Episode:03-04 少女来襲
帰り際、女性たちのお土産選びに大層時間がかかっている。
ゲートの横にキノコを模した小屋が建っていて、中がショップになっていた。
小物から食べ物まで、レジャーランドにあるべき販売品は一通り揃っている。
「ねーねーみぃちゃん、これどう、似合う?」
「アキラさんは歳相応って言葉知ってる?」
「あっ、みぃちゃんにはこれがすっごく似合うよぉ、歳相応」
「もぅ! 子ども扱いしないで、こんなのつけない!」
そう言って頭の上からカチューシャを振り払うが……
正直、優記も同意見だった。
未鳥に似合うな、って。
なまじ、髪の毛がボリュームあるから、ケモノの耳をつけるとよく馴染んで……
「はっ」
「ゆう君も似合うって思ってたんでしょ! わかるのよ、そういうの」
未鳥がこわい顔でこちらを睨んでいる。
「ごめん。思ってた、かわいいなって」
「かわ……」
ぽかんとして未鳥が口を開ける。
「わ、わわ、うれしくないっ。子供扱いどころか、動物扱い、ペットってことでしょ!?」
「あ、ゆう君えっちっち~。未鳥が何ペットだって?」
「何ペットとか言ってませんからね!?」
脇から覗き込んでからかい笑いを浮かべた玲がとても鬱陶しい。
「もぉ。いいよ、ゆう君にはお土産あげないっ」
「え、僕へのお土産を選んでくれていたの?」
それは、おみやげとは言わない気がするけど……。
「うんっ。今日楽しかった思い出」
屈託なく笑う未鳥は、やっぱり同い年の女の子として見るのは難しい。
自分に妹がいたらこんな感じかな、と叶うはずもない『もしかして』に思いをはせて胸が痛んだ。
「じゃあ、一緒に選ぼう?」
「うん!」
二人で、
というよりは未鳥が選んだのはアリスと時計ウサギのキーホルダだった。
デフォルメ調のキャラクターを一つのリングにつけると追いかけっこをしているみたいに見える。鈴がひとつぶら下がっていて、揺らすとチリンと鳴った。
アリスは未鳥が、時計ウサギは優記が持つことにして、なんだか気恥ずかしいんだけど、それを今日の思い出の記念品にした。
「楽しかったねぇ、ゆう君」
「え? あ、うん」
日が暮れるまでたっぷり遊んだ帰り道。
玲と別れ、知らず二人は手をつないでいた。ぷくぷくとして暖かな未鳥の手は、誰かを傷つけるためには出来ていないと思う。
「また来たいねー」
「そうだねえ」
リピーターがつくようにとあの手この手を駆使しているから、何度来てもきっと飽きないというのは玲のレクチャーだ。たとえば時節柄のイベントを催したり、季節ごとにフードメニューが一新したり。
「ねえ、未鳥」
「うん? なあに、ゆう君」
「お腹空いた?」
「空いたよぉ! もう、ぺこぺこ」
「そう――」
昼食の後も何かと買い食いをしていたのに、それでももうお腹が空いたと訴える。
それは確かに異常な食欲を示していた。
思えば未鳥はよく食べる。
こんなに小さな身体で優記以上の食事をしているのだ。尋常じゃない。
「ね。今日はメンチカツ、でしょ?」
「うん。早く帰って、準備しよう」
「うん! タマネギいっぱい切ってね?」
「勿論」
未鳥が好きなのはタマネギじゃなくて、優記の涙だ。
優記の涙が欲しくてタマネギを切らせるのだ。
それが、優記には少し嬉しかった。
ずっと、自分の涙を無駄だと思っていた。
すぐにあふれ出すそれが厄介で仕方なかった。
こらえようもなく、ただ皮膚の上で乾いていくだけの、感情の無駄遣いゆえの涙。
そう思っていた。
僕の涙に、未鳥が価値を与えてくれた。
泣いてもいいよと受け入れてくれた――。
実際に、未鳥が血を欲しいというなら、優記はあげたって構わなかった。
それが未鳥のためになるなら喜んで差し出そうと思えるくらいだ。
そう気づくと気持ちが楽になった。
――早く帰って、いっぱいタマネギをみじん切りしてあげよう。
*
揚げ物は優記が思っていたより難しかった。
レシピ通りの手順は踏んだけど、どうしても油の温度の判断がつかない。
温度計なんてないし、母親がそんなもので計っていた記憶はない。充分油が温まったかなと思った頃に上げたメンチカツはびたびたに油っぽくなってしまったし、その反省を踏まえた上でリトライした分は焦げ焦げになってしまった。
ようやくコツを掴んだ頃には材料がつきて、美味しく出来たのはほんの二、三個だった。用心してひとつひとつを小さめに作っておいて正解だった。
「あ~、おいしかった!」
失敗作まで残らず食べて、未鳥はぐでんと和室に寝転がる。
満足そうな様子を見ると、余計に玲の言葉は信じがたかった。
未鳥は、とても飢えに苦しんでいるようには見えない。
「ゆう君の涙もおいしかったー」
「そう、ありがとう」
――って、礼を言うのもなんだか変なかんじだ。
タマネギのみじん切りはそろそろ冷凍庫を圧迫しつつあった。
「今度は何作ろうかなあ……タマネギを活用できるレシピを調べなくちゃな」
「わーいっ」
未鳥が寝転がったまま万歳をした。横着なやつだ。
「……あ」
玄関のほうで何か物音が聞こえる。
優記は予め手に取りやすいところに置いていた印鑑を持って廊下へ出る。
ピンポーン、と予想通り呼び鈴が鳴る。
「はーい」
最近、頻繁に父宛ての荷物が届くので、玄関に人の気配を感じると反射的に印鑑を探すようになっていたのだ。以前はよく母か、父自身が受け取っていたから、最初に印鑑を見つけようとした時は全然出てこなくて参った。
割れたまま放置しているすりガラスの向こうになんだか華やかな色が見える。
変わった宅配会社だな……と、ドアを開けるまでは思っていた。
「ごめんください。夜分遅く失礼致します」
女の子の声が聞こえて、ようやく、訪問者が宅配便ではないと気づく。
「時任家からのご用命で参りました。チカトリーチェ・ヴィオッタと申します。こんな名前ですが一応日本人ですよ」
「きみは……」
優記の脳裏に昼間の記憶が甦る。
鮮やかな色彩を伴って、彼女の姿が脳裏にひらめいた。
昼間とは服装が違い、今はコルセットで腰を絞ったアンティークなワンピースを着ている。日本人離れした美貌とあいまって現実感が乏しい佇まいだ。
「あなたのことを存じております。広瀬優記さん。ボクのことは気軽にリーチェとお呼び下さいね」
「僕の名前……どうして」
「あ~~~~~~っ!!」
居間のドアから顔を覗かせて、未鳥が目も口も大きく開いて叫んだ。
「チカトリーチェ……何しに来たのよっ」
邪魔者に対する棘のある口調で問う。
あまりに冷たい言い草にどきりとした。
でも、幼い頃から未鳥は態度がはっきりした女の子だった。
嫌いな子にははっきり嫌いと告げて、冷たく接する子だった。
ある意味では裏表のない性格だ。
「もう、そんな冷たいことおっしゃらないで、お姉さま……! ボクっ、お姉さまが家出なさったと聞いて心配で心配で、夜も眠れなかったんです。悶々としてしまって」
手袋をはめた細い指先がそっと己の頬を包み込む。
「どうして悶々とするのよっ!?」
「お姉さまが家出少女なんですよ!?家出少女といえば、一晩の宿欲しさに見知らぬ男性の一人暮らしのアパートにやすやすと上がってしまって、無防備にゲームに興じたりなどして気を許したところにうっかり触れ合う手と手、肩と肩……お互いの体温を意識してしまい、そのまま成り行きで、嗚呼っ……まだ清らかな身体が無粋な童貞男の手でッ! 固い蕾がゆっくりと綻んでッ……イヤッ! お姉さまっ! これ以上はボクの口から言えませんっ」
「八割がた言ったようなものじゃない!!」
スパン! と履いていたスリッパを床に叩きつける。力の入ったツッコみだ。
「勿論、そんな不健全を領主様が許すわけありません。たとえ領主様が許してもこのボクが認めません。ですから、見張りという体でここへ送られてきたのです。しばらくの間ボクもこの家で暮らすことになりますが、どうか優記さまはお構いなく、普段通りの生活をなさってください。金銭面でも心配はいりませんよ。ボクたち二人の生活費は追って時任から支払いがありますので」
「ちょっと!? 何勝手に決めてるのよ! これ以上迷惑かけられるはずないでしょ!?」
「おや。お姉さまは今日にも帰る心積もりでいらしたのですね? それは大変結構です。ボクと一緒にお城へ帰りましょう」
「あんただけで帰りなさいよっ! わたしはうちには帰らない」
「……分かりました。では、ボクだけで帰ります」
リーチェは儚く微笑んで一礼した。
踵を返すと、スカートがふんわりと膨らむ。
一歩踏み出して、ふいにこちらを振り返った。
「領主様――お父上にはきちんとご報告いたしますね。お姉さまが童貞男の手によって固い蕾を綻ばせてしまったことを……」
「だから! やめて!」
「それではお姉さま。ごきげんよう……」
静かに呟いて、玄関ドアを開く。
ラウンドトゥのシューズが夜の空気に触れる――
「待って待って待って! 上がりなさいよちょっと! 話し合う必要があるみたいねッ」
裸足で駆け出して、未鳥が玄関を背に立ちはだかった。
後ろ手に鍵をかける、ガチャンという金属音が大げさに響く。
リーチェはほがらかに微笑んで頷いた。
「うふふ。そうおっしゃっていただけて嬉しいです。お姉さま♪」
二人が並ぶと姉妹ほどの年齢さがある――勿論、未鳥が妹ポジションだ。
だと言うのにリーチェのほうが未鳥を姉と呼ぶ。
なんだかちぐはぐな光景だった。
「では、改めて。お邪魔致します」
そうして、優記は突然の来訪者・リーチェを居間へ案内した。
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