12. 第三試合 三回表


 三回表。夕陽に照らされて茜色に染まる雲が空を泳ぐ中、その時は遂に訪れた。

 甲子園球場の照明が点灯され、グラウンドが蛍光灯の人工的な光で照らし出された。合わせて、ライト線とレフト線に線審が配置された。

 通常の試合であれば日中に開催され、日没前までに後片付けも含めて全てが完結する。ナイター設備が整っている一部の学校を除けば、日没までに練習が終わる学校が大半だ。無論、弱小公立校である泉野高もナイター設備など存在しないので、大多数の方に入る。

 辺りが薄暗くなっていく中、照明に照らされて野球をやるのは泉野高ナインにとって初めての体験だった。

(これが、カクテル光線で照らされた景色か)

 マウンドに上がる岡野が周囲を見渡しながら感慨深げに思った。

 スタジアムを照らす照明のことを“カクテル光線”と表現することがある。それは幾多の名勝負を生み出してきた甲子園球場でも同じで、カクテル光線の下で生まれたドラマも少なからず存在した。

 いつもと違う環境に戸惑いを感じていない。寧ろ、イレギュラーな環境を楽しんでいた。

 歴史に名を刻む、なんて大それたことは考えていない。純粋に、今置かれたこの状況を目一杯楽しもうとしていた。

 岡野は知っていた。気持ちが乗っている時は、自然と良い結果に結び付くことが多いことを。

(……もしかして、三者凡退に抑えられるかも?)

 自分の実力を鑑みれば、強打で知られる名門の大阪東雲打線を二イニング無失点で抑えられている事自体が奇蹟なのに、願望も込めた少しだけ高望みをしてみた。気分が高揚しているせいか「ひょっとしたら、ひょっとするかも?」と考えずにいられなかった。

 その後、九番香取と一番中居をテンポ良く抑えて二アウトまでこぎつけるも、二番城島に四球を与え、さらに三番木村にセンター前へ弾き返されて一打先制のピンチを招いてしまう。この状況で四番松岡をセカンドゴロに打ち取り、どうにか無失点で凌ぐことが出来た。

(……調子に乗り過ぎた)

 岡野は自戒も込めて反省しながらベンチに戻ってきた。

 淡い期待は無情にも厳しい現実の前に粉々に打ち砕かれてしまったが、それでも得点は許していない。岡野にとって大きな奇蹟はまだまだ継続中だった。

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