冒険者落ち探偵ヤマト

@dominant

冒険者パーティではよくある話

冒険者パーティではよくある話 第一話

「イワン、俺達のパーティから出て行ってくれ」


 ある大雨の夜のこと。二人の男が夜の宿屋の部屋でお互いに睨み合って居た。風雨が窓ガラスを叩き、暖炉の薪が崩れる音が聞こえて来た。


「理由を聞いても良いかい?ハタ」


 冒険者の間ではよくある話だ。パーティメンバーの中に、輪を乱す様な奴は大体一人は居る。パーティの仲を乱す奴、戦力的に足手纏いな奴、理由はそれぞれ。


 まさかそれが自分に来るとは、とイワンは心臓をバクバクさせながらも、どこか納得する様な気持ちだった。目の前にソファに背中を預けてどっかりと座るパーティのリーダー、ハタの視線はいつの頃からかじっとりとした敵意に近いモノが混じって居たからだ。


「決まっているじゃ無いか。君は俺達のパーティで一番レベルが低い。スキルだって全然覚えられないじゃないか。アーミャの兄だからこれまで多めに見て来たけど、この先の冒険には着いてこれないだろ」


 ハタのパーティの平均レベルは40。しかしイワンのレベルは35で、目の前のハタは45。残りのメンバーは大体40前後だ。確かに、レベルで言えばイワンは足手纏いだろう。


「召喚士のアーミャはこれからもパーティに必要だ。だけど、このままお前に着いてこられても目の前で失うだけだ。仲のいい兄妹だってのは分かってるから、お前から別れを言い出してくれよ」

「嫌だね。君から言えばいいじゃ無いか。足手纏いの兄さんは置いていけってね」

「それはダメだ。アーミャが傷つく」


 イワンの言葉にハタが苛立った様に立ち上がり、暖炉の方に歩いて行く。イワンはそっと近くのテーブルに置いてあった水瓶を手元に引き寄せた。宿屋の名前にあやかってか、猫の様な模様が刻まれている水瓶だった。


「俺は良いんだ。アーミャにちゃんと必要な事だと納得させろ。それが条件だ」


 ギリ、と歯噛みする音が聞こえてくる様だった。頭の中でどんな言い訳をすれば、イワンが納得するか必死に考えるハタ。


「ハタ、お前がアーミャを想ってるのは知ってるんだ。だが俺は兄として、アーミャの事を託せられるのは誠実な奴じゃ無いとダメだと思ってる。リサやミアンともちゃんと話し合って、大事な事はパーティメンバー全員で決めなきゃな」


 リサもミアンもこのハタのパーティメンバーだ。イワンとハタ以外は全員美しい女性で構成されたパーティは、始めて訪れた街ではどうしたって一目置かれる有名人だ。


 ハタも理解はしているのか、苦虫を噛み潰した顔で暖炉を見つめる。その後ろ姿に、イワンは心底ガッカリして居た。全く、なんだってこんな奴が妹の心を射止めてしまうんだろう。


 許せない。その気持ちを胸に、手にした水瓶を隠したままゆっくりと立ち上がる。


「………分かった。アーミャにはちゃんと俺から…………」


 ゴッ



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 頭から血を流し、カッと目を見開いたまま動かなくなったハタを前に、イワンは血で汚れた水瓶を握りしめた。真っ赤な色に染まった猫がイワンをジッと見つめている。


 人を殺してしまった。


 魔獣の命を奪う時とは明らかに違う感覚に、心臓のバクバクが止まらない。しかし同時に、このまま正直にハタを殺したと名乗り出るわけにはいかないと頭の中でもう一人の自分が囁いていた。


 ハタはパーティのリーダーで、メンバーの女子全員から好かれている。間違いなく彼女たちに恨まれるし、何よりハタを愛している妹のアーミャがどれだけ悲しむだろうか。


 誤魔化しきるしかない。パーティのみんなは全員今夜は戻ってこれないはず。まずは死因の隠蔽だ。水瓶で殴ったとバレれば男手による犯行だとバレる。しかし首を斬るのも男手が必要となれば、そう力のいらない方法で頭を原型が残らなくなるまで破壊するしかない。


 燃やそう。死因を焼死に見せかけるのだ。動かないハタの死体を持ち上げ、首から上を燃え盛る暖炉にくべる。死体は中々燃えないが、今のうちにとイワンは部屋を出る。夜も遅くて廊下に人は居らず、宿屋の女将のいびきが遠くに聞こえた。


 足音を立てないように、利用者用の共有キッチンに向かうと料理酒と食用油を幾つか拝借し、部屋に戻る。扉を開けると一瞬肉の焦げる嫌なにおいがしたが、即座に扉を閉めて匂いが漏れないようにする。


 匂いを消さなければ誰かに気づかれる。イワンは自分の使える魔法を思い返し、魔獣避けの気配を消す魔法を使った。これで匂いも暫くは周りに届かないだろう。


 改めて確認してみると、ハタの死体は首から上は黒焦げになっていたが、首から上だけを念入りに燃やしたら不思議なことに気づいた。


 イワンは暫く考えると、一度ハタの死体を暖炉から出した。結構燃えてはいるが、このまま全身が炭化するには相当な時間が掛かりそうだ。油や料理酒で暖炉の炎の勢いをつける予定だったが、あえてハタの死体のあちこちに油と料理酒を塗りたくる。


 そして油を床に塗り、紐で吊り下げた薪に火をつける。時間が経てば、自然に紐が燃え尽きて床に炎が落ちる。うまくいけば油を伝ってハタの死体を少しは自然な形で燃やしてくれるだろう。困った時の神頼み。職業が僧侶にもかかわらず、人殺しの隠蔽に神頼みするとは思いもしなかったが。


 外の風雨は未だに強い。フード付きのマントを羽織り、凶器の水瓶を持ったイワンは念のために窓から外に出る。直ぐに窓を閉めたが、少し部屋の中に雨が入ってしまった。まあ、うまくいけば消火活動で誤魔化せるだろう。


 そのまま水瓶を持って街を出る。憲兵の見張りや跳ね橋の無い街で助かった、と内心で安堵しながら街道を走る。川沿いにしばらく進めば冒険者用の休憩小屋が幾つかある。最初の小屋は明かりがチラついていたため、断念。もうしばらく進むと、今度は無人の小屋を見つけた。増水している川が近くにあるため、他の冒険者も近寄ろうとしないだろう。


 茶色い濁流に血の付いた水瓶を投げ捨て、小屋に入る。焚火をつけ、ようやく深い息を吐く。濡れた服を焚き火に当てて乾かし、ギルドが小屋に常備させている毛布に包まり目を閉じる。


 一睡も出来ないだろうが、せめて体だけは休ませなければ。イワンは無理矢理に目を閉じ、燃える焚火の音に意識を集中させるのだった。



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 冒険者ギルドの朝は早い。朝の仕事始まりの鐘がなる前には掲示板に依頼の張り出しを完了させ、依頼を受ける冒険者に詳しく説明できる様に資料をまとめておかなくてはならない。


 なので日が昇る前には受付嬢達はギルド入りし、夜のうちにポストに届けられた依頼者の束の確認を始めなければ到底間に合わない。


 白の街の冒険者ギルドの受付嬢、マヤもまだ夜と呼ばれる、身に染み付いた時間に目を覚ます。手早く朝食を食べて着替えと化粧を済まし、職場であるギルドに向かう。


 まだほとんど人も居らず、夜のお店も閉まり始めるこの時間。無人のはずの冒険者ギルドの前で、一人の青年が箒を掃いていた。


「あ、ヤマトさーん!!」

「ああマヤさん、おはよう」

「おはようございます。朝からありがとうございます、ほんと」

「いいよ、ギルドの手伝いが仕事だしね」


 元冒険者のヤマト。とある事情で冒険者を引退に追い込まれ、行く宛を無くした彼は、この白の街の冒険者ギルドの運営を手伝っている。


 元々身元の怪しい人間の多い冒険者達。色々な事情で冒険者を引退に追い込まれた者が夜盗に身を落とすと言う事例が多く、引退した冒険者をギルド手伝いと言う形で面倒を見るのだ。しかし冒険者時代の栄光を忘れられない彼らが素直にギルドの手伝いをしてくれるパターンはあまり無く、彼のように素直にギルドの手伝いを進んでしてくれる人は余りいない。


 誠実な態度に丁寧な仕事ぶりも含めて、マヤはこのヤマトと言う青年の事は非常に好感を抱いて居た。


「紅茶を淹れておきますから、終わったら休憩室に来てくださいね」

「いやぁ、悪いですよ」

「それくらい大丈夫です。ちゃんと淹れておきますから、無駄にしないで下さいね?」


 鼻歌混じりにギルドに入り、暖炉に火をつけヤカンでお湯を沸かす。まだ肌寒い季節だが、暖炉の炎ですぐに受付は心地良い温度になっていく。


 夜のうちに届けられた依頼書の束を確認して張り出して行くマヤ。しかしヤカンのお湯が沸騰するよりも早く、緊急用の伝書鳩が飛び込んできた。


「ぁあ!また!!ヤマトさーん!!」

「どしたの?」

「これです!!憲兵から、宿屋の黒猫亭で冒険者が殺されたって!!」

「またぁ?」

「またです!!一週間前にこの街に来た、ハタって冒険者が殺されたって………!!」

「ありゃま、こりゃまたかぁ」


 女の子を何人も連れてきた冒険者パーティが、痴情のもつれで殺人事件に発展するパターンはめちゃくちゃ多い。どの街でもひと月に一回くらいは起きる。


 そして当然、冒険者の管理を国から委託されている冒険者ギルドはその度に憲兵達に情報共有の為に呼び出されるのだ。ただでさえ猫の手も借りたいくらい忙しい冒険者ギルドの朝、朝勤の受付嬢が呼び出されるのは非常に厳しい。


「仕方ないなぁ。僕が行きますよ」

「本当にごめんなさい!!この御礼はいずれ!!」

「大丈夫大丈夫。これが仕事だし」

「いえ!そう言うわけにはいきません!!今度、私が夕食を用意します!!」

「それ、僕がこの街の冒険者の人達に殺されちゃうよ………ま、この借りはいずれ。精神的に」


 そう言ってヤマトはギルドの脇に止めてあった、ギルド職員共有の自転車に跨り走り出した。

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