第二話

「ヤマトさん、私がこれだけお願いしてもダメですか」

「はい。ルドラさんの御遺体の返却は、憲兵と貴族警察の両方の許可が降りないと。まだ鑑定も済んでいないとの事ですし………」

「いつ、終わりますか?」

「それは、まだ何とも」


 ギルドの応接間。ヤマトは真っ青な顔で痩せこけたナドゥール伯爵とマーク氏の二人を相手に、何度も何度も同じ話を繰り返して居た。今回の事件で殺されたルドラの父親と、その婚約者だ。


 冒険者になった娘が殺されて道端に転がって居たとなれば仕方ないと言うモノだろう。貴族で無くても人の親なら気が狂いそうにもなる。


「犯人逮捕に向けて、憲兵も貴族警察も全力を尽くして居ます。近いうちに犯人を捕らえてくれるでしょう」

「そうであって欲しいが………!!」

「そもそも誘拐犯の仕業というのは本当なのかね?私達には、身代金を要求する手紙一つ来て居ないんだ。これはセルバラ子爵の方も同じと聞いている。どうなんだ。本当に誘拐犯の仕業なのか?」

「今はまだ、何とも。お二人は一週間前にこの街に来て、ルドラさんと会って話したんですよね?その時、何かしら事件に巻き込まれそうな気配はありませんでしたか?」

「………まぁ、私は婚約者と初めての顔合わせだったから何とも。伯爵閣下はいかがですかな?」

「私も同じだよ。言い難いがもうそろそろ冒険者を辞めてもらわなきゃならん、と宣言しに会いに行ったんだがね。あの子も分かって居たのか素直に頷いてくれたんだ………」


 ナドゥール伯爵の言葉に、ヤマトは不意に先日の夜のマヤとの会話が脳裏に過ぎる。貴族令嬢が冒険者なり、親元を離れてやりたい事が出来るのは期間限定。いずれは両親の決めた相手と結婚する為に呼び戻されるという話。やはり貴族の中では珍しくない話なのだろう。


「ひょっとして、セルバラ子爵もシァハさんに同じ話を?」

「ああそうとも。子爵殿も婿を連れて来ておってな。オーウェン君も良い人だと言うのに………」


 ナドゥール伯爵もマーク氏も、二人とも心底参ってしまっている様子。本当なら死別による婚約破棄やら、葬儀やらの手続きなど色々忙しいだろうに。


「ルドラさんの帰省は急ぎでしたか?確か、閣下は水色の街を治めてらっしゃると聞きました。あそこには異界と通じる門がある。かく言う私もそこから参りましてね。色々と問題もおありかと」

「うむ。右も左も分からん転移者達に、最低限の知識と金を与えねばならんからな。だからこそルドラにはそろそろ家に戻り、マーク君と共に務めについて学んで欲しかった」

「なら、シァハさんもですが、もしかして冒険者を辞める期限は予め決めていらしたのですか?」

「そうだ。二年間、シァハ嬢との二人旅のみが条件だった」


 かなり具体的な期限の付け方。余程の考え無しで無ければ、冒険者を辞め無ければならない時期が迫っていると理解していた事だろう。


 誘拐事件でなければ、やはり男女間の諍いからの殺人事件の可能性はありそうだ。


「憲兵と貴族警察には、ギルドからも催促しておきます。何か分かりましたら、こちらから伝書鳩を飛ばさせて頂きます」

「お願いする。全く、どうしてウチの娘が………」


 立ち上がるのがやっとと言う様子のナドゥール伯爵を支えるマーク氏。成程、良い人だと言うのは理解できる。


 しかし残念ながら、マーク氏は既に三十を過ぎている。外見もそれに見合った姿に変わりつつあり、まだ十八になるかならないかのルドラが本気で好きになる人なのかどうかは微妙だった。


 その辺りが事件と関係するのかどうかは今のところは不明だが、ヤマトはとりあえず厄介な仕事を終えた解放感に包まれていた。来客用の柔らかいソファに座り込み、冷めてしまった紅茶を飲む。


「ヤマトさん、お疲れ様です」

「親心ってのは無碍には出来ないけど、相手するのは大変だよ」

「あはは。もう少しここで休憩します?新しい紅茶を持ってきますよ」

「いや、そんな悪いですよ。それより被害者のパーティのクエスト履歴、調べてくれました?」

「んもう。また野次馬根性出しちゃって。これですよ。ナイショですからね」

「感謝感謝。感謝してます」


 そう言いながらヤマトはジッと渡された書類を確認していく。クエスト履歴は憲兵と貴族警察にも届いているが、ヤマトはヤマトでどうしても確認したい事があった。


 履歴には受けたクエストの内容は勿論、一緒にクエストに挑んだソロの冒険者や、複数パーティで合同で挑んだクエストの情報も載っている。


 考えられる可能性として、もしもそこで誰か良い人を見つけていれば、男と女の話として仲の良い女二人のパーティが一人の男を挟んで分裂の果てにトラブルと言うのも無くは無い。


 そして、一つの名前に目をつけた。二度、ルドラとシァハのパーティと組んでクエストを達成している青年が居る。名前はマイト。ヤマトと同じ日本からの転移者だ。


「僕の思い込みなら、それで良いんだけどね」

「何がです?」

「もしもだよ?マヤさんが実家に結婚の為に呼び出された時、この街の冒険者とお付き合いしてたらどうする?」

「それを、貴方が、私に、聞くんですか?」


 何故かジトリとした目で睨まれたヤマト。あの夜の頭からかけられた水の冷たさを思い出し、ヤマトは思わず唾を飲み込んだ。


「し、失礼しました………」


 頭を下げて小走りで逃げ出すヤマト。その背中をマヤはジィッと見つめ続けて居た。



 ギルドの登録簿を元にマイトの住む家に向かうヤマト。冒険者の半分くらいは街から街へ流れていくが、残りの半分は居心地が良いと思った街に定住している。白の街はそれなりに発展した街なので、定住する冒険者も少なくない。


 しかしやはり収入が安定しない冒険者も多く、ほとんどの定住冒険者は敷金の安いメインストリートから離れた安物件に暮している。


 ヤマトが探しにきたマイトもその一人だ。寝室とキッチンとリビングしかない一軒家。風呂は近くの大衆風呂で済まし、トイレは近くの公園の公衆トイレを使っているらしい。


 風当たりは悪く無く、日の光も当たってはいるが冬の寒さはモロに直撃していてマイト達ここで暮している冒険者達はかなりの厚着だった。水を汲む井戸も凍りやすいらしく、わざわざ遠くまで汲みに行かなければならないほどだ。


 余談だが、ヤマトの家はもう少し広い。冒険者時代の蓄えに加えて、ギルド手伝いの安定収入もある為だ。最もこの世界では自分の家に風呂があるのは相当な金持ちだけなので、風呂を大衆風呂で済ませているのは同じだが。


「ヤマトさん、アンタが訪ねてくるなんて珍しいじゃん。異世界転移組の交流会にも毎回呼んでるのにさぁ」

「冒険者はもう引退してますから。転移の時に貰った装備も売っちゃいましたし」

「あー、チート武器貰った派だった?俺らみたいに能力貰っておけばそんな怪我しなくて済んだのにな」


 家を訪ねると、幸いな事にマイトとすんなり会うことが出来た。ヤマトはこの街に定住する冒険者達とは一通り顔を合わせているし、何より同じ転移者同士で無碍にはできない。


 肩まで伸ばした髪の毛は染めているのか体質を変えたのか金色で、家の床には市販の鎧とそれなりに高級な剣が転がって居た。ダンジョン探索やクエストで獲得した魔剣だろう。


 タンスは無く何着かの着替えが物干し竿にぶら下がっている。いかにも冒険者で男一人の部屋と言う感じの内装だ。元々備え付けられていた棚も、ブックカバーに包まれた本が数冊置いてあるだけだ。埃が上に溜まっていない辺り、時折読んではいるのだろう。


「それで何のよう?別にギルドの厄介になる様な事はしてないつもりだけど」

「ええ。貴方が何かした訳じゃ無いんですよね。昨日、メインストリートで冒険者のルドラさんが遺体で発見された事件はご存知で?」

「いや、初耳。けどマジで?ルドラちゃんってあの可愛い子でしょ?スタイル抜群のシァハちゃんとコンビ組んでるちょいロリの」

「まぁ言い方は色々問題ありますけど、その人です。実は、殺人事件の可能性がありまして。で、彼女の両親から冒険者として繋がりのあった人達の話を集めて欲しいって頼まれちゃって」

「ははぁ。アンタが冒険者絡みの事件に首突っ込んでるって噂は聞いてたぞ。でもまぁそう言う事にしておくかな」


 厳密に言うとナドゥール伯爵からこの街でのルドラのことを知っている人を探して欲しいと頼まれたので嘘では無いのだが、まぁいつもの野次馬根性が顔を出しているのもまた事実。


「アンタだから話すけど、二回くらい一緒にダンジョンに潜ったよ。あの百合百合しい空間の間に挟まるなんて出来ねーって思ったね。だけど俺一人で組んだ訳じゃ無いよ?行きずりの男ばっかのパーティだったから、あと何人かは一緒だったけど」

「ええ。その人達にも話を聞きにいくつもりです。ただ、もしもルドラさんとシァハさんが、事件に巻き込まれる可能性のある様な会話をして居なかったか、と言う事です。それこそ最近後を付けられている気がする、とか」

「そりゃあ、あんな美人二人のパーティだもんな。おまけに貴族と来たら、ストーカーの一人や二人珍しくも無いでしょ。それこそパーティに飛び入り参加した一人がストーカーだってバレて成敗されてたしな」


 マイトが懐かしむ様に呟いていたその話は、ヤマトが調べたクエスト履歴にもあった。ルドラとシァハのパーティとの合同クエストと聞きつけ、大勢の男達が臨時でパーティを組んだのだが、その中にルドラとシァハを付け狙う変態ストーカーが混じって居たらしい。その場で成敗され、ソイツはギルドにもその後は顔を見せて居ない。


 もしもこの事件が誘拐殺人事件なら、恐らくソイツが最重要容疑者になるだろう。既に貴族警察がソイツの人相描きとギルドの登録情報を回収しているが、そちらは本職に任せるとしよう。


 ギルドから持ってきたリストを片手に立ち上がるヤマト。実際、マイト以外からも話を聞かないといけないのは事実。次の冒険者の元に向かわないと。


「最後に、もしもこの事件が誘拐じゃ無かったとしたら、どんな事件だと思います?」

「誘拐じゃ無かったら?そりゃ、まぁやらかすとしたら男でしょ」


 その時、マイトの家の床にリストが落ちた。


「あ、ヤマトさん。また手が震えてますよ?」

「………あぁ、まただ。最近後遺症が良く出るんですよねぇ」

「だいぶ寒いですしね。古傷が痛むって先輩冒険者結構居ますし」

「そうですねぇ。マイトさんもあったかくしておいてくださいよ。体が資本の仕事ですから」


 その言葉を最後に、ヤマトはマイトの家を後にした。震えの止まった右手で持ったリストを改めて見返し、マイトの家を見返す。その目は何かの違和感を感じ取って居た。


「………ギルドが容疑者の家に何の用件だ?」

「あぁ、確か貴族警察のミハイルさん?」


 ヤマトがマイトの家を出て考え事をしながら歩いていると、不意に見知った顔が声をかけてきた。しっかりと防寒具に身を包んだミハイルは、ヤマトが持っていたリストを引ったくる様にして奪うとしみじみと読み出した。


「探偵ごっこは感心しないが、目の付け所は同じと来たか」

「なら、ミハイルさんもマイトさんを?」

「事件の関与を想定するべき容疑者の一人だ。この街でルドラとシァハの二人と合同クエストを複数回こなした数少ない冒険者の一人だからな」

「成程………あ、もしかしてこの街以外のギルドの履歴も調べたりしてます?」

「………答える理由は無い」

「まぁいいですよ。多分ですけど、彼女たちと他の街で合同クエストを受けた冒険者はこの街には居ないと思います。居たとしても、多分事件には関係無いでしょう」


 ヤマトの言葉に、ミハイルの眉がピクリと動く。


「………理由を聞こうか?」

「気になります?」

「言え。さもなくば公務執行妨害で逮捕するぞ」

「まぁそうかっかせず。ただの素人の考えですから。理由はですね。ルドラさんの遺体の状況です」

「遺体の?」

「ええ。より正確に言うのなら、着ていたドレスです」


 第一発見者では無いが、遺体がどんな状況だったかは直接見ているヤマト。ルドラの遺体は腹部を槍で貫かれたドレス姿だったのだが、そのドレスの着方は少し不自然だった。


「着崩れているわけでは無んですが、所々に紐が結べていなかったり捲れていたりしていました。そしてその上から槍で貫かれていた。つまりは、元々彼女は別の服を着ていたか、もしくは裸だったんじゃ無いでしょうか。その状態で殺され、死因を偽装する為かどうかは分かりませんが、犯人はドレスを着せて現場に遺体を残して槍で貫いた」

「だがそれが他の街の冒険者は関係ないと言う話とどう繋がる?」

「恐らくですが、この事件がもしも僕の想像通りならルドラさんは犯人の前で服を脱いだ。つまり恋人かそれに近い関係にあったと考えられます。そして何より、ルドラさんとシァハさんは元々冒険者を辞めるタイムリミットが近づいていた。もしも良い人が居たのなら、この街に定住している冒険者の可能性は高いと思いますよ」

「それが、マイトだと?」

「確証はありません。だから、マイトさんの友好関係を調べてみようかと思うんです。その先に未だ行方不明のシァハさんが居れば、万々歳なんですけどね」

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