冒険者パーティでは良くある話 第五話

 ある朝。ギルドに顔を出したイワンとアーミャは、このところここでは中々顔を合わせられなかったミアンとリサの二人と出会した。


「ミアンさん、リサさん。ここで会えるなんて。もしかして疑いは晴れたんですか?」

「ああ」

「当然。女だからって一方的に疑われてただけだし」

「そりゃそうさ。君たちの事を少しでも知っていれば、ハタを殺す理由なんてない事くらい誰だって分かる」


 パーティは解散したとは言え、顔馴染みがようやく堂々とギルドに顔を出せる様になったともなればイワンも少しは嬉しいと言う物。しかし不意に心の中に宿った、容疑者が減ってしまったと言う黒い思考はアーミャには悟らせまいと決して表には出さなかった。


「だけど、向こうが諦めた理由は何だろうな」

「それなんだが、どうやら現場とアイツの死体から………何かの破片が見つかったらしいんだ」

「破片?破片って、なんの?」

「そこまでは聞いてない。だけど、強い力で殴られたのが原因なら、女の手じゃ無理だって」


 そうなのか、と口でだけでは興味深そうな声を出すイワン。だがそれでも胸の奥では不安が渦巻いていたが、表には出さない為に奥歯を噛み締めた。


 まさか、あの冒険者落ちだけならともかく、憲兵や貴族警察までもが水瓶に目を付けたのか?だとするなら正直言って非常に不味い。しかし証拠の水瓶が見つからない限りは大丈夫な筈。まだ、まだ大丈夫だ。


「昼のクエスト張り出しですよー」


 その時、マヤの快活な声がギルド中に聞こえて来た。クエストは毎日朝、昼、夕の三回掲示板に張り出される。しかし今はまだ昼前で、クエスト張り出しにはちょっと早い。クエストの整理がスムーズに進んでいれば珍しい訳ではないが。


「復帰早々ラッキーだったな。ふむ。ならこのゴブリン退治とやらを貰おうか」

「私はこの山賊団の偵察」


 クエストをざっと見渡し、成功報酬の高い順に見繕ったミアンとリサが受付に向かって行く。


「兄さん。どのクエストを受けようか」

「僧侶と召喚士じゃあ、受けられるクエストに限られるからなぁ」


 後方支援型の僧侶と召喚士の二人パーティでは、切った張ったのクエストは受けづらい。早い所、後衛が不足したあるどこかのパーティに入れて貰わないと色々と厳しいのは事実だ。


 とりあえずは後方支援型でも受けられる、簡単なクエストの数をこなして糊口を凌ぐしかない。


「兄さん、やっぱり収集系のクエストを幾つか受けるしかないわね」

「二人でそれぞれ二つか三つ。毎日こなしていけば………」


 その時、不意にヤマトはある一枚のクエストに目を奪われた。


『回収クエスト 

 依頼主   黒猫亭及び憲兵 

 回収対象  水瓶

 特徴    飾りに破損あり。白の街及び地区全域が捜索範囲

 報酬    時価』


 心臓が止まるかと思った。明らかにあの水瓶を探せと言うクエストだ。まさか憲兵が冒険者に探させるとは思わなかったが、それくらい必死に探しているという事だ。そして何より、確実に水瓶が凶器だと確信していると言う事だ。


(不味い。このクエスト、絶対に俺が受けなきゃ。アーミャにも、誰にも見つけさせる訳には行かない。俺が見つけて、凶器を今度こそ確実に消さないと)

「アーミャ。俺はコイツを受けるよ」

「報酬が時価って………まぁ、憲兵さんならケチったりしないよね。じゃあ私はコレとコレ」


 アーミャが受けたクエストの中身なんか気にならないくらい、今のイワンは必死だった。まずはあの小屋の近くの川を漁り、それでも見つからなければ最悪川を下って探しにいかなければ。


「クエスト受注しました。水瓶回収ですね。期限は一週間ですので、慌てなくても大丈夫ですよ」


 マヤの柔らかい笑顔もそこそこに、ギルドを飛び出した。行先は勿論あの小屋だ。街を出て街道を半ば走る様にして小屋に向かう。すれ違う冒険者や街の人たちからの猜疑の視線が、まるで殺人犯と疑われているのではないか、と言う恐怖が頭を支配していた。


 目標の小屋を通り過ぎて川に足を踏み入れる。川の勢いはあの夜の濁流からは考えられないくらい穏やかで、余り危険は無さそうだった。


 川の水の冷たさに顔を顰めながら水底を手で漁り、泥で水が汚れて行くのを見ながら手探りで水瓶を探して行く。そして、あった。


「水瓶………!!」


 硬い物に手が当たり、引き上げる。泥に塗れた水瓶を持ち上げ、川の水で洗う。ヒビの入った水瓶は、猫の飾りが半分に割れていた。


「間違いない、これだ。よし………」

「何故それで間違いない、と?」

「っ!?」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その手に水瓶を持ち、ヤマトが小屋から出て来たのだ。


「アンタ、なんだってここに!?」

「そりゃ、あなたが受けたクエストは僕がマヤさんに頼んで作って貰った偽物の依頼ですから」

「は………?」

「ま、ローランドさん達憲兵が水瓶に疑いを向けたのは本当の事ですけどね。とりあえず上がってきてくださいよ。火はもう付けてますから」


 ヤマトはニコニコ笑いながら水瓶を弄び、小屋を指差す。イワンにはこのまま逃げると言う選択肢もあったが、逆らうことは出来なかった。


 小屋の焚き火の前に立ち、イワンの持っている水瓶とヤマトの水瓶が並んで置かれていた。


「クエスト達成おめでとうございます。とりあえず水瓶が本物か確かめさせてもらいますよ」

「なんだよ、その小芝居。大体偽のクエストなんだろ?」

「ですが憲兵さん達が今回の事件の凶器の水瓶を探しているのは事実です。貴方もそれを聞いているんでしょう?」

「………俺には関係ないね」

「しかし貴方はその凶器を探すクエストを受注なされた。そもそも飾りに破損している、程度の特徴しか伝わっていないのに、まず真っ先にここに来て見つけられた。流石です」


 自分が持ってきた方の水瓶と、イワンが見つけた水瓶を交互に突きながら笑うヤマト。イワンは内心では生きた心地はしないが、最悪の場合は力ずくで逃げ出すことも考えていた。が、武器の短剣に手を伸ばそうとするたびにヤマトは薄らと笑っていた。


「単に当てずっぽうが当たっただけですよ」

「ですが貴方はコレが本物だと言う確証がおありだ。貴方は先程間違い、とハッキリ仰いましたからね」

「………」


 言葉尻を一々、と内心では奥歯を噛み締めて怒りを抑えるイワン。しかしヤマトは目を細めてみたかった方の水瓶を持ち上げて見せる。


「何故コレが探している本物だと?」

「………当たり前じゃないか。俺が泊まっていた部屋にあった水瓶だ。思い出したんだよ」

「思い出した、ねぇ。でも実はコレ、僕が買った偽物の水瓶なんですよ」

「え?」

「憲兵さんの方が見つけた水瓶の飾り。それとピッタリ合う水瓶は、僕がもっと下流で見つけてきました。指紋も検出されました。あなたが指紋を提出してくれれば、多分合致するでしょうね」


 そう言ってヤマトは水瓶を差し出す。コレが本物だという事だろうか。顔を青ざめさせながらも水瓶を見るが、やがてイワンは何かに気づいて笑い出した。


「何か?」

「ヤマトさん。どうもアンタ、俺を嵌めようったってそうはいかないな」

「どう言う意味で?」

「とぼけんなよ。この水瓶、偽物じゃねえか!」


 ヤマトが持ってきた水瓶を殴りつけるイワン。ヤマトは表情を一切変えずにそれを見つめていたが、イワンは勝ち誇った顔で睨みつける。


「水瓶の飾りが犬じゃねえか!!俺はちゃんと現場の水瓶を見てるんだよ!!飾りは猫だった!!それを俺を犯人呼ばわりするためだけにわざわざ用意してくれちゃってさぁ!!」


 しかし、ヤマトは無言で懐から何かを取り出してイワンに差し出した。それはギザギザした飾りの破片。イワンが何の意味があるかわからず、ただただ困惑するばかり。だがヤマトはギザギザしたその破片を水瓶の猫の首の辺りに当てはめた。すると、猫は立髪が付いたことで猫から獅子に変わった。


「現場の部屋の水瓶の飾りは猫じゃありません。女将が記録していたんですがね。あの部屋に置いてあった水瓶の飾りは、獅子だったんです」

「え?」

「水瓶のバリエーションを増やしたくて、猫の飾りにこのギザギザ付けて獅子の飾りの水瓶にしていたんだそうです。犯人がハタさんを水瓶で殴り殺したあの夜、殴った拍子に獅子の立髪の飾りが外れてしまった。その結果、獅子の飾りは猫の飾りに変わった。あの部屋の水瓶の飾りが猫だと思っているのは、ハタさんを殺した犯人しか居ないんですよ」

「………」


 言葉もなく、ただただ顔を青ざめさせるイワン。ヤマトは真顔でそんなイワンの顔を覗き込む。


「改めてお伺いします。あの部屋にあった水瓶の飾りは………なんでしたか?」


 幾許かの沈黙。イワンは額から脂汗を流し、やがて唇を噛み締めながら絞り出す様に答えた。


「………私が見た時は、既に猫でした」

「成程。自白と受け取って構いませんね?」

「はい」


 いきなり真顔を満面の笑顔に変え、ヤマトはイワンから視線を外して背中を向けた。今なら不意打ちでまた殺せるか、とも思ったイワンだったが、もう疲れ果ててそんな気力もない。


 そして何より、目の前にいる冒険者落ちと思っていた男を敵に回してしまったと言う事実が、笑ってしまうほど無謀だったと分からされてしまった。マヤと言う受付嬢の言う通り、より経験豊富な先輩冒険者を侮る物ではなかったか。


「一つ教えて欲しい。いつから俺を疑っていたんだ?」

「まぁ、最初からです」

「意外と早いな。理由は?」

「元々、水瓶が無くなっていた事には気づいていました。ですが憲兵のローランドさん達は女性関係のトラブルと疑って掛かっていました。その上で殺される理由を聞かれた貴方は、女性関係ではなく物取りの仕業、と断言しました。そこに違和感を感じまして」

「何故です?冒険者の寝床を襲う物取りなんて珍しくないでしょう?」

「ええ。ですがね、物取りがターゲットに選ぶなら隣に貴族のミアンさんも居る部屋があるじゃないですか。しかも事件当時は無人の部屋です。物取りはそんな格好の餌を無視して人のいる部屋に入りません。ギルドで出すガイドブックを読んでいる貴方がそれを知らない筈が無いじゃないですか」


 そう言って懐からガイドブックを取り出すヤマト。イワンはあぁ、と納得した様な顔でそのガイドブックを受け取ると、パラパラと中身を読み出した。


「ハタの奴、こう言うのを読んだ方が良いって何度も忠告したんだけど聞かなくて。パーティには一人、こう言うのを把握している奴が居た方が良いんだよ」

「ええ。結構苦労して描いたんですよ、これ」

「貴方が作ったんですか?」

「ギルドのみんなで毎週新しく作ってるんです」

「成程。仲間内のチームワークがいいんだな。俺とハタはそうはいかなかったが………」

「ひょっとして、あなた方二人の間でトラブルが?」

「そんなところです。元々、ハタはあちこちの街で新しく女を引っ掛けてパーティを増やしていた。自由奔放で、気持ちに正直な奴だったからかな。ミアンにリサにアーミャ、みんなアイツに惚れてたんだ。アーミャの兄として、アーミャが不幸になるのだけは許せなかった。なのに、アイツは俺をパーティから追放しようとしたんだ。色々言ってたが、パーティに自分に惚れた女以外が居るのが嫌だったんだろうか」

「本人の本当の気持ちは今更分かりっこありませんね。殺人ってのはそういうことです」

「ええ。本当に、今更ですよ。ヤマトさん………実はね。俺もアイツに惚れてパーティ入りした口だったんですよ。今となっちゃ、どうでも良い話ですけどね」


 微かに驚いた顔を見せるヤマト。隠していた本音を吐き出せて清々しい顔のイワンだったが、やがてヤマトは元の笑顔に戻った。


「じゃ、憲兵詰所に行きましょうか」

「ひょっとして、自首扱いになるのかな?」

「さぁ?」


 最後の最後に一気に他人事みたいな口調になるヤマトに、思わずイワンは唇を尖らせたのだった。

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