第二話
「なーんも無い事務所ですけど、くつろいでください。今お茶淹れますから」
キルシャ達に連れられてやって来たのは、村のはずれの小さな教会だった。最もかつて教会として使われていた形跡が僅かにあるだけで、十字架も無ければ神父やシスターも居ない。敷地内に荒れ果てた墓地があるぶん、廃墟マニアやホラーマニアにはウケそうな雰囲気すらある。
キルシャが魔法で薪に火を灯し、サフィアが埃を被っていた椅子を雑巾で拭いて並べていく。ニナはそんな二人を遠目で見ているだけだった。
「ローランドさん、さながら追い詰められたゲリラか敗残兵みたいな雰囲気ですよこの人達」
「失礼だぞ!」
「あ、あはは。自分達でもそう思ってますから」
ヤマトのあんまりにもあんまりな言い分にローランドはキレたが、反論できないキルシャが五人分のお茶をカップに入れて持って来ながら苦笑いを浮かべる。今回の為に新調したのか、カップは全てきれいな新品だった。
「赤の街でこの島の噂、聞いたんでしょ?それに港の看板も。この島の連中はみんな、余所者はこの島に足を踏み入れて欲しく無いの」
「でも年々魚の漁獲量だって落ちてるし、どの畑も痩せ始めてる。外との交流は必要だって思うんだけどねー」
薄らと、どことなく吐き捨てるような口調のニナはともかく、サフィアは悔しげに唇を尖らせた。
「まぁ、若い世代の君たちが変えていけば良い話なんじゃ無いか?そのための一環なんだろう?今回のイベントって言うのは」
ローランドが不敵に笑いながら懐から招待状を取り出した。
「この島特有の祭りを観光用に新しくリニューアルしたんだろう?一体どんな祭りなんだ?」
「ワバハリ島、首狩り祭りです」
「うん。うん?」
「首狩り祭りです」
「………帰りましょうよローランドさん」
いきなり聞こえてきた残酷な名前に、まずヤマトもローランドも言葉を失った。というかそもそも観光客を呼ぶつもりなのに首狩り祭りって名前を変えなかったのだろうか。
ヤマトが露骨にローランドの袖を引っ張るものの、ローランドは顔を引き攣らせながらもそれを振り払った。
「ダメだ。ここで逃げ出したらチケット代は自腹で帰ってもらうかなら」
「脅しですか。訴えますよ」
今この場でローランドを訴えたら勝てると思うヤマトだったが、残念ながらこの場に他の憲兵も居ないし訴えを聞いてくれる裁判官も居ない。
ヤマトがローランドにはバレない様に書面を残しておくか、と密かに決心していると、お茶を飲み干したサフィアが立ち上がる。
「じゃあ私は夜の祭りの準備を手伝って来るわ。キリシャとニナでお客様に島を案内してあげて」
「ハイハイ。頑張ってねー」
フラリと奥の部屋に引っ込んでいたサフィアがラフな格好に着替えて戻ってくる。長い髪をポニーテールに結い、露出も多めの服装に思わずヤマトとローランドの視線が集中してしまった。
不意に咳払いする音が聞こえて背筋を伸ばすヤマトとローランド。ニナの冷たい眼差しが二人を睨みすえていた。
「あんまりサフィアに色目使わないでくれるかしら?私たち三人、こう見えても島のアイドルなんだから」
「こう見えてもって何よニナ。正真正銘島のアイドルよ私たち」
「島のアイドルはこんな廃教会で敗残兵ごっこなんてしないでしょ」
「敗残兵じゃなくて、観光協会!!」
ムキになって噛みつくキリシャをあしらうニナ。そんな二人の光景を見て、ヤマトは一体なぜキリシャは殺される、なんてぶっそうな手紙を送って来たのか不思議でならなかった。
「首狩り祭りはこの島で百年以上続いている伝統の祭りなんです。その由来は昔、この島が凶悪な海賊たちに占領されてしまった事件がきっかけだと聞いています」
キリシャとニナに案内されて廃教会を出たヤマトとローランドは、まず村を案内された。が、特に名産品を売っているショップがあるわけでもなく、更に言うなら村に足を踏み入れた瞬間に村人たちが一斉に家に閉じこもってしまったのでは挨拶もくそもない。
全力の拒絶を背中に浴びつつ村を後にし、案内されたのは港から正反対の位置にある海岸だった。潮の満ち引きで僅かしかない砂浜も海に沈み、島民たちが建てたらしい桟橋が暗い洞窟へと延びていた。
「この島の領主様、ゾーラン侯爵閣下のご先祖様は島を守るために命がけで立ち向かいましたが、あえなく敗北。海賊達によって妻や娘と一緒にあの洞窟に閉じ込められてしまいました」
どことなく芝居がかった喋り方で首狩り祭りの由来となった伝説を語るキリシャ。実際に起きた事件かどうかはおいておいて、あの洞窟に閉じ込められたとなれば相当精神的に堪えそうだと思うくらいには不気味で真っ暗な洞窟だった。
「島民たちは奴隷にされ、島の作物は根こそぎ奪われ、島は一夜にしてこの世の地獄と化しました。その悲鳴は洞窟に閉じ込められた当時のゾーラン閣下にも聞こえていました。そして閣下は願ったのです。神よ、願わくば海賊たちを撃ち滅ぼす力をこの私に、と。その為ならどんな代償も支払います、と」
ほかに言い方もなかったのかもしれないが、そこでどんな代償でもと神様相手に言ってしまうのは早まりすぎではないかとヤマトは思った。しかし神話や伝説相手にツッコミを一々入れるのも野暮だろうとグッと堪えた。
「すると途端に海が荒れ、空から雷が降りしきり、島はとてつもない嵐に見舞われました。風にあおられてへし折れた木々が、降り注ぐ雷が、押し寄せる荒波が、海賊たちだけを襲ったのです。嵐が過ぎ去った後、海賊たちから生き延びた島民たちは死に絶えた海賊たちを目撃するのです。しかし、その代償として………洞窟の中に居たゾーラン侯爵閣下の目の前で、荒波に乗って飛んできた木片によって閣下の妻と娘は首を落とされてしまっていたのです。生き延びたゾーラン侯爵閣下は怒り嘆き、海賊たちの死骸の全ての首を落としました」
思っていた以上に血生臭い伝説、と言うかそれこそ新聞に載っていてもおかしくないくらいの具体的な事件だった。ヤマトもローランドも顔を青ざめさせて洞窟から思わず一歩後ずさるが、ニナは心底面白そうな顔をしてそんな二人の背中を押す。
「それ以来、島では何か凶兆が起きるたびに生贄を選んで首を落とし、あの洞窟の奥へ捧げるようになったのよ。素敵な話でしょ?」
「ど、どこが………?」
「ま、まさか!今も本当に首を………?」
「だったら、どうするの?」
二人の耳元で心の底まで冷えつくような声音で囁くニナ。ヤマトもローランドも恐怖で震えが止まらなくなるが、キリシャが溜息を吐きながらポカ、とニナの頭を叩いた。
「そんな訳ないでしょ!今は生贄ポジションが一人で洞窟に潜って、中に人形の首を置いてくるの。度胸試しに近い側面があるから、その辺りを何か観光客向けのサービスに出来たらって………」
「な、なるほどぉー………」
「僕の故郷では、暗い建物の中に怪物やお化けを模した仕掛けを施したお化け屋敷って度胸試しがありましてね。なるほど、そう言うことなら流行りそうだ」
「でしょう!当代のゾーラン侯爵閣下にはもう許可は貰っているし、あとは島の大人たちの賛同さえ貰えたら、すぐにでも観光客を呼び込めるわ!!」
キリシャ達は結構本気らしいが、果たしてあそこまで島民達の協力無しでどこまでやれるか。ヤマトが不安に思うことでは無いかもしれないが。
「………それで、いつ彼女に聞くんです?」
洞窟の視察を終えて、観光協会本部のキッチンでお茶を飲みながら手紙を読み返す。キリシャ達は全員外出しており、ヤマトとローランドの二人だけだった。
「キリシャと二人の時に話したいんだが、いかんせんサフィアさんとニナさんのどちらかが常に一緒に居たからなぁ」
「………考えたくは無いですけど、どちらかが犯人の可能性もありますからね」
「島の人達の可能性が高いとは思うんですけどねぇ。もしも殺されると言うのが本当なら、キリシャさんと僕がローランドさんが付いていてあげるのが一番なんですけど」
殺人事件が起きる可能性があるなら、事前に阻止したいのはヤマトもローランドも同じ。ターゲットも分かっているのなら余計になんとかしたい。
しかしここまで何か起きそうな予感ばかりでは動こうにも動けない。
「首狩り祭りの前に話せればなぁ」
ローランドとヤマトのその願いが通じることはなく、後々二人はこの時無理にでもキリシャの元へ向かわなかった事を後悔する事になる。
その夜。首狩り祭りの第一夜が始まり、島民達は全員で海岸沿いの広場に集まっていた。海賊役の島民達が洞窟の周りで踊り、ヤマト達は初めて見るが当代のゾーラン侯爵がお立ち台に立ってそれを眺めていた。
「アレは当時のゾーラン侯爵が海賊達に人質を取られた時のシチュエーションを再現しているらしいです」
「わざわざ人質を取ってるぞって見せ付けてる訳だ。当時の海賊達の性格の悪さが目に見えるな」
サフィアの解説を聞きながら、ローランドが炙りスルメを齧る。それなりに祭りを楽しんでいる姿にちょっと引くヤマト。
キリシャはニナや他の人質役と一緒に待機しており、全員で人形の首を落としている。一応ヤマトとローランドも特別枠として人形を渡されており、首を落とすナイフが回ってくるのを待っていた。
「その、首狩り祭りで本当に死人が出ることってあるのかな?」
「無い無い。そりゃ、滑って怪我した人は居るけどね」
「ならいいんだけどねぇ」
やがて祭りの舞台は海辺の洞窟の前に移動し、人質役が一人、また一人と人形の首を持って洞窟に入っては戻ってくる。
洞窟に入って戻ってくるまでは一人当たり大体五分程度。観光協会三人娘の最初にサフィアだった。ヤマトとローランドの隣にはニナとキリシャが。
「そう言えば、この島ってあんまり若い人居ないんですね」
「中々島民達に会えないから分からなかったな」
「みんな余所者の前に出てこないからね。そんな風に島の中で固まって暮らしてきたせいで、十代なんて観光協会の私たちだけよ」
この世界では既に成人している為か、普通に島の特産ワバハリ芋焼酎を飲みながらカラカラと笑うニナ。彼女の言う通り、島にいる殆どが中年か、二十代もそこそこと言った年代だった。
これでは遠からずこの島だけではやっていけなくなるのは目に見えている。キリシャ達が観光協会を作ってなんとかしようと思うのは当たり前だ。
「終わったー!私は流石に慣れてるしねー」
「なら次は私ね」
両手を振りながらサフィアが戻ってきた。次はニナだ。人形の首を持って洞窟へと歩いていく後ろ姿を見送ると、サフィアがニナの座っていたベンチに座る。そしてワバハリ芋焼酎の瓶がある事に気づいて近くのゴミ捨て樽に捨てた。
「実際のところ、夜のあの洞窟ってどうなんですか?暗くて見えないとか、滑り易いとか」
「うーん。今年は潮の関係でちょっと滑り易いけど、ちゃんと明かりもあるから滅多に事故なんか起きないかな」
「うーむ。物騒な名前からは想像出来んが、安全性は確保されていると言うことか」
「じゃなきゃ観光客呼ぼうなんて思わないでしょ」
サフィアは僅かに濡れた靴底を見せ、朗らかに笑う。季節柄や潮の満ち引き次第ではもっと濡れることもあるのかもしれない。
満月の明かりが洞窟を照らし、やがてニナが戻ってきた。次はキリシャの番だ。
「キリシャが終わったら私の番だな。待っているよ」
「………ええ。すぐに戻るわ」
微かに不安げな顔を見せるキリシャ。ローランドも、ヤマトも何故そんな顔をするのか分からず困惑する。ひょっとして、恐喝の件かと思ったが、首狩り祭りの洞窟には一度に一人しか入れない決まりだ。祭りが始まってからずっと洞窟の中で誰かが待機していない限りは大丈夫な筈。
「僕が着いていきましょうか?」
「いえ、大丈夫よ。それに一人で行くのがルールだもの」
ヤマトの誘いを振り切り、キリシャは洞窟に入っていく。何となく不安は残るが、なんともならない。
「ちょっとサフィア。ここにあった瓶は?」
「捨てたわ。空だったし」
「空じゃないわよ。まだ中身あったのに。全くもう、新しいの貰ってくるわ」
その時、ニナが珍しく本気で怒った様子で立ち上がった。さっきの芋焼酎が無くなったのが相当気に入らなかったらしい。
「彼女、お酒好きなんですか?」
「そうよ。うら若き乙女のくせして、年がら年中あの芋焼酎飲んでるの。辞めろって何度も何度も言ってるのに」
イライラした様子のサフィアが腕を組んで舌打ちしたその瞬間だった。
カラーン、カラーン、と鐘の音が島中に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「この鐘の音は…………」
サフィアの顔色が変わり、周りの島民達も一斉にお喋りを辞めて沈黙する。中にはその場で崩れ落ち、祈りを捧げるお年寄りも居た。
「サフィアさん。何か、あるんですか?」
「…………この鐘の音は、観光協会本部の鐘の音です。だけど、あそこは今は無人のはず………」
「不審者が入り込んだ?」
「しまった。汽車のチケットはあそこに置いてあるんだった」
「………一度戻りましょう」
流石に白の街までの汽車のチケットを盗まれたら、ギルド再開までに戻れない。サフィア共々慌てて観光協会本部へと戻り、ローランドがチケットを確認する。
「良かった。あった」
「サフィアさん。上の鐘を鳴らすにはどうすれば?」
しかしヤマトはチケットでは無く、鳴り出した鐘の音の方に関心が行っていた。
「え、ええと。元々はここから紐を引っ張る形でしたけど、今はもう千切れてしまっていますので、直接ハンマーで叩いて鳴らさないと」
「なら、上に上がる階段が梯子は?」
「あちらです」
サフィアに誘われて屋根裏部屋への梯子に向かうヤマト。しかし登ろうとして気づいた。埃が溜まっていて、最近これを使われた形跡が無い。
しかしとりあえずは登って確かめなければと屋根裏部屋に登ると、案の定埃まみれで誰かが入った形跡が無い。窓のすぐそばにある鐘だけがまだ微かに動いており、ヤマトはその鐘を触って調べてみるが、パッと見では何かしらの細工は確認出来なかった。
「ひょっとして、窓から何かが飛び込んできたんじゃないでしょうか?」
「だとしても、島中に響く程の音は鳴りませんよ。それに何故、あのタイミングで…………」
そこで、ヤマトは気づいた。
「ろ、ローランドさん!!れ、例の手紙!!」
「…………!!!」
この時、ヤマトもローランドも自分自身の迂闊さを心の底から恥じた。叶う事なら5分前の自分を殺してやりたいと思うほどだ。
全速力で観光協会本部を飛び出して海岸に戻り、待っていたニナが物憂げに夜空を見上げているのを背中から声をかけた。
「に、ニナさん、キリシャさんは!?」
「………まだよ」
「まだ!?ええい、緊急事態だ!!行くぞ!!」
ヤマトとローランドは人形の首も待たずに洞窟へと飛び込んでいった。島民達のブーイングが背中に聞こえたが、気にしていられない。
洞窟の中は明るく、島民達が作った木製の足場は多少は滑るが問題なく走ることが出来た。
息を切らして走って1番奥まで辿り着き、そして二人は見た。
「そんな…………」
首だけの人形達の山の一番上。生気を失った虚な目をキリシャの首から上だけが、二人を見つめ返していた。
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