冒険者パーティではよくある話 第四話

「届出書類を確認しました。これで正式にパーティ解散ですね」


 殺人事件から四日。イワンは一人でギルド受付にやって来て居た。ミアンにリサ、そしてアーミャの三人の署名が書かれたパーティ解散届をギルドに提出しに来たのだ。


 三人も一緒に行こうかと聞いて来たが、イワンは断った。プライドとかでは無く、たかが解散届提出に全員で行くことも無いだろうと言う判断だった。


「ああ、イワンさん。もしかしてクエスト受注ですか?」


 その時、不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ヤマトさんか。別に、大した用事じゃない」

「ああパーティ解散届かぁ………失礼しました」

「おい、何を同情するような目で見てくるんだ?」

「珍しい話ではないですからねぇ。このお仕事してると。僕も幾らか経験が………あいたたた。古傷が………」


 ワザとらしく右手をさするヤマトに、白けた顔でイワンが腕を組む。その後ろでマヤが眉間に皺を寄せるが、気にせずヤマトがまぁそれはともかく、と呟きつつイワンの側に寄る。


「憲兵さん達が中々調べてくれないもので、黒猫亭さんの水瓶を調べてるんです。盗まれる前に最後に水瓶を見たイワンさんの話を改めて聞かせてほしいんですよ」

「水瓶なら知らんって前も言っただろ。大体、珍しい話じゃないんだろ?物取り紛いの三流冒険者なんて」

「ええ。本当に残念なんですけど、居るんですよねぇ。あぁ、貴方は違うって分かってるから大丈夫ですよ。ただ水瓶の行方に一番近いところにいるのは確かなので」

「だから知らないって。どんな水瓶かも覚えてないんだから」

「そうですか?黒猫亭の水瓶って結構特徴的じゃないですか。予算ケチって安物置いてる癖に」

「いや、知らない」

「あんなデカデカと飾りなんか付けるせいで、直ぐに取れるって評判悪いんですよ。もしかしたら事件現場に落ちてるかも」

「え?」


 その時、初めてイワンの顔色が変わった。飾りが直ぐに取れる?でもハタを殴った時はそんな気配は無かった筈。だけど気がそれなりに動転していたし、何よりわざわざ確かめたりはしていない。


 もし、もしも。あの時ハタを殴った拍子にあの猫の飾りが取れていたら。あの時で無くても、道端に血のついた飾りが落ちていたら。いや、でもあの雨だ。道端に落ちていたとしても血は全部洗い流されている筈。


 大丈夫、まだ大丈夫だ。所詮調べているのは冒険者落ちのこの男だけ。憲兵や貴族警察が気が付かないうちは問題ない。事件現場に残っていない限りはまだ慌てる状況じゃない。自分にそう言い聞かせて落ち着かせるイワンだが、知ってか知らずかヤマトは鼻唄まじりにイワンの周囲をグルグルと回る。その様子にイワンが苛立っていると、どこまで分かっているのか。


「ま、イワンさんも身に覚えがあったら教えて下さいね。飾りの外れた水瓶。じゃ、僕は休憩小屋の整備して来ますから」


 とっとと行け、と言うイワンの視線をモノともせずに悠々自適にギルドを出て行くヤマト。


「アイツ、なんなんだよ一体………!!」

「ふふふ。昔は結構名の知られた冒険者だったんですよ?」

「そうなのか?でも、所詮は冒険者落ちだろ?」

「………その言い方はちょっと」


 やや白い目、と言うか敵意に近い目をマヤに向けられて思わず怯むイワン。ギルドの受付に睨まれる、と言う経験は正直言って初めてだった。と言うかなんでこんな美人のギルド受付嬢が、あそこまで冒険者落ちの事を熱っぽい視線で見つめているのかも理解し難かった。


 しかしギルド受付嬢に嫌われては今後の仕事に支障が出てしまう。その一心ですみません、と口でだけは謝っておく。マヤは微かに口元を書類で隠して怒りを抑えた。


「冒険者落ちだなんて。ヤマトさんは引退こそしてますが、レベルは今でも大体90くらいです。武器無しの素手でだってこの街の冒険者なんか一捻りですからね」

「は?なんだってそんな強いのに?」

「そこはまぁ、色々と。それに貴方は冒険者。先輩冒険者の経験を甘く見ては行けません」

「………はい」

「成功失敗、全部含めて経験です。人の道さえ踏み外さなければ、きっと貴方だっていつかは次の世代の冒険者の為に働く日が来ます。その時、事情も知らない後輩に冒険者落ちだなんて呼ばれたくはないでしょう?」

「………そうですね。反省します」

「それなら良いですけど」


 半ば逃げるようにギルドを後にするイワン。その思考回路は、何故ここまであんな冒険者落ちが慕われているのか分からないと言う事だけだった。



「ホント、アンタん所の冒険者どもはいい加減にして欲しいね。殺人事件に窃盗。挙げ句の果ては金も払わず盗み食い多発。宿屋の使い方の講習会でも開いたらどうだい?」

「いやー。開いても多分来ない連中がやってると思うんですよねー」

「そんな事は分かってるよ!言ってみただけさ」


 場所は変わって黒猫亭。小屋の整備と言って出て行ったヤマトだが、実際には黒猫亭の現場に戻って来ていた。


 現場となった部屋はまだ憲兵と貴族警察が封鎖していて、幾らギルド関係者といえど入り込めない。しかし黒猫亭も営業再開していて、冒険者達も殺人事件が起きた部屋があるからと言って別の宿を使うような柔な奴はいない。それどころか泊まってやるから安くしろ、と言い出す輩まで居るくらいだ。


「それで、今度は何を盗まれたんです?」

「まぁ盗まれた物リストなんて毎日新しく作ってるよ。帳簿はしっかりつけてるからね」

「感謝します。出来る限り、犯人は見つけて来ますんで」

「頼むよホント。で、アンタが見たいのは事件当日の帳簿だろ?」

「流石は女将。分かってくれますか」

「野次馬感情は分かるけど、あんまり余計な首つっこないほうがいいと思うけどね」

「まぁ、そこは確かに」


 そう言いつつも帳簿を調べて行くヤマト。殺人事件事件当日にこの宿から無くなった物リストを調べると、案の定水瓶が一つ無くなっている。憲兵が持って行った物リストにも水瓶は無く、またそれ以外には事件現場の部屋から無くなった物は無い。


 そしてもう一つ。油と料理酒が厨房から消えていた。これらは基本的には料金さえ払えば自由に使って良いとなっているのだが、使用料を払った客が居ないのに丸々無くなっているのだ。


 憲兵はこれを、犯人がハタの体を燃やすのに使ったと判断した。これに間違いは無いだろう。恐らくイワンは夜の寝静まった頃に厨房に忍び込み、油と料理酒を盗み出したのだ。


 遺体を可能な限り燃やし、また逃走時間を稼ぐ為に時間差で燃えるように油などで炎の通り道を作って火のついた薪が何かを放置しておく。上手く行けば良いくらいの簡単なトリックだが、誰でも出来るのでそこから足取りは掴めないだろう。


 ここはやはり、罠にかけるしか無い。仕掛けるタイミングや罠の種類等はある程度決めているが、確実性は高めておかないと。


「女将さん。例の水瓶、見せてもらえる?」

「表のアイテムショップで売ってるよ」

「ここで使ってる奴じゃなきゃ意味ないよ」

「だったら、盗まれた水瓶の代わりを買って来てくれな。三部屋分の水瓶が無くなってるんだ。ギルドで弁償してくれよ」

「参ったなぁ………マヤさんに怒られちゃうよ」


 勝手にギルド名義で買い物すれば、流石に優しいマヤでも許してはくれないだろう。表に出て露天のアイテムショップに顔を出すと、流石に生活必需品とは言えそれなりに値が張る水瓶しか売っていない。ヤマトは頭を掻きながら自分の財布の中身を確認して、やむを得ず領収書にギルドの名前を書いた。


「黒猫亭の女将さんが買ってる水瓶だけどさ。三つばかしくれないかい?」

「ギルドも大変だなぁ。けど、あっこの女将は毎回違うの買って行くんだ。そん時に一番安いやつをな」

「へえ。じゃ、実は部屋ごとに水瓶の装飾は違うのかい?」

「そう言う事だ。ウチの水瓶は仕入れ先をコロコロ変えてるんでな」


 わざわざ仕入れ先をそんな頻度で変えるアイテムショップって言うのもどうかと思うのだが、それくらい水瓶の卸元は大量にあると言うことか。


 ほんの少しだけまた勉強になった途端、ヤマトの脳裏にある一つの仮説が浮かんだ。もしも上手く行けば、この事件を解決できるかも知れないある一つの仮説だ。


「すまないが、もっと売ってくれるかい?」

「そりゃまいど。でも良いのかい?アンタの金じゃないんだろ?」

「必要経費と言うやつです」



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えー、ここまで読んでくださった皆さん。恐らく二十代以上の読者の方は第一話目の時点で気づいていらっしゃると思いますが、この作品はドラマ『古畑任三郎』をモチーフにしてます。

異世界ものでミステリ、と言う作風で第一話目にインパクトを持たせようと思うと、倒叙的ミステリが一番手っ取り早かったんです。ま、肝心のミステリとしては微妙だったかもしれませんが。

とにかく、この事件の犯人はイワンです。科学捜査の概念すら薄いこの異世界で、犯罪の痕跡をひたすら隠すのは中々効果的だと言わざるを得ないでしょう。

ですが、犯罪者としてはやはり素人です。アマチュアです。皆さんも、余り気軽に犯罪に手を出さないようにお願いします。

それでは次回の解決編でお会いしましょう。探偵役のヤマトでした。

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