第三話
ヤマトがマイトについて捜査を始めた翌日。ヤマトはギルドの仕事で西の鉱山の小屋の整備に向かっていた。
街まで戻れなくなった冒険者が休憩に使う為の簡易小屋なのでせいぜい掃除と魔獣避けランプの整備に無くなっている毛布の補充くらいだが、これを疎かにすると冒険者の死亡率が明らかに増大すると言う大事な仕事だ。
特に消耗の激しい鉱山のダンジョン入り口近くの小屋は、念入りに整備しておかないと、酷い時には力尽きた冒険者の遺体を発見する事すらある。それ故に一部では食い詰めた冒険者の自殺スポットになってしまっている側面も。
予備の布団も含めて四人までなら寝泊まり可能な小屋で、とりあえずは全部の布団のシーツを剥がして新しいシーツに交換する。古いシーツにはケガをした冒険者の血が普通についていて、非常に不衛生だ。
ギルドで使っているマジックアイテムの無限リュックサックにシーツをしまいつつ、ヤマトは昨日のミハイルと一緒にやった聞き込みの情報を自分なりに整理していく。
「まず。被害者のルドラさんは周囲に対しては冒険者を辞める事に対して否定的な言動をとっていた。行方不明のシァハさんも同じ。しかし迎えに来た両親には仕方がない、と言う態度を取っていた」
これだけなら別にあり得ない話ではない。本心では辞めたくなくても、実家に対して抵抗しても無駄だし、抵抗する姿勢を見せたせいで余計なペナルティを背負う可能性だって考えられる。
「次に。ルドラさんとシァハさんはこの街に来るタイミングを見計らっていたかどうか。この街の冒険者の平均レベルは40で、二人とも既に54。それに一度次の街に行って戻ってきている辺り、この街で冒険者家業を終えるつもりだったのは恐らく確実」
別に自分のレベル以下の街に定住している冒険者は少なくない。むしろ簡単にクエストを達成できる分、生活に困らないと言うメリットがあるので成長が頭打ちになった冒険者には推奨しているくらいだ。
しかしルドラとシァハは一月前にこの街に来る前は四つほど先にある、紫の街に滞在していた。その紫の街は平均レベル50で、二人が安定して活動するにはちょうどいい難易度だろう。
「三つ目。この街に来た理由は何か。本人達の友好関係を一通り聞いた限り、特定の男性と行動を共にしていた様子はない。ミハイルさんは水色の街に聞き込みに行くと言っていたけど、男性関係ならむしろ実家の目の届く範囲を避けるはず」
冒険者を二年以内に辞める事と、辞めた後は結婚する事が決められていると言う事は、恐らく自由恋愛もダメだっただろう。見張りがいたかどうかはともかく、実家の目の届く範囲に恋人を作ろうとはしない筈だ。
「ここで改めてマイトさんの方だ。彼がこの世界に転移してきたのは二年半前。当然、ルドラさんとシァハさんの住んでいた水色の街に転移してきた。ミハイルさんはその際に接触していた可能性を考えていた。それは十分考えられる」
日本からの転移者は、水色の街の転移門を通ってこの世界に来る。そして門には住み込みの神官達が居て、彼らの導きでナドゥール伯爵に会い、最低限の知識と旅立ちに必要な資金を与えられる。ヤマトの事は完全に忘れていた伯爵だが、一年で結構な人数の転移者を相手にするのだ。仕方ないだろう。
ただこの時、全ての転移者は伯爵邸に一度招かれる。マイトがその際にルドラとシァハに出会う可能性は十分にあり得る。
「最重要事項。マイトさんの友好関係を調べた限り、ルドラさんとシァハさんの名前は出てこなかった。ただ身だしなみの整った冒険者の女性二人をマイトさんの住居周辺で見た人は多いし、クエスト履歴でも二人は何度かマイトさんと同じダンジョンに、同じタイミングで潜っている。マイトさんは特に親しくなかったと言っていたけど、嘘の可能性は高い」
マイトの家は殺風景で女気のない部屋だった。せいぜい本が数冊置いてあるだけだし、その本もブックカバーでどんな本かも分からない。もしもアレがルドラとシァハの私物であれば、とも思うが、それは流石に上手くいきすぎか。
「マイトさんが二人と良い関係にあり、それが事件の発端になるのなら、今回の事件の真相としてあり得るのは………まずマイトさんがシァハさんと駆け落ちするのに、残して行くルドラさんを不憫に思い、どちらかが殺す。だけどこの場合は死体を隠した方が良いはず。もう一つのパターンの、どちらが結ばれるかで揉めた結果、シァハさんがルドラさんを殺した。けどやっぱり死体をあんな風に晒す必要はないはず」
もしもこの事件が男女のトラブルの果てに起きた事件だとした場合、どうあってもやはりルドラの死体を街のメインストリートに槍で突き刺して放置した事の意味が分からない。
そもそも殺人事件の被害者の死体は、見つからない時間が長ければ長いほど犯人にとって有利だ。白骨化するまで待てば、冒険者カードでの身元確認だって難しくなる。そりゃあ、ナドゥール伯爵やセルバラ子爵の追手はいつまでも追いかけてくるだろうが、死体が見つからなければ殺されたと言う事実にすら気づけないのだから。
「何にせよ、僕のは素人の探偵ごっこだ。上手く行く事もあれば、ただの考えすぎだってオチだったりするもんだしね」
ミハイルの水色の街での聞き込み次第では、もしかしたらヤマトの推理が一番真相に近くなるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら最後の小屋の清掃を終えようとした時、ヤマトはふと小屋の中に忘れ物がある事に気づいた。
「本の忘れ物かぁ。たまにあるんだよなぁ」
特にソロで活動している冒険者が、ふとした拍子の暇つぶしに本を持ち歩いている事がある。そしてそんな冒険者が時折、休憩中の小屋で読んでいた本を忘れてそのまま次の冒険に出てしまう事もある。
ギルドに戻ったヤマトは他の忘れ物と一緒にどこの小屋にあったかなどの情報をメモして忘れ物ボックスに入れておく。
「あ、ヤマトさん。その本忘れ物ですか?」
マヤが夕方の部のクエストを片手に、大量の忘れ物を仕分けしているヤマトに声をかけて来た。
「西の鉱山のダンジョン前の小屋で。あそこはいつも忘れ物が多いから。この本のタイトルは………愛の執着駅?」
「あら。随分と懐かしい。前に大ヒットした恋愛小説ですね」
「マヤさんも読んだの?」
「ええ。良い小説ですよ。幼馴染の貴族の女の子二人が一人の冒険者に恋するんですけど、友情と愛情の狭間で二人は歪みあってしまうんです」
「へ、へぇ………昼ドラみたいなもんかな」
「ひるどら?」
「僕の故郷で女の人に人気だった劇。恋する女同士の歪み合いやらでドロドロしててさぁ」
「ドロドロだなんて失礼しちゃいますね。そりゃ、まぁ確かに………うん。ドロドロとしか言えないかも………」
マヤはちょっと困った顔をして頬を掻くと、クエスト表を片手に去っていった。そんなにもドロドロとしているんだろうか、とヤマトもちょっと気になって本を開いてみる。確かに、仲の良い女同士がいつの間にか歪み合い始める姿は昼ドラみたいだ。
全部読んだら胃もたれしそうな気配を感じて本を閉じ、不意に脳裏に何か過る。貴族の女二人が一人の冒険者を好きになり、歪み合う。もしかしたら、今起きているこの事件と似た状況かもしれない。
とりあえず本は忘れ物ボックスに入れ直し、憲兵事務所に向かう道中に本屋に寄って本を買う。そして憲兵事務所で頭を下げて、ルドラとシァハの宿屋の部屋に残されていた荷物を改めさせてもらう。
暫く調べて、案の定目当ての物は見つかった。愛の執着駅の初版本。ルドラの荷物の中に入っていた。シァハの荷物の方には入っていなかったが、相方が持っていれば借りるくらいはあっただろう。もしかしたら、あの忘れ物の本はシァハの忘れ物かもしれない。
「ヤマト君、その本が何かあるのか?」
「まだ分かりませんよ。ローランドさん、今の時点ではたかが僕の考えすぎでしかありません」
「だがなぁ。身代金要求すら無く、いきなり爵位が上の方の令嬢を殺す誘拐事件なんか聞いた事もない。やはり男女の愛憎じゃなかろうかと思うとなぁ」
一応、憲兵と貴族警察は合同で誘拐事件の線で今も調べている。しかし同時に男女の諍いの可能性も捨てきれていないのだが、いかんせんどの男とのトラブルが原因かが分からない内は調べようが無い。
「その本に何かヒントがあれば良いんだがな。何かわかったら連絡してくれよ」
「ヒントと言っても、本に彼女達の恋人の名前が載ってるとは思いませんけどね」
とりあえずは本を読み終わらないと何ともならない。ギルドに戻り、仕事の合間に読み進めていく。正直、ヤマトにとっては趣味では無いジャンルの本なので苦痛ではあったが、本そのもののクオリティは高くスラスラと読み進められた。
その日の夜には読み終わり、ヤマトはその内容を頭の中で噛み砕いていく。やがてある一つの考えが脳裏に浮かび上がり、思わず眉間に皺を寄せた。
果たしてこの考えは本当にあり得るのだろうか。
ヤマトは頭を掻きむしり、やがて一枚の便箋を載せた伝書鳩を飛ばした。果たしてミハイルが水色の街に居るうちに間に合うかどうか。
「ローランドさん、結構重要なヒントかもしれませんが………申し訳ない。こりゃあ言えませんわ」
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