第3話 天気予報と星空と
帰ると、父さんも母さんもいなかった。漁に出たのだ。今は、漁場が遠いらしい。だからほとんど入れ違いの生活。母さんはわたしと弟達にお弁当を作って仕事に行く。獲れる魚は季節によって変わる。だから夜のお弁当生活に、季節の移り変わりを感じる。通常の夜ご飯より、なんだか美味しい気がするお弁当を、弟達と食べ終わり、洗い物を済ませる。
弟達は基本ゲームばかり。たまに説明してくれるけど、よくわからない。わたしは洗濯機が回ってる間、天気予報をチェックする。明日は、午後から曇りときどき雨か。わたしは土間の戸を開け、薪置き場に行く。うちの薪置き場には屋根がない。だから雨予報の時は三日分くらいの薪を土間に入れておく。これもわたしの役割だった。漁師の家の長女っていうのは、家の家事の半分くらいを任せられる。みゆきのとこも同じ。ただ、みゆきの家の薪置き場には屋根がある。そんなのがうらやましいと思う女子高生が、ほかに何人いるだろうか。
薪を運んでいると、
「雨降るんだ。明日テニスの練習ないの?」テンが話しかけてくる。テンには決まった姿がない。最初のうちは躍起になって探していたけど、今では目も合わさずに会話を続けている。
「どうかな。降水確率低いし。少しの雨なら平気」と薪を両手に持って家に入る。
「ふーん、陸上部は?」テンはこういうこともさらっと聞いてくる。
「もっと平気。外走れなくても、筋トレとかしてるし」だからわたしもさらっと答えることにしている。
「ふーん、で今日もらったメモどうすんの?」イラストが脳の中でサッカーをはじめる。
「!!!テンっ!!!プライバシーの侵害っ!!!」私は薪を荒々しくおろす。
「怒ることないでしょ。あんたとあたしにプライバシーも何もない。一心同体なの忘れた?」そうだった。こんなことで怒っても仕方ない。
テンが知らないわたしはいない。というより、テンはわたしの心の奥底まで理解している。メモどうすんの?=私がメモをどうしようかと悩んでるってこと。ノートの切れ端に、一言と似顔絵が描いてあるだけなのに、捨てることができなかった。何度見ても似てる。もえのやつ、絵も上手なんて神様はずるい。
「あっ、電話来るよ」テンにはいろんなことがわかる。だけど、わかるってだけで、それ以上の事はわたしが誠に望まないと魔法は起こらない。
「今さ、みんな海岸に集まってるんだって。行ってみる?」電話はみゆきからだった。
「そうなんだ。洗濯物干したら行ける」と伝えると、
「じゃ、三十分後」時間を告げて電話を切るみゆき。
なんで三十分後に洗濯終わるってわかるんだろ。みゆきは、テン以上に私の行動パターンを熟知している。家事さえやっておけば、夜、家を出ようが、親は仕事に出ているから文句も言われない。島の子どもたちは仲がいい。まあ、ちょっとした派閥はあるものの、基本は年齢関係なく遊んでる。遊ぶってたって、海岸に集まって、座って、ジュース飲んで、話してるだけの、健全極まりない習慣。
今夜も星がたくさん見えていた。海岸に座って星を眺めてたら、流れ星をしょっちゅう見る。なんとか流星群なんて気にしたことがなかった。
「ひさしぶりー」
「はーちゃん、テニス続けてるんだって?」
「昨日のさー、、、」
「先輩、やっぱり推薦受けてたら良かったのに」
次々に言葉が行き交う。高校生になって学校が離れた同級生も、卒業して別れた後輩も、こうやって会うといつも通りの安定感。だから時間がたつもの早い。あと1時間くらいかななんて、そんな事を考えて星を見てたら、また何人か合流した。
「はーちゃんも、いたんだ」その声の主をわたしは間違えない。
息が止まる
顔が赤くなる。
バレる?
暗いし。
夜でよかった。
いや、月明りで見えるか?
そうでもないか?
平静を装うも、水面下で必死に泳ぐアヒル状態。
約三か月ぶりのあーるだった。
あーるは、本名 海阪あある(カイサカ アアル)。ああるってひらがなで書く。あーるは、ハーフのお母さんと二人暮らし。お父さんは、単身赴任で本土の他県にいる。お母さんがハーフだから、ああるなのかと、真相は知らないが、そんな理由でみんな一方的に納得している。ちょっと緑がかった瞳と髪の毛をしている。
「あーる、元気?」声が上ずってしまった。あーるは、背が高かった。最後に聞いた時には180センチだった。また伸びたかも。あーるの顔の輪郭が、月明りではっきりわかる。月の白さと肌の白さが一緒に見えた。
「はーちゃん、高校楽し?」この男は平気ではーちゃんと呼ぶ。みんな仲良いから、先輩後輩はほとんど関係ないんだけど、あーるはその中でもとりわけ上下関係を気にしない。
「楽しいよ。でもやっぱり推薦受けたらよかったかも」少しだけ本音がこぼれる。
「やっぱり強いところで練習したくなった?」あーるの明るい声を久しぶりに聞く。
「ちょっとだけね」会話の内容よりも声にドキドキする。
「高校さ、上下関係厳しいよ。島みたいに楽じゃない」これは島の後輩に教えておく重要なことだ。特にあーるには釘を刺していた方が良いだろう。
「へー、そんなもんかぁ」関心なさそうな言い方。
「あーるもさ、そいうの勉強しといたほうがいいよ」これは有り難い教えだよ。
「えー、めんどくさい」頭が良いのにこういうことは理解できない悪ガキだ。
学業成績がずば抜けて良いあーるは、島の期待の星だった。進路がどうなるのか、担任も校長も、もうすでに鼻が高い。
「あーるはさ、S高校行くんでしょ。島出て寮生活じゃん。なおさらだよ」と星を見上げながらわたしは教えを説く。
そう、あーるは県でも屈指を誇る進学校に行く。島の大人たちが騒いで話してるのを聞いたことがある。天才だ、秀才だとこぞってみんなうれしそうだった。大学は国立のT大だなんて言ってたおばさんもいたっけ。
「なに言ってんの。おれ、はーちゃんと同じ高校行くし」と同じく星を見上げながら言うあーる。
はぁ??!!
今何て言ったこいつ??!!
星空の妖精のいたずらか?
それからのことは全く覚えていない。
今はもう布団の中。部屋には廊下からの灯がほんの少し差し込んでいる。はーちゃんと同じ高校行くし、が何度も何度もループする。同じ高校行くし、が耳から離れない。離れない。
「んで、今日もらったメモはどうすんの?」テンはわたしが嫌がるタイミングでわたしの記憶の奥底にしまっておいたものを呼び起こすのが得意だ。
わたしが自分の部屋で過ごしてるとき、テンはたいていソックモンキーの中にいる。母さんと一緒に縫って作った、ところどころ柄がずれてるソックモンキー。
「あーるのやつ、なんでお前と一緒の高校に行くんだ?」愉快気に言うテン。
頭に血が上るとはまさにこういうこと。
「こっちが聞きたいよ!!!魔法で聞けばっ!!!」怒って布団をかぶる。自分が言った言葉が頭蓋骨を突き抜けない。聞けるのなら、とっくに聞けてることがわかってるから、虚しかった。
「おやすみっ!」布団の中からテンに投げつける。
「おー怖っ。明日も遅刻しないように起きろよ」私が高校生になってテンは遅刻の心配をする。そこは、なんていうか、優しいのかな。けど、自分の心の中だし。てことは、やっぱりわたしが心配してるんだ。考えがまとまったと思った矢先に、同じ学校行くし。同じ学校行くし。同じ学校行くし。……と脳内を巡る言葉。
寝落ちる前、雨のにおいがした気がした。
つづく
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