11. 第三試合 二回裏
二回裏。泉野高は四番の新藤から攻撃が始まる。
リード面を含めた守備に着目されがちな新藤だが、打撃面でも一定の成果を残している。ホームランこそ無いが、公式戦での打率は五割を超えている。さらに広角へ打ち分けられ、二塁打も多い。警戒するに値するだけの実力を有していた。
泉野高ナインも「新藤に回せば何とかしてくれる」を合言葉に精一杯頑張ってきた。文字通り、彼が希望の星だった。
しかし―――その微かな希望は、たった一球で絶望に塗り替えられた。
初球。長瀬が投じたのは……一五二キロのストレート。真ん中高めの甘いコースだったが、空振り。
二球目。内角低めへ一五〇キロのツーシーム。新藤は見送ったが、ストライクの判定。これで追い込まれた。
三球目。先程と同じコースにボールが来た。新藤も今度こそ当ててやると意気込んでバットを振るが……バットに当たる直前にボールが突如視界から消えた。バットは虚しく空を切り、ボールはキャッチャーミットに収まった。
長瀬の決め球、フォークが完璧に決まった。
成す術なく、空振り三振。唯一期待の持てるチームの四番が何も出来ず仕留められ、ベンチ内に重苦しい雰囲気が漂う。
唇をギュッと固く結んで戻ってきた新藤はベンチに座ると「やはり、か」と漏らした。
「何が?」
岡野が言葉の真意を訊ねると新藤は口惜しげに返した。
「相手は、俺以外のバッターに手を抜いている」
大阪東雲バッテリーは、新藤以外の選手に手を抜いていると言うのだ。本気を出さなくてもこの程度のバッターは抑えられると高を括られた形だ。それを証明するのが、明らかな球速の差だった。初回三人に対して全球ストレートを投じたが、一五〇キロを超えた球は一球も無かった。一方で、新藤に対しては一五〇キロを超える球を二球も投じている。
実際、五番打者の原に対して投じたストレートは一四七キロと再び一五〇キロを下回っていた。近畿地区で先発した試合では八割以上の割合でストレート系のボールは一五〇キロ台だったのに、である。即ち『新藤以外は全力を出さなくても大丈夫』と言われたも同然だ。
「まずい……非常にまずい」
深刻な表情で戦況を見つめる新藤が独り言を呟く。
泉野高には致命的な弱点があった。一四〇キロを超える本格派の投手に滅法弱いのだ。新藤を除けば大半がお世辞にも上手いと言えない実力の選手で、全国区レベルの投手と対戦した経験は皆無に等しい。打撃投手を務める岡野は技巧派、控え投手は岡野より速いものの一三〇キロ中盤が殆どで調子次第で後半に乗るくらい。結果、一四〇キロ以上のストレートを持つ投手が登板した場合、目に見えて打撃成績が低下した。
それに加えてフォークやスプリット、縦に落ちるスライダーなど“ストレートに近い速度で落ちる変化球”がある場合、さらに打撃成績が落ち込む傾向があった。石川県予選準決勝で対戦した航空能登の先発然り、北信越予選一回戦で対戦した敦賀実業の藤原然り。
そうこうしている内に六番の関口も空振り三振に抑えられてしまった。これで六者連続、おまけに一球もバットに当たっていないというおまけ付き。
これはひょっとしたら不名誉な記録が生まれてしまうのではないか……お通夜モードのベンチから逃れるように岡野は急いでベンチから出てきた。
ゼロに抑え続ければ負けることはない。そう信じて、出来るだけ悪い方へ思考が傾かないよう、努めて前向きな気持ちであろうと岡野は自らに言い聞かせながらマウンドへ向かった。
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