冒険者パーティではよくある話 第二話

 事件現場である黒猫亭が見えて来た。大勢の冒険者や街の人達が見物人としてごった返して居て、ヤマトはチリンチリンと自転車のベルを鳴らして見物人達を散らそうとする。


「ヤマトさん、来たんですか?」

「来たんですかって君ね。冒険者が街中で殺されちゃったらギルドが顔を出さないわけにいかないでしょうよ」


 この街に定住している冒険者の一人が声をかけて来たので、自転車を止めながら鬱陶しそうにそう答えるヤマト。


「やっぱり、また痴情のもつれ?」

「さぁねぇ。確率論で言うなら呼び出されると九割くらいはそれだけどね。君も気をつけておいた方がいいよ」

「女の子とパーティなんて組んだ事無いんですがそれは………」

「それも含めて自己責任って奴だよ。さ、どいたどいた」


 ギルドのバッヂを見せると、黒猫亭の入り口を封鎖して居た憲兵が一礼して扉を開ける。中に入れば黒猫亭の女将さんと憲兵が睨み合って居て、女将さんはヤマトを見るや否や額に青筋を走らせて駆け寄ってくる。


「まただよ!!またアンタの所の冒険者がウチで殺しだよ!!おまけにボヤ騒ぎで一部屋丸焼けじゃないか!!いい加減にしてくれよ!!」

「いやぁすみません。でも、ウチの冒険者で持ってる宿屋でしょ?」

「それとこれとは話が違うよ!!」


 お冠の女将さんを憲兵に任せて、ヤマトは現場の部屋に向かう。現場は一階の一番奥の部屋で、まだ微かに焦げ臭い匂いが残っている。


 憲兵から渡された手袋をはめ、ノックをして扉を開ける。中に入れば見慣れた黒猫亭の一般客用の部屋だが、暖炉を中心に炭化して焦げたカーペットや椅子などが目を引く。そして少し離れたところに、顔見知りの憲兵が布で覆われた人型のものを足元に苦い顔をしていた。


「どうも、ローランドさん」

「ヤマト君、まただよ。また冒険者だ」

「一週間前にこの街に来た、ハタって冒険者だと聞きました」

「パーティメンバーが言うにはそうらしい。だからギルドの君にカードの確認をお願いしたい。言っておくが、余り気持ちのいい物ではないから気をつけたまえよ」

「いつものこと、いつものこと………」


 そう言ってローランドは布を捲り上げ、ヤマトは思わず口元をハンカチで覆った。恐らく男らしき死体は、あちこちが燃えて黒焦げていた。首から上は一部が炭化しており、僅かに原型を留めてはいる。おまけに身体のあちこちも、炭化まではしていないが重度の火傷を負っている。


「ぅ…………相当念入りに燃やされましたね」

「相当な怒りを感じるよ。カードは?」


 冒険者と呼ばれる人間は、全員冒険者カードと言うモノを所持している。これは携帯する物では無く、各個人の魔力と一体化している為取り出せるのは本人か、その管理を行なっているギルドの人間だけだ。


 ヤマトはまだ比較的火傷の跡のない体の一部に手を触れ、ギルドの人間にだけ使える特殊な呪文を唱える。すると遺体の素肌から一枚のカードが生えて来た。


 死体になっても魔力そのものは暫くは残る。白骨化するくらい放置されていなければ、こうやってギルドの人間ならカードを取り出せるのだ。


「冒険者カード確認。ハタダ………ああ、本名か」

「もしかして、彼も転移者と言うやつか」

「彼も僕と同じ所から来たんですね」

「君は確か、本名はタカラダヤマトだったな」


 日本から転移して来た転移者は結構多い。そしてこの世界において、苗字を名乗るのは貴族だけなので転移者は簡略化した名前を名乗るのが普通なのだ。


「被害者はハタで確定だな。パーティメンバーは男で僧侶のイワン、イワンの妹のアーミャ。貴族出身の魔法使いのミアン。盗賊のリサだ」

「貴族出身の方に何かあると?」

「現場の指紋が消されて居た。指紋なんて最新技術、知っているほどの教養があるのは貴族くらいだろう。それに魔法使いだ」

「同じパーティメンバーなら話のネタにしててもおかしくはないですけどね」

「む………」


 ヤマトの言葉にローランドがムッとした顔で黙り込む。ローランドを始めとする憲兵達の多くは貴族階級が嫌いだ。貴族出身の冒険者が容疑者になると、とりあえず疑いたがるくらいには嫌いだ。


 余り死体に触れ続けるわけにいかず、その場から少し離れるヤマト。そして案の定気分を悪くしたので咄嗟に黒猫亭の部屋には常備されているはずの水瓶を探したが、無かった。まあ憲兵達が現場検証で持っていたのかもしれないし、何より死体のあった部屋の水なんか飲めるか、と言う話ではある。


「とにかく死体を鑑定に回せ。魔法痕が見つかれば良し、見つからなければ暖炉の火で燃やしたとして調書を書く」

「ここまで念入りだと死因が焼死じゃないかもしれませんねぇ」

「鑑定スキルでは死因までは分からんからな。とりあえずは魔法、もしくは動きを封じた上で燃やされた。これで調べていくしか無い」


 部屋の中をぐるぐる見渡し、不意に意外なものが目につく。ギルドで無料で配っているガイドブックだ。大雨の時に近寄らない方が良い場所のリストや、物取りに狙われ難い宿屋の選び方などが載っている。中々受け取ってくれないのがギルドとしては悩みの種だが、この被害者のハタが受け取っていた記憶はない。確か、隣に立っていた男が受け取っていた気がする。


「彼のパーティメンバーは?」

「容疑者なら隣の部屋だ。元々男女で別れて泊まってたらしい。今事情聴取を受けてる」

「ギルド代表として、同行できます?」

「許可しよう。こっちだ」


 例え出身が貴族であっても、冒険者たちは全員ギルドで身柄を預かっている身分だ。憲兵の厄介になればギルドとしては対応に動かざるを得ない。


「被害者のハタさんとは、パーティメンバーと言う以外ではどう言う関係でしたか?」

「………どう言う、関係?関係って………」

「……‥わからない。パーティメンバーってだけ」

「はい………」


 部屋に入ると、三者三様。紅、青、緑の髪の毛の美少女が暗い顔で俯いて居た。ヤマトは三人ともギルドで何度か顔を見ており、紅い髪が魔法使いのミアンで緑の髪が盗賊のリサ。そして青い髪の召喚士のアーミャだ。その兄のイワンは居ない。


「どうも、お疲れ様です」

「あ、ギルドの人………」

「この度はご愁傷様です」


 憲兵たちの邪魔は出来ないので、軽くあいさつに留めておいて部屋の隅っこに待機する。


「すまない!今戻った!!」

「兄さん!!」


 そのタイミングで部屋に青い髪の青年が駆け込んできた。アーミャの兄のイワンだ。


「イワンさんですね。鳩でお伝えした通り、貴方のパーティメンバーのハタさんが殺されました。申し訳ありませんが、貴方達全員が昨夜どこにいらっしゃったのかお聞かせ願えませんか?」

「………疑われているんですか?私たち」

「念の為さ。気にするなアーミャ」


 アーミャの震える声に、イワンが駆け寄って頭を撫でる。アーミャは少し安心したのか強ばった顔が微かにリラックスした。


「昨日は結構な雨だったから、ハタ以外はみんな黒猫亭に戻れなかった。私はミアンと地下水道に篭ってた」

「お二人で行動して居たのですか?」

「いいえ。ここの地下水道はそこまで危険ではありませんから、降りる所までは一緒でしたがその後は二手に分かれました」

「誰か他の冒険者と会いましたか?」

「会ってません。三時間ほど周回して、リサと合流した後は水道の入り口の小屋で朝まで寝ました」


 最初に口を開いたのはリサとミアンだった。しかし、これではアリバイは無しと判断されるだろう。


「私は、買い物の途中で雨が降って来たので修道院の方で雨宿りをさせてもらいました。修道士さん達に一晩泊めてもらって………」


 次に答えたのはアーミャだ。こちらはアリバイはあると判断出来るだろう。勿論、修道士達の証言は必要だし、証言次第ではアリバイ工作の可能性も浮上するが。


「俺はソロで街の外で魔獣と戦って居たが、思いの外雨が凄くなって来たから川沿いの小屋で休んでいた。証言してくれる人は居ないが、多分まだ小屋に俺が燃やした薪の燃え滓が残ってると思う」


 最後に答えたイワンの言葉にローランド達も微かに頷いた。こちらもアリバイは無し。小屋に残った燃え滓に証拠能力は無い。


「分かりました。次の質問ですが、ハタさんが殺される様な理由に心当たりはありませんか?例えば、女性関係とか」


 ジトリとしたローランドの視線に、思い当たる節があるのか女性三人が一斉に顔をこわばらせる。まぁ女性比率高めの冒険者パーティで殺人事件が起きれば、大体想像はつくのだろう。


「ハタにはそう言った女性関係のトラブルはありません。それに、彼女達にはハタを殺す様な理由は無い。どうせ行きずりの物取りの仕業でしょう」


 イワンがそう言い切った瞬間、ガタンと何かが落ちる音がした。全員がそちらに振り向くと、持っていた水瓶をテーブルに置こうとしたヤマトの右手が震えていて、そのせいで水瓶を落としてしまっていた。


「失礼。ちょっと持病が」

「ひょっとして、何か病気なんですか?」


 震える右手を抑えるヤマトに、アーミャが首を傾げる。ヤマトは苦笑いを浮かべて震えが自然に収まるのを待った。


「冒険者時代に怪我した後遺症です。重たい物を持ち過ぎると、手が震えてしまうんです。気にせず続けて下さい」


 気にせず、と言われてもペースを乱されてしまったローランドが唇を尖らせる。しかし容疑者でもない協力者のケガの後遺症で一々目くじらを立てるわけにいかない。


「これは明白な殺人事件ですので、遺体は憲兵で預かり鑑定に回します。あなた方は我々が許可を出すまではこの街から離れないように」


 ローランドがそう通告し、四人は無言で頷いた。


「皆さんの親族に連絡する際はギルドが代行します。緊急事態なので無償で行いますので、お気軽にどうぞ」

「故郷に連絡したいんだが、手紙の代筆って大丈夫なのか?」

「ええ。ローランドさん達の事務所での事情聴取が終わり次第になりますけどね」


 ふいに手を上げたイワン。どことなく不躾な口調だったが、ヤマトは意に介することなく丁寧に答えた。その丁寧な口調にすらイワンは胡散臭そうな目を向けており、アーミャが困ったように軽く頭を下げてきた。


 若くしてギルド手伝いをしている、ケガの後遺症を持った元冒険者。そう言う人種を、血気盛んな冒険者たちの間では『冒険者落ち』と呼んで蔑む風潮がある。


 ヤマトはイワンから向けられるその視線には慣れたものだった。

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