彼女たちを裏切ってしまっていたのだ。


「マイト君………いや、君が気に病むことではないよ」

「ナドゥール伯爵………」

「そうだとも。君は娘の為に必死に頑張ってくれた。それがかえって君を苦しめてしまうことになったと言うのなら、その罪は私たちで背負うべきだろう」

「セルバラ子爵………」


 泣きじゃくるマイトを、ようやく落ち着きを取り戻した伯爵と子爵が優しく声をかける。その声はまるで、転んでケガをした息子に語り掛ける父親のようだった。


「死体損壊と遺棄で君は裁かれる。これはもうどうしようもない話ではある。だが、私たちで君の減刑を訴える。そして刑を終えたら水色の街に戻ってきなさい。私たちの仕事を手伝ってくれ」

「娘たちのことで罪悪感を感じるなとは言わない。その罪滅ぼしにでもしてくれればいい」

「………ありがとう、ございます………」


 そう言って泣きじゃくるマイトを、ナドゥール伯爵とセルバラ子爵はいつまでも慰め続けていたのだった。

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