冒険者パーティではよくある事 第三話
冒険者ハタ殺人事件から三日。白の街は今日も平和そのものだった。殺人事件の当事者であるイワン達を除けばだが。
「また、呼び出し………疑われてる?」
「みたいね」
ギルドに借りた部屋で憲兵から届いた呼び出し状を読んだミアンが憤慨する。しかしリサもまた別の呼び出し状を片手に憮然とした顔を見せて居た。
「貴族警察、なんで?」
「多分憲兵がミアンを疑ったから、その当てつけみたいなものだろ」
貴族は昔から平民から嫌われ者だ。事件や事故の処理を行う憲兵達が平民出身者が多いせいで、公平な捜査がされない可能性があるとして創設されたのが貴族警察だ。しかしこちらもこちらで公平な捜査をしていると言うわけでは無く、と問題ばかり。
唯一アリバイを立証されたアーミャはともかく、憲兵に疑われているミアンと貴族警察に疑われているリサ、そしてその両方から微妙に疑われているイワン。
定期的に呼び出されるせいで彼らが冒険者家業を続けるにはちょっと厳しい状況が続いていた。
その時、トントンと部屋の扉がノックされた。どうぞ、とアーミャが声をかけると扉が開いてヤマトが姿を表した。
「あぁどうも皆さん。ご不便をお掛けしてます」
「一体どれだけ待たされるんだ?」
「憲兵も貴族警察も仕事ですから。それよりも皆さん、一度カードを確認させてもらえませんか?」
「なんでです?」
「一応、ギルドの上に出す報告書があるもので。お願いできますか?イワンさん」
「え?俺?」
「ええ。貴方です」
ニコニコと笑いながらそう言うヤマト。正直言って、ミアンとリサのカードを見せろと言われると思っていた為に意表を突かれた形だった。
「何故ですか?」
「憲兵も貴族警察も、貴方のカードの確認をして無い物でね。お二人のカードの情報はもうこちらに届いているんですが」
「あ、そっか………なら、私は?」
「あぁ、アーミャさんは大丈夫です。今日のところは、イワンさんだけで」
そう言うヤマトの目は柔和な目つきでイワンに手を差し出した。仕事なんで仕方ないんだよって顔を見せるヤマトにイワンは内心では首を傾げつつもカードを取り出す。
ありがとうございます、とだけ言ってカードを受け取ったヤマトが手早く必要なデータだけをメモしていく。一体何が必要なのかはイワンには判別出来なかったが。
「一体いつまで待たされるんだ。毎日毎日憲兵と貴族警察に呼び出されて、いい加減にして欲しいんだけどな」
「兄さん、でも犯人が見つかってないのに………」
「そうだ。私達の中に犯人が居るとは思って居ないが、少なくとも誰が犯人かは突き止めたい」
「同感。叶うなら仇打ちも」
ミアンとリサの目は、明らかに犯人への敵意と憎しみに満ちている。同じ相手に恋した恋敵ではあっても、アーミャと合わせて三人は愛する人を理不尽に殺された同志だった。
「流石にまた新しい殺人事件は勘弁してもらえると助かります。それよりもイワンさん、黒猫亭の女将から聞いて欲しいと言われた事がありまして」
「宿屋の女将から?なんです?」
「あの部屋の水瓶知りませんか?」
「えっ?」
「水瓶ですよ。水瓶。黒猫亭は全部屋に無料の水瓶をサービスで置いてるんです。それが事件の夜から無いんですよ」
掌の動きで水瓶の形を作るヤマト。イワンは一瞬視線を揺らがせて動揺するが、それを周囲に悟らせない様に冷静さを保ちながら答える。
「水瓶なんて知らないな。憲兵が持っていったんじゃ無いか?」
「いえ、憲兵は持っていって居ないそうです。勝手に持っていっちゃう手癖の悪い迷惑冒険者がたまに居るから、女将は管理をしっかりしてるんですよ。で、あの事件の当日の夕方まではあったのを確認しているそうです」
「だけど、俺は知らない。物取りじゃないか?」
「可能性はありそうですねぇ。じゃ、その様に女将には伝えておきますよ」
一礼して部屋を出ようと扉の取っ手を握るヤマト。イワンがその背中にちょっとだけ安心したが、ヤマトは不意に扉を開ける手を止めた。
「わざわざあそこの水瓶だけを盗むなんて、バカな物取りですねぇ。言ったら悪いけど、黒猫亭の水瓶なんて安物中の安物なのに」
「そうなんですか?」
「ええ。もしかしたら、犯人が持って行っちゃったかもしれませんね」
ヤマトはそれだけ言い残して部屋を去っていく。イワンはその後ろ姿に何となく言いようのない不安を感じて居た。
だが、憲兵でも貴族警察でもないただの冒険者落ちが野次馬根性を出しているだけの事。捜査機関が見当違いな方向を調べている以上は大丈夫な筈。
「兄さん、これからどうしよう」
「どうもこうもないさ。この状況が落ち着き次第、次の街に………」
「それなんだが、私はこのパーティを抜けようと思う」
「ミアン?」
「私も、同じこと考えてた。ハタが居ないのに、いつまでもこのパーティで固まる意味は無い」
「リサ………」
イワンも予想はして居た。ミアン、リサ、そして何よりアーミャはハタへの恋心を抱いてパーティ入りした。そのハタが居なくなってしまえば、遠からずパーティは解散してしまうだろうと。
分かっては居ても、イワンは顔が強張るのを我慢できなかった。自分はハタの様にはなれないとわかっては居ても、ハタほどの魅力は無いと言い切られたのと同じだったからだ。
「兄さん、私は兄さんと一緒に旅を続けるつもりよ」
「分かってるさ。アーミャ」
ミアンとリサが部屋を出ていくのを見送ったアーミャがイワンの服の裾を握りしめた。その姿に心臓がかすかに高鳴るイワン。
ようやくだ。ようやく、アーミャがハタではなく俺を見てくれた。
アーミャの肩を抱きながら、イワンの胸の内にはドス黒い感情が渦巻いて居た。
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「全く、捜査をやり直した方が良いとは。ヤマト君、君がまさか探偵の真似事を始めたとは知らなかったな」
「別に探偵ごっこのつもりはありませんよ。ただ、この状況が続くとギルドとしても面倒なので」
ヤマトは街道をのんびりと散歩していた。その隣を歩くローランドはヤマトに対して苦虫を噛み潰した様な顔をして居て、ヤマトが言いたいことは既に理解はしていた。
「我々憲兵も、貴族警察も特定の容疑者を疑いの目で見過ぎていると言いたいんだろう?四日目にも関わらず、ミアンが殺したと言う証拠も見つかって居ないし本人の自供も無い。貴族警察もリサがやった証拠を見つけられて居ないとなると、他の容疑者に視線を向けるべきタイミングなのは理解できるよ」
「ええ。そこでコレです」
「ここは、冒険者用の休憩小屋かね?確か、イワンが使った小屋はここでは無いと思うんだが」
街から一番近い休憩小屋の扉を開けるヤマト。小屋の内装は大体同じなので、場所以外は気にする必要は無い。
さほど広くは無いワンルームで、中心に焚き火を燃やせる囲炉裏。その周囲には服などを乾かせる様に物干し竿が吊るされて居て、扉から一番遠くにはベッドが三台。毛布も予備がベッドの下に用意してある。この辺の管理もギルドの仕事だ。
「実は事件当日にこの小屋を利用して居た冒険者が居ましてね。話を聞いたところ、この夜の内にこの小屋に近寄ってきた人影があったそうです。あんな雨でしたから、助けを必要としていると思って招き入れようと扉を開けたら、なぜかその人影は既に街とは逆方向に走り去って居たそうです」
「それが、イワンだと?」
「確信はありません。ですがイワンが利用して居たと言う小屋は、ここから見て街から逆方向にあるんです」
「ふむ。確かに疑わしい不自然な動きだ。しかし証拠にはならないな。パーティメンバーなら動機には困らんだろうが、そうなると特定は難しいだろう」
そう言いながらもイワンが休んでいた小屋まで向かうと、ローランドも中をあらためて確認していく。ローランド達も、イワンを疑いはしているのだ。
「事件当日は大雨で、ギルドとしてはこの小屋は川に近いから使うなって告知してたんですよね。まぁ告知なんて見てない冒険者の方が多いんで関係ないですけど」
「だが知って居たなら、誰にも見られない絶好の隠れ家だな。それか絶好の隠し場所か」
「ええ。本当の死因は、部屋から無くなった水瓶による殴殺。イワンがそれをどこかに隠したか、捨てたか。その可能性は十分にあると思います」
恐らくだが、犯行そのものも突発的なものだったのだろう。念入りに計画した訳でも、下準備をして居た訳でもなさそうだ。
仮にイワンが犯人じゃなかったとしても、今回の犯人が徹底しているのは偏に痕跡を残さないことだ。頭部を中心に燃やして死因を隠し、凶器もどこかに隠している。多少の疑いも、犯行を証明できなければ疑いで終わってしまう。
風雨で目撃者も無いのであれば、もう凶器を見つけるか本人に自白させるしか無い。
「だがここはもう一度調べに来ている。水瓶か、もしくは被害者の頭をかち割った何かを隠しているとは思えんが」
「なら、川に捨てたとか?」
「川に?だが、当時は増水で川の流れは激しい。川に捨てられていたら間違いなく今頃ズタボロだ。限界を留めてなければ証拠能力は無いぞ」
「そもそも血とか付いてないと凶器と断定出来ませんしね。拭き取っても分かる血液反応とかこの世界には無いし」
かつて日本に居た頃、刑事ドラマでよく見た血液反応とか傷の生活反応とかみたいな便利な技術はこの世界には無い。せいぜい指紋が最近になってようやく発見されたくらいで、代わりになる技術なんて魔法の痕跡を辿る程度だ。
「ちょっと罠を仕掛けてみますかね。イワンに」
「何をする気だ?」
「まぁ、迷惑はかけないのでお気になさらず。あ、出来たらで良いんですけど、イワンを疑ってる事は三日ほど本人に気づかせないでもらえると嬉しいです」
「思いっきり探偵ごっこする気満々じゃあないか。全く………」
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