第2話 メモ

 高校生活も六月の半ば。

 友達も何人かできた。テニス部の子達。席が近い子達。始めのうちはみんな猫被っていて、授業もおとなしいものだったけれど、今では好きなようにやっている。この間は紙飛行機が飛んでいた。遊び好きな妖精達が乗って遊んでいたかもしれない。中学生までの授業では考えられない。同級生が十二人しかいなかった。寝たら先生にすぐバレた。寝てたけど。本土の子ってよくわからないと思う事が多かった。


 そういや母さんから、くそ真面目のばか正直って言われたことあったっけ。最初は同級生たちの行動の一つひとつにイライラしていたけど、思っていたよりすぐに慣れて、楽しくなった。くそ真面目は撤回だな。なかでも楽しかったのは、メモが回ってくること。誰かに渡す中継もしたし、自分宛てのもあった。女子はしょっちゅう回していた。窓の外を見た。あの時の桜はすっかり葉桜になっていた。入学式の桜にはかなわないけれど、葉桜もいいもんだと思えた。葉桜が太陽の光に反射して、宝石のようだった。運動場では二年生の男子がサッカーをしていた。


とんとんと背中をつつかれた。メモか。誰に届けるのかと思えば自分宛てだった。おっと、テニス部のもえからだった。開くと、


―― 月先輩、サッカーしてるね。


 似顔絵付き。やられた。このタイミングか。くやしいけど、もう一度窓の外を見る。私は視力が良い。両眼2.0だけど、それ以上あると確信している。海を見て育ったせいだと思われる。遠くから帰ってくる漁船を見る事が日常だった。月先輩の走ってる姿を見る。先月まで短くしていたのに、今は伸びかけの髪の毛を切っていない先輩、ちょっと楽しそうかもなんて遠目でわかる。けど学校指定のジャージはダサい。


 意外と完成度の高い似顔絵に、視線を戻す。似顔絵の先輩も髪の毛が伸びている。もえとはテニス部に入って、友達になった。はっきり言って可愛かった。島にはいないタイプの子で、わたしと比べたら小柄でスタイルが良くて、顔も良くて、性格が悪かった。そんな子にわたしは月先輩が気になるって、なんで言ってしまったのか後悔しかない。それ以来、ことあるごとにもえから先輩情報が知らされるようになった。


 もえは本土の育ちだから、友達がたくさんいた。同じ中学校から来た人間ぷらす、スタイルと顔に惹かれた不幸な人間達。もえは自分の持てる武器を存分に振るわせて、二年生三年生にも人脈を作ってた。この女帝が友達でよかった。不幸中の幸いだ。もえによると、月先輩は陸上部の長距離ランナー。身長は178センチ。でもものすごく細い体をしている。きっとわたしの方が体重重いかも。長距離ランナー相手にそんな事考えても仕方ないのかもしれない。二年生で主将になってるのには理由があって、陸上部の三年生は女子しかいなくて、そのお局先輩達からの他薦で半ば強引に主将になったらしい。学業成績は中の上。昼ごはんはほとんど学食でパンを買ってる。電車に乗って学校に来てる。中学生の時はサッカーしてた。今は陸上の練習明け暮れてて、彼女はいない、らしい。


 放課後、部室で着替えてコートに立つ。運動場は、島の中学とは比較にならないほど広かった。自分たちとは反対側で野球部が練習していた。野球部っていうのを見るのも初めてだった。島には子供が少ない。野球やサッカーのような人がたくさん必要なスポーツはできなかった。だから部活もテニス部とバドミントン部の二種類だった。野球部の声が心地よくて、単純だけどそれが聞けるだけでも、テニス部に入って良かったと思えた。高校のテニス部の成績は、そんなに良くはなかった。推薦を蹴ってこの高校に入った。テニスをやめてもいいかもしれないと思った。レベルの低い環境でプレイするのも違うような気がしてた。だけど、みゆきが入るっていうし、中学時代のわたしを知ってる子達からも、入らないともったいないなんて言われたし、それに……。


 部活の練習に参加できる時間は限られてる。そう、船の時間かあるから。本土の子たちより三十分くらい早く終わって支度をして帰る。でもいつもぎりぎりまで練習する。そうすると、フェンスの向こうから、野球部を横切るように、風が吹いてくる。陸上部の長距離の部員たちがロードワークのクールダウンでやってくる。もちろん月先輩もいて、ボールを拾いながら横目で追う。今日は水色だ。月先輩のウエア―の色を見ただけで、その色に脳が染まる。月先輩はフェンスの手前まで来て、Uターンして離れていく。水色の脳が体温を上げる。四月の終わりに、バスの中から、ロードワークをしている月先輩を見かけたことがあった。細い体なのに、力強いスピードで走っていた。次の瞬間、横断歩道が赤信号にも関わらず、飛び込んで走り抜けた。陸上部では当たり前の事なのかもしれないけれど、わたしは信じられなかった。脳が赤色になって、心臓を震わせた。


「はーちゃん!!急がないと船乗れないよ!!」みゆきからの声で、脳が切り替わる。

「あっ、こんな時間。先輩、お先に失礼します!」バタバタと部室に戻って制服に着替える。


 高校生活はバスと船に揺られながら、一日が終わっていく。六月の日は長く、まだ帰るには惜しいと感じる。しかしこれが本土と島をつなぐ最終の便。わたしは月先輩の似顔絵と水色のウエア―を頭の中で点滅させていた。


つづく




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