Episode:03-02 夢の世界
「ワンダールームへようこそーっ!!」
と、お出迎えのキャストと一緒に叫んだのは玲だ。
「あのさ。アキラさん。わたしたち、お客だよ」
「お客だなんて無粋なことを! 夢の世界に迷い込んだアリスと言って! もしくはゲスト」
「わ、面倒くさ……」
玲のテンションに圧され気味ではあるものの、未鳥も瞳を輝かせて施設内を見回している。モチーフは童話『不思議の国のアリス』の世界だ。
客は夢の世界に迷い込んだつもりでこの施設を楽しむ。
「へぇえ、本当にアリスになったみたい」
巨大な家具、椅子やテーブルなどが配置されて、まるで不思議なクッキーで身体を縮められたアリスを追体験している気分だ。
アトラクションもそれぞれ物語にちなんだデザインをしている。
徹底した内装とスタッフの衣装が、ここが百貨店の中とはとても思わせない。
「すごいなー」
思わず感嘆がもれる。
「ねっ! すごいねっ!」
未鳥が素直にはしゃいでいると姿相応の子供に見えてほほえましい。
「まだまだ、入り口でその言葉を使いきっちゃいけませんよ? この夢の国・名誉国民のアタシが、魅力の隅々まで紹介してあげるんだからっ!」
「あ、そういうの昨日のテレビで大体見た」
「そんな大衆に媚びたバイアス番組アテにならんわっ! 生の声を聞けよぉ!」
「じゃあとりあえず最初に行くべきアトラクションを教えてくださいよ」
「よしきた! さあ、この白ウサギさんを追いかけていらっしゃーい!」
追いつけないテンションの高さだ。
お尻を振り振り、玲は施設奥へと進んでいく。
見失うまいと二人は慌てて後を追った。
凝った内装と様々な仕掛けを施されたパーク内は歩いているだけでも充分に楽しい。
アトラクションに行列していても飽きないような工夫が凝らされているのだろう。
確かにデートスポットには最適かもしれない。
特に付き合いたてのカップルなんかには……て、そうだった。
ここはデートスポットなんだ。
優記はこっそりと未鳥を窺う。
未鳥はまるで意識していない様子だ。
無邪気な眼差しをあちこちへ向けている。
――うん。だったら、僕も意識しないで居るべきか。
客層は家族連れよりもカップルが多い。
手をつないで歩く優記と未鳥はカップルというよりも兄妹にしか見えないだろう。
ついでに言えば、玲はは二歩も三歩も先を歩くので同行者とすら思われていないだろう。
「ゆう君。ごめんね、アキラさんまで付いて来ちゃって」
「あ、ううん、いいよ。未鳥も人数多いほうが楽しいでしょ?」
「んー……」
曖昧な返事をする。
もしかして、と期待してしまう気持ちを抑えた。
――未鳥もデートのつもりだったんだろうか。
そうだとしたら嬉しい、けど……。
「アキラさんって、未鳥の家庭教師なんだっけ」
「ん、そう。わたし、学校ってずっと行ったことないの。代わりにアキラさんとか、家の誰かに勉強を教わってた」
「え? 学校、行ったことないの?」
「家庭の事情……て言うのかなあ。あのね、話すの初めてだと思う。うちって長く続く家系で、そのせいでいろんな決まりごととか、しきたりみたいのがあって」
「未鳥って、お嬢様……?」
「わかんない。そうかも」
なんだか納得がいった。
浮き世離れしている雰囲気はそのせいなのかもしれない。
「でね、決まり事とか、嫌がっても押し付けてくるの。わたし、どうしても受け入れられなくて……」
家出の理由。ジブンカッテな家族のこと。
未鳥は何か複雑な家庭事情を抱えているのだ。
それは分かる。
でも、その全貌はまるで見えてこない。
吸血鬼を自称する身内が二人もいる、へんな家。
未鳥自身、成長していない五年前の姿のままだ。
未鳥のことをずっと普通の女の子だと思っていた。
だけど、今はとてもそうは思えない。
「……何か、僕が手伝えること、ある?」
思わず問いかける。未鳥は口元を綻ばせて頷いた。
「タマネギを、みじん切りしてくれること」
「それだけでいいの?」
「あと! 今晩はメンチカツ、ね」
「揚げ物……は、やったことないけど、挑戦してみよう」
「うん♪ あっ、アキラさんが手振ってる」
最初のアトラクションに着いたらしい。
待ちきれない顔で未鳥たちを待っている。落ち着きのない二十八歳だ。
*
「やあやあ! ここだよ! 初心者に一番最初に楽しんで欲しいアトラクション!」
「へぇ……! かわいいっ」
初心者にと言うだけあって、のんびり楽しめそうな乗り物だ。
「いかれ帽子屋のお茶会、か」
一般的な遊園地でいう『コーヒーカップ』のようだ。
テーブルの上をイメージして作られた回転台に様々な形のティーカップやポットが載っている。
あれに乗ってぐるぐる回るだけの、大人から子供まで楽しめるアトラクションだ。
「意外と普通なのねぇ」
未鳥が呟く。
「だいじょーぶっ、フツーじゃないのもあるから! まっ、まずはウォーミングアップといこうじゃありませんかー!」
オープン一番に入ったのでまだ人が少ない。
アトラクションに乗り込んだのは優記たち三人のほかに二組のカップルだけだ。
先生が率先してカップを選ぶ。
常連客にしか分からない良し悪しがあるのか真剣な目つきで品定めしていた。
「よし、これだ。さ、乗って乗って。ベルト締めて、バー下ろして」
「うん! ゆう君、締めて」
「はいはい」
未鳥のベルトをつけてやる。
バーを下ろして動かないかを確認して、優記自身も安全装置を着用した。
「ずいぶん厳重なんだな」
最近は何かと客が口うるさいし、予防線を余分に張ることが多いのだろうか。
用心深い運営だ。確かにコーヒーカップはのんびり楽しめるアトラクションだけど、ハンドルをフル回転させれば結構なスピードが出る。
未鳥みたいに小さな子が振り落とされないとも限らない。
『お茶会のはじまりだよっ!』
スピーカーがそう告げて、ゆっくりとアトラクションが動き出した。
「わ、わ、わ!?」
回転台が大回りに、コーヒーカップが小回りに回転する。
まるでティーセットがテーブルの上でダンスをしているみたいだ。
未鳥はバーにしがみついて遠心力を楽しんでいる。
「何これ、何これ、あははっ」
玲がハンドル操作を買って出たので、二人は身を任せるだけだ。
風を切る爽快感が心地よく、優記も段々楽しくなってきた。
「もっとスピード上げちゃうよぉ~」
ハンドルを大きく回すと途端に回転が速くなり、振り落とされてしまいそうな錯覚にバーを掴んだ。
確かに、必要かもしれないな、この装置。優記はそう納得する。
「あははっ! すごいすごい!」
未鳥の長い髪があっちへこっちへなびいている。
もうぐしゃぐしゃだ。
未鳥の髪が優記の顔にかかる。
ふんわりと良い匂いが香って、妙にドキドキした。
同じシャンプーを使っているはずなのに新鮮な匂いだ。
もしかしてシャンプーじゃなくて未鳥自身の匂いなんだろうか。
「まだまだこんなもんじゃないよっ」
先生は不敵に笑う。
とは言え、所詮はコーヒーカップで、やっぱり想定内の動きしかしない。
まあ、ウォーミングアップだからこんなもんか……と、優記がのほほんと微笑んだ、その時。
急にカップの回転が止まり、BGMが転調した。
のんびりしたワルツはビートを刻み出し、明るかった照明が暗闇の中のネオン点滅に様変わりする。
「な……何?」
「口を閉じな。舌を噛むぜ、ぼうや」
「わっ!?」
がくん、と回転台が一度上下に揺れた。
スピーカーから何かナレーションが流れたけどよく聞き取れない。
ふわり、と急に浮遊感が訪れて、やがて強烈なGを感じる速度で、コーヒーカップごと一同は落下していた。
「ひぃいいいいいいいいい!!」
食いしばった歯の間から悲鳴がほとばしる。
優記がそれを自分の悲鳴だと自覚するのはしばらくの後だ。
「きたぁ! おっぱいが空圧で浮くぅ!」
「あははっ! あははっ!」
女性陣は平気で笑っていた。信じられない。
裏切られた思いで優記は彼女たちを見やる。
悪夢のような落下劇の後、テーブルはティーセットを載せたままゆっくりと上昇して――また落ちた。
「ひぇええええええええ!?」
「もっと! もっと強くしてっ! 強引にもみしだいてぇっ!」
「あははっ! あははっ!」
その後何度か、上がっては落下し、また回転しながら落下し、三半規管をめちゃめちゃに狂わされ、吐き気すらこみ上げる程――「マッドネスティーパーティ」を充分味わうことになる。
乗る前にはまさかこんなスリルが待っているとは思わなかった。
優記はフラフラの足でアトラクション降車ゲートをくぐる。
「楽しかったねぇ! ゆう君」
「そ、そうかな」
未鳥はまだ笑っている。
優記はもう怖くて仕方なくて、やっぱりちょっと泣いた――けど、繰り返し落ちている間に乾いてしまったようだ。それを少し残念に思う。
未鳥にあげられたらよかったのに。
「次は何がいいの?」
「アタシのお勧めは~、どーれーかーなー?」
女子二人はぴんぴんして次のアトラクションの検討に入った。
「未鳥、意外と怖いの平気なんだね」
「うんっ。はじめてだったけど、楽しかった!」
「ゆー君、知ってるかい。女性は落下するとエクスタシーに似た快感を得るらしいよ。アタシ下腹部にびりびり来ちゃったぁ」
「何の話ですか。聞いてないし聞きたくないです」
僕は足にびりびり来てるけど。と、言い返す気力も今はない。
「かふくぶって?」
「未鳥は知らなくて良い話っ」
「えーっ、なんでなんで? かふくぶって、なに?」
「かふくぶってのは、ほら、あれだよみぃちゃん。お洋服作る部活」
「あ! あ~、かふく部か~。憧れるよねぇ」
それを言うなら被服部のことだと思うけど、誤魔化せたみたいだから、いいか……。
ほっと一息ついて、しばらく歩く。
本当に常連らしく、玲は何かと詳しいし良く分からない豆知識まで披露してきて、なんだかオタクな感じだ。
「……っ!」
突然未鳥が顔を真っ赤にして、先生をポカポカと叩き出した。
「わっ、ちょっ、何何? 何でぶつの?」
「もうっ! アキラさんのうそつきっ! エッチ! お下品!」
もしかして、今気づいたのか。
つまり、時間をかければ理解できる程度の知識はあったのか。
優記はちょっと意外に思う。
「ほんっと、サイテーなんだからっ!」
頭から湯気を出さんばかりに憤っている。
余計なことを言うと火に油だと思うから、優記はずっと黙っていた。
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