第17話 新学期の変
四月になった。三月のあの日から清々しく過ごしていたわたしに、それは突然やって来た。
新しいクラスにみゆき、もえがいる。それはもう至極当然のような結果である。驚くこともなければ、新鮮味もない。みゆきの顔に安堵し、もえの存在に恐怖する。そして野際と葉山もいた。気にする事じゃないと思っていたところに、
「はじめちゃん、揃い踏みね」ともえが、ウィンクをしながら耳打ちする。
この女帝様は三年になった事で、全方位敵無しである。もえが歩けば道が開く。大げさでなく学校の頂点に君臨しているのだった。
実のところ、わたしはこのクラスに、いるべき人間じゃなかった。このクラスは理数系大学の進学コースだ。自分が場違いな場所にいる事は十分承知していた。けれど、月先輩の大学を目指すという、無謀で馬鹿げた願望だけがそこにはあった。あのおふざけ先輩に触発されたとも言えなくはない。本来なら、文系大学・短大、もしくは専門学校を目指すクラスが、学力相応だ。
でもこんなわたしでも努力はしたいと思った。
新学年、新クラスになって初のホームルームが始まるチャイムが鳴った。
少し遅れて先生が入ってくる。今年の担任は昨年と同じ、
顔を上げると、ざわめきの集中砲火を浴びていたのは、先生の後ろから歩いて来た男子生徒だった。
「おはよう。今日から三年四組がはじまります。今年がどれだけ大事な年になるか、それぞれわかっていると思います。早速ですが、今日から数人づつ放課後面談をします。後から名前を言います」と先生はざわめきの中、よく通る声で話した。その男子生徒の説明を、クラス全員が今か今かと待っているというのに、先生はお構いなしの様子だ。
先生はたぶん三十歳は過ぎている。落ち着いているのはもちろんのこと、透明感と優しさを兼ね備えている声に惹かれる女子生徒は多いのだ。子どもがいるところがさらに良いんだと、教室で女子のグループが騒いでいた事があったっけ。
「それから、君たちの中で知っている人もいるかと思いますが、こちら
そうですね、そうですとも。
そんなわたしの気持ちなど気遣いされるはずもなく、先生は話を続けた。
「現在二年生だが、この高校初の飛び級制度で来年受験をする事となりました。よって今年は、君達と一緒に学業を共にします。年下だからっていじめるんじゃないぞ。じゃ、海阪くん、一言挨拶を」先生は横に立っているあーるに目を移した。教室中の目ん玉がその一点を見つめていた。
「海阪です。宜しくお願いします」ぺこっと長身を折った。髪が伸びていて、くるっとしている部分が頬にかかっていた。
「じゃあ、海阪君、君は今から校長室に行くように。僕も後から追いつきます。じゃ、放課後の面談の名前呼ぶよー。」
先生が一人目の名前を言い終わらないうちに、あーるは教室を出て行った。あーるは人前に出るのが得意な方ではない。きっと嫌な思いをしたんだろうなと、心配もしつつ、あーると同じクラスで三年生を過ごすだなんて。信じらないこの大事件に心ここにあらずで、ホームルームを終えた。
教室はざわめきをまだ残している。わたしはというと思考が混乱したままだった。ありえない目の前の出来事を、受け入れらない。飛び級?一緒のクラスで勉強?来年受験?あーるの成績の良さは、ずっと知っているけど、こんな事になるだなんて。わたしの魔法、発動した?いや、そんなわけない。あーると同じクラスになりたいだなんて、考えた事もないのだから。
しかし、じわじわと違う感情も湧いてきた。よくよく考えてみると、これって前々から決まっていた事のはず。会う日はたくさんあったのだから、学期が始まる前に、一言、言ってくれてもいいんじゃなかったのか。ふつふつ怒りがお腹から生まれていた。わたしの事には、厳しくなんだかんだ口出しするくせに、自分の事は内緒だなんてありえない。後で説教だ、なんて思ったりして。
「あの、矢歌」完全に意識がどこかへ飛んでいたその時、葉山が目の前にいた。
月先輩との最後のやり取り、進学の件、そして先ほど起きた、あーるの飛び級の件等々で頭がいっぱいだった。だから葉山が目の前にいても、以前と比べて穏やかな気持ちだった。例のあの件もなかった事になってたらと、やっぱり心の大半がそう願っていた。
「何?」
椅子に座ったまま、葉山を見上げて聞いてみた。
「何でこのクラスにいるの?」
「え?」
「矢歌ってさ、理数って柄じゃないだろ」
みゆきだってもえだって指摘しなかったこの件について、まさか葉山にはっきりと疑問視されるとは思わなかった。さっきまでの事なかれ主義は吹っ跳び、段々と心拍が早くなってきて、顔が赤らんでくるのがわかった。だって月先輩と同じ大学に行きたいだなんて、絶対誰にも言えないのだから。
葉山から不自然に目を外してしまった。自然が何だかはよくわからないけれど、完璧に疑われる行動だった。こういうのを葉山は見逃さないだろう。背筋がぞくりと寒気を感じた。
「あのさ、授業終わったら話せる?」
その声はとてもとても小さかったのに、はっきりと聞こえた。自分の机の前に立っていた葉山が、顔を近づけ耳打ちしてきたのだった。これは断れないやつだと、本能が言う。
「わかった」
クラスの誰にも聞かれたくない、返事だった。
あっ
自分の右後ろの方にいたと思われるもえの方を向いた。そこに彼女の姿はなかった。それだけが、唯一の救いだった。いや、それは甘い。彼女の下僕達がどこにいるだかわからない。情報は筒抜けだろう。もえが知らないのは、三月二日の出来事だけだ。……たぶん。だからその他は諦めようと、鳴り響くチャイムに心が折れるのだった。
つづく
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